今日だけは。
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「ところで、君は私の傍に来て何年になる?」
ディアボロの書斎で定期報告の書類に決裁を貰っていると、書類に目を落としたまま、ディアボロが話し始めた。
「……何年、で済む話だとでも?」
「ははは! それもそうだな!」
相変わらず真面目な顔をして、俺の指摘を子供のように楽しんでるな……。
だが、なぜかどんなにくだらない話でも、この男が笑うだけでこちらも釣られて笑ってしまう。
「いやな、君がここへ来てから、ずっと働きすぎだと思っていてな」
決裁を終えたディアボロが、書類を渡しながら俺に目を向けた。
「働きすぎか。君に言われたくはないな」
「そうかな。俺は自分の理想を叶えるためだから、正直楽しいくらいだ。だが、君は違う」
ふいに、真剣な眼差しを俺に向ける。
目が合った瞬間、無意識に背筋が伸びる。
俺は、この眼差しに、弱い。
「……どういうことだ?」
「目標が違うということだよ。俺は自分のため。君は、大切な人たちを守るため」
「……。」
一つ前述に訂正する。
この男は、真面目に冗談を言うが、本気で語るときはすべてを見透かすような、それでいて魂を握られているかのような異様なオーラを放つ。
「君は、俺に忠誠を誓うと言ってくれたが、ただ付き従う操り人形ではない。しっかりと、俺の意図を理解し、時には言い争うくらい弁論をしたこともあったな」
「……そんなこともあったかな」
このオーラに飲み込まれないよう、俺は彼から顔を背けた。
「ああ。そうだとも。だからこそ、俺は君が必要なんだ。ほかの誰でもない、君がね」
「……。」
「そんな君が、俺のせいで疲弊し、弱ってしまっては困る。俺は君を失うわけにはいかないんだ」
「大袈裟だな。俺は君と同じ悪魔だ。人間とは違い、魔力が弱まることも、疲れ切ってしまうこともない。大体、そうなる前の自己管理だってできている」
「確かに、博識で思慮深い君なら、何歩先だって読んで行動するだろう。だが、それは君自身の問題だ。今の話は、俺がルシファーを大事だからこそ、労わりたいと思ったんだ」
……なに言ってるんだ、この男は。
こういうときは、大体目的が決まってる。
「……はぁ」
「ははは! いやだなぁ、そんな困った顔をさせるつもりはなかったんだがなぁ」
「今度は何を思いついたんだ?」
「さすが、話が早い」
俺が諦めて話題を振ると、待ってましたと言わんばかりに不敵に笑う。
「ここまで言われたら、察するだろう」
俺がため息混じりに言うと、彼は心底楽しそうに話し出す。
「ルシファー、君は明日から一週間、休暇を取ってもらいたい」
「……はぁ?」
予想だにしない話に、耳を疑う。
……まぁ、今まで思い付きで言い出してる案なんか予想できたことなどないのだが。
「聞こえなかったか? 明日から一週間の、バカンスだ!」
彼は何がそんなに楽しいのか、嬉しそうに両手を広げ、高らかに告げた。
「……何を思いついたかと思えば」
「嘘じゃないぞ? 俺はいつも本気だ。それは君が一番よく知ってるだろう?」
「定例だけでなく、かなりの業務が今後も待ってるんだ。しかも機密に関わるものばかり。誰が代わりを務めるんだ」
「あぁ! それなら心配ない! なぁ、バルバトス!」
パチン。
彼が軽快に指を鳴らすと、どこからか音もなく隣にバルバトスが立っていた。
俺に気配も悟らせない程の力を秘めているこの執事は、いつも腹が読めなくてどうにも苦手だ。
「はい。ルシファーがいない一週間、私が坊ちゃんのサポートを務めます」
表情が読めない無機質な顔で、淡々と答える。
「バルバトス、お前……」
「もとより、君が来る前はバルバトスがやっていてくれてたんだ。事情を話したら、バルバトスも快く引き受けてくれたよ!」
