隣の席の土井くん
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夢であるならば
共通科目の授業は広い講堂で行われる。
様々な学科の生徒が教室の中に溢れかえるなか、私は前の方の席に座った。
この共通科目の授業は一人で受けている。
友達と受ける場合は、流れで後ろの席に座るのだが、自分の興味で受けるこの授業は集中して聴きたいから前に座ると決めたのだ。
しかし最近は違う理由で前の席に座る。
同じ列だが、自分は一番左側に座るが、彼は一番右側に座っている。
彼も一人だった。
学科も名前も知らない。
凛々しい横顔。
しかし髪形は無造作ヘアなのか単に無頓着なのか、判断し難かった。
ルーズリーフとシャープペンシルをバッグから取り出しながらも、彼のことを横目で見てしまう。
彼も私と同様にリュックから筆記具を取り出していた。
彼の持ち物は至って質素で使い込まれていた。
彼がチラリとこちらを見て、確かに目が合った。
気まずくて私は机に視線を落とし、講義が始まるのを待つ。
やがてチャイムが鳴って少ししてから教授がやって来て講義が始まる。
後ろの席は少しざわついていたけれど、教授は構わずに話を進めていた。
授業が終わり、私は質問をしたいため講壇に向かう。
視界の端の彼も動いたのが分かった。
あ、と私も彼も講壇の前で声を上げた。
彼も質問があるらしい。
私は彼に譲るように手を差し出した。
この後、私は授業は無いから後でもいい。
しかし、彼も私と同様に譲ろうとしていた。
「どうぞ。俺はこの後授業無いから」
彼の声を初めて聞いた。
張りがあって、軽やかな声だった。
少し頬が熱くなる。
紅くなっているのを知られるのが恥ずかしいから、私はお言葉に甘えることにした。
「じゃ、じゃあ。すみません…」
そう言って教授に質問すれば、彼が傍へ立つのでドキリとした。
「俺も同じ質問。一緒に聞いていい?」
「は、はい」
近くでみる彼の顔はやっぱり整っていた。
形の良い瞳に、通った鼻筋。
やや高めの身長。
しかし見下ろす視線は優しかった。
いけない。
集中しなくては。
私は教授の話に意識を集中するも、隣に立つ彼がどうして気になってしまう。
教授の話に彼が相づちを打ちながらメモを取る。
字が綺麗だった。
同じシャープペンの字とは思えないほどだった。
「ありがとうございました」
彼の声に私はハッとして、私も同じく礼を述べた。
振り返れば講堂には私たち以外の学生は誰もおらず、教授も次の講義のためにさっさと講堂を出たので、二人きりになってしまった。
筆記具をしまっている間、彼は話しかけてきた。
「何年生?」
「二年の法学科です」
「俺も二年。哲学科だよ。同じ質問なんて偶然だね」
「そうですね」
何て返せばいいのか分からず、黙ってしまった。筆記具もしまい終えたし、後は講堂を出るだけになってしまった。
「あのさ…実は前回休んじゃって。ノート、見せてもらってもいいかな」
確かに、彼は先週はいなかった。
「え?あ、はい。いいですよ」
私がそう言えば彼の笑顔は更に明るくなる。
「ありがとう。助かるよ。ジュースでいい?」
ノートのお礼で奢ってくれる、ということだろうか。
「いえ、そんなわざわざ」
「その方が気兼ねなくコピーできるし」
話しながら講堂を出た。
人で溢れかえった道を歩く。
この人は思った以上に気さくな人だった。
「それに敬語使わなくていいよ。タメなんだから」
にっこりと笑う彼は眩しかった。
「土井半助。よろしくね」
「土井くん」
「……え?」
腕の中の彼女は確かにそう言った。
半助は眠っている朱美を観察する。
彼女が起きるまで、その寝顔を見るのが、この世界にやって来てしまった彼の日課だった。
今日の彼女の寝顔は殊更気持ち良さそうで、見ているこちらも笑顔になるほどだった。
どんな夢を見ているのだろう。
そう思った矢先のことだった。
土井くんとは自分のことだろう。
おそらく、たぶん。
しかし何故くん付けなのか。
「朱美?」
名を囁けば、彼女は「ふふ」と眠りながら笑う。
「よろしく、土井くん」
ハッキリと彼女はそう言った。
そして彼女の体は固くなり、寝息は止まる。
体が密着しているから、彼女の鼓動が速くなるのも感じた。
彼女は今、彼女自身の寝言で起きたのだ。
半助は笑うのを必死で耐えた。
「土井くん」と呼んだことにも、自身の寝言で起きたことにも。
彼女の頬はみるみる朱に染まり、半助の腕の中でくるりと寝返って背を向けた。
きっと彼女は寝言で何を言ったのか気づいて、恥ずかしさのあまり背を向けたのだろう。
しかし忍者の前で狸寝入りを決め込むなど浅はかなものだ。
「おはよう朱美」
「………」
彼女は尚も寝たふりを通す。
「どんな夢を見てたのか、教えてくれるかい?」
「………」
「土井くんって?」
彼女の体が僅かに跳ねた。
首筋に唇を落とせば、ようやく彼女はこちらを向いた。
「教えて?朱美」
教えてくれるまで離すつもりはない。