前章─復讐の先に掴む未来は(1)
ベジェからエスノまで歩き、到着したのは昼過ぎだった。のんびりとした昼下がりの雰囲気はなく、街の空気は騒然としている。人々の話題は魔術鉄道のことで持ち切りになっていた。
「鉄道を魔物が襲撃ねぇ。いやー、やってくれるなー」
アイゼアは苦笑しながら肩を竦める。自国の基盤施設が襲撃されているにも関わらず随分のんびりとしている。その緊張感のなさは、本当に騎士なのかと疑いたくなるほどだ。
「とりあえず情報を集めるしかないですね。この状態で上手く集まるかはわかりませんが、二時間後にこの時計台の前で落ち合うってのはどうですか?」
メリーの提案に三人は頷く。エルヴェは年齢や置かれてる状況も考慮してアイゼアに同行、スイウとメリーはそれぞれ単独行動ということで一旦解散となった。
スイウは人の集まる所を目指し、エスノ駅の駅前広場に来ていた。やはり騒動の中心ということもあり、大勢の人が足止めを食らってごった返しているようだ。
地上界では主要都市は魔力を動力にした鉄道で結ばれているようだが、駅のある街以外ではまだまだ荷馬車が主流らしい。移動手段が限られた今、荷馬車の相乗りを募る声も聞こえてくる。
スイウは周囲を見渡し、比較的落ち着いてそうな雰囲気の男に近づき声をかける。
「すまない、少し聞きたいことがある」
こちらを向いた男の顔はわかりやすく怯えた表情になった。またか、と辟易 しつつも表情には出さないように気をつける。
「すっすみません。僕、何かしましたか……?」
メラングラムで聞き込みをしたときもそうだったように、どうも目つきのせいか相手を萎縮させてしまうらしい。
「いや、何も。ただ聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいこととは何でしょうか?」
「白いフードマントを着たヤツを見なかったか?」
「白いフードマント、ですか?」
男はうーんと唸った後、首を横に振る。
「見てないと思います、たぶん……」
「そうか。手間を取らせて悪かったな」
「えっ? い、いえ…」
スイウは男の元を離れる。毎度こんな反応をされるせいで、聞き込みという行為に若干の煩 わしさを感じていた。前回と違い、白いフードマントの情報は直接聞かなければ引き出せない類のものだ。聞き耳を立ててるだけでは始まらない。
それから何人かに声をかけてはみたが、見事に空振りばかりだ。白いフードマントの連中が鉄道を利用しないことはわかりきっている。人目につく場所は避けるはずだ。それでも人の多いところならば何か目撃情報を持っている人がいるのではと踏んでいたが考えが甘かった。
移動すべきかどうしようかと次の対象を探して視線を彷徨わせていると、ぽんぽんと右肩を誰かに叩かれる。殺意もない気配に振り返ると、先日別れたはずの見知った顔がそこにあった。
「よっ、スイウ。元気そうで安心したぞ」
へらりと見知った顔が人懐っこい笑みを浮かべる。夕陽のような暖かな橙色の瞳が柔らかく細まった。間違いない、冥界で別れたはずのクロミツだ。隣には見慣れない女が一人。ということは、この女がクロミツの契約相手ということだろう。
「こうやって歩いてるってことは上手いこと契約できたってことだな?」
「おい、こんな街中でベラベラ喋るな……」
「そう睨 むなってー」
「睨 んでない。元からこの顔だ」
スイウは眉間に寄ったシワを解すように目元を手で覆う。
「クロミツ、この人は〜?」
「オレの同郷の仲間ってとこだな! 名前はスイウって言うんだ」
「ということは……まさかこの人もクロミツと同じ!!」
女は目を輝かせると、突然距離をずんずん縮めてくる。身体が触れそうな程の近距離で食い入るように見つめられ、居心地がかなり悪い。
「おい、顔が近い……」
その鬱陶しさに顔と顔の間を手で遮る。
「ねぇ、きみの耳と尻尾も狼? 狼なの!?」
