償いの薬師
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蹄の音は確かに鼓膜を震えさせていたのに、過去を振り返る間は何も聞こえていなかった。
はっとして、朱美は手綱を握り直した。
何故つつじは自分を忍術学園へ向かわせたのか。
学園長の大川は、若い頃につつじに世話になったと言っていたが、天才忍者と称している彼と知り合いとは、どういう事なのだろう。
つつじはツキウラタケ落城の後のこの戦を予想していたのだ。
だから自分が戦火に巻き込まれぬように、そして、カエンタケ城の者に見つからぬように、忍の学舎に入れさせたのだ。
それだけではない。
池井穂毛村を離れても自分の罪を忘れさせぬためだろう。
戦を阻止せんと大川は教員や上級生に任務を与えていた。
生徒の中には戦によって家も家族も無くした者もいた。
かつての自分のような愚かな城により故郷や家族を失くした者もいるだろう。
自分の過去を知らない皆は優しかった。
そして朱美を「優しい」と言う。
乱太郎も、きり丸も………土井も。
民を蔑ろにした挙げ句、父と母を捨て、城を捨てた自分を優しいと言う。
乳母の言葉を守り、償うために怪我と病を癒やし続けた自分を優しいと言う。
家族の期待を背負い一流忍者を目指す乱太郎。
保健委員会で得た知識を両親に褒められ、嬉しそうにしていた。
保健委員の伏木蔵、左近、数馬。
乱太郎を含め、皆、委員長の伊作を敬い慕っていた。
彼らだけではない、どの委員も皆、結束が固かった。
くノ一教室の生徒達も、すれ違えば自分に気さくに言葉を交わしてくれた。
そんな彼らが、自分のために様々な形で感謝の気持ちを伝えてきた。
この流れに身を任せられたら、どんなに良いだろう。
あの時もそうだった。左近達が作った花束を「ありがとう」と受け取りたかった。
胸を張って、包帯の歌を歌えればどんなに心地良いだろう。
一年は組の教科担当の彼に、この気持ちを伝えられたら、どんなに良いだろう。
「そのようなこと、許されるはずがない」
湧き出た気持ちを切り捨てるように彼女は呟いた。
だが、彼らに会うことは二度とないだろう。
自らこの道を選んだからこそ、最後の最後で、彼らを裏切ったのだ。
これで良い。
池井穂毛村が戦に巻き込まれることなど考えたくもなかった。
つつじの墓もある。
罪深い自分を慕ってくれた皆がいる。
あの村が戦火に焼かれる。
考えただけで居ても立っても居られなかった。
― 戦をする者は………愚かですか?
彼との最後の会話を思い出し、胸に痛みが走る。
彼にはどう写ったのだろうか。
真っ直ぐな彼の瞳に見つめられれば、高鳴りと共に惨めさも影の如く付き纏う。
彼にとって、自分は許されない忌むべき存在だろう。
それでも半助を見れば、高鳴りは鎮まることなく、甘く温かな気持ちが胸に広がるのだ。
そんな自分が愚かで仕方がなかった。
どんなに半助達が暗躍しようとも、自分のような愚かな城主がいる限り、争いは止むことはないのだ。
嘲るように放った言葉を彼はどう受け止めたのだろう。
いや。
そのような事を考えても無駄なこと。
考えるべきはこれからの事。
この戦を止められれば、自分は赦されるだろうか。
命を賭けて、この戦を止めなくてはならない。
二度と、彼に会えなくとも。
胃痛の悩みを打ち明けた半助の困ったような笑み。
きり丸に連れられた花畑で、蛙に驚き、抱きとめられた半助の逞しさと温もり。
先日の、慌てた様子の半助。
間近で見た彼の整った顔。
欲しがっては、ならない。
会えなくとも、
それが何だというのだ。
自分は何をぐらついているのだろう。
朱美は手綱を強く握り、馬の腹を蹴って急かした。
地を蹴る蹄の音が、更に速まった。