夢のなかシリーズ
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夢じゃなくても
朱美が見たという夢の話を思い出した。
まだ彼女と恋人になっていなかった頃のことだった。
彼女の住む世界で父親が山田先生、母親が伝子さん、長女が北石、長男が利吉くん、次女が彼女、末っ子がきり丸という家族構成だ。
なんとも濃ゆい…いや、なんとも賑やかそうな家族だ。
そんな夢を見たと言うことを知ったのは、利吉くんからだった。
不思議な一家の賑やかで心温まるやりとりを一通り話し終えてくれて、山田先生も私も朱美の想像力に多いに笑わせてもらった。
私が彼女の夢に出ていないことに寂しさを覚え、彼女に尋ねてみれば、気の毒なほど顔を真っ赤にして、慌てふためいていたっけ。
結局は私も夢に出てきていた。
山田先生と同じ学校で教師をしていて、彼女の恋人と教えてくれたのは、つい最近のことだった。
「懐かしい……」
学園の隅にある演習用の小屋で抱き合いながら話せば、彼女はくすくす笑う。
「実は、あの夢の続きを見たいんですよね」
「どうして?」
「どうしてもです」
理由をどうしても知りたい。
教えるまであちこちに口づけをすれば、やがて白状する。
「口付けする一歩手前で目が覚めたので……」
「現実でしているのに?」
「まぁ、そうなんですけど……スーツ姿の半助さんなんてお目にかかれないですし…いや、待ってください、今のイギリスにスーツってギリあるかな…」
考え込む彼女の表情は真剣そのもので。
せっかくの二人の時間でも、彼女は独りの世界に閉じこもってしまった。
考え込む彼女を見ているのもそれはそれで好きな時間だが。
「その姿の私じゃなきゃ嫌かい?」
「いえ」
簡潔に即答するので、笑みがこぼれる。
「いつか見られるといいね。だから、今は…」
私はそっと朱美を押し倒し、深く口付けた。
ーーー
「お待たせしました……」
日曜の早朝の駅前広場は、人の通りもまばらだった。改札へ続くエスカレーターの傍で待つ半助さんを見つけて思わず駆け寄る。
「今来たところだよ」
カップルらしいやりとりをして、私はニヤニヤしてしまう。
自然と繋がれる手。
エスカレーターに乗って、改札を抜けた。
「半助さん…今日は楽しみにしてました」
「私もだよ」
電車を待つ間、人気の無いホームで微笑み合う。
夢の国でデートなんて、本当に夢みたいだった。
兄からは「混むぞ」と言われ、弟からは「高いだけじゃん」と言われたし、姉からは「カップルで行くと別れるって噂があるよねー」と不安を煽られる始末。
混んでてもいい。
高いからアルバイトを頑張った。
噂は噂。
心無い姉兄弟からの言葉を、今、一つ一つ言い返す。
「実は初めてなんだ」
「そうなんですか?!」
驚きつつも、私も幼い頃に家族で何回かは行っただけで久しぶりだった。母と私しか好きにならなかったから、家族の出掛け先として選択肢にあがらないのだ。
電車がホームに到着した。
巻き起こった風が私の髪を揺らすから、ヘアスタイルが崩れないように手で抑える。
私達が乗った車両には人がいないのをいいことに、長椅子の端に座るなり、私は半助さんの頬に口付けをした。
「おいおい……」
驚いた半助さんは苦笑しながらも、口元は綻んでいた。
「半助さんは絶叫系は大丈夫ですか?」
「たぶんね」
「お昼は何食べたいですか?和食もありますよ!」
「朱美の食べたいもので」
「私、チュロスとポップコーンも食べないと気が済まないんですよ」
「買ってあげるよ」
「本当ですか?!やった!」
「ポップコーンはソルトですか?キャラメルか?ストロベリーや蜂蜜味もありますよ」
「たくさんあるんだな」
やがて半助さんは私の頭を撫でた。
「本当に楽しみなんだな」
「………すみません…はしゃぎすぎですね」
「うん。かわいい」
「子ども扱いしてません?」
「してないしてない」
でもその表情は明らかに子ども扱いしている。
遠足のバスではしゃぐ生徒を相手にする先生の顔だった。
「半助さんは……本当に楽しみでした?」
「もちろん」
何故聞くのか。そんな顔をしていた。
私の質問にも答えがあっさりしているし。
もしかしてお仕事で疲れているのではないか。土曜もお仕事だったみたいだし。
