年の瀬のときめき
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大晦日のテレビ番組は、迫る新年に向けて浮き足立っている。
今年もあとウン時間、と嬉々として話すアナウンサーや芸人達。
多くの人は実家に帰り、新年を迎えるのだろうが、私はこのコーポウズマサで迎えるつもりだ。
ピンポン
インターホンが鳴ったので鍵を開けに行けば、会うことは少なくなったけど、会えばあの時にすぐに戻れる顔ぶれ。
「やっほー!朱美ー。あけおめー」
「北石、まだ年は明けていない。おじゃまします」
それぞれの手には駅前のスーパーで買ったおつまみやお酒達。
「いらっしゃい。照代、利吉」
大学時代の友人達とはそれぞれ仕事をしながらも、こうして年の瀬には顔を合わせることが恒例行事となっている。
照代は派遣社員。
利吉はフリーの売れっ子ライター。
二人は靴を脱ぐなり、勝手知ったる顔でリビングに入って、買ったつまみやビールをコタツの上に並べている。
大学時代からの出会いだが、二人とは気が合った。
きっかけは入学当時の新歓コンパだった。
女の子達にモテて色々聞かれて疲れたような顔をした利吉。
はしゃぐのは好きだけれど、気の合う人とではないと楽しめない照代。
イマイチ楽しめないから帰ろうとした私達だったが「それなら楽しめなかった同士、飲みに行かない?」と、照代が誘ったのがキッカケだった。
「利吉も朱美も、ほんとそのゲーム好きね」
ダウンロードした二十年前の格闘ゲームを私と利吉が遊んでいるのを、頬杖付いて柿ピーを摘まみながら眺めている照代。
「まあね。照代も一緒にやろうよ」
「やだ。だって利吉がすぐにいじわるしてくるんだもん」
「そんなリッキーに勝てたときが爽快なんじゃない」
「そのあだ名で呼ぶな」
このセットは利吉の勝ちだった。
無言のドヤ顔を決める利吉を無視して、私は缶ビールを開ける。
「あ。そうだ」
コタツ机に置かれた利吉のスマホが震えた。
「実はもう一人呼んでるんだ」
「え!!早く言ってよ!そういうところあるよね利吉はさ!」
「小松田兄?それとも弟?」
優作も秀作も大学の後輩。優作は家業を継いで、今や歴史ある京の扇子屋、小松田屋の若旦那。ちなみに秀作は目の前の渦正学園の事務員さん。小松田家は安泰だ。
「いや、北石は知らないかも」
「はぁ!?ちょっ、ちょっと、男?女?男だったら、こんなすっぴんに近い顔で会えないわよ!」
「大丈夫大丈夫、照ちゃんはそのままでも十分可愛いよ」
バッグからメイクポーチを取り出す照代の背中を軽く叩く。
利吉も男だよ、とは今更突っ込まない。
「今日、朱美の家に行くって言ったら行きたそうな顔をされていてね」
「ん?私の知っている人?」
「北石は」知らない人、と言っていたっけ。
その時、インターホンが鳴る。
利吉はスマホを片手に家主の私を置いて、さっさと玄関に向かうから、慌てて追いかけた。
ほんと、利吉はそういうとこあるから油断ならない。
ドアを開ける前に利吉は私を見てニヤリとしたのが気に食わなかった。
カチャリと鍵を回し、ドアを開ければ、訪問者と目が合う。
「あっ……」
「あ……こんばんは…」
「誰~!?」
「いらっしゃい土井先生」
戸惑う私。
たじろぐ彼。
リビングから顔を覗かせる照代。
まるでこの家の家主の如く振る舞う利吉。
私も土井先生も、玄関で棒立ちになる。
土井先生。
この部屋に招いた渦正学園のびしょ濡れの子ども三人組の担任。
この部屋に押し掛けてきた渦正学園長とその犬を迎えに来た先生。
やっぱり、かっこいい。
呆然としたまま見つめ合う私と土井先生に、こういう時だけ察しの良い照代も玄関にやってきてニヤニヤとしながら私を小突く。
「毎年男一人で寂しかったんです。今日は来てくれて嬉しいですよ」
「って、絶対そんなこと思ってないでしょ」
「そうよそうよ!美女二人を独り占めできるんだから感謝しなさーい」
利吉と照代がぎゃいぎゃい騒いでいるのをよそに、私はぎこちなく彼を部屋の中へ招いた。
「ち、ちらかっております、が……」
「いや。私こそ、急に押し掛けて申し訳ない」
「全然!全然ですから!むしろ、来て頂きありがとうございます!」
私の隣に腰を下ろす土井先生に、とにかく私の心臓が忙しない。
コタツに足を突っ込むまでもないくらい暑い。
私に感謝しろ、と言わんばかりの顔をしている利吉に耳打ちする。
「な、なんで土井先生が?なんで?!アンタと知り合いなの?!」
「私こそ君が土井先生とお知り合いであったことに驚いたさ。それに言ってなかったっけ?うちの父は渦正学園の教師で、土井先生と同じクラスの担任なんだよ」
知らんわ。
と、それぞれの親の話など、そういえばしていなかったと気づく。
いつもしょうもない話をしていたから、初めて知った事実に照代も私も声を揃えた。
「ちなみに」
利吉はずいっと顔を近づけた。
彼目当てで同じゼミに入っていた大学時代の友人達は羨ましがるに違いない。
とは言え、もうそんな友達の何人かは既に結婚して子持ちであったりする。
「朱美の話をしたら土井先生、食いついてきてね。言葉にこそ出さなかったが、来たそうだったからお誘いしたんだ」
再びのドヤ顔である。
「私も驚いたよ、利吉と土井先生がお知り合いだなんて」
彼のお父さんと土井先生と飲む機会があって、その時に、あの梅雨の時期の話をしたのがキッカケだったらしい。
「あの、利吉くん」
ダウンコートを脱ぐ姿がなんだかカッコイイ。土井先生はやっぱり髪が跳ねていて、二枚目なのにちょっと抜けている感じがするのがいい。いつもワイシャツとネクタイ姿なのにラフな私服を拝めるなんて、なんてありがたいのだろう。初日の出よりありがたい。
利吉様ありがとう。
口にはしないけど。絶対。
「何です?土井先生」
「いや……何でも」
え、なんだかちょっと拗ねてる顔してる。
なんで。なんで?