遮っていた手をぐっと掴まれ、この喧騒の中でも呼吸の音が聞こえそうな程どんどん迫ってくる。クロミツの契約者ということもあって乱暴に突き放すこともできない。
「ね、猫だっ。わかったら離せ……クロミツ! コイツをなんとかしろっ」
「悪ぃ悪ぃ、こうなると手がつけらんなくてなー……はっはっはっはっ」
「笑ってる場合じゃねぇだろっ」
そうしてる間にもぐいぐいと女は迫り、スイウはジリジリと後退する。耳と尻尾を見せろだの、特殊能力はなんだのと、こんな街のど真ん中で不躾に質問をぶつけてくる。周りにバレたらどうするつもりだ、と苛立ちが募る。こんな女相手に遠慮しなければならないのも全てクロミツのせいだ。
いよいよ力尽くで突き放そうかと思ったとき、突然女の動きが止まった。女の頭の隣には、大きな水晶。その蒼氷 のような美しさはまるで澄み渡る冬の朝の空気を閉じ込めたかのようだ。
「頭をふっ飛ばされたくないなら、私の友人から離れてくれませんか?」
この声、この水晶。そのどちらもスイウは知っていた。水晶の先を辿ると、見慣れてきた濃い桃色の髪の少女。その手には白銀に輝く水晶の杖が握られている。やんわりと微笑んではいるが目が笑っていない。殺気までは感じないが、紺の瞳は深海のように仄暗く、不気味な程に静かだ。
「ご、ごめんなさい〜。ついつい興奮しちゃってぇ」
女はサッとスイウから離れると、間延びした喋り方でペコペコと頭を下げた。何かをトリガーに興奮して性格が豹変するらしく、元々はこのゆったりとした感じなのだろう。
「スイウさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、お陰様で」
「それよりこの人たち、何なんですか?」
メリーは鋭い視線をクロミツたちへ向けたあと、本当に消え入りそうなほど小さな声で「邪魔なら消しますけど」と付け足した。
「いや、怪しいヤツじゃない。俺の仲間のクロミツとたぶんその契約者だ」
そんな返事が返ってくると思っていなかったのか、メリーはきょとんとしている。その後、相手を観察するように再び視線をクロミツたちへ向けた。
「スイウ、随分おっかないヤツと契約したんだな。オレらのこと邪魔なら消すっつったぞ……」
小さな声だったが、魔族であるクロミツの耳にはしっかりと届いたようだ。
「えぇっ! そんなの困っちゃいますぅ〜」
と、クロミツも女もメリーの発言にかなり引いている。
「そういうお前も随分クセのある変態女と契約してんじゃねぇか。人のこと言えんだろ」
「へっ変態なんて酷いぃ〜」
スイウもこの女には正直かなり引いていた。このぐちゃぐちゃな状況で、混乱しながらも一番落ち着いていたメリーが口を開く。
「このクロミツさんって方はスイウさんと同じ目的を?」
「そう──
「そうそう! オレはスイウの友人だ。だから頭はふっ飛ばさないでくれたら嬉しいな!」
なぜか自分に代わってクロミツが答えている。クロミツはやれやれと肩を竦めているが、お前が被害者面するなよ、と内心思いつつも口には出さないことにした。
「それよりクロミツ。何か情報は掴めたか?」
「それが全然。ベジェが襲われたって聞いて来てみたら事態は収束。今度はあちこちで鉄道襲撃。魔物が絡んでるってことはグリモワール絡みだと思ったんだけど……」
クロミツの言う通りだ。人は魔物を操ることはできない。魔物は人の心の闇から生まれる。飲まれることはあっても使役など到底できるはずもないのだ。
だが鉱山にいたミルテイユという女は精霊ではなく、魔物を召喚していた。グリモワールで魔物を使役できるようにし、グリモワールの所有者が魔物とミルテイユを契約関係にさせたのだろう。そうすればただの人が、なぜ魔物を召喚できたのか簡単に説明がつく。
この時点でクランベルカ家は間違いなくグリモワールに関わっていると判断して良い。この事実はアイゼアやエルヴェと合流する前にメリーと共有しておく必要があるが、もうすでに勘づいているかもしれない。