「疲れてません?」
「疲れてないよ」
「本当に…?」
「うん」
笑って答えてくれているのに、その笑顔の裏に何かが潜んでいるような気がしてならない。
自分一人だけが浮かれていることに気づき、気持ちが萎む。
「夢の国が嫌いとか……」
「行ったことないのに嫌いにはなれないよ」
しばし見つめ合う。
半助さんはいつものようにニコニコしているが、やがて観念したように溜息をついた。
「やれやれ隠し通せないか……」
そのため息に私の心はザワつく。
この後にくる半助さんの話が私にとって良いものではないような気がした。
「今日の終わりに、驚かせたいことがあって…それで今から緊張してたんだよ」
「ま、まさか別れ話ですか」
「えぇ?!」
半助さんは驚きのあまり私から体を反らせた。
「……別れたいの?」
「違うんですか?」
おずおずと聞く半助さんの目は少し涙ぐんでいて、その反応に申し訳なく思いつつもホッとした。
「当たり前だ。…だから、期待して待ってて」
そう言うなり、半助さんは私の唇に触れるだけのキスをした。
そして夢の国からの帰り、駅の前でまさかプロポーズをされるなんて、私は夢にも思わなかった。
「って………おいおいおい」
私は思わず飛び起きた。
念願叶って、あの夢の続きを見られたわけだけれど、言いたい事が色々ありすぎる。
夢の私は随分とはしゃいでいた。
しかもポップコーンとチュロスを買ってくれることに何とも思わないなんて、そんなの私ではない。
アルバイトを頑張ったのだろう。
「やった!」じゃない、自分の金で払え。
つい先日も、ところてん代をどっちが払うか喧嘩したばかりというのにだ。
それに半助さんの隠し事を見破れるなんてあり得ない。
せめて夢のなかでも見破りたいということなのだろうか。
第一、色々端折りすぎだ。
せっかくなら夢の国の中まで見たかった。
想像力の限界なのだろうか。
「せっかくならカチューシャ付けた半助さん見たかった……」
夢の中の私なら絶対に付けさせていただろう。見たすぎて私は布団の上で悶絶する。
そして極めつけは夢のなかの私の最後のモノローグだ。綺麗に締めようとしているのが何だか腹立たしい。
一体何だ、プロポーズって。
気が早すぎるだろう。
それに私服姿の半助さんが謎だった。
夢の中の私はノーリアクションだったけれど、半助さんは「忍」と書かれたTシャツとジーンズ姿だった。
首から上はいつもの半助さんなのに、首から下は違和感が半端ない。
思い出して吹き出しそうになる。
「全然忍んでないし…忍者だって…主張してるし」
待ち合わせの駅前でキリッとした顔で私を待っている半助さん。
帰り際、夜の夢の国の少し寂しいBGMを聞きながら、優しい瞳でプロポーズをしてきた半助さん。
でも忍Tシャツ。
胸に忍の一文字。
「だめ……っく……ふふ………」
「伊瀬階さん、おはようございます」
そんな時に半助さんがランニングのお誘いのため部屋にやって来たのだから、とうとう吹き出してしまった。
「………朱美?」
夢のなかの半助さんは、いったいどんなセンスで忍Tシャツなどを着ていたのだろう。
考えれば考えるほど泉の如く笑いがこんこんと湧いてきては私の腹筋を痛めつけてくる。
私があまりに豪勢に笑うものだから、半助さんは不思議そうに私を見ていたが、やがてジト目で私を見下ろしてきた。
「私を見るなりそんなに笑い転げて……理由をぜひ聞かせてもらおうか……」
半助さんの声は低く怒気をはらんでいた。
その声は冷水のごとく私に降り注ぎ、瞬時に私を冷静にさせた。
まずい。
あの夢を説明しなければならなくなってしまう。
「ら、ランニングしましょう…早く…」
「それなら早く着替えることだ…」
夢を見過ぎていつもより遅く起きてしまったから、まだ寝間着のままだ。
半助さんの瞳から意地悪な光が宿り、こちらに一歩一歩歩み寄ってくる。
「あ、あの半助さん……目、怖いんですけど」
「そうかい?」
布団の上のままの私を半助さんは再び押し倒して寝かせる。
夢を話すか、自室なのにこのままされてしまうか。
後者も正直言えば魅力的ではあるけれど、夢の話をして半助さんを真っ赤にさせるのも悪くない。
私はニヤリと笑い、観念したふりをして今日の夢の話を始めたのだった。