「ルシファーの抜けた穴は大きいですが、一週間程度の穴埋めなら対応できるかと」
「…なるほど。もうここまで調整済み、か」
俺はとんだ茶番に付き合わされていたらしい。
もとより、断る選択肢は無かったわけだ。
「いいじゃないか! 一週間、どんな風に使ってもらっても構わない。趣味に没頭するのもよし、人間界に遊びに行くのもよし、兄弟たちと腹を割って話しをするのもよし!」
「…最後は絶対にないな」
ふと暴れ馬たちの顔を思い出して想像してみたが、好き勝手自分たちのやりたい放題に騒ぎだす姿が、想像を打ち消した。
「あ、そうだ。バルバトス、あれを」
「はい。ただいま」
バルバトスはうやうやしくお辞儀をすると、ディアボロの書斎から姿を消した。
「一体、今度はなんだ」
「まぁまぁ」
「お待たせいたしました」
またもや気配もなくディアボロの傍に現れたバルバトスの手には、一目でかなりの年季が入っているとわかる酒瓶があった。
「ルシファー、これをよかったら貰ってくれ」
「これは、なんだ?」
「見ての通り、ビンテージもののデモナスだ。あれ? 君、お酒弱かったっけ?」
真面目な顔してすぐさま茶化すな。
「……そうではない。なんで急に、こんな高価そうなものを俺にくれるんだ」
という心の声をぐっと押さえ、素直に疑問を口にする。
どうにも真意が読めない。
「あぁ。これも俺からの日頃のお礼、というやつさ。大事にしまっておいたのだが、機会がなくてね。この子も、暗い部屋でずっと眠っているより、こうして美しい男と一夜を共にした方が幸せ、というもんだろう」
「っ……酒に対して変な表現を使うな。端から聞いたら誤解されるだろう」
「ははは! いいじゃないか! 君は真面目すぎる! そんなに美しければ、ご婦人方も放っとけはしないだろうに。いっそのこと、アスモデウスみたいに、咲き乱れてもいいのではないか?」
「……冗談でもやめてくれ。頭が痛くなる」
ただでさえ、色恋沙汰の面倒臭さをアスモで経験してるというのに。
これ以上の面倒事はごめんだ。
「すまんすまん。君が実直すぎるものでな。まぁ、そういう堅気なところも買っているのだが」
「……褒めるのか、からかってるのか、どっちかにしてくれ……」
完全に彼のペースに飲まれている……。
「もちろん! 褒めているに決まってる! ……まぁ、今の君は、必死になって一輪の可憐な花を愛でているようだがな」
「!」
「坊ちゃん。そろそろお戯れはそこまでにしてはいかがですか。次の会合のお時間が迫っております」
一瞬流れた重たい空気を断ち切るように、バルバトスがディアボロに切り出した。
「おお、そうだったな。悪い悪い」
何事もなかったかのような涼しげな表情でディアボロはバルバトスに合図を送る。
するとバルバトスは、俺になまめかしい血の色のような酒瓶を丁寧に渡してきた。
「ルシファーも長く引き留めて悪かったな。書類の方はすべて問題ない。さすが、いつも抜かりはないな」
彼がニコニコしながら席を立つとそれを合図にしてか、バルバトスはまたもや姿を消し、一つ瞬きをした時にはディアボロのコートを持っていた。
「あぁ、そうだ」
バルバトスにコートを着せてもらいながら、ディアボロが顔だけこちらに向けた。
「その酒には謂れがあってな。大切な人と一緒に飲むと、本人の望むがままの幸せなひと時が訪れるそうだ」
着終えたディアボロが扉に向かうと、瞬時に移動したバルバトスが扉を開ける。
ふと、彼は歩みを止め、
「君も、花を遠くから愛でるだけではなく、時には近くで花の香りを楽しむのもいいのでは?」
振り向きもせずそう言い残し、ディアボロは去っていった。
パタン。
静かな扉の閉まる音が、部屋に響いた。
「……余計なお世話だ」
薔薇のように深く紅く、惑わすような赤色の液体が、俺の両手で静かに揺れた。
