山田利吉は逃さない
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利吉さんは気まぐれだ。
独りが良い時もあれば、どうしても誰かと話したい時もある。
道すがら偶然に出会い、声をかけてもその時の彼の調子によって反応が違う。
すぐにその見極めが出来たのは、忍としてそれなりに経験を積んできたことと………彼への私なりの執着なのかもしれない。
利吉さんとの出会いは1年前。
とある領主の館の夜の庭だ。
私は領主から館の警護として雇われた身で、利吉さんは館の侵入者だった。
貴重な舶来の壺を良からぬ方法で入手した領主は、壺が奪われることを恐れて私を雇い、利吉さんはそれを奪還せんと侵入してきたのだ。
ーー
それは月のない夜だった。
蔵の周りを調べている利吉さんを発見し、私は息を潜め彼の背後に回り込み、手裏剣を投げた。
しかし彼は寸でのところで躱して走り去る。
笛を鳴らしたものの応援が来ないのは、おそらく彼の仕業だろう。
それならば私一人で彼を仕留めるしかない。
館から出ないように、彼の逃げ道を塞ぐように、投擲を繰り返せば、私の排除を試みようとして利吉さんは接近戦を仕掛けてきた。
利吉さんは苦無で。私は小刀で応戦する。
力では負けてしまう。
利吉さんの一撃を受け流し、私は隙を窺おうと距離を取るも、今度は利吉さんがそうはさせまいと距離を詰めてくる。
久方ぶりの強敵との出会いに焦りを覚えた。
このままでは命を落とす。
逃がしてしまおうか。
しかし近接戦に持ち込んできた彼は逃げてくれるだろうか。
そう考えていたのは私だけではなかったようだ。
利吉さんの苦無を小刀で受け止めた時、
「ここで相談なんだが………そろそろやめにしませんか?」
利吉さんはそう囁いた。
口元を隠していた彼だが、露出している瞳は愉快さが滲んでいた。
「これではどちらかが命を落としてしまう。私は死にたくないし、あなたもそうでしょう?」
「………」
利吉さんは力を緩め、苦無を持つ腕を下ろした。
私も小刀を下ろす。
互いに戦う意志が無いことを確かめ合えば、利吉さんはくすりと笑った。
「久々の手応えでしたよ」
余裕あり気な彼を私は睨む。
「………余裕そうだな」
ついそのままの言葉を口走れば、利吉さんは意外そうに目を丸くした。
「あなたは くノ一なのですか………」
確かに女にしては背が高いほうだし、今は体格を隠している。
声を聞いて初めて私が女であることを知ったのだろう。
「興味がわきました」
「そう………」
つれない態度の私に彼は更に愉快そうに笑う。
「今日は引き上げるとしよう。では、また今度」
そう言うが早いか彼は走り去った。
「待てっ」
館の塀を跳躍した利吉さんの後を追う。
館の外に出てまで追いかけてきた私を見て利吉さんは驚いていた。
「再戦は受付けませんよ」
「………探している物は蔵には無い。領主の寝室にある。来るなら昼に来い。私は夜警を頼まれているだけだ」
「………へぇ?」
利吉さんは訝しげな視線を寄越してきた。
ハッタリなのか。それとも真実だとしたら何の意図があってか。
私の真意を探る利吉さんに応えるように私は続ける。
「……私にだって誇りはある」
腕を見込んで雇ってくれた主には感謝しているが、忠義は捧げない。
領主が大事にしている舶来の壺は、他の領主から非道な手段で奪ったもの。
警護の依頼が来た時は断ろうとしたが、逆手に取ろうと思い直し、依頼を受けたのだ。
「依頼期間を過ぎれば私が奪取しようと思っていたところだ」
「………なるほど」
「私はフリーの忍者。色々身軽だ」
そう告げれば、利吉さんは腕を組みながら愉快そうに笑った。
「奇遇だな」
この時、不意に月なんか出なければ良かった。
「私もフリーの忍者なんだ」
明るくなって、彼の目元が分かる。
その前も、夜目で分かってはいたが、月の光に照らされた彼の瞳に、私は動けなくなってしまった。
「じゃあ、またどこかで」
利吉さんは今度こそ去っていく。
私も追いかけなかった。
そして、無事に壺は奪われたのだ。
更にその後、とある街道で利吉さんと再会した。
その目元をよく覚えていたから、出会ってすぐに分かった。
向こうも私と目があった時、逸らそうとはしなかった。
