SS 121~140

「おい」

耳元でとんでもないイケボが聞こえた。
つまりは耳を覆っていたヘッドホンが奪い去られたということだ。
そのヘッドホンの先に繋がっているのは携帯ゲーム機。
しかも最新版。画面にタッチが出来るよ!

じゃなくて。

ヘッドホンの線がゲーム機からうっかり抜け、その瞬間、部屋に響くイケボ。
所謂乙女ゲームを攻略中だった私は恋人にその現場を抑えられましたとさ、ちゃんちゃん。
あわや大惨事!

なんてこと、私達の間ではもちろんのようにないのだが。

「俺が出たゲームを買うなってアレほど言ったよな?」

「このゲーム、私の性癖ど真ん中なシナリオだったものだから、ついなぁ」

頭をボリボリと掻けば腕を取られて「傷がつく」と言われた。
なんたる優しい恋人であろうか。
まあ、癖だからやめられない止まらないなんだが。

「俺もそのシナリオは面白いと思った。だけどなんで俺の演じたキャラじゃなくて、他の男のキャラを攻略してんだよ」

「このキャラクターが一番性癖に刺さったからに決まっているだろう?」

何を言っているんだ、きみは。
そうとでも言いたげに、しかしそうとは言わず。
私は親指を突き立てれば頭をチョップされた。
地味に痛い……。

「俺も愛せよ、ばーか」

「あ、それ。ユーマくんの声で言ってくれないか?」

「テメェ、ぶち犯すぞ」

「ん?ああ、すまない。怒らせる気はなかったんだが」

「珍しくしおらしいことを言うな」

「正直な話、ヘッドホンが無事かどうか気になってまったくきみの話を聞いていなかった」

「本当にテメェは……まじ犯す。……はぁ。なんで俺はお前みたいなのと付き合ってるんだろうなぁ」

疑問のようなその言葉に「それもそうだ」と声を発する
確かに私達は何故付き合っているのだろうか。

とんでもなくイケボな持ち主の恋人は、ちょっとかなりとんでもなく人気な声優さんだ。
そんな彼に恋人がいるだなんて知られたら炎上案件であろう。
何より女の子の夢を壊すのは得策ではない。

「うん。別れようか」

それに別れてしまえばこうしてゲームをしている時に邪魔をされることもないわで。
ナイスアイディア!天才か私!あ、天才だったわ!

「待て待て待て?別れるとか気軽に言うんじゃねぇよ?」

顔をひくつかせながら、しかしその声はいやに沈んでいた。
私はきょとんとしながら首を傾げる。

いつもの俺様気質はどーしたー?

モテモテ転校生が来る学園の俺様生徒会長でもしてそうな雰囲気をいつもは身に纏っている恋人が、今は子犬のような姿にしか見えない。
しかし愛護的な感情は湧かなかった。

「私がゲーム好きなのは知ってるでしょー?特に乙女ゲーム」

「……おう」

「まったく声優には興味ないけれども、かなりの倍率のイベントに命を懸けて御百度参りしながら応募した友人に連れられて行った。そこできみと出逢い、そうしてその後、仕事をした」

そんな出逢いから、きみがアプローチをかけてきたのだろう?

「そう考えると、……私はきみにまったく興味がないな!」

「っな!?告白に応じて三年も付き合って!今更そんなこと言うのか!?」

目を見開く恋人に、私は「いやぁ」と頭を再度掻く。
また腕を引っ掴まれて、今度は優しく握られた。
なんと。癖が封じられただと?

「ぶっちゃけ良くぞ三年も持ったな。私達」

「だから勝手に終わらせようとするな!」

「まあまあ。落ち着きなよ。ああ。きみに興味はないけれどもきみの演じるキャラクターは魅力的で大変興味があるぞ!」

「声優好きを敵に回す発言を多々してるけど、大丈夫か?オトモダチに刺されかねないな」

「きみは自分を過大評価しすぎじゃないか……?」

「そんな心配そうに言われると俺にちゃんと人気があるのか不安になる……」

項垂れてしまった恋人。
ふむ、と唇に折り曲げた指を当てるように悩む。
まあ、確かに。
私は友人に言ったなら間違いなく殺されかねない発言を何度かしている自覚はある。
しかしこれはこれ、それはそれ、である。
そもそも友人に彼の有名な声優、西條春樹と付き合っているだなんて口が裂けても言えないし知られたくはない。
何故なら彼女の最推しだから。

「私はね、結構きみのことを気に入っていたんだよ」

「やめろ。過去形にするな」

「でも、何故付き合っているかと言及されるととても困るし、考える。そうして個人的にはそんな思考を抱く時間も惜しい程には、きみよりゲームの方が好きだ」

いっそ清々しいくらいの笑顔でそう言ったなら、恋人はごめん寝状態になった。
あ、ちょっと可愛いな。

「俺のこと、好き、とかじゃねぇの?」

「うーん」

そう問われると困るなぁ。
何せ私達は三年の仲になるのだから。
乙女ゲームなら結婚していても可笑しくはない年月が経っているな!びっくりだ!

「なあ、湖夏」

「……ふふ。少しいじめ過ぎたかな?」

甘えるような声。腹に響いてしまう。夜を匂わせる声。
そんな声を発しながら私の膝に寝転がり、頭を預ける春樹。
私はこの時、恋人が帰ってきてからはじめて笑みを見せた。

「……ったく。俺を翻弄できるのは、お前だけだ」

「ああ、その言葉次回作に使えるな!」

「俺をネタに小説を書くな!」

「小説と言えばこの前重版がかかったそうでな。私の金で焼き肉を食べに行こう」

「テメェはマイペースだな本当に!そんなところも愛してるよ!あと金は俺が払う!」

「やけくそな愛をありがとう。私も愛しているぞ。きみの演じるキャラクターを」

「……っくそ。いつか素直にさせてやる」

ぼそりと吐き捨てるように呟かれた言葉。
なんだ、バレていたのか。
私の分かりにくくも素直ではない照れ隠しを。
ヘッドホンをどう取り返そうかと思案しながら私はそう思った。
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