前章─復讐の先に掴む未来は(1)

「なるほどな。白いフードマントの集団と犯人が組んでるかもってことか」
「く、クランベルカ家って炎霊族の御三家じゃないですかぁ〜。わたしで太刀打ちできるのかなぁ?」

 女の方は自分の魔力に自信がないのか、御三家という地位に怯えているようで、眉尻が下がっている。

「あなた生まれの月齢と属性は?」
「へっ? あ、満月で水霊族です。でもわたし、名家の出身とかじゃないしぃ……」
「血筋もですが、月齢の方が重要です。名家でなくても満月生まれでなおかつ水属性なら対抗できる可能性はあると思います」

 メリーの言葉に少し自信を取り戻したのか、女の表情に明るさが戻る。心なしか頬が緩み、嬉しそうだ。

「スイウ、オレらは鉄道の駅沿いにサントルーサに戻る。白フードたちの研究所があるならそこで様子を見てみるのが手っ取り早いしな。スイウたちはどうするんだ?」
「俺たちは別件でやることがある。面倒な同行人もいるし、お前は顔を覚えられない方が良い」

 スイウの脳裏にアイゼアの胡散臭うさんくさい笑みが浮かび、思わずため息が漏れた。

「面倒な同行人?」
「セントゥーロの騎士、それも性悪で面倒なヤツだ。ついでに子供も一人保護してる」
「ぶふっ! き、騎士? お前もう騎士に目ぇつけられたのか? くくく……その人相のせいかー? あはははっ」
「違う」

 ゲラゲラと腹を抱えて笑う無遠慮なクロミツに冷ややかな視線を送る。このクロミツという男はどんなときもこんな調子で変わらない。相変わらずうるさいヤツだが、これが以前の自分の日常だったのだと少しだけ懐かしくもあった。五十年以上変わらない生活をしていたスイウにとって、この数日間は目新しいものが多く、退屈しないのも事実だった。

「いやぁ、悪かったな! 笑っちまって」

とクロミツは言うが、どう見ても悪いとは思っていない。そもそもクロミツが反省するところなど見たことがなかった。

「スイウさん、約束の二時間までもうすぐです。そろそろ」
 メリーは腰のポーチから懐中時計を取り出し開いて見せる。時計台でアイゼアとエルヴェと合流しなければ。

「ということだ。じゃあな、クロミツ」

 クロミツの言葉を待たず、スイウは時計台に向かって歩き出す。

「ったく、相変わらず淡白なヤツ……」
「ちょっと、見送っちゃダメですよクロミツ! 二人共待って〜」

間延びした女の声に渋々足を止める。

「まだ何かあったか?」
「あ、そちらの女の子に……連絡をやり取りできるよう魔力交流をしておいたら便利かなーって」

魔力交流、という耳慣れない単語にスイウは首を傾げた。

「魔力交流?」

クロミツも知らないらしく、女に尋ねる。

「名前と顔と魔力を記憶しておくと、使い魔を飛ばして連絡を取り合えるのよ。便利でしょ〜」
「じゃ、何かあったらそれで連絡できるな」

 クロミツと遠くにいてもやり取りできるのは都合が良い。だが相手は至極面倒臭い女だ。利便性を考えれば交換した方が良いと思うが、交換する本人が乗り気でなければ無理な話だ。

「……どうするんだ?」
「私は構わないですよ。スイウさん、少し待っててもらって良いですか?」
「あぁ、構わない」

返事を返すと、メリーと女は二人から少し離れる。

「私はメレディス・クランベルカと申します」
「わたしはモナカ・パーシモンですぅ。よろしく〜」

 二人は握手を交わし、しばらくそのままの状態を維持している。その様子をぼんやりと眺めていると、クロミツは唐突に口を開く。

「なぁ、こっちにきて思い出せたことはあるか?」

主語のない急な質問にスイウは何のことだかピンとこない。

「失くなった記憶の話に決まってんだろ?」

『失くなった記憶』という言葉に、そのことか、と理解する。
 魔族は元々、人間か霊族だった。魔族には『人だった頃の記憶』が残っている。
 だがスイウにはその一切が残っていない。かなり珍しいことらしいが、記憶がなくて困ったことなど一度もなく、正直自分が人だった頃の記憶に興味などなかった。

 魔族なんかになるということは相当「ろくでもなかった」に違いない。深い後悔や未練、あがないきれない罪、そういったものを背負って死んだ人の魂から無作為に魔族は生まれる……らしい。

 記憶のないスイウが生前の自分を探るためのヒントは、自分の持つ魔族としての特殊能力だ。この能力は生前の強い思いや出来事と深く関わっていると冥王が言っていたことを思い出す。

