前章─復讐の先に掴む未来は(1)

 鉱山からベジェの村へと連れてこられたメリーとスイウは、村に設営された天幕にそれぞれ拘束されていた。メリーの目の前には、あの銀髪の騎士がにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて座っている。

 両手に手錠、天幕に入ってからは念の為と足枷までつけられ、魔力を使ったらわかるようにしっかりと霊族の見張りまでつけられている。唯一の入り口の前にも見張りがおり、室内に霊族の騎士が一人。机を挟んだ正面には銀髪の騎士と、万が一にも逃げられないようにガチガチに固められている。

 それに加え、鉱山での戦闘で満身創痍になった身体を休ませる猶予ゆうよなど全く与えてはくれない。疲労と眠気で判断力が鈍っているうちに尋問して吐かせてしまおうということだろう。品行方正な好青年然とした雰囲気だったが、やはり中身は騎士だ。そのあたりに全く容赦がない。

 聞かれた質問に素直に答えるか、嘘を混ぜて話すか。スイウとの証言の食い違いは心配していない。スイウ曰く、人よりも聴力が良いらしく、ここでの会話もきっと耳に届くだろう。口裏は上手く合わせてくれるはず……だと思う。メリーは自分の尋問が先だったことに感謝した。そんなことをぼんやり考えていると、強い眠気に襲われ、抗えず出るあくびを噛み殺す。

「眠いので早くしません……?」
「じゃあ、顔を上げて。これからする僕の質問に素直に答えればすぐだから。終わったら拘束も外すし、寝てもいいよ」

 だらりと項垂うなだれるメリーに、あくまでも声色は優しく甘やかに、終わったら寝られるなんてご褒美なんかもチラつかせながら語りかけてくる。ほとんど戦闘をしていないからか、体力もありあまっているのだろう。メリーはゆるゆると顔を上げると、恨めしい気持ちを込めて視線を向けてやった。

「とりあえず君の情報がほしい。名前と出身は?」
「メリー・セルナティエ。出身はスピリア連合国です」

 さすがにクランベルカを名乗るわけにはいかず、偽名で通す。名門御三家ともなると他国に知られていてもおかしくはない。名前を起点に、クランベルカ家の暗躍が知られれば国際問題に発展する可能性がある。ともなれば身内であるメリーがこの国で行動するのが難しくなるのは明白だ。ミュールを追うためにも、それだけは何としても避けなくてはならない。

「僕は鉱山でも言ったとおり、君たちは傭兵じゃないって思ってる。ねぇ、こうやって捕まる危険を冒してまで成し遂げたい目的って何なのかな?」
 アイゼアは指を組んで肘をつき、じっとこちらを覗き込んでくる。傭兵の嘘をつき通すのはもう不可能だ。メリーは俯き気味に、声を絞り出す。

「あの白いフードを着た集団が来て、兄が連れ去られたんです」
「……兄、か」

 銀髪の騎士の顔からそれまで絶やすことのなかった笑みがスッと消え、何かを考えるように黙り込む。

「魔物を使役してたから。魔物が村を襲ったって聞いて、もしかしたら何か掴めるかもって……別に騎士の皆さんに危害を加えようとかそんなつもりはないんです」

 事実と嘘を混ぜながら、自分の行動の理由をもっともらしく肉付けしていく。

「僕たちに何かしようとしてたわけじゃないってことはわかってるつもりだよ」
「じゃあ、解放してくれるんですか? このまま拘留されてたら兄に追いつけなくなります」

 メリーはまっすぐ銀髪の騎士へ視線を向けた。これは事実であり、自身の嘘偽りない切実な願いだ。頼む、同情してすぐに解放してくれ。

「うーん……君の気持ちは痛いほどわかるけど、もう少しだけ話を聞かせてもらうよ?」

 少し困ったような笑みに、諭すような声色。最初とは違い、明らかに雰囲気は柔らかくなった。メリーの言葉を信じているのか、信じていなくとも何か思うところがあるのかはわからないが、同情は誘えたらしく決して流れは悪くない。ここは変に逆らうより穏便に対応した方が物事がスムーズに進みそうだ。

「僕たちも何が起きてるのか把握しきれてないんだ。少しでも情報がほしくてね。白フードの集団のことなんだけど、君とはどういう関係?」
「私との関係と言われても。兄を連れさられたってことくらいしか繋がりはないと思いますが」
「ミルテイユって誰だい? 君は敵対していた女性をそう呼んでいたね」
「兄とは付き合いがあって、私は遠巻きに見たことがあるってだけです。あとは兄から少し話を聞いた程度で、顔見知り程度ですかね?」

