お味はいかが
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目が醒めれば貴方がすぐ傍にいる。
貴方の温もりと寝顔がそこにある。
「幸せ…」
「私もだ」
独り言を返されどきりとする。
そして突然腕を回され、距離はもっと近くなった。
「おはよう朱美」
肌が触れる。
そして半助さんの口付けが私の額や頬に降り注ぐ。
くすぐったさに身をよじっても、彼の腕は緩めてはくれなかった。
幸せな拘束に身を委ねていたいけれど、起きて大学に行く支度をしなくてはならない。
「朝ごはん作りますね」
「私も手伝せてくれ」
起き上がって数歩先のキッチンで、私達はテキパキと準備をする。
私は料理の準備をして、半助さんはお茶を入れる準備をする。
「今日はベーコンエッグとトーストにしますね」
「それなら緑茶より紅茶にしたほうがいいかい?」
「半助さんのお好きな方で」
忍者の適応能力は凄い。
彼にとって未来の機器も使いこなし、まだ輸入されていない食べ物や飲み物も受け入れてしまう。
半助さんは電気ポットにスイッチを入れて、食器棚から2つのティーカップを取り出して狭いキッチンに並べる。
私はそんな彼の様子を横目にニヤニヤしながら冷蔵庫を開けて卵とスライスベーコンを取り出した。
フライパンを温め、油を薄く敷いて、ベーコンと卵を敷けば、肉が焼ける音と香ばしい匂いが立ち込めてくる。
少量の水を入れて蓋をして蒸している間に、半助さんは、2枚の食パンをオーブンレンジの中に入れてトーストモードで焼こうとしていた。
液晶画面のボタンを押す指に迷いはなかった。
「すごいなぁ」
「全くだ。未来のカラクリには驚かされてばかりだ」
「違いますよ。その未来のカラクリを使いこなす半助さんに驚いてるんです」
目を細めて笑いながら彼は首を振る。
「驚くことではないだろう。文字は見知らぬものではないし、何より朱美が分かりやすく教えてくれたからだよ」
「ありがとうございます。でも、それも半助さんの理解力があってこそですよ」
そろそろ半熟になっただろうか。
蓋を開けて見てみれば、良い加減になっていたから火を止めた。
すかさず半助さんがお皿を出してくれる。
タイミングの良さに私が笑えば、半助さんも悪戯が成功した子どものように笑い返された。
「味付けしますね」
調味料棚から塩と胡椒を取り出せば、半助さんは目を丸くした。
「朱美、そ………それ、は…?」
取り出したのは手の平より少し大きい透明のプラスチックの容器。
中にはいくつもの黒の粒がある。
「胡椒です。しかも挽くタイプの。叔母さんが送ってくれたんですよ」
そういいながら蓋を開けて、容器を回せば、ゴリゴリという音ともに挽かれて粗粒となった胡椒が目玉焼きを彩る。
「………!!」
半助さんは瞠目して咄嗟に手を口に当てた。
たぶん元の時代であれば叫んでいたのだろう。
未来の集合住宅では、隣のおばちゃんが「ちょっと半助!一体どうしたの?!」と駆け込んで来る代わりに管理会社に連絡されてしまう。
黙って震える半助さんを見て、私は気がついた。
そうだ。
半助さんの時代にとって胡椒は貴重品。
食あたりの薬としても重宝され、一粒が金に等しい価値を持っていた。
しかし、大航海時代もとうに過ぎた現代の私にとっては、調味料の一つにすぎない。
金の粒を平然と使う私を見て、半助さんは動揺しまくっている。
スーパーに行ったことはあるけれど、それほど歩き回らなかったっけ。
調味料コーナーを見たら卒倒しないだろうか。
もっと手軽な値段で買えるお馴染みの赤い蓋のや、塩と一緒になったものなど、様々な胡椒を見た時の半助さんのリアクションを見てみたくなった。
いや。それよりも大量の竹輪やハンペンを見た時の反応が気になる………。
レンジが鳴り、トーストができたことを知らせてくれた。
「あ、あの。半助さん?」
「………っ」
絶句している半助さんは尚も目玉焼きを凝視していた。
改めて私達の間にある文明の差を感じたときだった。
「私達の時代には、胡椒は調味料の一種となっていまして………」
そう言ったところで、彼にとって金と同様の価値のものが粉となり、それをこれから食すことにショックを隠せないようだ。
「目玉焼きをパンに乗せますか?それともジャムを塗りますか?」
「ど、どちらでも………」
「なんだかごめんなさい…」
半助さん達の時代のことはあの一年でおおよそのことは理解していたはずだったのに。
「い、や…朱美が謝ることではないよ……私こそ動揺してしまった」
ごめん。と呟き、半助さんはフラフラとテーブルの前に座った。
「とりあえず食べてみてください」
ベーコンエッグを乗せた皿をテーブルに運べは、半助さんは俯いてあぐらをかきながら「うん」と弱気に頷いた。
うん。なんて頷く半助さんが可愛いと思ってしまい、思わず頬に口づけてしまった。
「朱美っ」
彼にとって不意打ちだったようで、顔を真っ赤にさせて私を見た。
「かわいいなぁと………思って、つい………」
今更羞恥心が沸き起こり、ごにょごにょと語尾が消えてしまった。
ガシガシと気まずそうに頭を搔く半助さんと、俯く私。
空調の効いた締め切りの部屋の外から蝉が元気に鳴いているのが聞こえる。
「反則だ」
そう囁いた彼の声は低く甘く、朝だというのに私の内奥が疼いてしまう。
「すまない。お茶を淹れてなかったよ」
そう言って立ち上がった。
「今度、スーパーをゆっくり見て回ってみませんか?色んなものがあってビックリしますよ」
「そうだね……覚悟しておくよ」
深刻そうに頷く半助さんが可笑しくて声を上げて笑えば半目で睨まれてしまった。
「きっと君は驚く私を見て大笑いするんだろう」
パックの紅茶を淹れた半助さんがテーブルに戻ってきた。
「しませんよ!…たぶん」
「その後は君も覚悟するんだぞ?」
耳元で囁かれた挙げ句、ペロリと舐められ、私は間抜けな声を上げてしまった。
その反応に満足そうな笑みを浮かべる半助さんだったけど、叔母から貰った様々な種類のジャムの瓶を見て再び驚くのだった。