ディアボロの書斎で定期報告の書類に決裁を貰っていると、書類に目を落としたまま、ディアボロが話し始めた。
「……何年、で済む話だとでも?」
「ははは! それもそうだな!」
相変わらず真面目な顔をして、俺の指摘を子供のように楽しんでるな……。
だが、なぜかどんなにくだらない話でも、この男が笑うだけでこちらも釣られて笑ってしまう。
「いやな、君がここへ来てから、ずっと働きすぎだと思っていてな」
決裁を終えたディアボロが、書類を渡しながら俺に目を向けた。
「働きすぎか。君に言われたくはないな」
「そうかな。俺は自分の理想を叶えるためだから、正直楽しいくらいだ。だが、君は違う」
ふいに、真剣な眼差しを俺に向ける。
目が合った瞬間、無意識に背筋が伸びる。
俺は、この眼差しに、弱い。
「……どういうことだ?」
「目標が違うということだよ。俺は自分のため。君は、大切な人たちを守るため」
「……。」
一つ前述に訂正する。
この男は、真面目に冗談を言うが、本気で語るときはすべてを見透かすような、それでいて魂を握られているかのような異様なオーラを放つ。
「君は、俺に忠誠を誓うと言ってくれたが、ただ付き従う操り人形ではない。しっかりと、俺の意図を理解し、時には言い争うくらい弁論をしたこともあったな」
「……そんなこともあったかな」
このオーラに飲み込まれないよう、俺は彼から顔を背けた。
「ああ。そうだとも。だからこそ、俺は君が必要なんだ。ほかの誰でもない、君がね」
「……。」
「そんな君が、俺のせいで疲弊し、弱ってしまっては困る。俺は君を失うわけにはいかないんだ」
「大袈裟だな。俺は君と同じ悪魔だ。人間とは違い、魔力が弱まることも、疲れ切ってしまうこともない。大体、そうなる前の自己管理だってできている」
「確かに、博識で思慮深い君なら、何歩先だって読んで行動するだろう。だが、それは君自身の問題だ。今の話は、俺がルシファーを大事だからこそ、労わりたいと思ったんだ」
……なに言ってるんだ、この男は。
こういうときは、大体目的が決まってる。
「……はぁ」
「ははは! いやだなぁ、そんな困った顔をさせるつもりはなかったんだがなぁ」
「今度は何を思いついたんだ?」
「さすが、話が早い」
俺が諦めて話題を振ると、待ってましたと言わんばかりに不敵に笑う。
「ここまで言われたら、察するだろう」
俺がため息混じりに言うと、彼は心底楽しそうに話し出す。
「ルシファー、君は明日から一週間、休暇を取ってもらいたい」
「……はぁ?」
予想だにしない話に、耳を疑う。
……まぁ、今まで思い付きで言い出してる案なんか予想できたことなどないのだが。
「聞こえなかったか? 明日から一週間の、バカンスだ!」
彼は何がそんなに楽しいのか、嬉しそうに両手を広げ、高らかに告げた。
「……何を思いついたかと思えば」
「嘘じゃないぞ? 俺はいつも本気だ。それは君が一番よく知ってるだろう?」
「定例だけでなく、かなりの業務が今後も待ってるんだ。しかも機密に関わるものばかり。誰が代わりを務めるんだ」
「あぁ! それなら心配ない! なぁ、バルバトス!」
パチン。
彼が軽快に指を鳴らすと、どこからか音もなく隣にバルバトスが立っていた。
俺に気配も悟らせない程の力を秘めているこの執事は、いつも腹が読めなくてどうにも苦手だ。
「はい。ルシファーがいない一週間、私が坊ちゃんのサポートを務めます」
表情が読めない無機質な顔で、淡々と答える。
「バルバトス、お前……」
「もとより、君が来る前はバルバトスがやっていてくれてたんだ。事情を話したら、バルバトスも快く引き受けてくれたよ!」
「ルシファーの抜けた穴は大きいですが、一週間程度の穴埋めなら対応できるかと」
「…なるほど。もうここまで調整済み、か」
