前章─復讐の先に掴む未来は(2)

 翌日、指定された時間通りに国王との謁見えっけんが行われた。アイゼアが少し前に、その後ろにメリーとエルヴェが並んでひざまずく。

此度こたびの活躍、大義であった」
「身に余る光栄に存じます、陛下」

国王からの労いの言葉をアイゼアが様式に従って返す。

「そなたたちがストーベルを追い、戦っていなければ恐らく手遅れになったであろう。私はそなたらの働きに応え、褒章ほうしょうを与えたい。何か望むものを申すが良い。可能な限り叶えよう。アイゼアよ、そなたは何を望む」
「褒賞など恐れ多いことでございます。私は騎士としての勤めを全うしたに過ぎません。ですがもし何か望みを聞き入れていただけるのであれば、後ほど話をさせてはいただけないでしょうか?」

 メリーは昨日、アイゼアに何を国王に進言したいのか話をしておいた。アイゼアはその話を快く受け入れ、協力してくれることになったのだ。

「そうか。ではエルヴェよ、そなたの望みを申してみよ」
「……アイゼア様、望みがあれば言っても良いものなのでしょうか? それとも辞退することが正しいのでしょうか?」

 エルヴェは小声でアイゼアに尋ねたが、アイゼアが返すより前に国王が答える。

「遠慮せずとも良い」
「はっ、はい。私はベジェという村で暮らしておりましたが、襲撃により村や田畑が荒らされてしまったのです。田畑が荒れたままではあの村の方々は暮らしていけません。どうか住居だけでなく、田畑の復興にも助力していただけないでしょうか?」

 エルヴェとアイゼアと初めて会ったときに行った村だ。ミルテイユがけしかけた魔物によって村は荒れ果てていたことを今でも覚えている。

「そなたや村の者たちの心労は察するに余りある。復興のための人員を長期的に派遣すると約束をしよう。では、メレディスよ。そなたの望みを申してみよ」

 昨日は物申すなどと勢いづいていたが、この厳格な空気に飲まれ、さすがに緊張を覚えた。下手をすれば自分すら投獄とうごくの身となりかねない。

「私の望みは……カーラント・クランベルカの減刑と、我が祖国スピリア連合国の是正に力を貸していただきたく存じます」

 その瞬間、国王を取り巻く宰相や大臣、貴族たちがざわめく。ストーベルによる残虐行為の片棒を担いだカーラントは処刑すべきと糾弾きゅうだんする声が上がる。

「静粛にしなさい」

 国王の威厳に満ちた静かな声が、この場にいる者全員を黙らせた。沈黙の中、国王はメリーに問いかける。

「聞いての通り、カーラントは大罪を犯した身。メレディスよ、そなたはなぜカーラントの減刑を求める。兄妹の情か?」
「失礼を承知で申し上げます。それは私からお話させていただけないでしょうか?」
「ではそなたに問おう、アイゼア」
「まずこちらを見ていただきたいのですが……」

 アイゼアは秘書官に分厚い紙束を手渡し、秘書官が国王へと手渡した。

「カーラントの減刑を求める嘆願書と署名を集めて参りました」
「これほどの人数が……」
「カーラントは確かにストーベルの配下として加担しておりました。ですがストーベルたちを止める戦いにおいて協力し、多大な貢献をしております。彼がいなければ敗北していた可能性が高かったといっても過言ではありません。おかげで多くの騎士が命を救われ、共に戦った騎士の名がその署名欄に連ねられているのです」

 署名の紙は相当な厚さになっていた。アイゼアの呼びかけだけでなく、あの地で戦った騎士たちも協力して集めてくれたのかもしれない。
 謁見の間が再びざわめきで埋め尽くされている。そんな馬鹿なことがあるのか、戦った騎士がそう言っているのであればそれが正しいのでは、協力したとはいえ減刑は……など様々な意見が飛び交う。そのざわめきが収束し、国王はしばらく目を伏せて思案したあと、ゆっくりとアイゼアを見つめる。

「戦いで何があったのか、詳しくはこの署名の者たちに聴取し、処断はそれから下すこととする。それで良いか? アイゼアよ」
「陛下の寛大なご配慮をたまわり、感謝いたします」

 アイゼアはうやうやしく一礼をした。まずは一つ、交渉結果は上々だ。残すはもう一つ、こちらは自分がどれだけ説き伏せられるかにかかっている。二人を奪い、多くを歪めてきたスピリア連合国を潰すためにも、何とか聞き入れてもらわなくては。

「メレディス。そなたはもう一つ、スピリア連合国の是正の協力と申していたな。先に言っておくが、内政干渉はできぬ。ただでさえ此度の件で関係は危うくなっている。深刻な国際問題に発展しかねんような対応はできぬのだ」

 非はスピリア側にあるとはいえ、セントゥーロ側としても戦争は避けたいのだろう。霊族と人間の戦争の大半は霊族側の勝利で終わることは歴史が証明している。
 人間は何度も霊族に返り討ちにされてきたのだ。スピリアを批判できる立場ではあるが、逆恨みされ黙らせるために戦争でも吹っかけられたらたまったものではない。極力関わりたくないというのが本音だろう。

「重々承知しております。直接スピリアへ働きかけてほしいわけではないのです。今回の件を世界へ発信する際、調査報告の内容として私とカーラントの告発及び、スピリア国内で繰り返されている非人道的な実験の数々を発信していただきたいのです」

