Another Story

 それは正しく、青天の霹靂。

「おはぎを作ることになったのだけれども」
「待て待て待て。なんでそうなったん?」
「理由は一から百まで要るのかしら?」
「百までとは言わんとも、一は欲しいなァ!?」
「……町内会の」
「待って? 瑠璃葉の口から町内会とかいう言葉出てくるん? めっちゃ親近感湧くやん」
「……話を進めてもいいかしら?」
「あ、……はい」
「町内会の催し物で、おはぎを作ろうというものがあったから楽しそうだと思って参加しようと思ったの。ちょうどトメさんもウメさんも参加すると言うことだし」
「トメさんウメさんって、金さん銀さんみたいな?」
「きんさんぎんさん?」
「あ、大丈夫です」
「トメさんもウメさんも良くしてくれるご近所に住むマダムよ」
「ほんで、そのトメさんウメさんが出るから行きたいと」
「楽しそうでしょう? おはぎ作り」
「楽しいかどうかは別として、俺は瑠璃葉の輝く笑顔を見たいので着いて行ってもいいですか!」
「私か輝くような笑顔をあなたに向けるかどうかは別として、構わないわよ」
「いや、向けてください。仮にも恋人やん俺たち。いやん、自分で言っといて照れてまうわ」
「……あなたは生きるのが得意そうね」
「難しい言葉でディスるんやめて」

 そんな話をした、三日後の日曜日。俺は瑠璃葉と共に町内会で使っているという施設に赴き、おはぎを作ることになったのだが。

「まあ、あなたが大河くん? 瑠璃葉ちゃんから良く聞いているわ。今日は楽しんでいってね。ああ、わたしのことはトメさんって呼んでちょうだいな」
「あたしはウメ。ウメさんって呼んでくれりゃあ嬉しいね。若いくて活きのよさそうなのを連れて来たじゃない。まあ、年寄りばかりだけど楽しんできな」
「おおきに! よろしゅう頼んますわ!」

 それはそれとして瑠璃葉が俺のことを話題に出しとる話をあとで詳しく聞いてもええです?
 なんて、トメさんとウメさんに話していたら瑠璃葉が「余計なことを言うな」とばかりに俺の背中に猫パンチを繰り出した。
 まったく痛くはないがその仕草がめちゃくちゃ可愛くて堪らないので心が痛い。主に愛が主成分で痛い。

「瑠璃葉ちゃん。この兄ちゃん大丈夫かい? 悶え苦しんでるけど……」
「大丈夫です。いつものことなので」
「いつも」

 トメさんウメさんの発言が重なったような気もするが、俺は気にしないことにする。
 ええ、いつも瑠璃葉からの愛に苦しんでます。愛おしすぎて。だってこんな可愛くて仕方ない彼女この世界を探しても瑠璃葉しか居らんし!

「血迷ったことを考えているようだけれども、お願いだから大人しくしてちょうだい」
「そんなん俺が忙しない子供みたいやん」
「ふふ、わたしらからしたら二人とも子供よ」

 トメさんの言葉にうっと詰まるが、瑠璃葉は何も気にしていない顔でおはぎ作りの用意をはじめていた。
 というか。

「なんや手慣れてない?」
「『おはぎ作りの会』に参加するのはこれで四度目だもの」
「待って? 直近でやったのいつ?」
「……二ヶ月前かしら」
「瑠璃葉さん。俺が喉から手が出るほど欲しかった瑠璃葉からの誕生日プレゼント……おはぎだったことありましたね?」
「私からの誕生日プレゼントなら何でもいいのでしょう?」
「いいけど! めっちゃ柔らかくて美味しかったけど! なんか違う!」
「はいはい。来年はちゃんと何か考えるから黙って餅米潰してちょうだい」
「なんか納得いかんねんけど……ん? 来年言わはりました!? えっ! 瑠璃葉来年も俺と居てくれるん!? ほんまに!? 嘘やのうて?」
「端的に声が大きいわよ、大河くん」
「嬉しいなァ! 今なら天をも超えられそう」
「言わなければ良かったわ……」

 そうこうしているうちに餅米は餅へと変化し、小豆を煮ていたトメさんウメさんは甘く煮付けた小豆を餡子へと変化させ、俺と瑠璃葉がついた餅へ纏わせていく。

「美味そう」
「トメさんとウメさんの炊いた小豆は本当に美味しいのよ。私がおはぎを二つは食べてしまうくらい」
「えっ、少食な瑠璃葉が!? 嘘やん」
「本当よ」

 やることがなくなり、おはぎを完成系へと作り出している瑠璃葉にちょっかいを掛けていれば、トメさんとウメさんが可笑しそうに見てくる。

「俺が色男やからって、そないに見てもろても困りますよ。なんか俺に付いてます?」
「いや、瑠璃葉ちゃんが言ってた通り、大型犬みたいだと思ってね」
「瑠璃葉? あとで何話してるかちゃあんと教えてな?」

 大型犬言うても、男は狼なんですよ。ってことをちゃあんと分からんとあきませんね。

「……善処するわ」
「もー。言葉だけ日本に染まってくんやからァ」
「半年以上居れば染まりもするわ」
「もうそんななるんか。早いなァ」
「そうかしら? 私にとってはまだ不慣れなことが多くて長く感じる日もあるけれども」
「ちゅうことわや。俺が瑠璃葉に惚れてから、半年以上経つんやな」
「……そうなるのかしら?」
「お姉さん。今年のクリスマスの予定は勿論まだありませんよね?」
「クリスマスは家族で過ごすものなのだけれども」
「郷に入っては郷に従え。日本では恋人と過ごすんも恒例ですわ」
「……善処するわ」
「もー。ほーんま。素直やあらへんなー」

 もうひと押し、の時だった。

「瑠璃葉ちゃん、大河くん。おはぎ出来ましたよ」
「トメさん。いまいいところだったんよ」
「あら、でもおはぎは出来たてが美味しいじゃないですか。ウメさん」
「まあ、そうだけどさ」

 ウメさんは少しだけ残念そうな顔をしてトメさんを何か言いたそうに見ていたが、トメさんは気にした様子もなくにこやかに笑っていた。
 なーんか、邪魔された気分。

「今日は楽しかったよ! また遊びにおいで!」
「またねぇ。瑠璃葉ちゃん。大河くん」

 トメさんとウメさんに手を振りながら、家路に着く時、俺はまた懲りずに聞く。

「なぁなぁ。あの二人に俺のこと、なんて話してるん」
「別に。大型犬に懐かれているわ、という程度よ」
「懐かれてる、ねぇ?」

 瑠璃葉の頭に自分の顔を近付け、つむじにキスを落とす。
 俺を見上げた瑠璃葉は何をされたのか分からない顔をしていた。

「大型犬かて、噛みますよ?」
「あなた、ここ外だということを忘れているのかしら……?」
「ふふ。口にして欲しいって言うてるん?」
「……ばか」
「率直な悪口! ひどい!」
「馬に鹿と書いて大河と読めばいいわ」
「もー、照れ屋なんやから」

 ほんの少し色付いた耳が可愛くて、食べてしまいたくなったけれども、それは家に着いてからのお楽しみにしておこう、と心に決めたのであった。

 片方の腕の中にはおはぎが詰められたお重。
 もう片方の手は、いとしい人の小さな手のひらを包んでいた。
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