鬼の手短編
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貴方の番は、後程
スターターピストルが青空に吼えた。
3年生はグラウンドの砂を蹴り、トラックを駆け抜ける。
テント下からの声援を受けながら、まっさらな体育着をはためかせ、彼らはゴールを目指す。
「あぁ!」
私は思わず叫んでしまった。
先頭を走っていた女子児童が派手に転んだのだ。
女の子が起き上がるまでに次々と抜かされ、その子は最下位になっていた。
体育着に砂の鼠色を付けたまま、その子は大粒の涙を流しながらトボトボと歩き出す。
声援を送っていた児童達は、そんな彼女を直視出来ず、気まずい沈黙がテント下に支配される。そんな重苦しい雰囲気のなかをスピーカーから流れる陽気なBGMが空回りしていた。
「諦めるんじゃねぇよ!!」
一人の児童が怒鳴る。
彼に視線が集中した。
「走ってビリの根性見せてみろ!!俺みてぇに!」
広君だった。
テントの下で座る彼は、自身の擦り剥いた膝を示してきた。
そこには大判の絆創膏が貼られている。
彼もまた最下位であった。
それまで独走状態でトップにいたというのにゴール間際でリツコ先生の胸チラを見てしまった彼は盛大に躓き、すっころんだのだ。
得点源として彼に期待していた5年3組からの大ブーイングは、それはそれは凄まじかった。
ゴール後、転んだ理由を知った五年三組は更に凄かった。
羨ましい、けしからんと彼を殴る蹴る男子児童………と鵺野先生。
最低!スケベ!と罵る女子児童。
「負けて悔い無し」と、彼らの暴力を甘んじて受ける広君。流れている鼻血は殴られて出てきたものではないだろう。
そんなこんなで運動会は彼らによって一時騒然となったのだ。
そんな一幕を見てきた児童達は冷ややかな視線を彼に注ぐ。
けれども転んだ女子児童はクスクス笑い、大きく頷いて、胸を張ってゴールしたのだ。
クラスメートは彼女を笑顔で迎え、拍手が生まれる。
それは校庭中から響き渡った。
「何でだよ。俺の時と全然違うじゃん」
微笑ましい一コマを不満そうに見つめる広君だが「当たり前だろ」と郷子ちゃんから頭を殴られたのだった。
やがて余興のプログラム、教員達による借り物競走となった。
校長先生が直々にスターターピストルを鳴らしていくうちに、いよいよ私の出番が回ってきた。
スタートして10m先に置かれた紙。
傍に控えた体育委員会の子に見せれば、放送委員会の子が実況する。
今の所、掃除用具、紅白帽、偉い人等、見回せばすぐに見つかる内容ばかりだ。
自分の時も無難なものでありますように、と祈りながら位置に付く。
「ヨーイ………ドン!」
スターターピストルが空に響く。
私が取ったものは………
「なんと、イケメン、です!」
放送委員会の読み上げにグラウンド中がザワつく。
「よし!!」と声が背後からした。
鵺野先生だ。
「さあ道明先生!早く!俺の元に!!」
腕を広げ、小躍りし出す鵺野先生を見る周りの視線の冷たさといったらない。
「………できるわけないでしょーに………」
それに、拾った瞬間から私の答えは決まっていた。
私は5年3組のテントへと駆ける。
「広君!」
皆、ぎょっとした。
名前を呼ばれた広君もぎょっとしている。
3年生の徒競走で、女の子を立ち直らせてくれた。
それがとても格好よかった。
「郷子ちゃんごめんね。広君をお借りします!」
力強く頷く郷子ちゃん。
何が何だか分からないといった様子の広君に、彼女は「さっさと行けぃ!」とその背中を蹴る。
転がるように出てきた彼の腕を掴み、私はゴールを目指す。
「一緒に一位取るよ!」
そう言ってやれば、広君は忽ち頼もしい表情へと変わる。
「まかせとけって!」
ぐんと速くなる。
私も負けてられない。
他の先生達を追い越し、私達はゴールテープを切ったのだった。
先程の三年生徒競走の流れからの彼の選出に、保護者席から拍手が起きた。
先生達も安心したように頷いていた。
けれども、鵺野先生は納得していなかった。
「どーせ俺はイケメンじゃないですよー……」
ツンツンと指先を合わせながら呟く鵺野先生を、夕陽が照らす。
一緒に歩く帰り道。
鵺野先生は学校を出てからずっとこの調子だ。
「もう。まだ拗ねているんですか?!」
「まだとは何です?!まだとは!!」
「先生方も子ども達もいて、ましてや保護者の前でそのまま鵺野先生を選ぶわけいかないでしょう」
「分かってますけど……」
でも…と鵺野先生は独りごちていて、まだまだ彼の頭上の雲は晴れない。
「鵺野先生」
一語一語ハッキリ言う。
「何ですか……」
太い眉は不機嫌そうに歪んでいた。
「明日はお休みですし………家に、来ます?」
はやる胸を抑えて、さりげなく、そして仕方なさそうに切り出してみた。
鵺野先生は夕陽のように真っ赤になりながらも、何度も頷いていた。
「カッコいいところ。いっぱい見せて下さいね」
耳元で囁けば、彼は何も無いところで躓いていた。
けれども体勢を立て直した鵺野先生の顔は、凛々しく、余裕の笑みを湛えていた。
「嫌ってほどお見せしますよ」
低く囁かれ、私は俯いてニヤけるのを我慢する。
