前章─復讐の先に掴む未来は(1)

──破滅の始まりは、無数の赤い流星から始まった。
  赤い流星は負の感情を煽り、異形の者たちを呼び覚ます。
  惨劇の中、人々はそれを『厄災の種』と呼んだ。──

  ティム・パーシング著『終焉の黄昏と世界の再誕』
  第二章「滅びの序曲」より抜粋。




 セントゥーロ王国、首都サントルーサ。王国騎士団本部に急報が入ったのは、赤い星の降った翌夜のことだった。

 エスノ駐屯所からの電報は、エスノ周辺での魔物の急増と農村のベジェが魔物の襲撃を受けたという内容だった。その報を受けて間もなく、国王から直々に魔物の増殖の原因究明と魔物討伐の命令が騎士団全体に下された。

 ベジェ救援部隊は魔物の討伐と村の奪還、他にもいくつかの部隊に地方遠征の命令が下った。それはアイゼアが所属する遊撃部隊特殊任務隊も例外ではない。

 遊撃部隊は騎士団の中でも選りすぐりの実力派が所属する隊だが、その中の特殊任務隊は特定の隊に所属せず、単身で任務を帯びる。アイゼアはベジェに派遣される隊に同行し、任務遂行に協力するというのが表向きの任務内容だ。

 だが実際は王からの密命を遂行すべく動いている。王は昨晩の赤い星を『厄災の種』ではないかと考えたらしい。この『厄災の種』が人の負の感情から大量の魔物を発生させたり凶暴化させたりするのではないかと、あくまでも仮定の話として有識者会議で結論付けられた。

 アイゼアは、おとぎ話を信じるなど馬鹿馬鹿しいとも思ったが、あの赤い星を目撃した者としてやはり不気味な印象は拭えない。そして実際に魔物は大量発生し、村を襲っている。おとぎ話にあるようなことが本当に起こっているのか、その真偽を確かめるというのがアイゼアを始めとする、特殊任務隊の密命だった。




 サントルーサを発って二日半、住民の避難や魔物の討伐、ベジェの奪還と休みなく動き続けてきた。奪還作戦は苦戦したためか予定より大幅に遅れ、数名の犠牲を出しながらも何とか遂行することができた。

 奪還したばかりの無残な姿になった村で束の間の休息をとっていると、言い争うような声が聞こえてくる。犠牲者も出た作戦の後だ。気が立っているときにまずいな、と感じたアイゼアはもう少し休みたい身体に鞭を打ち、立ち上がる。

 どうやら村の入口の方が騒がしいようだ。見張りの騎士同士の喧嘩かと思ったが、どうやら違うらしい。二人の騎士の前には二人組の民間人がいた。

「何があったんだい?」

 できるだけ明るく軽い口調で見張りの騎士たちに声をかける。

「アイゼアさん! こちらの傭兵を名乗る民間人が入村したいと……」

見張りの騎士は困ったように眉尻を下げ、アイゼアに助けを求めてきた。

「許可できないと何度言っても引き下がらなくて」

 アイゼアは改めて二人組を観察し始める。濃藍色の髪の青年は眼光が鋭く、右目には眼帯をしている。背中に背負った刀が彼の武器だろうか。
 もう一人の薄紅色の髪の少女は武器すら持っていない。傭兵だと名乗ってはいるが真偽はわからない。

「君たちはここで何が起きてるかわかってて来たのかな?」

その質問に当然だと言わんばかりに少女が頷く。

「魔物に連れ去られた方の救出を依頼されて来たんです」
「騎士が動いてるとはいえ依頼を受けた以上、はいそうですかって手ぶらで帰るのは傭兵の名折れだからな」

 二人組は落ち着いた様子で事情を話す。確かに住民が一人、魔物に連れ去られたという情報はこちらにも入っている。

「と言ってもねぇ。こちらも、はいそうですかーって通すわけにはいかないんだよね。民間人に何かあって咎められるのは僕らだし。傭兵だとしても僕たちにとっては守るべき存在だからね」

