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忍たま長屋の前を通りかかれば、きり丸くんの部屋の戸が開いていて、とても賑やかだった。
六年生の中在家くんと潮江くんと七松くんが座っていて笑い声が絶えない、という意味の賑やかさと、彼らの前に色とりどりの花が積まれていて、視覚的な賑やかさがあった。
内職だろうか。
私と目が合うと、きり丸くんが立ち上がってこちらに来てくれた。
「朱美さん、ちょうどいいところに!今お暇ですよね?」
モミ手で話しかける彼から、内職を手伝わせる気がありありと読み取れる。
「夕飯の支度までは空いているから、手伝うよ」
「やった!」ときり丸くんは万歳した後、私の腕を引く。
部屋に入れば、上級生三人が笑顔で迎えてくれた。
彼らと会うのは、学園長の命を狙う曲者が現れたとき以来。
会話は気をつけなければ。
彼らが私を探るような瞳を時々するのは、きっと気のせいではない。
「お疲れ様です。伊瀬階さん」
「おい、きり丸、俺達だけじゃ頼りないという事か?」
「伊瀬階さん!私が作った武器にもなる特製花束を見て下さい!」
やはり彼らはきり丸の造花作りの内職を手伝っているらしい。
この時代に造花なんてあるのか、という疑問を持つのはよそう。
茎と花の部分を接合するというそれだけの単調な作業。
中在家くんは黙々とこなしていたけれど、潮江くんと七松くんは飽きているのか、どうすれば鍛練になるか考え始めてしまっている。
そんな最上級生を一年生の彼が注意するのは難しいらしく、苦笑いしながら造花作りに励んでいる。
二人と同じ学年の中在家くんはといえば、諦めているのか彼らを無視してひたすら手を動かしていた。
私が促すべきだろうか。
しかし、私が迷っているうちにこの状況を打破したのはきり丸くんだった。
「朱美さん、次の休みの日、また団子屋の手伝いをお願いしてもいいすか?この間と同じお店なんですけど」
きり丸の言葉に潮江くんと七松くんははたと私を見た。
「また?」
「はい。朱美さん、こう見えても接客業が得意なんですよ。この間、手伝っていただいたんですが、そこの店主さん、朱美さんのこと気に入ってくれたらしくて」
潮江くんの問に、きり丸くんはこの間のアルバイトの話をしている
……『こう見えても』。
彼に悪意は無いのだろう。
「どんな感じでやられているんですか?」
七松くんが興味津々に尋ねてくるので私は首を傾げた。
「何って、普通に対応しているだけだよ。ここに来る前にも、団子屋さんのお手伝いを何度かしたことがあったから慣れてるだけ」
ふーん、と頷きながら七松くんの丸い目が無遠慮に私の瞳を見つめてくる。
「ならば、銭勘定もなさったんですか?」
「う、うん。簡単な勘定くらいなら、できるから…」
ほう、と潮江くんも私を見る。
元々険しい彼の目つきが細められ、ますます険しいものになった。
明らかに怪しんでる。
私が何者なのか。
彼らは探っている。
しかし潮江くんも七松くんも造花作りのために手を動かしていた。
努めて冷静に、何でもない風に答えたけれど、内心、心臓がばくばくしていた。
「それでそん時、お店に伝子さんが来たんすよ」
ぶふっ。
彼らのピリッとした空気はそこで終わった。
三人は揃って吹き出したのだ。
だが、なぜ吹き出すのか。
「な、なぜ、伝子さんが」
潮江くんは肩をふるわせながらきり丸に話を促した。
「朱美さんが心配だったらしくて、土井先生を巻き込んでお二人でやって来たんすよ……」
くくく、と笑う潮江くん。
「土井先生も女装して来たと」
視線は落としたままで中在家くんは尋ねれば、きり丸は殊更可笑しそうに笑った。
「それなんすけど」
「おや、伊瀬階さんに中在家達じゃないか」
何というタイミング。
きり丸は大爆笑していたけれど、六年生達は必死にこみ上げる笑いを収めていた。
噂をすればとはこの事で、外廊下を歩いていた土井先生が覗いてきたのである。
「きり丸、内職はするなとは言わんが、宿題も忘れるなよ」
きり丸くんの大爆笑に特に疑問を持たず、土井先生はややうんざりした様子で彼を注意した。
「はーい」
絶対にやらない返事だった。
「伊瀬階さんもすみません。この後、夕食の準備があるでしょうに」
「いえ。それまでは暇ですから」
赤の造花を見つめながら私は答えた。