まだ手は繋げない。
電車に乗って、数駅先までお預けだ。
スターターピストルが青空に吼えた。
3年生はグラウンドの砂を蹴り、トラックを駆け抜ける。
テント下からの声援を受けながら、まっさらな体育着をはためかせ、彼らはゴールを目指す。
「あぁ!」
私は思わず叫んでしまった。
先頭を走っていた女子児童が派手に転んだのだ。
女の子が起き上がるまでに次々と抜かされ、その子は最下位になっていた。
体育着に砂の鼠色を付けたまま、その子は大粒の涙を流しながらトボトボと歩き出す。
声援を送っていた児童達は、そんな彼女を直視出来ず、気まずい沈黙がテント下に支配される。そんな重苦しい雰囲気のなかをスピーカーから流れる陽気なBGMが空回りしていた。
「諦めるんじゃねぇよ!!」
一人の児童が怒鳴る。
彼に視線が集中した。
「走ってビリの根性見せてみろ!!俺みてぇに!」
広君だった。
テントの下で座る彼は、自身の擦り剥いた膝を示してきた。
そこには大判の絆創膏が貼られている。
彼もまた最下位であった。
それまで独走状態でトップにいたというのにゴール間際でリツコ先生の胸チラを見てしまった彼は盛大に躓き、すっころんだのだ。
得点源として彼に期待していた5年3組からの大ブーイングは、それはそれは凄まじかった。
ゴール後、転んだ理由を知った五年三組は更に凄かった。
羨ましい、けしからんと彼を殴る蹴る男子児童………と鵺野先生。
最低!スケベ!と罵る女子児童。
「負けて悔い無し」と、彼らの暴力を甘んじて受ける広君。流れている鼻血は殴られて出てきたものではないだろう。
そんなこんなで運動会は彼らによって一時騒然となったのだ。
そんな一幕を見てきた児童達は冷ややかな視線を彼に注ぐ。
けれども転んだ女子児童はクスクス笑い、大きく頷いて、胸を張ってゴールしたのだ。
クラスメートは彼女を笑顔で迎え、拍手が生まれる。
それは校庭中から響き渡った。
「何でだよ。俺の時と全然違うじゃん」
微笑ましい一コマを不満そうに見つめる広君だが「当たり前だろ」と郷子ちゃんから頭を殴られたのだった。
やがて余興のプログラム、教員達による借り物競走となった。
校長先生が直々にスターターピストルを鳴らしていくうちに、いよいよ私の出番が回ってきた。
スタートして10m先に置かれた紙。
傍に控えた体育委員会の子に見せれば、放送委員会の子が実況する。
今の所、掃除用具、紅白帽、偉い人等、見回せばすぐに見つかる内容ばかりだ。
自分の時も無難なものでありますように、と祈りながら位置に付く。
「ヨーイ………ドン!」
スターターピストルが空に響く。
私が取ったものは………
「なんと、イケメン、です!」
放送委員会の読み上げにグラウンド中がザワつく。
「よし!!」と声が背後からした。
鵺野先生だ。
「さあ道明先生!早く!俺の元に!!」
腕を広げ、小躍りし出す鵺野先生を見る周りの視線の冷たさといったらない。
「………できるわけないでしょーに………」
それに、拾った瞬間から私の答えは決まっていた。
私は5年3組のテントへと駆ける。
「広君!」
皆、ぎょっとした。
名前を呼ばれた広君もぎょっとしている。
3年生の徒競走で、女の子を立ち直らせてくれた。
それがとても格好よかった。
「郷子ちゃんごめんね。広君をお借りします!」
力強く頷く郷子ちゃん。
何が何だか分からないといった様子の広君に、彼女は「さっさと行けぃ!」とその背中を蹴る。
転がるように出てきた彼の腕を掴み、私はゴールを目指す。
「一緒に一位取るよ!」
そう言ってやれば、広君は忽ち頼もしい表情へと変わる。
「まかせとけって!」
ぐんと速くなる。
私も負けてられない。
他の先生達を追い越し、私達はゴールテープを切ったのだった。
先程の三年生徒競走の流れからの彼の選出に、保護者席から拍手が起きた。
先生達も安心したように頷いていた。
けれども、鵺野先生は納得していなかった。
「どーせ俺はイケメンじゃないですよー……」
ツンツンと指先を合わせながら呟く鵺野先生を、夕陽が照らす。
一緒に歩く帰り道。
鵺野先生は学校を出てからずっとこの調子だ。
「もう。まだ拗ねているんですか?!」
「まだとは何です?!まだとは!!」
「先生方も子ども達もいて、ましてや保護者の前でそのまま鵺野先生を選ぶわけいかないでしょう」
「分かってますけど……」
でも…と鵺野先生は独りごちていて、まだまだ彼の頭上の雲は晴れない。
「鵺野先生」
一語一語ハッキリ言う。
「何ですか……」
太い眉は不機嫌そうに歪んでいた。
「明日はお休みですし………家に、来ます?」
はやる胸を抑えて、さりげなく、そして仕方なさそうに切り出してみた。
鵺野先生は夕陽のように真っ赤になりながらも、何度も頷いていた。
「カッコいいところ。いっぱい見せて下さいね」
耳元で囁けば、彼は何も無いところで躓いていた。
けれども体勢を立て直した鵺野先生の顔は、凛々しく、余裕の笑みを湛えていた。
「嫌ってほどお見せしますよ」
低く囁かれ、私は俯いてニヤけるのを我慢する。
まだ手は繋げない。
電車に乗って、数駅先までお預けだ。