前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 荷台の幕を開け、四人はアイゼアの近くに寄っている。相変わらず耳と尻尾は生えたままだ。アイゼアは肩を揺らし笑いを堪えながらチラチラとこちらを見てくる。本当に不愉快極まりないヤツだ。

 しかしこの姿を見られては今更どんな言い訳も通用しないだろう。とんでもないバカとの遭遇で、まさか昨日の今日で正体をバラす羽目になるとは……と頭を抱えた。

 仕方なく腹を括り、これまでの経緯を必要な点だけ簡潔に纏めて話した。そもそも隠しておいても、天界や冥界で起きていることをこの頭の悪い天族がべらべら喋るだろうと思ったことも素直に話すことを決めた要因の一つだ。

 変に嘘をついていることがバレれば余計に面倒になる。天族や魔族をおとぎ話と信じていなかったアイゼアでも、さすがに信じざるを得ないといった様子だった。

「えっと、つまり……スイウ様はグリモワールを取り戻すために冥界から来た魔族でメリー様と契約した。思いがけず利害が一致してここまで来た、ということでしょうか?」
「君たちがベジェであんなに必死だったのはメリーのお兄さんのことだけじゃなかったんだね。素直に尋問に応えてくれてるって僕は信じてたのになぁー?」

 大げさに被害者ぶるアイゼアに、心にもないことを、と内心毒づく。

「アイゼア、エルヴェ、あと頭の悪い天族。この話は他言無用だ。特にアイゼア、軽率に騎士団なんかに報告するなよ」

 念押しするとアイゼアは「んー、まぁそうだねー」と曖昧な返事を返してきやがった。

「ちょっと待ってよ。あんたの事情も、魔族たちも破滅を止めようとしてるのはわかったわ。でもこのまま隠してたら知らないとこで被害が広がるじゃない? あと、頭の悪い天族じゃなくてフィロメナって名前があるの。次からは名前できちんと呼んで」

 フィロメナと名乗る天族の女。そのあまりの頭の悪さに、早々痛まないはずの頭が痛むような気すらした。

「フィロメナさん、あなたは人の善性をどこまで信じますか?」

 そんなスイウを見兼ねてか、メリーが感情を排した声音でフィロメナに尋ねる。

「人の善性?」
「何でも願いを叶えるというグリモワールの存在を知った人々がどうなると思いますか? きっと中には魂を売ってでも願いを叶えようとする人もいますし、悪用しようとする人も大勢いますよ。世界が破滅に向かってると知れば、間違いなく混乱を招きます。闇雲にこの情報を広めることが得策とは言えません」
「それは確かにメリーの言う通りだね。さすがに僕もこの話を上に報告するかは悩んじゃうよ。王は聡明なお方だけど、仕えてる貴族や騎士にはいろんな人がいるしねー」

アイゼアから乾いた笑いが漏れる。

「えっと、今私たちは白フードの方々を追っていますが、グリモワールを奪っていったのは彼らなのですか?」
「奪ったかはともかく何か関係はあると睨んでるって話だ。まだ確証があるわけじゃない……で、天下の天族様は何で地上界に来てるんだ?」
「魔族が気安く話しかけないで。穢れたらどうするつもりよ」
「はいはい、そりゃどーもすいませんでした」

フィロメナはこちらをギッと睨んでくる。敵意き出しで全く面倒なことこの上ない。

「あたしは天王様から魔族の『返還』とグリモワールの奪還の命を受けて地上界へ遣わされたのよ。あたしたちは今回のグリモワールの使用を魔族の反乱の可能性も視野に入れて行動してたの。それ以上あたしが知ってることはないわ」