 メリーは語気を強めて訴える。国王の目に鋭く厳しい光が見えた。それをどう受け取っていいのかはわからないが、関心を引きつけられたことだけは間違いないだろう。

「……つまり国際世論を味方につけ、スピリアに動かざるを得ない状況を作り出してほしい、ということなのだな」
「はい。忌まわしい実験を繰り返し、魔力による支配を画策する者は何もストーベルやクランベルカ家に限った話ではないのです。あの国はそういった事例が蔓延まんえんしております。ここで芽を摘まなければ、また同じようなことが今後起きても不思議ではありません」
「此度のような事が再度……それを捨て置くことはできぬが……」

 国王は静かなため息と共に、小さく唸りながら考え込む。やがて伏せられた目が開いた。先程の雰囲気とは打って変わり、真剣で親身になってくれているような気持ちにさせるような目をしていた。

「そなたやカーラントは、知っている全てを話す覚悟があるということだな?」
「はい。クランベルカ家より持ち出した物証も僅かではありますが現存しております。カーラントであれば更なる物証を研究所から掬い上げることも可能です」
「その物証を今見ることはできるのか?」
「はい。こちらがその物証でございます」

 メリーはメラングラムの研究所から持ち出した混合魔晶石と書類を秘書官に手渡す。

「それは魔力の高い後継者を生み出すための人体実験の資料です。魔晶石は複数の属性を一つに固めたものなのですが、問題なのはそれに使われているのは全て霊族の命だということです」

国王は驚きに目を見開き、混合魔晶石を光にかざしながら凝視する。

「霊族は魔晶石になるという話は聞いたことがあるが、それを用いているということか?」

 人間の国の王だが、魔術に関しても造詣ぞうけいが深いらしい。前回謁見した際にもスピリアのしきたりに詳しかったことを思い出す。セントゥーロの国王はかなり勤勉な人なのだろう。

おっしゃる通りです。陛下が持っておられる混合魔晶石は、複数人の命を無理矢理一つに固めたものです」
「人命を……禍根は相当深刻なようだな。更に物証を集め、そなたの証言に確証が得られるようであれば告発も同時に発信すると約束しよう」
「ご助力感謝いたします」

メリーもアイゼアにならい、うやうやしく礼をした。

「……告発をし、上手く国際世論を味方につけてスピリアを動かせたとしよう。そこから国を変革できるかはそなたの……否、そなたらの手にかかっている。一個人が大きなものを動かすことは決して容易なことではない。私がそなたの力になれるのはこの程度でしかない。国内でも助力してくれる者を探し、味方にすることを忘れぬよう」

 国王の言葉にメリーは動揺した。この人は本当にこちらの事情を憂いてくれているのだとわかったからだ。

 国王は自国を優先して当然だ。むしろそうでなくてはならない。もちろん禍根を断つためというのが一番の理由だろうが、それでも他国の事情に心を痛め、僅かでも力を貸そうとしてくれたことに感謝と畏敬いけいの念が込み上げた。
 本来であればメリーもクランベルカ家の一員として責め立てられてもおかしくない立場だというのに。

「ご忠告痛み入ります」

 メリーは国王の言葉を噛み締め、心に刻んだ。

「アイゼア、メレディス、そなたらの願いを聞き入れるかは調査が済み次第判断する。報告は追ってさせよう」

 こうして国王との謁見が終わり、三人はやっと緊張から開放された。


 宿屋への帰路につき、夕暮れの街を歩く。夕食はアイゼアのオススメの居酒屋に連れて行ってもらった。エルヴェは料理を興味深そうに観察していて楽しそうにしているし、アイゼアは本当によく食べる人だ。

 エルヴェがアイゼアに食の感想を聞くが、味覚に自信がないのか返答はどうにも的外れだった。エルヴェはアイゼアの注文したものを取皿に分け、次から次へとメリーに差し出す。
 期待の眼差しに応えて感想を口にすると、アイゼアのときよりは好感触そうな表情でうなずいて聞いてくれた。

 人目を気にせず、陰口も叩かれることなく、友人とのんびり賑やかに店で食事を楽しむのは人生で初めてだった。そう言うと、二人はちょっと悲しそうな顔をして更にメリーの前に料理を差し出してきた。そんなに大食いではないのだが。

 アイゼアはお酒を注文して、ほろ酔い気分でいろんな話をしてくれたし、メリーも小さなグラスに一杯だけお酒をもらって、これまでの旅の話をした。
 スイウと旅が始まったときのこと、フィロメナとスイウだけで旅をしたときのこと。辛く苦しいことも多かったが、今は少しだけ笑って話せる。

 それからフィロメナがいたらきっとこの料理は感激してたんじゃないかとか、スイウにお酒を飲ませてみたかったとか、たまにちょっとしんみりしながらも終始楽しい時間が過ぎていく。美味しいものを食べて、たくさん二人と会話を交わした。




ミュールとフランのいない世界。
スイウとフィロメナと別れた世界。
それでも世界は刻一刻と進んでいく。

 寂しい思いを抱えながら、それでも胸が弾むような楽しいひとときを過ごして、これからを生きていくのだろう。


第74話 境界線に立つ者たちへ(2)  終
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