前章─復讐の先に掴む未来は(2)

 フィロメナは浄化の作業を継続しながら、カーラントの話に耳を傾ける。

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 ストーベルへの策も無事に決まり、結界の前にはカーラントとメリーの二人だけが残されていた。メリーは結界の解除を継続しながら、ずっと険しい顔をしている。その理由はおおよそ検討がついていた。

「フィロメナ殿をどうやって死なせないようにするか考えているのかね?」

 メリーに尋ねると、チラリとこちらを一瞥いちべつし「そうです」と短く無愛想な返事を返してきた。カーラントは、メリーたち五人が交わしていた会話の中に一つ気になるところがあった。

「先程スイウ殿が魔族と天族は世界の理の一部……みたいなことを言っていただろう?」
「雨が降って雑草が生える、でしたっけ」
「あぁ。私たちから見れば一線を画した存在である天族や魔族がそうなら、グリモワールも神に等しい力のように見えて、ある程度はこの世界の理に沿ったものだと考えても良さそうだと思わないかね?」

 グリモワールを管理している彼らの存在が世界の理の一部なら、グリモワール自体もその世界の理の一部だという想定も成り立つのではないか、とカーラントは仮説を立てたのだ。

「グリモワールは世界にかけられた大きな呪いのようなもので、本自体は無数の呪いを一つにしたものだとモナカさんは言ってましたけど……」

 呪術は属性魔術の外枠にある魔術の一つだと考えられている。正しくは魔法に分類され、弱いものは『まじない』と呼ばれており、これは人間でも行使できる。

 属性魔術は霊族にしか使えないが、魔法に分類されるものは属性を含まないか、人間でも扱える術を含む。例えば魔法薬や魔法雑貨、魔法道具なんかも簡単なものであれば人間にも作成できるため、魔術ではなく魔法という言葉を冠している。ただ歴史の浅いものの中には例外もいくつかは存在しているが。

「呪いだと表現したということは、冥界の未知の力というよりは、呪術か呪術と魔術を複合したものに何らかの方法で冥界の気を取り込ませ、いくつも呪いを重ねて強大な力を持たせた……という可能性が高いのかもしれませんね」
「ふむ……グリモワールの使用法を魔術体系に当てはめるなら、呪術を使用するための魔法書に分類されそうだな。グリモワールから放たれる術は穢れを帯びた強力な呪術なのだろう」

 メリーは何かを思い出すように考え込みながら、こくりと小さくうなずく。

「そうですね。魔族の持つ特殊能力ですら本質は呪術でそれに穢れが含まれてるものっぽかったですし。本自体も無数の呪いを固めたものということですから、単なる魔法書というだけでなく呪いそのものでもあると思いますけど」

 メリーの言葉にハッと気付く。それはメリーも同じだったのか、同時に顔を見合わせた。もしかしたら、霊族である自分たちにもまだできることは残されているかもしれない。

「……本自体が呪いということは、呪術の塊ということになるな」
「呪術なら解呪ができます。グリモワールそのものにも解呪が使えるかも、ですよね?」
「浄化が呪いと穢れの両方を祓うものだとして、解呪で呪いを取り除けるなら、フィロメナ殿の負担は浄化のみ。単純計算で半分になるな」

 グリモワールの呪いと穢れは一見同一のものに見えるが、魔術理論に当てはめれば全くの別物だとわかる。呪いは物によっては人間ですら扱うことのできる術で、穢れは冥界の手の届かない世界のものだ。
 グリモワールを特別視するあまり見失いかけていたが、一つ一つ紐解いていけば、それは恐ろしい神の力などではなく、理論にのっとったものだとわかる。

「カーラント、解呪は頼んでもいいですか? 私はあまり呪術は得意ではないので」
「だろうな」

 そんなことは百も承知だ。逆に自分にとって呪術は得意分野の一つでもある。

「幻術と同じで、呪術も術者の精神が密接に関わってくる。鍛錬の足りないあなたが苦手なのも道理だ」
「……フィロメナさんをよろしくお願いします。解呪が上手くいかなくても何かで絶対何とかしてください」
「言ってることが無茶苦茶だな……」

 メリーは少し不満そうにこちらをにらみながらも、能力には信頼してくれているように思えた。
 まだ自分にできることがあるのなら、全力を尽くす。自分にも未来があると言ってくれた彼女を救うためにも。


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 メリーとカーラントが、自分を救うために懸命に考えてくれていたことにまた泣きそうになった。にじんだ視界を手の甲で拭う。

 解呪と浄化を別で考えたことはなかった。便宜上解呪と呼ぶことはあったが、浄化と同じものだとフィロメナは思っていたからだ。
 カーラントのおかげで魔力の消費量も体への負担も圧倒的に軽くなっていた。エルヴェが魔力を分けてくれていたおかげで、残り少なくなってきた穢れも祓いきれそうだ。

 一気に気合を入れ、浄化する力を強めた。更に速さを増して解呪されていく。やがてフィロメナの浄化の力がグリモワールに侵食し、白く淡い光を放ち始めた。

「グリモワールが消えてく……?」

 光の粒子が溢れ、グリモワールの穢れた気配が薄くなる。やがて粒子は風に流されるようにして消えた。
 その瞬間、一際ひときわ大きな地響きが天界の大地を揺らす。遠くに見える無の王が灰のように白くなり、ボロボロと崩れていくのが見えた。

「みんな、大丈夫かしら」

 不安に駆られかけた心を叱咤しったする。きっと大丈夫だ。今はこの場にいる怪我人の治療をしなくては。まだフィロメナの戦いは終わっていない。



 しばらくしてから、戦っていた皆がこちらへ歩いてくるのが見えた。エルヴェが片手を大きく振り、アイゼアは一度片手を高く上げ、メリーは小さく手を振っている。スイウはその様子を横目で見て、こちらにも見えるくらい大げさに肩をすくめていた。

 無事だったことが嬉しくて、景色がじんわりと滲む。泣きそうになるのをこらえながらフィロメナは思いきり両手を振った。
 無事でよかったという安堵あんどと、皆が笑って生きるこの世界を守りきったのだという誇りを胸に。


第73話 涙の凱旋歌トライアンファルソング(2)  終
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