前章─復讐の先に掴む未来は(1)

「おいおいおい……冗談だろ。何がどうなってそうなる?」

 スイウは目の前の状況に気分がみるみる沈んでいくのを感じていた。



 昨夜の尋問のあと、人間のフリをするために眠り、朝日が昇る少し前に起きて準備を整えた。外が明るくなるのを待ち、今後の方針を相談しにメリーのいる天幕を訪ねたのだが、朝っぱらから見たくもない胡散臭うさんくさい笑みの男……スイウたちを尋問した銀髪の騎士がメリーの隣にいた。そして銀髪の騎士は開口一番こう言ったのだ。

「おはよう、スイウ。これからは僕も君たちに同行させてもらうことになったんだ」
「は?」

スイウはその言葉の唐突さに理解が遅れる。

「同行?」

聞こえてきた言葉を自らの口で音にする。

同行、同行……同行?

メリーに視線を向ければ、苦笑いをして肩を竦めていた。

「改めまして、僕はアイゼア・ウィンスレット。これからよろしく」

 スイウの様子など全く意に介すことなく、アイゼアと名乗った銀髪の騎士は右手を差し出してくる。

「何だ?」
「これからよろしくの握手だけど?」
「しない」

スイウの眉間にギュッとシワが寄る。

「冷たいな〜。もしかして歓迎されてない?」
「お前が昨日何をしたのか胸に手を当ててよーく考えてみろ。歓迎されると思ってんなら、相当頭イカれてるな」

 終始おどけた調子のアイゼアにスイウの反応を気にする素振りは欠片もない。

「そもそも俺は良いと言ってない。却下だ」
「あれ? でも君の雇い主は良いって言ってくれたけど?」

 アイゼアはわざとらしさを感じるほどに不思議そうな表情を浮かべてこちらを覗き込んでくる。その顔を視界に入れないように、メリーへと視線を移した。

「すみません……どうにも断れなくて。それに悪い話でもなかったので」

 メリーは申し訳なさそうに視線を逸らす。昨日の尋問で、スイウはメリーの兄を救うために雇われた傭兵ということになっている。傭兵とは思えないほど食い下がったのは依頼主であるメリーの一存ということになっており、それはあながち間違いでもなかった。

「おいおいおい……冗談だろ。何がどうなってそうなる?」

というのが今起こった出来事だ。


「アイゼアさん曰く、目的が同じだから同行したいと」
「そうそう。僕もあの白いフードマントの女を追うことになったし、君たちは戦力としても期待できそうだから是非って思ってね」
「何が是非って思ってね、だ。騎士なら騎士らしく騎士と群れてれば良いだろ」
「僕は特務騎士でね、単独行動が基本なんだ。判断も個人に委ねられてる」

 スイウの冷たい物言いにもアイゼアは全く動じない。むしろスイウを説得してやろうという気概すら感じるほどだ。

「それに僕がいると君たちにも恩恵があるよ」
「恩恵……? 騎士にガチガチに監視されてるってのにか?」

 特にお咎めは受けなかったが、騎士の言葉に背いたことで要注意人物として目をつけられたはずだ。アイゼアも目的が同じと言いつつ、半分は監視も兼ねているのだろう。

「そんなに警戒しなくても良いじゃないか。僕は騎士だからこの国では信用されるし、そこそこ顔も広い。昨日みたいに危ない橋を渡らなくても堂々と迅速に事が運ぶと思うけどねー」

 確かに、とスイウは心の中で呟く。あのときアイゼアが同行していれば、騎士たちは村へと通してくれたはずだ。情報に関しても素直に提供してくれただろう。無茶はできなくなるが、別に無茶がしたいわけではない。できれば危険の少ない選択をしたいとは思っている。
 アイゼアの性格に難はあるが、その影響力を客観的に考慮すれば決して悪い話ばかりではない。メリーが同行を承諾したのも頷けるだけの理由だ。

