【ときの迷い子】

「エリック……もう寝た?」

「いや。どうした?」

「ミカの身体……アザと火傷の痕だらけだった」

「何?」

「シッ」

 ミカを起こさないよう、エリックを制する。

「聞いてあげた方が良いかな」

 死神は漏れなく自殺した人間なので、特別な事情でもない限り、動機を訊いたりしないのが普通だった。だけど八歳で自殺したという時点で、すでにミカは特別なケースなのかもしれない。エリックが、天井を見詰めて目をすがめた。

「そうだな……子どもは無意識に母親を求める。アランを『お母さん』と呼んでるからには、お前が訊くのが無難だな」

「……何を訊くの?」

「ミカ……! 寝てなかったのか」

 暗闇に、ポツポツとふたつ、黄緑の燐光が光っていた。

「アザね。お母さんにされたの。お父さんは日本人だったけど、お母さんはいつも、お父さんと一緒に歩くの恥ずかしいって言っていて、あたしが七歳の時に離婚したの」

「恥ずかしい?」

 思わず聞き返すと、燐光が数秒消えた。ゆっくりと、瞼が開いて再び光が点る。

「うん」

「何で?」

「日本人だから」

 俺は絶句してしまった。確かにアジア人への差別は根強く残っていたけれど、愛した相手を「恥ずかしく」思うだなんて。理解が出来なかった。今まで黙っていたのが嘘みたいに、ミカが蕩々と語り出す。

「お母さんは金髪だけど、あたしの髪は黒いでしょ。だから、あたしを見る度にお父さんを思い出すって、一年間ずっと酷いことされた。でも、ほんの冗談のつもりだったの。お母さんをちょっと驚かせてやろうって。お母さんはいつも夜の六時に帰ってくるから、五時五十八分に手首を切ったの。お母さんがすぐ見付けてくれると思って。そうしたら……お母さん、六時に帰ってきたけど、男のひとと一緒だった。それで、あたしを見付けて。あたしはニコってしたけど、お母さんは黙ってお風呂場のドアを閉めたの。男のひとに、「何でもない」って言って、楽しそうにお喋りしてた……」
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