鬼の手短編
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あの柔らかさをもう一度
導入として流された凄惨な映像を見て、完全に飲まれてしまった私は椅子から立ち上がれなかった。
「ほら、行きましょう」
鵺野先生は本物のおばけはもとより、偽物のおばけも平気らしい。
夏休みだから遊園地に行こう。と約束する広くん達だったけど、何故か鵺野先生も私も誘われた。
お化け屋敷で有名な遊園地を提案され、嫌な予感はしたけど、案の定、そこに入ることになってしまった。
小学生は中学生以上の人の付添が必要だから皆で入るのかと思ったが「それじゃつまらないじゃない」という美樹ちゃんの提案により、鵺野先生と私で入ることになってしまった。
彼女達は、今頃、様々なジェットコースターを堪能しているに違いない。
なかなか立ち上がらない私に鵺野先生は、もしかして、と顔を近づけてきた。
「道明先生、怖いですか?」
きょとんとした顔で呟く鵺野先生に頷けばゲラゲラと笑われてしまった。
「まだ始まってもないじゃないですか〜」
「だって………」
「それなら、俺に掴まってください」
と、腕を指差す鵺野先生の鼻下はだらしなく伸びていた。
「それともリタイアしますか?勿体無いですけど」
リタイアしたい。でも………きっと広くん達に馬鹿にされてしまうだろう。
「い、行きますよ!」
私は勢いを付けて立ち上がり扉を開ければ、廃病院をモチーフにしているためか、消毒液の匂いがツンと鼻を刺激してきた。
重苦しい静寂が私を包み、私は再び動けなくなってしまった。
「ほらほら行きましょう!」
両肩を掴まれグイグイ押され、強制的に進まされてしまう。
薄赤に包まれた通路を歩けども、一向に驚かせ役が出てこないことが恐怖心を更に掻き立てた。
「あ……ぁ…………ぁ…………」
不意に背後からのうめき声に体はビクリと反応してしまう。
振り返れば白衣を着た皮膚の爛れた医者がこちらに向かってのそのそと歩いてきている。
「ひっ」
私が声を上げればオバケ役の人は調子づいたのか、こちら目がけて走り出したのだ。
もう無意識だった。
傍にいる逞しい腕にしがみつき、通路をひた走る。
ナースステーション。診察室。病室。手術室。霊安室………
ひたすら腕にしがみつき、肩に顔を埋めて迫りくる恐怖に私は耐える。
恥も何もあったもんじゃない。
怖いものは怖い。
最後の最後、オバケ達に追いかけられ続け、出口を目指して走り抜けた。
建物の外に出れば、空調と恐怖で冷え切った肌が忽ち解凍されていく。
「怖かった………」
心を鎮めるために私は深呼吸を繰り返していくうちに、はたと気がつく。
私が握りしめている白いシャツは。
その腕にしがみついて、むしろ身体を押し付けていると言ってもいい。
「………」
今の今まで私は、この腕にしがみついて、泣き叫んでいたわけで。
鵺野先生にしがみついていたわけで。
「………」
恥ずかしいなんてもんじゃない。
もはや見苦しいの域だ。
鵺野先生もきっと呆れているに違いない。
まずは先程までの私の見苦しい行動を謝るべきだろう。
謝ったところで何か挽回できるわけでもないし、無かったことになんかできるわけないけど。
私はゆっくり腕を離し、鵺野先生を見上げた。
「…………あの、鵺野、……先生」
鵺野先生は、それはもう耳まで真っ赤にして口を手で覆っていた。
「…………す、すみません………お見苦しいところを」
「いえ、それはその全然………」
鵺野先生は言葉を選んでいるのだろう。
いい歳をした大人が作り物のオバケにきゃあきゃあ騒ぐ同期に対して引かないほうがおかしい。
「広くん達には秘密にしてもらえますか」
「それは………構わないんですが、あの………」
なにか言いたそうな鵺野先生だけど、意を決したように大きく頷き、拳を作って私を見た。
強い意志を宿した澄んだ瞳だった。
「もう一回行きましょう!」
タラリと鼻血が垂れていた。
「は?」
彼はなにをいっているのだろう。
「何度も入れば慣れます!そう、慣れるまで何度も…何度も!俺にしがみついて構いませんから!」
そもそも慣れたいとも思わない。
そして私は鵺野先生の魂胆にやっと気がついたのだ。
「嫌です!」
私はさっさとお化け屋敷から去り、広君達と合流しようと美樹ちゃんのスマホに連絡を取ろうとしたが、鵺野先生に前を阻まれてしまった。
「お願いします!もう一回行きましょう!」
「嫌です!」
拝むように手を合わせる鵺野先生に私は呆れるしかなかった。
「あの柔らかさをもう一度!」
「何言ってるんですか?!」
「くぅ〜!俺を頼りにすることってなかなか無いじゃないですか!だから!」
「ちゃんと頼りにしてますから!」
