番外編─死者たちの反撃

 ストーベルの意識を幻術で奪い、ミルテイユの水術と氷術を合わせた魔術で封じこめることができた。

 それから少しすると冥界に魔族が戻り、通常の状態というものを取り戻して機能し始める。程なくして死者の審判が始まった。本来であれば亡くなった順番に行われるらしいが、冥王という冥界を統べる王の命令で、クランベルカ家関係者から処理されていくことになった。

 当然ストーベルは真っ先に連れて行かれ、ストーベル側についていた者たちから順にいなくなっていく。

 ミュールは彼らを幻術で眠らせていたため後回しとなり、元々何も問題のないフラン、ストーベルを封じ込めるために戦ったミルテイユ、ジューン、ジュニパーはクランベルカ家関係者の中で一番最後に審判を受けることとなった。


 カーラントの部下たちの審判もいよいよ終わると、遂にミュールたちの番がやって来た。
 クランベルカ家関係者の中でも、ストーベルを始めとする血縁者やその幹部、共に戦ったカーラントの部下たちは冥王自らが裁きを下していた。

 王宮の最奥の部屋に入ると、奥の玉座に全身黒っぽい身なりをした艶っぽさのある女性が鎮座していた。五人は横に並び立ち、少し高い位置にある玉座を見上げる。

「怖い……」
「大丈夫だ、フラン。私がついてる」

 フランは静かな空間と冥王の放つ独特の威圧感に緊張したのか、ミュールの影に隠れた。恐怖が落ち着くよう腕を回し、フランの二の腕のあたりを摩る。

「幼子よ、怯えずとも良い。それとまずはそなたらを褒めねばならぬ。封印から解けたばかりの我ではストーベル共を黙らせるのはさすがに骨が折れたであろうからなぁ」

 冥王はその顔に似つかわしくないにこにことした深い笑みを浮かべ、機嫌良く言葉を続ける。

「特にそなたら。破滅の阻止の方でも、よう尽力してくれた。大活躍ではないか」
「えへへ……良かったねミュールお兄ちゃん」
「だが……」

 照れくさそうに微笑んでいたフランが、再び緊張した面持ちに戻り冥王をじっと見上げる。

「それがどこまで魂に背負った罪を軽減しておるかは別の話だ。何も意味のなかったときのために、我くらいはそなたらを労ってやらねばさすがに可哀想であろう」
「ワタシ、感謝された。嬉しい」

 やや作業感のある労いでも満足したのか、ぽそりとジュニパーが呟く。

「さて、審判を下させてもらおうぞ」

 冥王は両手のひらを水を掬うように合わせると、そこに白い炎が生まれる。火球のように浮かび上がると五つに分かれた炎はそれぞれ一つずつ胸の前に降りてきた。
 やがて白かった炎が色付き始め、自分の目の前の炎は暖炉の炎のような柔らかな朱色に灯る。

 フランは自身と同じ色をしていたが、他の三人は違うようで、隣にいるミルテイユは髪と同じ青紫色、ジューンは血のような赤、ジュニパーは淡い青色をしていた。それをじっくりと眺めた冥王は、ふむ……と声を出して頷く。

「やはり全員地獄行きか。仕方ないな」
「えっ!? ふ、フランまで、ですか?」

 意義を唱えるつもりはなかったが、思わず声に出してしまった。フランが地獄などと呼ばれるような場所に落とされるようなことをしただろうかとミュールは戸惑った。

「フランは人を傷つけたこともないのに、なぜ……」
「さすがに理由までは我もわからぬしなぁ」

 フランを除く四人が地獄行きなのは想像がついていたが、どれだけ考えても理由がわからなかった。愕然がくぜんとするミュールの袖をフランは引き、こちらを見上げる視線と目が合う。

「わたしには何でなのかすぐわかったよ」
「フランは理由がわかるのか?」
「うん。わたしは誰も傷つけてないけど、それはメリーお姉ちゃんが一生懸命守ってくれてたからだよ」