「君か」
「貴方はあの時の」
偶然の再会だが、淡白なやりとりだったと思う。
「この辺りに美味い団子屋があるんだ。再会できたのは何かの縁だろう。今度ご馳走するよ」
「今度、ね」
この男は色もきっと得意に違いない。
初めて見た彼の整った容貌と、屈託のない笑顔を見て私は確信した。
今度なんて訪れないだろう。
体のいい挨拶と思って受け流した。
しかし次の日に再び出会い、本当に団子屋でご馳走になったのだった。
こうして彼との忍仲間としての関係が続くことになった。
ーー
利吉さんとよく出会うのは、険しい山のふもとにある一本道。
少し歩けば町もあるし、山に入れば鍛錬もできる便利な地形だ。
「やぁ」
「お疲れ様」
今日は声色が明るく、私を真っ直ぐ見てくる。
「そこの団子屋で休憩しようと思うんだ。よければ一緒にどうかな?」
ちなみにこれが「独りになりたい」時であれば「やぁ」で終わる。
そして機嫌の良い時、気力がある時はこうして茶屋などに誘ってくる。
といっても特別な感情はそこには無い。
情報交換のためだ。
団子屋の入口前の長椅子に二人で腰掛ける。
「いつぶりかな」
「20日ぶりのはず」
「調子はどうだい?」
ほら。さっそく情報を出せと言っている。
柔らかさのなかに凛とした張りのある声。
整った容貌に涼しげな目元は冷たい印象を受けるが、笑えば愛嬌が生まれる。
そんな調子で話しかけられた女は、残酷な錯覚を起こしてしまうだろう。
しかし、にこやかな笑みを浮かべる彼の眼光は忍としての鋭さがある。
いつだって彼は忍らしさを失わない。
彼にとって価値がある人物なのか、話の内容から有益な情報があるか、彼は常に見定めているのだ。
忍務で忘れかけた胸の中の擦過傷は、彼に会えばまた悪化するのだ。
「……そうね……西の方に行っていたけど、色々値上がりしてて大変だったわ」
「そうか」
「貴方は」
どこどこの城の使いがよく隣の領地に行っていたとか、古寺でどこかの忍びが集まっているとか、竹林で大量の竹を伐採していたとか。
私達の会話はいつもそういった内容ばかりだ。
「あとは………この通りかな?」
利吉さんは顎で団子屋の壁の張り紙を指した。
ドクタケ城のパート募集の掲示だ。
その掲示は私だってとっくに気づいてる。
「そう……私は今度は都へ行くわ」
「それはすごい」
全く凄いと感じてなさそうな言い方だ。
串に刺さった団子の方に関心があるくらいだ。
「何かあればこの辺りの馬借便と鳩を使ってほしい。知人でね。信頼できるところだよ」
情報交換することをさも当然のようにしている彼が憎たらしいが、彼との繋がりを持ち続けられることに期待している自分がいた。
少なくとも自分をあてにしてくれる。
彼に頼られている忍を私は見たことがなかった。
それに、彼とこんなに話せるのは私しかいない。
少なくとも彼が誰かと居るところを見たことがなかった。
私は団子と密かな優越感をお茶と共に流し込んだ。
「あれぇ?!利吉さん?!」
「利吉さんだぁ」
二人の男女の声が彼を呼ぶ。
利吉さんはあからさまに顔を顰めた。
声のする方を見れば、なんとも隙だらけの青年と、勝ち気な目元が特徴の女性が団子屋に近づいてきている。
「…………小松田くんに北石くん………やぁ…久方ぶり……」
さっきまでの優美さを気取った声はどこへやら。
砂がまとわりついた様なざらついた声と引きつり笑顔。
彼は不眠不休の忍務の後のような疲労感に満ちた顔つきになっていた。
対する二人はそんな利吉さんなど気にせず、そして私を見るなり、四つの大きな眼は更に見開かれ、そして大声で叫んだ。
「えーーー!利吉さん、もしかしてデート?!」
「えー!!そうなんですかぁ?!うわぁ!山田先生に知らせなくちゃ!!……あれ、山田先生にはまだご報告されてないですよね?」
「そうよねそうよね!きっと喜ばれるわ!ずっとご自宅で帰りを待っている山田先生の奥様も喜ばれるわよー」
「土井先生にも知らせなくっちゃ〜」
まだ誰も肯定も否定もしていない指摘に青年の中では既に事実として受け止めてしまっている様である。
それよりも、二人の彼への「分かってる風な言葉」に私の胸の傷はどんどん広がっていく。
山田先生とは?土井先生とは?先生?
