後章─幾星霜を越え、錆びついた時は動き出す

 夢を見た。それは知らない誰かの夢だった。顔はぼんやりとしてハッキリと見えないが、三人の青年が何かの施設のような場所で会話を交わしている。

「はー……アーテルはまた階級上がんのかー」
「まだまだだろ? 俺はもっと上に上がって、もっと金と地位を手に入れてやる」
「ホント昔から、金、金、金、金だなー」
「ラーウムもアーテルを見習って頑張らないといけないね」
「フィーニスはいいよなぁ。頭良いから研究職で」
「あのさ、研究職も楽じゃないんだけど……」

 知らないはずの青年たちのことを、まるで昔から知っているような気がした。

 三人の共通点は家族を魔物に奪われていることだった。
 ラーウムは魔物との戦いで戦死した父親の息子で、父の背を追って軍に入隊した。
 アーテルは物心がつく前に魔物に両親を奪われた孤児で、軍で活躍し、地位と財産を得たくて入隊した。
 フィーニスは目の前で家族を魔物に殺された孤児で、魔物をこの世界から駆逐するために軍の研究所に入った。

 三人は学生時代からの親友同士だった。一見穏やかそうに見えるこの会話は、壊れかけた世界の上で交わされている。
 数十年前から魔物が増大し、次第に魔獣と呼ばれる強力な個体が出現するようになった。年々魔物と人類の存亡をかけた戦いは苛烈さを増し、人類は追いやられていっている。

「待てよ、冷静に考えたらアーテルには婚約者もいるじゃねーか! クソ、勝ち組かよぉー」
「それにしても、この愛想のない男に婚約者とは。ティナは本当に見る目がないとしか……」

 ラーウムはぐしゃぐしゃと頭を掻き毟って大げさに悔しがり、フィーニスは軽く笑い飛ばす。アーテルはそれを面白くなさそうに眺めていた。

「てかさ、この愛想のない顔から愛の告白とか聞きたくないよな。わりとマジで気色悪くね?」
「お前ら……好き勝手言いやがって。そもそもフィーニスはティナって気安く呼ぶな。クリスティナさん、だろ? 首から捩じ切られたいのか」
「うわ怖っ。何、アーテルって嫉妬深くて独占欲ヤバい系? 引くわー……」
「ラーウムてめぇ……」

 調子に乗ってからかったラーウムの首を、アーテルが腕で締め上げる。

「ちょ、待っ……アー……テル、ホント首が、捩じ……切れ……」
「待て待て待て、アーテル! ちゃんと謝るから! ほら、加減をしろって加減を〜」

 青年たちの賑やかなお喋りは続く。それはなんてことのないただの日常風景だった。




 メリーはまぶたの先に光を感じ、ゆっくりと目を覚ます。窓の外からは朝日が差し込んでおり、朝を告げていた。

 水差しの水を口に含むと、一気に頭が冴えていく。洗面所で口をすすぎ、そのまま身支度を整えた。起こされなかったということは、時間までには起きられたということだろう。

 リビングへ行くとすでにフィロメナ以外は起きており、各々朝食を摂っていた。

「メリー様、おはようございます」
「おはようございます、エルヴェさん」
「簡単に朝食を作らせていただきました。召し上がりますか?」
「ぜひ! いただきます」

 エルヴェはテキパキと朝食を空いている席へと運んでくれた。今日の朝食はトーストとベーコンエッグと人参と玉ねぎのスープだ。いつもの朝食を思えば十分過ぎるほどに充実している。スープがじんわりと体に染み、ホッとするような美味しさだ。

 双子の世話を焼きながら隙を見て朝食を流し込むアイゼア。フィロメナを叩き起こして連れてくるスイウ。朝食を配膳したり片付けに追われるエルヴェ。新聞を広げながら食後の紅茶を飲むカーラント。
 いつもはカーラントと二人、静かな朝を過ごしていた。こんなにも賑やかな朝は随分ずいぶんと久しい。

 メリーは朝食を食べ終え、旅支度の最後の確認をする。ふと窓辺に置いてあるアイゼアから貰った花の小瓶が目についた。安息効果のある花は旅先でも役に立つかもしれないと思い、かばんの中の空いてるところへ入れた。


 全員支度が終わり、いよいよ出発する。

「二人共、忘れ物はないかい?」
「「はーい!」」

 元気よく手を上げる双子を見つめながら、メリーはエナガを呼び出しモナカのところへ向かうように指定した。とりあえずはノルタンダール駅から魔術鉄道で炎霊族自治区の首都メラングラムへと向かうことになる。
 人数分の切符を買い、鉄道へと乗り込んだ。こんなに大人数で鉄道に乗って旅をするのは初めてのことだ。

 やがて列車が発車し、メラングラムへと進み始める。流れていく平原と山頂にだけ雪を被ったヴェンデニア山脈が空の青さに映える。フィロメナは双子と一緒に旅への期待感に胸を膨らませているらしく、楽しそうに外を眺めていた。

 故郷や故郷の人々に思い入れはないが、ノルタンダールの街やあの山脈を望む景色を見ると、心のもやが晴れていくようで大好きだった。これからはほとんど見ることもなくなるだろうと、どこか寂しい気持ちで景色を見送る。

 エルヴェが用意してくれた焼き菓子を食べながら、会えなかった時間を埋め合わせるように会話は尽きない。そんな賑やかな旅路の中、スイウだけが浮かない表情でぼんやりと景色を眺めていた。


第79話 青春の味を喰らえ(1)  終
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