 フランの言う通りだった。メリーがいつも暴力や暴言を受けないよう矢面に立って盾になってくれていた。だからフランも自分もあの屋敷で笑って過ごせていたのだ。

「嫌なことも怖いことも代わりに全部やってくれた……わたしが手を汚さずにいられたのはそういうことなの。メリーお姉ちゃんはわたしの代わりに何度も何度も傷ついた……そうでしょ、ミュールお兄ちゃん」

 フランのやるせない表情に、胸が苦しくなる。大半をベッドの上で転がっているしかできなかった自分の不甲斐なさ、そして数え切れないほどの後悔の念に襲われる。

「そうだな。本当は私がお前やメリーを守ってやらなきゃいけなかった……」
「そうじゃない、それじゃ同じなんだよ!」

 フランが珍しくこちらを叱りつけるように語気を強める。

「わかってたのに、ずっとメリーお姉ちゃんやミュールお兄ちゃんに甘えて変わろうとしなかった。わたしが地獄に行くのは、嫌なこと全部押し付けて……自分だけ逃げてきた罰なんだよ!」

 それが地獄行きの真実なのかはわからない。だがもしそれが真実なら人というものは罪を背負わずに生きるなど到底無理に近いだろう。それ以上の善行を積めということなのだろうが。

「幼子の方がようわかっておるではないか。図体だけはでかい未熟者め」
「ははっ、酷い言われようだなァ、ミュール」

 冥王とジューンは余程よほど痛快だったのか、遠慮することなくこちらを笑い飛ばしてくる。

「ミュール兄さまに謝って。そんな言い方傷つく」

 ジューンの言い方を咎めるジュニパーだけは味方してくれているらしい。これから地獄なんて場所へ向かうのに、随分ずいぶんと暢気な会話が目の前で繰り広げられている。

「ねぇ、質問。地獄ってみんな一緒? 家族と一緒ならワタシ別にどこでもいい」
「それいいね! 一人ぼっちよりみんな一緒なら楽しそう!」

 まるで観光気分のジュニパーとフランにミュールは面食らう。思わず隣にいたミルテイユと顔を見合わせ、あまりのおかしさに少しだけ笑い合う。だがフランやミルテイユたちと共にいくなら地獄という場所がどんな場所でも悪くはないように感じた。

「そなた、面白いことを言う。我も興味あるなぁ。確かに地獄は一人で逝かねばならぬという規則はない。これで浄化が早まるなら良し、そうでないなら後で分離させれば良いしな。此度こたびの騒動……冥界も変わらねばならぬが、地獄の在り方も改革の時が来たのやもしれぬ、か?」

 冥王は大人の艶っぽい見た目に似合わず、無邪気に表情を変えながら、一人妙にに落ちたように頷く。

「冥王様、お伺いしたいのだけど……地獄とはどんな場所なのかしら?」
「罪を理解し、魂の穢れを濯ぐのが地獄という場所だ。その形は人によって変わる。怯えずともよい。何も痛みを与え続けられるだけが全てではないからな。まぁ、痛い思いを避けられる保証もせんが」

 行けばわかることだと冥王は言い早々に追い払われると、お付きの魔族の案内で地獄の門があるという場所へ案内されることになった。




 後ろについてしばらく歩くと階段に行き当たり、その先に大きな扉付きの門が見えた。少し手前で待つように言われて止まる。案内をしてくれた魔族が門番の魔族と少し会話を交わしていた。

「はぁぁぁー!? 複数人一緒に!?」

という門番の魔族の声が天高く響いた。

 程なくして門番の魔族に引き渡されたが、その姿には見覚えがあった。

「お手手繋いで地獄行きって、お前らかよ……」

 心底呆れたと言わんばかりのため息と共に、じっとりとした鋭い目つきでこちらを睨んでくる。

 濃藍色の髪に月のような色の瞳、片目には眼帯、そして猫の耳と尻尾。ふわふわと風になびいてる生成り色のマフラーはメリーを傍で見守ってくれていた魔族の青年だ。態度は悪いが、根は良い人だということをミュールは知っていた。