この不毛な問答は、広君達と合流するまで続いたのであった。
導入として流された凄惨な映像を見て、完全に飲まれてしまった私は椅子から立ち上がれなかった。
「ほら、行きましょう」
鵺野先生は本物のおばけはもとより、偽物のおばけも平気らしい。
夏休みだから遊園地に行こう。と約束する広くん達だったけど、何故か鵺野先生も私も誘われた。
お化け屋敷で有名な遊園地を提案され、嫌な予感はしたけど、案の定、そこに入ることになってしまった。
小学生は中学生以上の人の付添が必要だから皆で入るのかと思ったが「それじゃつまらないじゃない」という美樹ちゃんの提案により、鵺野先生と私で入ることになってしまった。
彼女達は、今頃、様々なジェットコースターを堪能しているに違いない。
なかなか立ち上がらない私に鵺野先生は、もしかして、と顔を近づけてきた。
「道明先生、怖いですか?」
きょとんとした顔で呟く鵺野先生に頷けばゲラゲラと笑われてしまった。
「まだ始まってもないじゃないですか〜」
「だって………」
「それなら、俺に掴まってください」
と、腕を指差す鵺野先生の鼻下はだらしなく伸びていた。
「それともリタイアしますか?勿体無いですけど」
リタイアしたい。でも………きっと広くん達に馬鹿にされてしまうだろう。
「い、行きますよ!」
私は勢いを付けて立ち上がり扉を開ければ、廃病院をモチーフにしているためか、消毒液の匂いがツンと鼻を刺激してきた。
重苦しい静寂が私を包み、私は再び動けなくなってしまった。
「ほらほら行きましょう!」
両肩を掴まれグイグイ押され、強制的に進まされてしまう。
薄赤に包まれた通路を歩けども、一向に驚かせ役が出てこないことが恐怖心を更に掻き立てた。
「あ……ぁ…………ぁ…………」
不意に背後からのうめき声に体はビクリと反応してしまう。
振り返れば白衣を着た皮膚の爛れた医者がこちらに向かってのそのそと歩いてきている。
「ひっ」
私が声を上げればオバケ役の人は調子づいたのか、こちら目がけて走り出したのだ。
もう無意識だった。
傍にいる逞しい腕にしがみつき、通路をひた走る。
ナースステーション。診察室。病室。手術室。霊安室………
ひたすら腕にしがみつき、肩に顔を埋めて迫りくる恐怖に私は耐える。
恥も何もあったもんじゃない。
怖いものは怖い。
最後の最後、オバケ達に追いかけられ続け、出口を目指して走り抜けた。
建物の外に出れば、空調と恐怖で冷え切った肌が忽ち解凍されていく。
「怖かった………」
心を鎮めるために私は深呼吸を繰り返していくうちに、はたと気がつく。
私が握りしめている白いシャツは。
その腕にしがみついて、むしろ身体を押し付けていると言ってもいい。
「………」
今の今まで私は、この腕にしがみついて、泣き叫んでいたわけで。
鵺野先生にしがみついていたわけで。
「………」
恥ずかしいなんてもんじゃない。
もはや見苦しいの域だ。
鵺野先生もきっと呆れているに違いない。
まずは先程までの私の見苦しい行動を謝るべきだろう。
謝ったところで何か挽回できるわけでもないし、無かったことになんかできるわけないけど。
私はゆっくり腕を離し、鵺野先生を見上げた。
「…………あの、鵺野、……先生」
鵺野先生は、それはもう耳まで真っ赤にして口を手で覆っていた。
「…………す、すみません………お見苦しいところを」
「いえ、それはその全然………」
鵺野先生は言葉を選んでいるのだろう。
いい歳をした大人が作り物のオバケにきゃあきゃあ騒ぐ同期に対して引かないほうがおかしい。
「広くん達には秘密にしてもらえますか」
「それは………構わないんですが、あの………」
なにか言いたそうな鵺野先生だけど、意を決したように大きく頷き、拳を作って私を見た。
強い意志を宿した澄んだ瞳だった。
「もう一回行きましょう!」
タラリと鼻血が垂れていた。
「は?」
彼はなにをいっているのだろう。
「何度も入れば慣れます!そう、慣れるまで何度も…何度も!俺にしがみついて構いませんから!」
そもそも慣れたいとも思わない。
そして私は鵺野先生の魂胆にやっと気がついたのだ。
「嫌です!」
私はさっさとお化け屋敷から去り、広君達と合流しようと美樹ちゃんのスマホに連絡を取ろうとしたが、鵺野先生に前を阻まれてしまった。
「お願いします!もう一回行きましょう!」
「嫌です!」
拝むように手を合わせる鵺野先生に私は呆れるしかなかった。
「あの柔らかさをもう一度!」
「何言ってるんですか?!」
「くぅ〜!俺を頼りにすることってなかなか無いじゃないですか!だから!」
「ちゃんと頼りにしてますから!」
この不毛な問答は、広君達と合流するまで続いたのであった。