 アイゼアはわざとらしく考え込むような仕草をとってみせる。この二人の情報を引き出せないかと相手の出方を伺う。

「腕には自信があります。騎士の方々に守られるなんて醜態しゅうたいは晒しません。どうか許可を……」

やはり諦めないか、とアイゼアは感心する。

 二人からは一歩も引く気配が見られない。どうしてそこまで食い下がるのか。本当に傭兵としての矜持だけなのだろうか。
 騎士に逆らう者はその場で捕らえることだってできる。しつこく食い下がるのはあまり賢明ではないというのが常識だ。どこか懇願こんがんするような少女の様子に僅かな違和感を感じながら、アイゼアは更に詮索を続ける。

「でも君は武器を持ってないみたいだけど?」
「私は炎霊族なので魔術が武器です」

 少女は問いかけに素直に応じ、虚空から杖を呼び出して見せる。

「霊族か、珍しいね。スピリアから来たのかな?」
「おい、無駄話はもう良いだろ。ここを通せ」

青年が一歩歩み出る。それを少女が片手で牽制した。

「そんな大したこと聞かれてないじゃないですか。きちんと答えて信頼してもらわないと通してもらえませんよ?」

 彼女の言う通り、村内へ入りたいならきちんと許可を得るべきだ。そのまま進めばここで捕縛しなければならないのだから。青年よりは少女の方がこの状況を理解しているらしい。

「なぁ、この様子だと村にいた魔物は狩り尽くしたんだろ? 連れ去られたヤツはもう助けたってことか?」
「それがまだでね。だからこれからベジェは軍事拠点になるんだ。この辺り一帯は封鎖して立入禁止。良いね?」
「なら、私たちも救出に参加させてください!」

 少女の言葉にアイゼアは面食らった。これで終わりかと思えば、隊に混ぜろときた。なおも食い下がる少女、対照的に睨みを利かせる青年。思わず苦笑が漏れる。

「うーん……ダメだね。やっぱり何かあったときに責任取れないから。ここから一番近いエスノへ引き返すと良いよ」
「あっ、待ってください!」

 少女の声を無視し、アイゼアは騎士の二人に絶対に通さないように命令して、きびすを返す。
 だがこれも作戦の内だ。あの二人組は絶対に引き下がらないと、アイゼアは確信していた。あとは二人が飛びつくようなとびきりの餌を用意しなくては。これだけ食い下がるのだから、必ずこの忠告を無視して来るだろう。

 魔物の大量発生と襲撃、突然現れた謎の二人組。彼らの原動力は何なのか。何が彼らにそうまでさせているのか。そこに何か秘密がある、アイゼアはそう睨んでいた。

 少なくとも二人は傭兵ではないとアイゼアの勘が囁く。仕事柄傭兵と関わることも多いが、傭兵は金銭に見合わない労力は割かないうえ、騎士との揉め事は極力避ける。騎士と揉めて目をつけられれば、騎士団からの依頼はなくなり、その他にも後々支障が出てくるからだ。
 そして連れ去られた民間人は一人暮らしの身寄りのない少年だと聞いている。ベジェの村は農業で生計を立てている者が多く、傭兵を大金で雇う余裕もない。身内もいないのに誰が大金を叩いて傭兵を雇ったのか。

「ちょっと作戦が杜撰ずさん過ぎるよね」

アイゼアはこれから起こることを想像してほくそ笑んだ。




「トルタ隊長、作戦は定刻通りでお願いします」
「はっ。アイゼアさんもお気をつけて」

 アイゼアは最終確認すると、一足先に鉱山へと向かう。斥候として送り出していた騎士から、村外れにある廃坑になった鉱山から魔物が出現しているという調査報告を受け、そこを制圧するのが今回の作戦だ。

 その作戦の確認と決行時間を早め、騎士全員に連絡させた。あの二人が、あまり情報を持っていないことは言動から簡単に推察できた。鉱山の話も当然知らない様子だったことからも、おそらくこちらから情報を得ようと何かしら行動すると踏んでいた。騎士の世話にはならないと言っていたのだ。腕には余程自信があるに違いない。情報を得れば、二人だけでも鉱山へ向かうだろう。

「さて、君たちの目的遂行が先か。僕らが先か」

 実際の決行時間はあえて流した情報より更に早い。騎士が到着するまで時間があると思い込ませるために、違う時間の情報を流したからだ。
 騎士にしかわからない方法で秘密裏に連絡をしたため、二人には正確な時間は伝わらない。これが件の餌だ。あとは自分の思惑通りに事が進めば良いが。