「俺も足取りは掴めてないが、グリモワール関連でわかったことがある」
無言で顔を近づけるように指示し、三人がスイウの口元へ耳を傾ける。スイウは周囲の人のざわめきに隠すようにして、わかっていることをかい摘んで話すことにした。
第10話 暴走女(1) 終
「鉄道を魔物が襲撃ねぇ。いやー、やってくれるなー」
アイゼアは苦笑しながら肩を竦める。自国の基盤施設が襲撃されているにも関わらず随分のんびりとしている。その緊張感のなさは、本当に騎士なのかと疑いたくなるほどだ。
「とりあえず情報を集めるしかないですね。この状態で上手く集まるかはわかりませんが、二時間後にこの時計台の前で落ち合うってのはどうですか?」
メリーの提案に三人は頷く。エルヴェは年齢や置かれてる状況も考慮してアイゼアに同行、スイウとメリーはそれぞれ単独行動ということで一旦解散となった。
スイウは人の集まる所を目指し、エスノ駅の駅前広場に来ていた。やはり騒動の中心ということもあり、大勢の人が足止めを食らってごった返しているようだ。
地上界では主要都市は魔力を動力にした鉄道で結ばれているようだが、駅のある街以外ではまだまだ荷馬車が主流らしい。移動手段が限られた今、荷馬車の相乗りを募る声も聞こえてくる。
スイウは周囲を見渡し、比較的落ち着いてそうな雰囲気の男に近づき声をかける。
「すまない、少し聞きたいことがある」
こちらを向いた男の顔はわかりやすく怯えた表情になった。またか、と
「すっすみません。僕、何かしましたか……?」
メラングラムで聞き込みをしたときもそうだったように、どうも目つきのせいか相手を萎縮させてしまうらしい。
「いや、何も。ただ聞きたいことがあるだけだ」
「聞きたいこととは何でしょうか?」
「白いフードマントを着たヤツを見なかったか?」
「白いフードマント、ですか?」
男はうーんと唸った後、首を横に振る。
「見てないと思います、たぶん……」
「そうか。手間を取らせて悪かったな」
「えっ? い、いえ…」
スイウは男の元を離れる。毎度こんな反応をされるせいで、聞き込みという行為に若干の
それから何人かに声をかけてはみたが、見事に空振りばかりだ。白いフードマントの連中が鉄道を利用しないことはわかりきっている。人目につく場所は避けるはずだ。それでも人の多いところならば何か目撃情報を持っている人がいるのではと踏んでいたが考えが甘かった。
移動すべきかどうしようかと次の対象を探して視線を彷徨わせていると、ぽんぽんと右肩を誰かに叩かれる。殺意もない気配に振り返ると、先日別れたはずの見知った顔がそこにあった。
「よっ、スイウ。元気そうで安心したぞ」
へらりと見知った顔が人懐っこい笑みを浮かべる。夕陽のような暖かな橙色の瞳が柔らかく細まった。間違いない、冥界で別れたはずのクロミツだ。隣には見慣れない女が一人。ということは、この女がクロミツの契約相手ということだろう。
「こうやって歩いてるってことは上手いこと契約できたってことだな?」
「おい、こんな街中でベラベラ喋るな……」
「そう
「
スイウは眉間に寄ったシワを解すように目元を手で覆う。
「クロミツ、この人は〜?」
「オレの同郷の仲間ってとこだな! 名前はスイウって言うんだ」
「ということは……まさかこの人もクロミツと同じ!!」
女は目を輝かせると、突然距離をずんずん縮めてくる。身体が触れそうな程の近距離で食い入るように見つめられ、居心地がかなり悪い。
「おい、顔が近い……」
その鬱陶しさに顔と顔の間を手で遮る。
「ねぇ、きみの耳と尻尾も狼? 狼なの!?」
遮っていた手をぐっと掴まれ、この喧騒の中でも呼吸の音が聞こえそうな程どんどん迫ってくる。クロミツの契約者ということもあって乱暴に突き放すこともできない。
「ね、猫だっ。わかったら離せ……クロミツ! コイツをなんとかしろっ」
