「好き」は蜜の味
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とある休校日の昼下がり。
半助さんと私は部屋で溜まった事務処理をこなしていた。
「土井先生、終わりました」
「ありがとう。すまないが次はこのプリントの作成をお願いしてもいいかな」
「分かりました」
恋人なのに甘い会話は一切無い。
それ位、忙しかった。
でもいい。
真剣な表情を浮かべて筆を走らせる半助さんを見ることができるんだし。
私は「分かりました」と事もなげに言ったけど、本心は「きゃー事務仕事をしている半助さんもカッコいい」である。
街でデートをするわけでもない。
人気の無い演習用の小屋で甘い一時を過ごしているわけではない。
でも、彼を独占できているのだ。
まあ本音を言えばデートしたいし昼間からいちゃいちゃしたい。
あぁ、一年は組の良い子達め……。
「失礼します」
そして彼の登場により、二人きりの時間さえも無くなってしまった。
「利吉くん。どうぞ」
半助さんは筆を置いて障子戸へと視線を向けた。
大きな包みを背負って「失礼します」と涼しい顔で入ってくる山田利吉さんは土井先生の机の前に座る。
「こんにちは土井先生…………朱美さん」
チラリと私を一瞥する利吉さんの目は極めて冷ややかだ。
「…お茶を淹れますよ」
一秒の間は二人の空間を邪魔してきた彼へのせめてもの腹いせである。
「いえ、お構いなく。父の着替えを届けにきただけですから。この後仕事がありますし」
ならさっさと出て行ってくれ。なぜ座る。
一方、半助さんは彼の言葉に驚いていた。
「忙しそうだね。この間も同じ事を言ってたじゃないか」
「ええ。でも、ありがたいことですよ」
彼はフリーのプロの忍者。
どこの屋敷にも城にも仕えていない彼なのに、仕事が次々と舞い込んでくるのは凄いことだ。
おまけにその美貌。性格はともかく。
山田先生譲りの凛々しい瞳。
私は時々妄想する。
彼が私の世界に来たのならば、私は彼のマネージャーになるつもりだ。
彼には演技も殺陣もスタントもできるオールマイティー俳優として芸能界に殴り込みたい。
そして動画配信サイトでチャンネルを設け、イケメン忍者が命綱無しでクライミングしてみた、とか、イケメン忍者の忍法講座の配信とか、生配信でサスケみたいな高難易度のアスレチックをさせてみたいのだ。
そんな妄想をするのはきっとお給料のせい。
「さっきから人の顔見て何ニヤニヤしているんです。気色の悪い」
顰めっ面の利吉さんに私も同じ顔で返してやる。
「すみません。利吉さんを利用して私の世界で金儲けできないか考えてました」
「きり丸か君は」
あぁやだやだと首を振りながら利吉さんは立ち上がる。
「では土井先生。私はこれで」
「山田先生に会わなくていいのかい?」
「また着替えを取りに参りますし………それより」
利吉さんは土井先生の傍に寄る。
「この人とよく付き合えますね」
耳打ちしているが明らかに私に聞こえるような声量だった。
「聞こえてるんですけど?」
「これは失礼」
「こらこら二人とも」
土井先生は苦笑する。
「では失礼します」
利吉さんは今度こそ出て行った。
そこで私はしまったと思う。
利吉さんとのやりとりを終えた半助さんはいつも機嫌が悪いのだ。
案の定、半助さんは溜息を付いた。
「全く、相変わらず仲が宜しいことで」
頬杖を付いてこちらをじっとりと見つめてくる半助さんに、あぁこういう風に見つめられるのも良い、なんて思ってしまっている。
「利吉くんを見て何考えてたの」
今日の半助さんは単刀直入に聞いてくる。
「さっきまで私といた時はつれない態度だったじゃないか」
そして気持ちをストレートにぶつけてきた。
嬉しさと申し訳なさで胸がいっぱいになり、私は半助さんの隣までにじり寄った。
「もしも私の世界に利吉さんも付いてきたら、ドル箱にしようという事です」
「………は?」
あ。これは引かれてしまったかも。
これではいけないと思い具体案を打ち明けることにした。
「顔良し私を除いて人当たり良し体力知力共に良し。ならば俳優に仕立てて活躍させるのです。アカデミー賞を狙うんですよ」
拳を作って語る私に半助さんの顔はますますじっとりとしたものになってくる。
「ふーん」
口を尖らせている半助さん。
その珍しさに私は口付けしてしまいたくなる衝動をぐっと抑える。
「私に対してはそんな事考えたこともなかったじゃないか?」
「は?」
今度は私が「は?」と言う番だった。
「私は利吉くんと違って顔も人当たりも知力体力も良くないって事かい?」
「え?そんなわけないじゃないですか」
何言ってるんだこの一流忍者は。
ターミネーター役の役者が「私はマッチョではない」と言っているようなものだ。
「ふーん」
「だって……半助さんも利吉さんも俳優として売り出したら世間の女性からキャーキャー言われるに決まってます!半助さんの事をキャーキャー言う女の人がいたら私何するか分からないじゃないですか!」
想像したら胸の中は地獄の釜よりも酷い状態になっていく。
だから私の口は止まらなかった。
「それに!さっきまで半助さんにつれない態度だったのも!さっさと仕事を終わらせたかったからで!でも事務仕事をする半助さんもカッコいいなって思っていて!ニヤつくのを必死に堪えていたのをご存知なかったんですか?!」
「わ、分かった。分かったよ!……ごめん」
何故か謝られてしまったし、どこか怯えた様子の半助さんに私はハッとする。
「すみません……声を荒げてしまって」
「いや………」
俯いていれば、半助さんの手が私の頬を包む。
「嬉しいよ」
くしゃりと笑う半助さんに私はついにニヤニヤしてしまったのだった。