俺はとんだ茶番に付き合わされていたらしい。
もとより、断る選択肢は無かったわけだ。
「いいじゃないか! 一週間、どんな風に使ってもらっても構わない。趣味に没頭するのもよし、人間界に遊びに行くのもよし、兄弟たちと腹を割って話しをするのもよし!」
「…最後は絶対にないな」
ふと暴れ馬たちの顔を思い出して想像してみたが、好き勝手自分たちのやりたい放題に騒ぎだす姿が、想像を打ち消した。
「あ、そうだ。バルバトス、あれを」
「はい。ただいま」
バルバトスはうやうやしくお辞儀をすると、ディアボロの書斎から姿を消した。
「一体、今度はなんだ」
「まぁまぁ」
「お待たせいたしました」
またもや気配もなくディアボロの傍に現れたバルバトスの手には、一目でかなりの年季が入っているとわかる酒瓶があった。
「ルシファー、これをよかったら貰ってくれ」
「これは、なんだ?」
「見ての通り、ビンテージもののデモナスだ。あれ? 君、お酒弱かったっけ?」
真面目な顔してすぐさま茶化すな。
「……そうではない。なんで急に、こんな高価そうなものを俺にくれるんだ」
という心の声をぐっと押さえ、素直に疑問を口にする。
どうにも真意が読めない。
「あぁ。これも俺からの日頃のお礼、というやつさ。大事にしまっておいたのだが、機会がなくてね。この子も、暗い部屋でずっと眠っているより、こうして美しい男と一夜を共にした方が幸せ、というもんだろう」
「っ……酒に対して変な表現を使うな。端から聞いたら誤解されるだろう」
「ははは! いいじゃないか! 君は真面目すぎる! そんなに美しければ、ご婦人方も放っとけはしないだろうに。いっそのこと、アスモデウスみたいに、咲き乱れてもいいのではないか?」
「……冗談でもやめてくれ。頭が痛くなる」
ただでさえ、色恋沙汰の面倒臭さをアスモで経験してるというのに。
これ以上の面倒事はごめんだ。
「すまんすまん。君が実直すぎるものでな。まぁ、そういう堅気なところも買っているのだが」
「……褒めるのか、からかってるのか、どっちかにしてくれ……」
完全に彼のペースに飲まれている……。
「もちろん! 褒めているに決まってる! ……まぁ、今の君は、必死になって一輪の可憐な花を愛でているようだがな」
「!」
「坊ちゃん。そろそろお戯れはそこまでにしてはいかがですか。次の会合のお時間が迫っております」
一瞬流れた重たい空気を断ち切るように、バルバトスがディアボロに切り出した。
「おお、そうだったな。悪い悪い」
何事もなかったかのような涼しげな表情でディアボロはバルバトスに合図を送る。
するとバルバトスは、俺になまめかしい血の色のような酒瓶を丁寧に渡してきた。
「ルシファーも長く引き留めて悪かったな。書類の方はすべて問題ない。さすが、いつも抜かりはないな」
彼がニコニコしながら席を立つとそれを合図にしてか、バルバトスはまたもや姿を消し、一つ瞬きをした時にはディアボロのコートを持っていた。
「あぁ、そうだ」
バルバトスにコートを着せてもらいながら、ディアボロが顔だけこちらに向けた。
「その酒には謂れがあってな。大切な人と一緒に飲むと、本人の望むがままの幸せなひと時が訪れるそうだ」
着終えたディアボロが扉に向かうと、瞬時に移動したバルバトスが扉を開ける。
ふと、彼は歩みを止め、
「君も、花を遠くから愛でるだけではなく、時には近くで花の香りを楽しむのもいいのでは?」
振り向きもせずそう言い残し、ディアボロは去っていった。
パタン。
静かな扉の閉まる音が、部屋に響いた。
「……余計なお世話だ」
薔薇のように深く紅く、惑わすような赤色の液体が、俺の両手で静かに揺れた。
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