後章─幾星霜を越え、錆びついた時は動き出す

 メリーとカーラントがスピリア連合国に帰国してから、スピリア国内は大きく変わっていく。

 違法行為に手を染めていた族長家や御三家等を改めて告発し、次々に逮捕され、権力や資産を剥奪はくだつされた。それによりスピリア連合国の中枢から大幅に人員が失われたが、新たに選出された代表者がここに加わることになる。

 中央と自地区、自地区内での領地区分の構造は残したまま、権力の世襲を廃止。各自治区の代表者は族長という名称を保ち、これまで領地を与えられ統治してきた御三家は領主という名称へと統一される。

 これらの全ての役職は一定の任期での交代を義務付け、領民から選出された代表者たちによって統治がなされることとなった。これまで行ってきた御三家の業務の一部は公的機関へ委譲され、権力や権限が一極に集中しないように分散された。

 更に魔力至上主義は差別的であるとし、魔力による人の選別の禁止が法律により制定。これにより学校教育の場において魔力での選別も禁止され、皆が等しく均質な教育が受けられるように義務付けられた。

 このスピリア連合国での政変は、世界征服を目論んだストーベル・クランベルカをきっかけに、それを打倒し国に変革をもたらしたメレディス・クランベルカ、カーラント・クランベルカ両名の姓から『クランベルカの政変』と呼ばれ、後世まで語り継がれていくことになる。




 時は流れ、ストーベルとの決着が着いてから数カ月が経とうとしていた。
 現在この国は、そのまま残った族長家及び御三家と新たに選出された代表者が共に手をたずさえ、国家の安定を急務として日々奔走ほんそうしている。目まぐるしくも新体制は比較的順調に滞りなく立て直されつつあった。

 メリーとカーラントは現在も生まれ故郷であるノルタンダールに滞在している。
 クランベルカ家も法を犯した他家同様に権威も資産も何もかもを剥奪はくだつされたのだが、新体制の発足を支えるために残留しているのだ。現在の領主の傍らで、統治に関わっていたカーラントが引き継ぎを兼ねて補佐役をしている。

 体制が落ち着けばカーラントは贖罪しょくざいのためにセントゥーロ王国へ戻ることになっているため、カーラントの近くにはセントゥーロの騎士が常に見張りとしてついている。

 旧クランベルカ領の引き継ぎは国内でも早い方で、おそらく近いうちにセントゥーロへ戻されることになるだろう。そうすればこの騎士も長期遠征任務を終え、晴れて帰国だ。

 メリー自身はというと、変革に関わった者としてその手伝いのようなことをして……させられていた。
 スピリアを壊し、体制や法律などを変えてしまえればそれでいいと思っていた。正直ここまで政治に関わるつもりはなかった、と静かにため息をつく。

 まつりごとなど専門外もいいところで、統治に近いことをしていたカーラントさえいれば十分だろうとも思う。それも無給でやらされているのだからたまったものではない。カーラントはともかくなぜ自分までが奉仕を強いられているのかはなはだ疑問だった。

「メリー、こちらへ来てくれないか」

 すっかり立場が逆転し、生き生きとしているカーラントに呼ばれ、メリーは重い足を動かす。『領民のために犠牲になることは領主として当然の責務』と豪語し、こちらを殺しに来たこともあるだけあって、ストーベルの下についていた時期に積み上げた功績がカーラントにはあった。

 そのせいかクランベルカ家の実態が露呈しても変わらずカーラントに感謝し、慕う領民が大半だった。こんな高待遇なのはこの自治区内だけで、セントゥーロに戻れば針のむしろだが。

「何ですか?」

 面倒くささを隠しもせずに声をかけると、カーラントの前にいた領民二人がビクリと体を震わせる。
 旧クランベルカ領において『メレディス・クランベルカ』は名前だけは知られすぎていた。恐ろしい『黄昏の月』という忌むべき存在として。

 『黄昏の月』は人々に不幸や災いをもたらすと言われている。魔力は御三家出身という圧倒的な血統で保証されていた。

 その辺の霊族程度では当然メリーに太刀打ちできるはずもなく、まるでこちらを魔物か何かのように扱い、怯えた視線を向けてくるのだ。
 慣れているので今更どうでもいいが、冷静に考えれば本当に失礼極まりない。機嫌を損ねたら殺される、とは考えないのだろうか。

「メリーさん、ほら笑顔笑顔ー」

 困ったようにこちらの機嫌を取ろうとしているのは、ロラン・アペルシーンという名の男性だ。少し気弱だが気性が穏やかで人々にも親身な人柄が受け、領民の推薦で新領主になった。

 元々そこそこの名家の出身かつ役所勤めだったこともあり、カーラントと共に視察や業務などをこなしながらの引き継ぎは比較的上手くいっているように思う。

「あなたがそれではいつまで経っても黄昏の月の誤解は解けないな。あなたたちも、怖がらせてすまなかったね」
「いえ、メレディス様はカーラント様と共に戦われたと伺っております。黄昏の月とはいえ、メレディス様はご立派な方です。さすがはカーラント様の妹君でいらっしゃる」

 ここでもカーラント、カーラント、カーラント、全てカーラントありきで話が展開される。本来はカーラントの方がこちらへ寝返った側だというのに、だ。

「それは違う。私の方がメリーたちに説得されて目を覚ましたのだよ。メリーは……黄昏の月は災いをもたらすような存在ではないのだ」

 それを説明するのも心底面倒で、誤解を解くのは全てカーラント任せにしている。
 領民たちは皆、にわかには信じられない、といった顔をするところまでがお決まりでそろそろうんざりだった。

「メリーも何か声をかけてやりなさい」

 相手には聞こえないほどのカーラントささやきが耳元で聞こえる。
 眉間のシワをとり、平静時の顔を取り繕う。何かと言われても、知らない人に何も言うことなどないのだが。

「『様』をつけないでもらえませんか? 私もカーラントも今はただの平民ですし、カーラントが調子に乗りすぎますので」
「そっそんな、『様』はとれませんっ」
「メリー……」

 カーラントは目元に手を当て大げさにため息をついた。事実を言っただけだが、長年染み付いた感覚というのはやはり簡単には抜けないのだろう。

「あのっ、カーラント様のおかげで今年も無事に野菜が収穫できました。これは皆さんでぜひ召しあがって下さい!」
「ありがとう。困ったことがあればこれからは役所に申請するといい。新領主のロラン殿たちが応えてくれるだろう」

 カーラントは籠いっぱいに入った野菜を受け取り、にこやかに微笑む。

 炎霊族自治区は国土の北方に位置し、とりわけ土地が痩せていて自然環境も厳しい。小さな街や村は貧しく、近年まで飢えに苦しむところも多かった。カーラントはその中でも農業改革に力を入れ、街や村の食糧事情を大きく改善したのだとロランが話していたのを思い出す。

 こんなことにでもならなければ一生見ることも知ることもなかったことだな、と思いながらメリーは籠の中身を覗き込んだ。


第76話 来客は突然に(1)  終
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