SS 141~160

あなたは私よりも先に逝ってしまうでしょう?
ですから私はあなたの求婚を受けることは出来ません。
蛇にそんなことを言われて、僕は悲しかった。拒絶されたことがではない。蛇にそんなことを言わせてしまったことが悲しかった。

「大丈夫だよ、蛇」

「何がですか」

「僕は絶対、蛇のことをひとりにはしない。もう寂しくさせたりしない」

「人間風情が何を言いますか」

「そうだね。僕はただの『人間』だから、神である蛇にしてやれることがあまりないけれども」

そうだなぁ、と考える。そうして御神木に寄り添うように座っている蛇のその頬にそっと触れた。

「僕は蛇に家族を残そう」

「は?」

「僕は蛇より先に逝ってしまうから、だから蛇が寂しくないように家族を作って、そうして残そう」

「そんなこと、私は容認してはいませんが……」

「蛇が認める認めないの話じゃないの。僕が決めたんだよー、だ」

「傲慢な」

「知ってる?蛇。人間ってのは傲慢の塊なんだよ」

「あなたを見ているとそうとしか思えませんね」

はあ、と溜め息を吐いた蛇は己に触れている男の手のひらの上にひんやりとした真白い手を重ねた。

「言っておきますが、逃がしませんからね?」

「ふふ、いいよ。逃がさないで。ずっと捕まえていてね」

これは約束。
何千年先まで続く、幸せな約束の筈だった。

なのに蛇が胎に子を宿した少しあとのこと。
村に飢饉が襲い、村長であった父は気に入らなかった蛇のことをこれ幸いにと人柱……ならぬ、神柱にしたのだ。
僕はこんな激情を抱いたことがあっただろうか?
気が付けば僕は鉈を手にしていて。辺りは血の海だった。
そんなことよりも早く蛇の元にいかなくては、という気持ちが勝って。

「蛇、蛇。もう怖くないよ」

蛇の身体を縛っていた縄を解いてやれば、蛇は驚いた顔をしながら、それでも微動だにしようとはしなかった。

「……私が死ねば、この村は救われたのですよ?」

「そうかも知れないね。でも、僕にとったらこんな村よりも蛇の方がずっとずっと大事だから」

「憐れな方ですね。あなたも……私も」

「なんでもいいよ。僕は蛇を傍に置きたい。ただそれだけなんだからさ」

蛇にもうなんと思われてもいい。僕は蛇だけは失えない、失いたくない。
もう蛇にこの言葉すら伝わらなくても。僕は蛇を――守りたかった。
当たり前だよね?
愛したヒトをどうして見殺しに出来るのかっていう話だし。

「愚かです」

「なんとでも言って。僕は蛇の為ならなんでもできるから」

そう言って僕は蛇を抱き締めた。
白い襦袢に僕がつけた赤が染み込んでいく。
それを横目に、腕の中でもがくことも忘れた蛇は享受する。

「生まれ変わっても、地獄の果てでも、ずーっと一緒だよ」

蛇。愛してる。あいしてる。
ただ、それだけだった。
16/20ページ