 ミルテイユの情報も流すわけにはいかない。その名字で簡単にクランベルカ家に辿り着かれてしまう。

「うーん……なるほど……?」

 銀髪の騎士は腕を組み何か考えを巡らせているようだ。次に飛んでくる質問に想像を働かせられるほど、今のメリーには余裕がなかった。ただ『言葉は慎重に』とだけ頭の中で繰り返す。情報は全て開示していない。嘘は僅かに混ぜたものの、基本的には話せる事実がベースで、言葉に矛盾はほとんどないはずだ。

「白フードの集団について何か知ってることは?」
「いえ、何も。ただ構成員は霊族ばかりみたいですね」
「わかった。素直に話してくれてありがとう」

 銀髪の騎士の頭を下げる姿に若干目が冴える。まさか礼を言われるとは思っていなかった。
 しかし、その様子に異議を唱える人が一人。見張りに立たせていた霊族の騎士だ。

「アイゼアさん! この人の言葉を信じるんですか?」

 不安そうに揺れる瞳から、この霊族の騎士はメリーに対して何か思うところがあるようだ。

「全面的に信用するわけじゃないけど、否定できる材料もないからね。むしろ君は、否定できる何かを持っているのかい?」

否定するわけでも非難するわけでもなく、宥めるような口調だ。
 だが霊族の騎士はより険しい顔つきになった。メリーを見つめるその目は、まるでバケモノでも見るかのような嫌悪がこもっている。

「その人の魔力、何だか気味が悪いんです。こう……胸の中の何かをスッと抜かれそうな気分になるというか、妙にざわつくというか。何か良くない禍々しい感じがするんですっ」
「なるほど。人間の僕にはわからないことだけど、君が嘘をつくとは思えないし……」

銀髪の騎士はチラリとメリーを一瞥いちべつした。
 違和感の正体がわかっていないのなら、心象が悪くなる前に説明してしまった方が良いだろう。若干の面倒くささを感じつつ、開けるのも億劫おっくうな口を開く。

「『黄昏の月』という言葉を聞いたことはないですか?」

そう問いかければ、案の定二人は顔を見合わせて首を傾げている。

「セントゥーロは人間が人口の大半を占めてるから、あまり知られていないんですね」

 そもそも月食の日自体がそんなに頻繁にあるわけでもなく、その日に生まれる霊族も限りなく少ない。人口のほぼ全てを霊族で占めるスピリア連合国ですらかなり珍しい部類に入るのだ。セントゥーロ王国では見たことも聞いたこともないというのは珍しいことではないだろうし、その呼称や概念が廃れていても不思議ではない。

「その『黄昏の月』というのは?」
「月食の日に生まれた霊族をそう呼ぶんです。魔力に冥界の気が混じるから気味が悪く感じるらしいですよ」

 その説明を聞いた二人は戸惑いを隠すことなく苦笑する。何を言ってるんだこいつ、と言いたげな表情だ。

「冥界って、そんな空想の話なのかい?」

 そういうことか、とその表情の意味を理解する。霊族文化の中で『黄昏の月』は当然の認識として過ごしていたが、それに馴染みのない人にとっては『冥界の気』という単語は不確かで非現実的なものに映る。
 メリーですらも『冥界の気』などと表現されているだけで、なにか別の要因があると思っていたクチだ。スイウと出会い、冥界の存在が現実にあると知った今、本当に『冥界の気』が自分に混じっているのだと悟ったが。

「言葉が足りませんでした。スピリアでの古くから伝わる一般常識というか、認識みたいなものです。本当に『冥界の気』かはともかく、実際『黄昏の月』の魔力は普通の霊族とは性質が異なるみたいなので」
「で、君はその『黄昏の月』なのかな?」

メリーは無言で頷く。

「だそうだけど、納得いったかい?」

 眉を上げ、銀髪の騎士は霊族の騎士に問いかける。霊族の騎士は眉間にシワを寄せながら唸っていた。説明はわかったが、やはり魔力の違和感が拭えないのだろう。
 メリーは『黄昏の月』について知らなかったことに安堵あんどした。知っていればこの程度のやり取りでは済まされない。

「休暇のときにでも文献をあたってみてはどうですか? 時間が惜しいので、私はあなたの理解なんて待ちませんが」

 これ以上のやり取りは無駄だと、間接的な言葉できっぱり言い放つ。理解されたら解放されなくなる可能性もある。『黄昏の月』について良い意味で書かれている文献などこの世にはない。霊族の騎士もここで押し問答していてもらちが明かないと思ったのかそれ以上は何も言わなかった。

「納得したね。僕も全てを鵜呑みにしてるわけじゃない。心配してくれてありがとう」

銀髪の騎士はポンポンと優しく霊族の騎士の肩を叩いて労う。

「じゃ、僕はもう行くよ。青年にも話を聞いて問題がなければ、君は晴れて釈放だ」

 去り際ににこっと爽やかに微笑む。その顔がまた憎らしいほどに清々しく、どこか胡散臭かった。


第8話 妖しい笑みの裏に  終
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