 スイウはその説明に若干の違和感を覚えた。天族に直接会うのは初めてだったが、天族がどういうものなのかについては冥王から聞いて知っていることもある。

「単身でか? 天族は基本的に群れて行動するって聞いてたんだがな」
「そ、それは……」

 今までの強気な態度から、急にもにゃもにゃと言い淀む。何かを隠しているのがわかりやす過ぎて笑ってしまいそうなほどだ。

「それは、なんでしょうか。フィロメナ様」
「う……あんたそんな目で見ないでよ」

エルヴェの無垢な瞳がジッとフィロメナを見つめる。

「……なっ仲間とはぐれたの! そう、はぐれたのよ!」
「あぁ、それで行き倒れてたんだね。空腹で、ふふっ」
「ぬー……」

 フィロメナは余程お腹が空いていたらしく、荷馬車に乗ったあと残っていたおむすびを全て食べさせてやったのだ。スイウとしては天族が存在を維持するのに食事を必要とすることに驚いたのだが。

「と、とにかく! これからあんたたちはあたしが監視するわ。ちゃんとグリモワールを奪還するために戦ってるのかどうか見極めて報告しないといけないし。あんたたちが世界を滅ぼそうとしてるならあたしは容赦しないわよ」

 ビシッと音がしそうな程の勢いで人差し指をスイウに突きつける。正義感に燃えるフィロメナはしんどいくらいに暑苦しい。スイウは監視員は既に一人いるんだけどなぁ、とアイゼアを横目で一瞥いちべつする。その視線に気づいたのか

「スイウはホント大変だなぁ〜」

などと、まるで他人事のような発言をかましてきた。

「すみません、フィロメナさん。一つ聞きたいことがあるんですけど」

 メリーが控えめに手を上げながら、フィロメナの様子を伺う。

「何? 答えられることなら教えてあげるけど」
「フィロメナさんはどうしてスイウさんが魔族だとわかったんですか? スイウさんはフィロメナさんを天族だと見破れなかったみたいですが……」

メリーは手を口元にあてて考え込む。

「あぁ、そのことね。それはあんたのせいよ」
「私、ですか?」

メリーはハッと顔を上げると、食い入るようにフィロメナを見つめる。
 スイウもそれについては疑問だった。魔族が天族を翼が生えていない状態で見破れないのと同時に、天族も獣の特徴が出ていない魔族を魔族と見破ることはできないはずだ。

「あんた『黄昏の月』よね」
「……はい」
「『黄昏の月』と魔族の契約は、通常の契約よりも双方に大きな力を与え合う関係だわ。でもね、その分冥界の気配もずっと濃くなるのよ。何もしてなくても天族ならその不愉快な気配ですぐにわかるわ」

フィロメナの強い視線がまっすぐにメリーを捉えている。

「不愉快な気配……ですか」
「気を悪くしないで。あたしたち天族にとって冥界の穢れは苦手なんてもんじゃない。下手をすれば堕天しちゃうし、最悪消滅するわ。逆に言えばそこの魔族もあたしの力には触れたくないはずよ」

スイウを見るフィロメナの目に侮蔑の色が滲む。

「そりゃそうだ。お前の治癒術と攻撃術、俺に向けんなよ」
「それはあんたの行い次第よ」

 何をしたわけでもないが魔族というだけで目の敵にされている。仕方ないといえば仕方ないのだが、こんなギスギスしたヤツがこの先同行するというだけで酷くげんなりとした。
 正直話がまともに通じる分、アイゼアの方がずっとマシに見えるくらいだ。

「まぁまぁ、お二人共。一緒に旅をするのですからもう少し穏やかにいきましょう? 穏やかに」

 エルヴェもすっかり困り果てている。そうは言われても別に喧嘩しようと思っているわけでもなく、一々突っかかってくるのはフィロメナの方なのだからとばっちりも良いところだ。

 たが、ここでフィロメナだけを名指しすれば、きっと不満を爆発させるだろう。もうそれでいい……むしろ『お二人共』で纏めたのは良い判断だとエルヴェを褒めたいくらいだった。

「……わかったわよ」

 フィロメナもエルヴェの言うことは素直に聞き入れていた。これで少しは態度が変われば良いが。

 思いがけず正体がバレたのは誤算だったが、人間のフリをしなくて済むのは楽だ。アイゼアに知られたことも痛手だが慎重さに関してはまだ信頼が置ける方だと思っている。血迷った行動に出ないことを願うばかりだ。自然と下へ落ちた視線の先に、だらりと力無く横たわる自身の尻尾が目に入った。


第13話 厄介者(2)  終
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