騒がしい胸を落ち着かせるために、とにかく手を動かした。
「ではほどほどに。潮江も七松も、今度はしっかり頼むぞ」
少し呆れたように言う土井先生に、二人は思い当たる節があるのか、首をすくめ返事をしていた。
去って行く土井先生の背中を見る。
顔を見るのは躊躇うけれど、背中はいくらでも見ていたかった。
真っ直ぐな背筋。
後ろからでも見えるハネた前髪。
高い腰。
きゅっと胸が絞られる気持ちは何だろう。
などと、私はとぼけ続ける。
気が付けば四人は私を見ていた。
「何かな?」
「いえ」
「そういえば土井先生は『今度は』と仰っていたけど、何かあったの?」
尋ねればきり丸くんが愉快そうに説明してくれた。
土井先生から筆作りの内職の手伝いを頼まれた六年生三人。しかし、潮江くんと七松くんが鍛練に使える筆や武器に使える筆作りに夢中になり、結局納期に間に合わすために土井先生が手伝うことになったという。
聞いていて胃が痛くなってきた。
「きり丸くん……」
ジロリときり丸くんを見れば、心外そうに目を丸くする。
「え、俺が悪いんすか?!」
「乱太郎くん達に頼まなかったの?」
「委員会の仕事で頼めなかったんすよ」
「だから土井先生は私達に声をかけてこられた」
もそもそと中在家くんが補足してくれた。
六年生に頼んだのに結局自分でやることになってしまった土井先生の胸中を思うと辛い。
しかし彼らの性格を考えれば、展開は予想できたように思える。
「それと宿題。ちゃんとやってね」
「はいはい」
「それ絶対やらないでしょ」
教えてあげようかと言おうとしたけれど、六年生がいるからぐっと堪えた。
「あ、終わりましたね内職!ありがとうございまーす」
話を無理矢理締めようとするきり丸くんに、潮江くんは愉快そうにニヤリと口端を上げた。
「まるで姉弟みたいだな」
「確かに」
「良かったな…きり丸……」
中在家くんは怖い顔をして、作った造花を箱に詰めていた。
「良くないっすよ~」
口を尖らせながらきり丸くんは、造花の入った箱を持ち上げた。これから納品しに行くのだろう。
「よし、私も行こう!」
「私も!」
そう言って、潮江くんと七松くんはきり丸と共に部屋を出た。
残された中在家くんと私。
賑やさが去り、一気に静かになった。
「じゃあ私も、そろそろ食堂に行くね」
「……一緒に行きます……綾部がまた落とし穴を掘っているかも分かりません」
「ありがとう。お願いします」
私が落とし穴に落ちることは有名なのだろうか。
気恥ずかしさを誤魔化すように、私はわざと明るく中在家くんに話しかけた。
「いつもきり丸くんの手伝いをしているの?」
彼は黙って頷いた。
「無償で?」
「……きり丸の助けになれればよいので」
中在家くんは真っ直ぐ前を見ていた。
口数が少ない彼だが、はっきりとそう告げた。
土井先生にも中在家くん達にも乱太郎くん達にも愛されている、ここにはいない彼を思う。
彼らと出会ってまだ間もないというのに、それが私にとって何故かとても喜ばしい。
「そっか」
「伊瀬階さんも、きり丸のためにありがとうございます」
「全然。きり丸くんといると楽しいし」
そう言えば中在家くんはふっと息を漏らした。
笑ったのだろうか。
確かめるために彼を見れば、その口角は上がっていた。
気持ちと表情が逆さまという特徴をきり丸くんから聞いていたが、今の彼のそれはとても穏やかで優しいものだった。
「確かに」
中在家くんの言葉に私も笑えば、僅かに彼は驚いた様子だった。
ーーー
実習がないため久々に食堂で夕食をとった長次達は、忍たま長屋までの帰り道をゆっくりと歩む。
「分かったことは二つ」
長次が口を開く。
「彼女はきり丸と仲が良いこと」
「もう一つは何だ?」
小平太の問に、長次は一拍の間をおいた。
「土井先生のことが好きということ」
文次郎も小平太も声をあげて笑った。
「それは前々から分かってることだろう」
もそ。
「そうであった」と長次は頬を指で搔いた。
しかし長次にはもう一つ発見があった。
張り詰めた空気が漂う彼女だが、彼女の笑顔は、存外に幼く、親しみやすかったということ。
きり丸と会話するとき、きり丸のことを話題に出したときの彼女の微笑みを思い出し、長次は無意識に笑みが溢れた。
何はともあれ、きり丸を支えてくれる人物が増えたのは嬉しい。
今日の成果は無かった。
しかし、有意義な一時であった。