 フランと共に進み出て、軽く会釈えしゃくする。

「直接お会いするのは初めてだな。メリーの兄のミュール・クランベルカだ。その節はどうも、うちの妹が世話になった」
「わたしはフラン・クランベルカと申します!」

 フランはスイウの威圧感に気圧され、ややぎこちなくちょこんとスカートを摘み挨拶する。

「はぁ、どうも。てか、お前たちがメリーの……」

青年の鋭い目つきが少しだけ興味深そうに丸くなった。

「あ、あのっ、メリーお姉ちゃんを助けてくれてありがとう、猫さん!」
「ネコサン……不要な情報だとは思うが、俺にはスイウって名前がある。ネコサンはやめろ」
「はぁい、スイウさん」
「まぁいい。ここからは俺が案内人として先導する」

 スイウはそう言うと早々にきびすを返し、門を目指して階段を上り始めた。離れてしまわないよう、その後を五人で追う。門の扉の前まで来ると、扉に手を添えながらスイウが振り返った。

「この先には魂を餌にする魔物みたいなものが潜んでる。で、これがその魔物をはらう灯り」

 スイウは棒の先に吊り下げられたランタンのようなものをこちらへ見せてくる。

むさぼり喰われたくなかったら離れない方がいい」
「わたしたち食べられちゃうの?」
「たまにいる。案内役がやられることもある。万が一のときは応戦するし、俺はヘマしたことないから安心しろ。阿呆は除くがな」
「なぁ、その魔物みたいなヤツはオレでも倒せんのか?」
「倒せるが、道は絶対に外れるなよ。再三言ってんのに調子に乗って追いかけた阿呆が何年かに一度喰われてる。道の外は奈落の底とでも思え」

 どうやらその魔物のようなものはこちらの攻撃も通るらしい。だが一番の安全圏はあの灯りの中だろう。

「フラン、スイウさんの灯りから離れなければ大丈夫だって」

 ぽんぽんと頭を撫でると、フランはスイウに向かってよろしくお願いしますと頭を下げた。

 スイウが何か小さく言葉を口にすると扉が軋みながら開いていく。向こう側に見えたのは黄昏色の空に真っ赤な世界、その中に一筋の道が遠くまで続いているのが見える。
 地獄などと言われるせいで炎が燃え盛っていたりするのかと思っていたが、どうやら違うらしい。扉を抜けた先は普通の開けた緩やかな山道のようだった。

 一面びっしりと咲いた彼岸花の中に道があり、その部分だけ地面に生えた草の緑が見えている。

「質問がないなら行く」
「じゃあ質問」

 そう言って小さく手を上げてみる。スイウは目でこちらへ話を進めるように促した。

「父様たちってどうなった?」

 興味本位で聞くと、スイウは遠くを見てげんなりとした様子でため息をついた。

「基本的に地獄に叩き落としたが、暴れまくるから魔族数人がかりだわ、勝手に道を逸れて逃げてどんどん喰われるわで……この六十年で一番疲れた」
「それは……うちの者が迷惑をかけたようで申し訳ない」
「まぁそれも仕事の内だからな。それより、ストーベルの話だが、アレは地獄にはいない。地獄ってのはまだ救えるヤツの行くところだからな」

 地獄にはいないというならどこに、というごく普通の疑問が湧く。

「じゃあどこへ?」
「そういう魂が行き着く場所ってのは知らない方が良い。想像もつかんようなおぞましいものが待ってる。他に質問ないなら行く。内容はこの先地獄までの道を歩く際の質問に限らせてもらう」

 どうやら無駄な質問で時間を割かれたことが嫌だったらしい。特にその点に関しての質問もなく、扉の向こう側へと足を踏み出した。


番外編 カーテンコールはまだ早い(3)  終
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