償いの薬師
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緊急集会のため朝礼台の前に集まった生徒たちの顔は、皆、険しかった。
ヘムヘムの鐘を聞いて駆けつけるなか、途中で合流した生徒同士での情報交換で、集会の目的を既に知ったのだ。
校医の朱美が姿を消した。
彼女が消えた経緯は生徒たちの話によれば以下のとおりだ。
保健委員と薬草摘みに出かけたものの、朱美は体調を崩したため学園に戻り、医務室で休ませることにした。
休ませている間におかゆを作った数馬と左近だが、彼女の姿は無かった。
その頃、正門で掃除をしていた小松田によれば、彼女が来て「外に忘れ物をしたから」と出て行ったきり、戻ってこなかった。
小松田も彼女が出た直後に厠に行きたくなり、更にその後、別の用事を思い出し、彼女の戻りを待つことをしなかったのだった。
あの物売りの話を聞くうちに、彼女は体調を崩した。
ただの貧血なわけがない。
彼女の様子の異変に気が付けなかった。
「おかゆが食べたい」と強請られたことに浮かれてしまったのだ。
数馬も左近も忍びとしての未熟さが悔しくて唇を噛んだが、報告を聞いた委員長の伊作は責めなかった。
彼女が嘘を浮いた。後輩の二人はその部分にも傷ついていた。
傷ついた先の感情は、欺かれたことへの怒りではなく「嘘を付くほどまでに、彼女は何がしたいのか」という疑問であった。
「朱美さんは、どうしてわたし達に打ち明けてくれなかったのでしょう」
大川の到着を待つ間、左近は隣に並び立った数馬に尋ねる。
だが、数馬も分からない。
「この集会は、きっと朱美さんを探すことへの学園長からのお話に違いない」
彼女を探し、会って、尋ねたい。
二人が頷きあえば、大川が姿を現した。
大川が台に立つ。
彼の顔は突然の思いつきを喜々として言い放つ はた迷惑な老人のものではなかった。
「皆のもの、聞くのじゃ」
しわがれていても荘厳さに満ちた声だった。
一年から六年、そして くの一教室の者は固唾を飲み、彼の言葉を待った。
「これより忍術学園総出の大掛かりな任務を開始する」
皆の緊張が極限まで高まるのを感じ取りながら、大川は口を開く。
「カエンタケ城の事は、下級生でも先生や上級生から聞いておるであろう。ここより南にある、戦を好む城じゃ。そのカエンタケ城は今、戦を起こし、領土を広げようと北上しておる。ドクタケやタソガレドキ城は警戒し始めている」
彼の言葉に反応は2つに分かれた。
表情をより険しくさせ、黙って言葉の続きを待つ上級生と、予想外の言葉に困惑して級友と顔を見合わせる下級生だった。
大川は続ける。
「五年生まではコガネ城の領地内の出城に向かってもらいたい。五年生はすぐに出城まで行き、出城内の整備を手伝うのじゃ。これを渡せば出城に入れるじゃろう」
大川が懐から出した文を勘右衛門は受け取る。
大川の口ぶりではあたかもコガネ城と伝手があるかのようだ。
ここより遥か南方の土地にも彼の顔は知られているのだろうと、皆言葉にはせずとも同じことを思っていた。
大川は咳払いをして話を続けた。
「三年生以下はコガネ城出城までに情報収集に努めなさい。出城に到着してからはそこの者達の手伝いをするように。六年生はカエンタケ城の出城へと向かってもらうが詳しい任務は、この場では言わぬ。これに記してある」
大川は再び懐から文を取り出し、六年生一人ひとりに手渡した。
「下級生に見られぬようにな。この後読んだらすぐに燃やすように」
「はいっ」
六人の勇ましい返事が響く。
「四年生にはカエンタケ領にいる六年生とコガネ城の出城にいる皆と学園にいる儂との伝令係を担ってもらいたい」
コガネ、と聞く度にどケチ根性が染み付いた隣のきり丸がピクリと反応したのを乱太郎は見逃さなかった。通常ならば目を銭にしてはしゃぐ彼だが、真剣な面持ちで学園長の話に耳を傾けていた。
「上級生はすぐさま発ってもらいたい」
留三郎や勘右衛門達の威勢の良い返事が校庭に響き、彼らは風のように去っていった。
「さて………」
最後に、大川は仕切り直すように手に持っていた杖先を朝礼台に打った。
どん、と鈍い音が鳴る。
「皆が知りたいのは朱美ちゃんのことじゃろう………。朱美ちゃんが向かっているのは、コガネタケ領内の池井穂毛村。カエンタケ領のすぐ傍にある村じゃ」
彼らの困惑はいよいよ表出した。
「朱美さんが?!」
「どうして?!」
「早く行かなきゃ!朱美さんが危ないよ!」
「やーーかましーーー!」
大川のしわがれた大音声が木霊する。
「忍者が慌てるでない!話は最後まで聞かんかぁ!」
いつもの突然の思い付きの集会であれば、忍たま達の不満が爆発し、あれこれ文句を言い始めるが、彼らは再び口を閉じた。
「なぜ朱美ちゃんがそこに向かっているのか!なぜ我々が総出で南に向かうのか知りたいのじゃろう?!」
木霊する彼の声に皆は頷く。
「既に上級生は知っておるが、お前らにはまだ話しておらんかった。これから準備をしながら先生達が話してくれよう」
大川は教師陣に視線をやれば、彼らは短い返事と共に、各々の担当の生徒達に指示を出し始めた。
「一年は組!」
叫ぶ伝蔵のもとに乱太郎達は駆けつけた。
「教室にてこれからの作戦と朱美さんの事を伝える。3日分の遠征の準備を整えて教室に集合しなさい」
伝蔵の隣の半助の表情はいつもより固かった。
ただ事ではない。
実践豊富な彼らだからこそ、半助の様子から緊張が高まった。
「はい!」
― 朱美さん!
長屋へ向かいながら乱太郎は次々と彼女との思い出が蘇る。
彼女は賊に刃を向けられても動じなかった。
死をも恐れなかった。
美しさの中に高貴と儚さが漂っていた。
そして、商人の言葉に青ざめていた。
― 貴女は、誰なんですか?
― また会えますよね?
「火種を忘れるな!」
「兵糧丸を作ったやつは持っていけ!」
「耆著は必ず持っていくんだぞ?!」
「しんべヱ!お菓子は持っていくなよ?!」
下級生の忍たま達の長屋の廊下を走る足音と庄左ヱ門をはじめ各組の学級委員の指示が騒がしかった。
薬草摘みの時の柔らかな背中と花の香りが、遥か遠い過去のように感じられ、乱太郎の心を締め付けるのだった。