「悪ぃ悪ぃ、こうなると手がつけらんなくてなー……はっはっはっはっ」
「笑ってる場合じゃねぇだろっ」
そうしてる間にもぐいぐいと女は迫り、スイウはジリジリと後退する。耳と尻尾を見せろだの、特殊能力はなんだのと、こんな街のど真ん中で不躾に質問をぶつけてくる。周りにバレたらどうするつもりだ、と苛立ちが募る。こんな女相手に遠慮しなければならないのも全てクロミツのせいだ。
いよいよ力尽くで突き放そうかと思ったとき、突然女の動きが止まった。女の頭の隣には、大きな水晶。その
「頭をふっ飛ばされたくないなら、私の友人から離れてくれませんか?」
この声、この水晶。そのどちらもスイウは知っていた。水晶の先を辿ると、見慣れてきた濃い桃色の髪の少女。その手には白銀に輝く水晶の杖が握られている。やんわりと微笑んではいるが目が笑っていない。殺気までは感じないが、紺の瞳は深海のように仄暗く、不気味な程に静かだ。
「ご、ごめんなさい〜。ついつい興奮しちゃってぇ」
女はサッとスイウから離れると、間延びした喋り方でペコペコと頭を下げた。何かをトリガーに興奮して性格が豹変するらしく、元々はこのゆったりとした感じなのだろう。
「スイウさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、お陰様で」
「それよりこの人たち、何なんですか?」
メリーは鋭い視線をクロミツたちへ向けたあと、本当に消え入りそうなほど小さな声で「邪魔なら消しますけど」と付け足した。
「いや、怪しいヤツじゃない。俺の仲間のクロミツとたぶんその契約者だ」
そんな返事が返ってくると思っていなかったのか、メリーはきょとんとしている。その後、相手を観察するように再び視線をクロミツたちへ向けた。
「スイウ、随分おっかないヤツと契約したんだな。オレらのこと邪魔なら消すっつったぞ……」
小さな声だったが、魔族であるクロミツの耳にはしっかりと届いたようだ。
「えぇっ! そんなの困っちゃいますぅ〜」
と、クロミツも女もメリーの発言にかなり引いている。
「そういうお前も随分クセのある変態女と契約してんじゃねぇか。人のこと言えんだろ」
「へっ変態なんて酷いぃ〜」
スイウもこの女には正直かなり引いていた。このぐちゃぐちゃな状況で、混乱しながらも一番落ち着いていたメリーが口を開く。
「このクロミツさんって方はスイウさんと同じ目的を?」
「そう──
「そうそう! オレはスイウの友人だ。だから頭はふっ飛ばさないでくれたら嬉しいな!」
なぜか自分に代わってクロミツが答えている。クロミツはやれやれと肩を竦めているが、お前が被害者面するなよ、と内心思いつつも口には出さないことにした。
「それよりクロミツ。何か情報は掴めたか?」
「それが全然。ベジェが襲われたって聞いて来てみたら事態は収束。今度はあちこちで鉄道襲撃。魔物が絡んでるってことはグリモワール絡みだと思ったんだけど……」
クロミツの言う通りだ。人は魔物を操ることはできない。魔物は人の心の闇から生まれる。飲まれることはあっても使役など到底できるはずもないのだ。
だが鉱山にいたミルテイユという女は精霊ではなく、魔物を召喚していた。グリモワールで魔物を使役できるようにし、グリモワールの所有者が魔物とミルテイユを契約関係にさせたのだろう。そうすればただの人が、なぜ魔物を召喚できたのか簡単に説明がつく。
この時点でクランベルカ家は間違いなくグリモワールに関わっていると判断して良い。この事実はアイゼアやエルヴェと合流する前にメリーと共有しておく必要があるが、もうすでに勘づいているかもしれない。
「俺も足取りは掴めてないが、グリモワール関連でわかったことがある」
無言で顔を近づけるように指示し、三人がスイウの口元へ耳を傾ける。スイウは周囲の人のざわめきに隠すようにして、わかっていることをかい摘んで話すことにした。
第10話 暴走女(1) 終