Trickstar
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今日は私が所属している劇団の新人オーディションが行われる日。
自分が合格してまだ一年しか経っていないのに、懐かしい気持ちになりながら会場回りの掃除をしていると、あんず!と名前を呼ばれた。
「あれ、北斗。どうしたの?珍しいね、おば様の劇団オーディション会場にいるなんて」
振り向いた先にいたのは、おば様──もとい、座長の息子であり二つ年下の幼馴染み・氷鷹北斗だった。
「俺が来たのは部活の先輩の付き添いだ。まさかあんずも来ているとは思わなかったが」
「私も北斗に会うとは思ってなかったよ。でも元気そうで何よりだね♪良かった、良かった」
最近はあまり連絡を取り合っていなかったから気になってはいたけど、私は舞台に向けての稽古、北斗はアイドル活躍と忙しい日々を送っていたのだから仕方ない。
子どもの頃は毎日のように彼の家に遊びに行っては、北斗を弟のように思い可愛がっていたのに。
(今じゃユニットの『リーダー』任されるまでになっちゃって……でもやっぱり誠矢さんに似てカッコよくなったよね、北斗……)
じーっと無意識に見てしまっていたのか、北斗が不思議そうな顔で私を見てくる。
「あんず?どうかしたのか?」
「えっ、あ~……ごめん、なんでもない。ちょっと昨日の稽古が厳しかったから、まだその時の疲れが残ってるのかも……」
「そうなのか?それなら甘いものを食べるといい。俺の金平糖を分けよう」
「……ホント金平糖好きだね、北斗」
成長したと言っても、こういうところは昔から変わっていない。
お祖母ちゃんが大好きなところとか、好きなお菓子は金平糖一筋なところとか、実は天然ボケなところとか。
(まぁそういうの全部ひっくるめて可愛いんだけど♪)
そう思った私は自然と「ふふっ」と笑みをこぼした。
「なぜ笑っているんだ?どこか可笑しかっただろうか」
「ううん、大丈夫。気にしないで。金平糖ありがと」
手のひらに乗せて貰った金平糖を、一粒ずつ味わって食べる……本当にまだ昨日の稽古疲れが残っていたのか、砂糖菓子の甘さが身体中に沁みた。
それから数日後──次の舞台キャストが発表され私が演じることになったのは、まさかのヒロインだった。
(え、待って。主役ってことは、ラストにキスシーンあるよね……?)
もちろんヒロインという大役を演じさせてもらえるのは嬉しい……けれど、キスシーンなんて初めてで無事に演じきれるか不安もある。
(それに、私は……)
ヒロインに抜擢された瞬間、私の頭の中に北斗の顔が浮かんだ。
「……………………」
「あんずさん。よろしくお願いしますね。最高の舞台にしましょう」
「あっ……は、はい。よろしくお願いします!」
相手となる王子役の俳優さんに握手を求められ、我に返った私は慌ててそれに応えるのだった。
それから三ヶ月間みっちり稽古をして、迎えた本番──
『姫。もう何も怖がらなくていいんだ。大丈夫、ボクがキミの全部を受け止めてあげるから』
『ほ、本当に、私が受けた呪いごと、受け止めてくれるのですか?』
『ああ、勿論さ。呪いなんて関係なくボクはキミを愛してる。だから信じて』
『!……はい。信じます……王子……私、あなたを信じます……だから……!』
舞台上で抱きしめ合う姫と王子の二人は、数秒見つめ合った後に誓いの口付けを交わす。
そして公演はあっという間に千秋楽まで駆け抜け、大盛況のまま幕を下ろしたのだった。
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様でーす」
他の演者さんたちと別れ一人になったところで、私が無事に演じきった達成感に浸りながら帰り支度をしていると、楽屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
誰か忘れ物でも取りに来たのかと思ってドアを開けると、廊下には私服の北斗がいて少なからず驚く。
「あれ、北斗?観に来てたの?あ、入っていいよ。今は私一人だから」
そう言って楽屋内に招き入れると、北斗は「ああ」と短く返事をして足を踏み入れた。
「それで?楽屋まで来たってことは何か話があるんだよね?」
「あ、ああ……舞台のことだが、正直、観なければ良かったと後悔している」
「え、なんで?もしかして私、ちゃんと演技できてなかった!?」
「あぁいや、演技は完璧だった。だからこそ後悔している、というか何というか……その……」
言いながら北斗は、言葉を選んでいるかのように口元に軽く握った拳を当て考えている様子だった。
「……俺は、演者としてはまだまだ未熟だと自分で理解しているつもりだ」
「?……うん」
「それに俺の母のいる劇団で主役に選ばれることが、どんなに名誉のあることかもよく知っている」
「……うん。それで?」
先を促すと、北斗は意を決したように真剣な顔で私を真っ直ぐに見据え、はっきりと口を開く。
「情けない話だと自分でも思う。だが……例え演技でも俺は、あんずが……お前が他の男と結ばれる場面は見たくないと、そう思ってしまった」
「!」
北斗の言葉を聞いて、私はようやく最初に彼が言っていた『後悔』の意味を理解した。
(それは、相手役の俳優さんに嫉妬してたってことになる、よね?つまり北斗は私を……?)
そこまで考えた瞬間、ぶわっ!と一気に顔が熱くなった私は両手で頬を覆う。
「、あんず?ど、どうした、顔が真っ赤になってるぞ!熱か!?だったら病院に……!」
「だ、大丈夫!大丈夫だから!」
「そう、なのか……?それならいいが……」
遠回しに自分が告白したせいだと気付いてない様子の北斗に、私も意を決して行動することにした。
「……北斗」
「なん……っ!」
彼の肩に手を置き名前を呼んだ直後、少し背伸びしてその唇を奪う。
「っ、……あのね北斗。実は公演中、キスなんてしてないんだ。そういう『フリ』をしてただけ。だから、その……今のが初めて、なんだよね」
「なっ……!?」
私の言葉に、今度は北斗が顔を真っ赤にする番だった。
「……好きだよ、北斗」
「──っ!」
最後の一言でトドメを刺してしまったらしく、北斗は耐えきれなくなったのか、気絶してその場に倒れてしまった。
そんな彼を介抱しながら私は、ちょっとやり過ぎたかな、と少し反省するのだった……。
王子様はあなただけ
(私の『初めて』は、全部あなたにあげたいの)
2020.02.06