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【ときの迷い子】

「ミカ」

 俺たちは、両側から小さな彼女の身体を抱き締めた。一番辛いのはミカだと思って、溢れそうになる涙をグッとこらえる。

「エイプリルフールのつもりだったの」

「神様は、冗談の通じねぇ奴だな」

 背後から抱き締めながら、エリックがぼやく。その時、抱き締めていた身体が、ひと回りほど小さくなった。いや、存在が曖昧になって、身体の中に腕がめり込んでいるような――?

「ミカ?」

「戻るか」

 エリックは驚いていないようだった。

「あたし……あたし、どうなるの?」

「ミカの魂は、審査保留だったんだ。母親が助ければ、助かる命だったから」

 エリックが静かに語ったあと、明るい声を出した。

「ミカ。お前の母親は、お前を見捨てなかった。エイプリルフール成立だ」

「ホントに……?」

「ああ。でも、もうするんじゃねぇぞ」

 暗闇に、眩しい光が生まれる。ミカの身体が発光していた。その表情は、悲しみではなく喜びに濡れている。ミカの涙にキスして頭を撫でると、初めて子どもらしく、ミカはその手に甘えた。

「嬉しい。嬉しい。お母さん」

 その『お母さん』は、どちらに言ったのだろう。ミカは、輪郭をぼやけさせながら、ひと言残した。

「ありがとう。ばいばい」

 景色がホワイトアウトして、思わず目を庇って腕をおろすと、もうミカは何処にも居なかった。

「ミカ……」

「良かったな」

「エリック、知ってたの?」

「ああ。ウィリアムさんから、頼まれてた」

 逞しい素肌の上半身を起こし、サイドテーブルに置いてあった死亡予定者リストを手に取ると、開いてみせた。『ミカ・スタンフォード』の文字と顔写真が、これも発光しながら消えていった。こらえていた涙が、堰を切ったように零れる。柔らかく抱き締められた。

「おいおい。今度はお前か? ミカは、今度こそ幸せになる。俺が請け合う」

「うん。良かった……んっ」

 顔中に、キスの雨が降る。エリックの唇は少しかさついていて、触れる度にくすぐったくて、俺は思わず噴き出した。

「今泣いたカラスがもう笑ったな」

 エリックが笑みを滲ませて脇腹をくすぐり出すものだから、俺は身をよじって笑った。ミカ。君のこと、忘れないよ。でももう、君はこっちに来ちゃいけない。病院で目を覚ましたら、エイプリルフールだったって、お母さんを許してあげて欲しいんだ。

End.
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