 スイウは眼帯に隠した右目にその力を宿していた。視界を確保した状態で、触れた相手の心を読む読心術。触れている時間が長いほど、相手の心や記憶の奥深くの深層意識まで読める能力だ。

 だが少し触れただけでいろんな感情が流れてくるわ、触れていなくても人の持つ負の気に晒されるわで精神的に疲れる上、体内に備蓄した魔力が能力発動と共に、勝手に際限なく消費されていってしまう。

 人混みで使えばあっという間に干乾びて消滅するだろう。少し使うだけでそうなのだから、普通に読心術を使えば一気に消耗する。だから眼帯で視界を覆うしかなかった。

 そしてもう一つ欠点があり、記憶を探ったときにまるで自分の身に起きたことのように錯覚することだ。最近使ったのはメリーの真名を聞き出すときだ。触れ続ければ魔力はどんどん失われる。

 真名の情報を探るためとはいえ、あの弱っている状態で触れ続けることは自殺行為でしかない。だからメリーに直接真名を教えろと迫ったのだ。そうすることで嫌でも無意識にメリーの思考の表層に真名が浮上してくる。

 そのタイミングで触れれば、短い時間で簡単に知ることができるのだ。そこからすぐに契約を結ぶことで魔力の消費もメリーへと押し付けることができた。あの一瞬で、メリーはかなり魔力を消費しただろう。

 だが、得たのは真名の情報だけではない。同時にメリーの中の表層にある思いや記憶が頭の中へ流れ込んできた。スイウに対する警戒心と戸惑い。危害を加えるようなら殺してしまえば良いという心の声。見たくもない記憶。

 一瞬だけ見えた強烈な橙色。それを腕にいっぱいに抱えていた。「フラン」と叫ぶ、悲痛なメリーの声。知らない光景にも関わらず、胸の奥を握り潰されるような息苦しさ。他人との心の線引きができなければ、どれが自分の感情か理解できなくなる。他人と自分の混ざり合うこの妙な感覚はこの上ない気持ちの悪さなのだ。

 契約できたのは間違いなくこの力のおかげではあるが、完全に不利益の方が上回っている。
 とにかくこの力はできるだけ使いたくないというのが本音だ。おまけに眼帯で片目が使えない不便さも強いられている。相手の心を読みたいなどと、なぜ人だった頃の自分はそんなくだらないことを考えていたのだろうか。

「黙り込んでどうしたんだよ……」
「いや、全然何も思い出さないなと思ってただけだ」

 スイウが地上界に来てからの数日、気になるものはあったが、それが失った記憶に結びつくものなのかは判断がつかなかった。

「そうか。ま、思い出せないならその方が良いかもな。魔族になるやつなんて碌な死に方してねーだろうし」
「お前は記憶がない方が良いと思うか?」
「オレはあって良かったかな。思い出したくないこともあるけどさー。でも忘れちゃってたら合わす顔ないんだよなぁ」
「誰に合わす顔だよ」
「はっはー、さーて誰だろうなー?」

 カラカラと笑うクロミツの横顔が僅かに陰って見えたような気がした。

「やめてくださいっ」

 メリーの叫びに、スイウとクロミツは会話を止め、視線を向ける。何かと思えば、女……モナカが今度はメリーに迫っている。

「きみ『黄昏の月』なのね! ねぇ、どういう感じなの? やっぱり魔力は普通とは違うって感じするの? ねぇ!」
 また妙なスイッチが入っているようだ。メリーは虚空から杖を呼び出すと容赦なく薙ぎ払う。その勢いに負けて、モナカはその場で尻もちをついた。

「うぐっ、い、痛い〜」

 メリーはカンッと杖を地面に突きつけると、その音と共に杖はまた虚空へと消えた。

「時間がないのでそこまで構ってられません。もう少し落ち着いてくれるなら、また時間のあるときに質問に付き合ってあげますから」

スイウの元までメリーがやって来ると、腕を引っ掴まれる。

「クロミツさん、モナカさん、それではまた!」

メリーはそそくさとスイウを引っ張って歩き出す。

「おぅ、気をつけてけよー」

 クロミツの声にスイウは片手だけ上げて応えた。約束の時間を僅かに過ぎている。アイゼアとエルヴェはすでに時計台に来ているだろうか。

「メリー、引っ張らなくても歩ける」
「あ、すみません。また引き止められたら困ると思ってつい……」

 それはごもっともだ。クロミツも何であんな面倒なヤツと組んだのか。これからも関わらなければならないと思うだけで、スイウの気は滅入っていくばかりだった。


第10話 暴走女(2)  終
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