拗ねている顔はやばい。これはやばい。
今更アルコールが回ってきたようだ。
思考回路が更に単調に、そして欲望に忠実になっていく。
「そうだ、土井先生。改めて自己紹介しましょうか」
照代と私と土井先生は頭を下げ合いながら、それぞれ紹介をした。
土井半助。
25歳、渦正学園初等部三年は組副担任。
彼の情報を、アルコールでぼんやりする頭に叩き込む。
「利吉くんは大学時代、どんな感じだったの?」
「そりゃあモテてモテて」
「頭もよろしくて、スポーツもおできになって」
「褒められてる感じがしないな。いつもの事だけど」
男からも女からもモテた。
けれども利吉は私達の隣にいた。
私達も利吉がいたら楽しかった。
いや、三人でいるのが一番楽しかった。
二人でいてもそこそこ楽しいけれど、やっぱり三人が一番だった。
大学時代の思い出を土井先生に話せば、彼は目を細めた。
「仲がいいんだな三人とも」
「不思議だよねー」
「うんうん」
「腐れ縁ですよ」
苦々しく言い放つ利吉に、私も照代も彼の肩を遠慮無く叩く。
土井先生はそんな私達を微笑ましそうに見ながら発泡酒に口を付けていた。
彼の喉仏が上下するのを私は凝視してしまう。
缶に巻き付いた彼の長く節くれ立った指。
きっとこの指でチョークを持って教壇に立つのだろう。
彼の声で説明されたら、どんな難解な数式も化学式も、歴史の年代も覚えられそうだ。
「何?」
視線に気が付いた土井先生に、私は慌てる。
「いえ、いえ……何も」
視界の端で、利吉と照代の肩が俯いて震えているのが分かる。
「あーおつまみ無くなっちゃったー」
「本当だー大変だー」
二人は棒読みで、柿の種の袋を摘まんで空であることを主張した。
「でも買いに行くのやだー。私達はお客様なんだからもてなしてよー」
「寒い。面倒だ。お前の家は駅から遠い」
これは気持ちがこもっていた。
「分かった分かった!私が買いに行くってば」
「やったー!コンソメ味のポテトチップスお願い!」
「私は粗塩味で。缶ビール、チューハイ、発泡酒、梅酒、ついでに日本酒もお願いするよ」
「こらこら利吉くん。それじゃあかなりの荷物になるだろう。……私も行こう」
にやり。と利吉も照代が確かに笑った。
再びダウンコートを羽織る姿に見とれてしまう。
「じゃあ伊瀬階さん、行こうか」
「はっ、はい」
「コート着ないの?」
そのまま玄関先に行こうとする私を土井先生は心配そうに尋ねてきた。
「あ……き、着ます。着ます……」
「財布忘れるなよ」
「うるさい」
わざと首をすくめる利吉と照代。
こんな時の二人は息ぴったりだ。
まったく、憎たらしいことこの上ない。
コートを着てドアを開ければ、肌を斬りつけるような冬の空気が待っていた。
「行こうか」
街灯の青白い光に照らされた土井先生の顔は少し紅い。
大晦日の夜。駅から離れたこの辺りは静かだった。
「はい」
不覚にも、コーポウズマサの入口の段差に躓く。
土井先生と二人きり。浮き足立った私はこの段差を完全に失念していた。
「おっと」
土井先生は数歩先にいたはずなのに、あっという間に距離を詰めて、倒れ込む私を受け止める。
「大丈夫?」
抱きしめられた形に、もう頭の中が大変だ。
顔は近いし、息もかかるし。
「あああ……えっと、すみません!」
社会人にあるまじき謝罪の仕方である。
土井先生から離れて何度も頭を下げる。
そんな私がおかしいのか、土井先生は静かに笑った。
「暗いからね。気をつけないと」
「ええ」
片手がふわりと温かくなる。
土井先生の手が、私の手を握ったのだ。
「……先生?」
「こうすれば転ばないだろう」
土井先生は目を細めて微笑む。
「伊瀬階さんの手は冷たいな。寒くないの?」
「先生は………温かい」
鼓動の音が煩いし、握られた手が熱い。
新年を静かに待つ夜。
寒々とした街灯の下、しばし見つめ合った。
三秒くらいだったかもしれないし、もっとだったかもしれない。
私の部屋から照代の笑い声が聞こえたのをきっかけに、先生は慌てた様子で手を離した。
「私もだいぶ酔ってるな………ごめん、急に」
温もりが離れていってしまった。
私だって酔っている。
温もりに触れたくて、離れた手を掴んだ。
「全然!」
驚いて目を丸くする土井先生は、ふにゃりと顔が綻んだ。
あ。こんなに可愛い顔もするんだ。
私もつられて頬が緩む。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
年の終わりに始まった関係に、私は胸の高鳴りが抑えられなかった。