「あ、静かになった。ちょっと良いかも〜って思ったんだよね? ほら、僕の力、利用してみない?」

 何がそんなに楽しいのか、貼り付けたようにニコニコしているアイゼアに若干苛立ちを覚えるが、それもすぐに落ち着かせた。いけ好かないだの、気に食わないだのと、私情を挟んでいる場合ではない。利用できるものは利用する。手段を選んでいられるほど自分たちに余裕はないのだ。

「アイゼアの同行を許可した理由はわかった。メリーの判断に従う」

あくまで傭兵として雇われている体で返答した。

「じゃあ、許可も取れたところで行こうか!」
「どこにだ?」
「昨日助けた少年のところへですよ。今の私たちには彼が最後の頼みの綱ですから」

 本来ならミルテイユに情報を吐かせるつもりだったが、それが失敗した今、あの少年くらいしか手がかりがない。念の為に助けておいて正解だった。

「彼は家の様子を見に行ってるみたいだから、湖に行くよ」

少年の家は湖の畔にあるらしく、三人は早速少年を訪ねることにした。




 村外れにある湖畔に小さな家が立っている。その家はベジェの村にあった家以上に酷く損壊していた。屋根は潰れ、壁は抉れ、中も随分荒れている。その家の前に、浅葱あさぎ色の髪の少年が立ち尽くしていた。

「これは酷いね……大丈夫かい?」
「……騎士様」

 アイゼアが少年の隣に立ち、声をかける。先程のおどけた雰囲気はすっかり鳴りを潜め、痛みを分かち合うかのように沈痛な面持ちだ。普段からあの調子なら面倒くさくないのにと思わずにはいられない。

 一方で、アイゼアを見上げる少年の顔には悲壮感はなく、かといって呆然としているわけでもない。何となくだが、あまり人らしさを感じないヤツだ、とスイウは直感的に思った。

「君のことはしばらく騎士団が保護しよう」
「あ、そのことなのですが──
「すみません、少し良いですか?」
「メ、メリー? ちょっと待った、いきなりは……」

 メリーが声をかけると、少し慌てた様子でアイゼアが割って入る。傷心の少年を気遣っての行動だろう。
 メリーの目的に最短で辿り着こうとする姿勢は悪くないが、目的が絡むと途端に人の感情に対して共感能力や配慮に欠ける傾向がある。単刀直入すぎて返って遠回りになりかねない。

「問題ありません。私に何かご要件が?」
「単刀直入に聞きます。あなたが捕まっていたとき、何か聞きませんでしたか? どこに行くかとか、どこで何かしてるとか」

 この家を前に意気消沈としているはずの人に、要件だけを済まそうとするメリーもメリーだが、それに対し怒るでも取り乱すでもなく応じる少年の落ち着きようは大人以上に大人の対応だった。

「……私はあのまま捕まっていたらどこかへ移送される予定だったようです。貴女方が戦っていた女性がそう話しているのを聞きました」
「どこか、まではわからないんですね」
「はい……お役に立てず申し訳ありません」

メリーは否定の意を込めて軽く首を横に振る。

「いえ、答えてくれてありがとうございました。村までは私たちが送りますね」
「待って下さい。私の頼みを聞いていただけないでしょうか?」
「頼み、ですか?」

 メリーはきょとんとした様子で少年を見つめる。その反応はアイゼアやスイウも同様だった。少年は表情を引き締め、姿勢を正す。

「私も、貴女方に同行させていただきたいのです」
「えっ? ですが、あなたは戦えませんよね? さすがに守りながらは……」

渋るメリーに少年は詰め寄る。

「私も戦えます! 数に負けて捕まってしまいましたが……どうかお願いいたしますっ」

 少年ががばっと勢いよく頭を下げる。顔を上げ、まっすぐに三人を見つめる目は澄んでいてまっすぐで、それでいてどこか空虚にも見えた。

「移送する予定だったということは、まだ私には何か使い道があるということですよね。もしまた狙われたら、村の方々に迷惑をかけてしまいます。少なくとも場所が知られているここにはいられません。元の生活を取り戻すためにも、私を連れて行っていただけませんか?」