「お手並み拝見といきますか」

 何かが掴めるかもしれない好機、これで二人が来ていなければ拍子抜けだ。単身で鉱山跡地へ向かうアイゼアの表情は、とても任務地へおもむく者とは思えないほど楽しそうだった。


 鉱山へと続く山道にはすでに先客がいるようで、魔物の死体がゴロゴロと転がっていた。死体には焼け焦げたあとやバッサリと真っ二つに斬られているものもある。真っ先に刀を背負う青年と炎霊族と名乗る少女、二人の姿がアイゼアの頭をよぎる。分隊二つ分の仕事を二人でこなしているのだとすれば、騎士の世話にはならないという言葉も納得の力量だ。

 アイゼアは鉱山の内部へと、気配を消しながら侵入する。坑内の魔物も漏れなく討伐し尽くされているらしく、人の気配も魔物の気配もせず静まり返っていた。
 この鉱山の地図は頭に入れてきてあるため、一先ず最奥を目指して歩き始める。外に比べ、湿り気を帯びた冷ややかな空気が魔物の血の臭いや焼け焦げた臭いと共に鼻を掠めていく。いくつかの分かれ道を慎重に進む。

 アイゼアは二人の目的について思考を巡らせていた。依頼を受けたから来たという言葉は信じられないままだったが、それ以外に真意が見えないのも事実だ。二人の雰囲気や言動は引っかかる部分も多い。少なくとも言葉の中に嘘が混じっていることだけは確信が持てた。普通の騎士であればそんな勘で動くことは許されないが、特殊任務隊に所属する騎士だからこそ単独行動も許されている。

 アイゼアはふと、突き当たった分かれ道で足を止める。書かれていた地図にはここに分かれ道はなかった。廃坑になった後で誰かが勝手に手を加えたのだろう。

 最奥を目指すのをやめ、地図にはなかった右の道へと進む。しばらく直線に伸びる道が続くと、前方に開けた空間が見えた。照明の光がこちらへ漏れているのか明るい。見える範囲では、魔物の死体が複数転がっていることと抉れた地面、壁際に何かの大きな機材が配置されているようだ。

 そして剣戟けんげきの音や爆発音から、戦闘が行われていることを察知する。一層警戒を強め、壁伝いに気配を殺して忍び寄り、聞き耳を立てる。

「あらぁ、ワタシの魔物ちゃんたちが皆殺しじゃない? 酷いわ〜」

 聞き慣れない女性の声。『ワタシの魔物ちゃんたち』という単語をアイゼアは聞き漏らさなかった。どういうことだ、と心の中で呟く。まるで魔物が自分の所有物であるかのような発言だ。

 かといって、魔物を操れる人がいるという話は聞いたことがない。もし操ることが可能だというのなら、事態は想像以上に深刻だ。おとぎ話や単なる大量発生などとはまるで次元が違う。その方法があらゆる犯罪に使われるようになれば、民間人は常に魔物の危険に晒される事になるのだ。

 あの二人を探るために仕掛けた策が思わぬ方向へ転がりだしていることに、アイゼアは僅かに戸惑いを感じていた。魔物の大量発生と襲撃の原因を突き止める、その任務のためにも息を潜めしばらく様子を伺うことに決めた。

「ミルテイユ、ミュール兄さんをどこへ連れて行きました?」

 凛とした声が響く。アイゼアはこの声に聞き覚えがあった。炎霊族と名乗った薄紅色の髪の少女の姿が浮かぶ。やはり騎士団から情報を抜いて二人はここへ来たようだ。本来の目的の方も上手くいったらしい。

「ねぇ、メリーちゃん。ミュール様を助けたいならワタシと一緒に来てちょうだい?」
「……もう一度言います。ミュール兄さんをどこへ連れていきました?」

 何度も出てくる『ミュール兄さん』とは一体誰なのか。あの少女の兄を連れ去ったのだろうか。

「それはワタシの口からは教えられないわ。で、も、そうねー。アナタたちがワタシに勝てたら教えてあげても良いわよ? どう? どう? やってみる? やってみるわよね? 知ってるわ! メリーちゃんは昔からそういう子だったもの」
「ウゼぇ……コイツのテンションはどうにかならんのか」

刀を背負っていた方の青年の声、次の瞬間爆発音がとどろく。

「んもぅ、せっかちさんは嫌われちゃうわよー?」

その声を皮切りに再び戦闘が再開された。


第6話 銀髪の特務騎士  終
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