続きは夜に
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「別に……別にいいけど」
そう繰り返しながら私は大学を出てバイト先に向かう。
同じ大学でも学部が違えば会えない時間もある。
そしてお互いにそれぞれの付き合いというものがある。
でも。
「彼女いるって分かってるのに、普通、渡すかなぁ?!」
つい独り言が出てしまう。
三限目の前のことだ。
売店に向かう途中、半助くんは同じ学部の友達からチョコレートを渡されているところを見てしまった。
それが、たくさんいる友達にそれぞれ渡しているならいい。いや、それも嫌だけど。
けれどあの子は、ちゃんとした箱で、半助くんにしか渡してなくて。
半助くんも半助くんだよ。
「ありがとう」
なんて、笑顔で言っちゃって。
あんな風に微笑まれたらあの子は期待するに決まっている。
あの時、バッグの中で出番を待つ手作りショコラの包みを思わず投げつけたくなった。
でも私は素知らぬふりで半助くんとその子の傍を通り過ぎてやった。
半助くんのその時の顔は見てない。
すれ違ったとき、小さく名前を呼ばれた気がしたけれど、追いかけては来なかった。
まもなく次の授業が始まりそうだったからなのかもしれない。
追いかけて来てくれることを期待している私は何て馬鹿なのだろう。
「アイスの時は追いかけてくれたのに」
かつて片思いだったときの思い出が蘇る。
ああ、嫌だ。
恋愛って面倒だ。
今日は風の強い日。皆、マフラーを抑えながら凍えているけれど、私はずかずかと大股で歩いている。
「見つけた!!」
駅前の雑踏の中、確かに彼の声が聞こえた。
「……」
無視してバイト先のファミレスを目指せば、あの夏の日と同じように後ろから腕を掴まれた。
振り返れば息を切らして困りきった顔で私を見つめていた半助くんがいる。
「……やっぱり怒ってる」
その言葉にカチンときて、私は腕を振り払う。
「やっぱりって何?!じゃあ怒らせてもいいと思ってあの子のを受け取ったわけ?」
ああ嫌だ。
見苦しく喚いて。
道行く人の視線を感じながらも、止められなかった。
「それとも見られてないと思ったの?!」
「違う!!」
半助くんの大声に私はびくりとしてしまった。
「………ごめん」
大声を出したことに対する謝罪なのか、私の怒りに対しての謝罪なのか。
「受け取ってないから」
「何が」
「最初から受け取るつもりもなかったよ………あの子のチョコレート」
「そう」
驚くほどそっけない返事をしてしまった。
確かに私が見たのは、あの子が渡そうとしているところであって、半助くんは手を差し出してはいなかった。
受け取ってないことに安堵しながらも、半助くんを想うあの子の気持ちを考えると胸が痛かった。
余裕が生まれたが故の傲慢な哀れみに自己嫌悪が募る。
「朱美。ごめん」
囁く半助くんの声は小さくて、悲しさに満ちていたし、握られた手は驚くほど冷たかった。
「別に半助くんのせいじゃないと思うけど」
そう言って仲直りの道を潰す私は本当に可愛げがないと思う。
「ごめん。バイトがあるから急ぐね」
「………うん」
半助くんは眉をハの字にさせて、それでもくしゃりと笑いながら手を離した。
よくよく彼を見れば、鼻の頭が赤い。
手も冷たかった。
私を探してくれていたのだろうか。
「それなのに……」
半助くんはゆっくりと背を向けて去っていく。
雑踏の中に消えてしまう。
「嫌……」
いつもはアルバイトの日は一緒に駅前まで歩いて、「お店の前で待ってるから」というやり取りがある。
バイト上がりの時間に半助くんはお店の前で待ってくれていて、一緒に帰るのが当たり前になっていた。
でも、それをしないで別れたことで、二度と半助くんと会えないんじゃないかと思ってしまう。
「やだ………待って………半助、くん………」
よろよろと、半助くんが消えた方へ向かうも、彼の姿は見えない。
どうしよう。
走ってもいないのに、心臓はドクドクと脈打つ。
「半助くん………」
私の声は雑踏に消える。
当然のことなのに、返事が返ってこないことに涙が出そうになる。
ううん。すでに涙は溢れていた。
「っ………!」
突然襲う、やわらかな衝撃。
視界は彼のダウンコートの色に染まる。
「早く行かないと。遅刻するよ」
「………ごめんなさい……ごめんなさいっ………」
駅前だというのに抱きしめ合う私達は、さぞ注目を集めているに違いない。
呪文のようにごめんなさいを繰り返す私に半助くんは頭を撫でてくれた。
「何で朱美が謝るんだ。悪いのは俺だよ」
「違う。私だよ」
「ううん。俺」
「私だって」
「じゃあ二人が悪いんだ」
私達は一緒になって笑った。
そっと離れても、手だけは離さずに私達は見つめ合う。
半助くんの目は少しだけ赤かった。
「半助くんに……あげてもいい?」
「何故聞く」
優しい彼に素直になれない自分が、チョコをあげる資格など果たしてあるのだろうかと疑問に思ったのだ。
「今じゃない方がいいな」
半助くんは静かに笑った。
大好きな穏やかな笑みだった。
「朱美の家で、一緒に食べていい?」
「うん」
「じゃあ。お店の前で待ってるから」
再び涙が溢れそうになったから、ぎこちない笑みを彼に向けてしまった。
私達は笑い合って、そして別れたのだった。
「という甘い夢を昨晩見まして」
「ほう?」
半助さんの声は不機嫌そうだった。
全く困ったことに、夢の中の半助さんにさえ妬くのだという。
………人のこと言えないけど。
「半助さんも実はトモミちゃん達とか、シナ先生とか、近所の人から貰ってるんじゃないですか?」
食堂に向かう途中、脳裏に見知らぬ女の人からチョコを貰う「半助くん」を思い出し、思わず聞いてしまった。
「この時代にバレンタインデーなんてないだろう」
「そうでした」
「むしろ君の話を聞いて、くノ一教室の生徒たちは毒入りチョコを忍たま達に作る始末だ」
餌食になるのは年下である一年生だろう。
そして私はきり丸達から恨まれるのだろう。
「そして食堂のおばちゃん」
「おばちゃん?!」
半助さんはジト目で睨んできた。
「君は知らないだろうが、君の世界の菓子を見たせいで、竹輪にチョコを詰めたものを私にだけ出してきたんだ」
最後までチョコたっぷりなのだろう。
「うわぁ」
そんな投げやりな料理を出すおばちゃんが意外だった。というかカカオと砂糖なんてこの時代に……いや、ブロマイドとアルバイトとカレーがある世界だ。
「責任を取ってもらおう」
「え」
責任とは。
そう思ったのもつかの間、半助さんは私をひょいと抱き上げた。
「ちょっと!これから食堂の手伝いなんですよ?!」
まさかそんな責任の取り方などあるものか。
「文句があるなら君に言うようにと、おばちゃんは言っていた。だから大丈夫だ」
「今、朝ですよ?!それにおばちゃんもこんな形の文句を想定してないと」
いや、おばちゃんもくノ一だ。
ありえなくもない。
「忍者ってやっぱりむごい」
私の呟きは冬の空っ風と共に流されてしまった。