 それまで淡白だったが、急にまくし立てるように話しだした少年にスイウは僅かに気圧される。だが圧倒されることもなく、ずいっと前に出たメリーは少年の手を両手で包むと

「ぜひ、私たちと一緒に行きましょう!」

と、言い放った。

「よ、よろしいのですか!?」

 ぱぁっと少年の表情が明るくなる。大人びた雰囲気が消え、年相応の少年らしさを感じる笑みだ。そして妙にノリノリなメリーへ視線を移し、また面倒事を一つ背負ったとスイウは静かに嘆息した。

「待った。民間人を危険に巻き込むのは騎士としては承認できないね」

 苦言を呈すアイゼアの言葉を遮るように、メリーはびしっと右手の手のひらを突き出す。

「アイゼアさん、この子は狙われてるかもしれないんですよ? ということは相手から来てくれる可能性があるってことじゃないですか!」

 嬉々として語るメリーに、アイゼアは心底呆れたと言わんばかりのため息を大きくわざとらしくついた。

「メリー、民間人の……それも少年を囮に使うのはどうかと思うけどね」

 そんな綺麗事の正論でメリーが止まるはずもないことをスイウは知っている。

「結局狙われてるなら、囮も何もないですよ。この子は守れば良いですし、手がかりもない私たちには願ってもない絶好の機会じゃないですか! 襲撃してきたら私がその場で灰にしてやりますよ」

 メリーのこれ以上ないくらいの満面の笑みと物騒な発言に、アイゼアは若干引き気味だ。あぁ……メリーはこういうヤツだったな、と半ば呆れながらもその精神は嫌いではないなと思考の片隅で思う。

「いきなり殺るな。虫の息にして情報を引き出す。灰にするのはその後だ」

 殺意に走り過ぎないよう釘を刺してやる。戦いは情報が多い方が有利に働くことが多い。それはつい昨日の件で十分過ぎる程思い知った。のこのこやって来た敵を、そのまま殺してしまうのはいささかか勿体無いという話だ。

「君たち、僕が騎士ってこと忘れてるよね? 今の犯行予告はちょーっと聞き捨てならないかなぁー?」

アイゼアはガシッと強い力でスイウとメリーの肩を掴む。

「犯罪者はきちんと騎士団で捕える。少なくともこの国にいる間は闇雲に殺そうとしないこと、いいね?」

 まるで子供に言い聞かせるような言い方だが、約束しなければこの場で捕縛してやるという気迫がひしひしと伝わってくる。ギリギリと握力が強まると共に、アイゼアの薄い笑みから無言の圧力がかかる。目が完全に笑っていない。

「はーい」
「……わかった」

 ここで問答するのも面倒に感じ、スイウは渋々といった感じで返事を返す。それはメリーも同様で、アイゼアはその上っ面だけの返事に、二度目の盛大なため息をついた。

「君、こんな物騒な二人と僕の三人組だけど、本当に一緒に来るつもりかい?」
「はい。許可していただけるのであれば私は……」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。私はエルヴェと申します。これからよろしくお願いいたします」

 エルヴェは丁寧にお辞儀をする。その表情には僅かに安堵の色が滲んでいた。

「手がかりがないなら人の集まるエスノに戻るのが良いかな。鉄道もあるから主要都市への移動も早いし」

 アイゼアに促され、四人は街道からエスノを目指す。思いがけず同行者が増え、機動力が落ちるのは仕方ない。
 そんなことより、自身が魔族であることがバレないようにしなくては。これまでとは違い、きちんと食べ、睡眠を摂り、人の真似事をする必要が出てくることに煩わしさを感じていた。

 寝食はメリーの魔力の消費を抑えるが、それも微々たるものだ。戦闘でも怪我は許されない。傷ついたそばから、魔力でみるみる怪我が治る魔族の体質は異様な光景として二人の目には映るだろう。人の真似事をしながら、制約だらけの生活になることに無意識にため息が漏れた。


第9話 同行者  終
15/100ページ
スキ