その先生は利吉さんの何なのか。
そういえば私は利吉さんを利吉さんとしか知らない。
彼の姓も。
出身地も。
利吉さんは私と同じフリーの忍者。
利吉さんは私と同じ仲間を持たない忍者。
別に知らなくても構わない。知る必要など無い。
そう思っていたのに、彼らの言葉を聞いて焦燥感が芽を出した。
そんなことより、私達を恋仲と勘違いしているこの事態を鎮めなくてはならない。
ここで慌てて否定すればもっと事態は面倒になる。はしゃぐ二人が静まるように私はじっと彼らを見つめた。いや、黙らせるために凝視する。
しかし否定をすることに躊躇っている私もいた。
この関係は確かに恋仲ではない。
では何か。
仲間。そう、仲間だ。
忍者仲間。
それでいい。
それでいいんだ。
私が私を納得させた時、隣の利吉さんは勢いよく立ち上がった。
「ちがーーう!」
くわっと見開き、大口を開けて声の限り叫ぶ彼など初めてみた。
彼の叫ぶと静寂が訪れた。
一陣の風が吹いて木を揺らす音がやけに大きく聞こえた。
二人だけではなく、団子屋の亭主も奥さんもびっくりされて私達を見ている。
陽動でもないのに注目されるなど忍者らしからぬ行動だ。
利吉さんだってこの視線を感じていないわけはない。
だが、そんな事など気にもせず、ぽかんとしている二人に
「いいか君たち!すぐに決めつけて騒ぐのはやめないか!私達はただ世間話をして、団子を食べていただけだ!!」
彼の言葉が引き金となった。
私の気持ちは弾丸の如く外へ撃ち捨てられた。
彼の言葉で私達の関係は明確になったのだ。
私の気持ちは不要なもの。
私だけが持っていた気持ち。
「そう。ただの世間話をしていただけ。もう行くわ」
私は早口に告げた。
懐からお代を出して団子屋の奥さんに渡して歩き出した。
「あ、ああ」
利吉さんの声が聞こえた。
少しだけ狼狽していて、どんな顔をしているのだろうと振り返りたかったけれど、
それを知ったところで何になるのだろう。
都に行っても便りなぞ出してやるものか。
いや、出そうにも送り先を聞いていなかったし、彼の言う知り合いの馬借便というのも聞きそびれてしまった。
でも、知ったことか。
利吉さんとの奇妙な関係はこれで終わりだ。
終わらせなければ。
ーーー
都は賑やかだ。
私は団子屋の手伝いとして賑やかな都の一部になっている。
「依頼」も喜ばしいことに途切れたことはない。
噂を聞きつけて、どこそこの城の使いや領主お抱えの忍が団子屋に来て、注文の時に依頼の文をこっそりと渡してくる。
依頼をこなし、報酬を貰う。
そんな日々だ。
しかし仮の姿とはいえ、団子屋は嫌だ。
商人や武士が休憩に来る場として情報を聞き出せるし、流行っている店だから、依頼文を渡されるのも目立たない。
だから私もここで働いている。
だが、あの日の出来事がチラついてしまう。
いつも彼と話していたあの団子屋。
にこやかに世間話をしたあの日々。
お茶を飲み干した時、彼の結った髪がさらりと揺れていたっけ。
でも。
特別だと私だけが思っていた羞恥がわき上がり、頭の隅へと追いやる。
もう終わったこと。
今日も団子屋の勤めを終え、団子屋を後にした。
大通りに出て、人混みの中を歩いていれば
「見つけた!!」
そんな声が背後からした。
その声に全身から汗が吹き出し「まさか」と私の心臓は大きく跳ねた。
しかし私は振り返ることなく歩く。
きっと彼とは似ている声。
私ではない誰かを見つけたのだ。
そう思うことにして歩き続ければ、背後から荒っぽく土を蹴る音が近づいてくる。
「朱美さん!」
腕を引かれた。
私はそこでようやく立ち止まった。
彼に名を呼ばれたのはこの時が初めてだと気がつく。
いつも「君」だった。
何だろうかと少し不思議さと不審さを滲ませた顔で振り返れば、
彼がいた。
その涼やかな目元は不機嫌さで歪んでいて、眉間に皺まで寄せている。
口元は一文字に結ばれ、その表情は何故だか拗ねた幼子のようにも見えた。
人の往来が激しい通りで止まれば迷惑だ。
それは利吉さんも知っているから、すぐに私の隣について歩き出した。腕は掴まれたままだから、私も共に歩かざるを得ない。
彼の顔を横目で伺えば、真っ直ぐ前を向いたまま。
「お久しぶり」
いつものように挨拶をすれば
「ええ。かなり お久しぶりですね」
棘がむき出しの口調でそう返された。
「かなり」のところを強調していた。
彼は何故、こんなにも不機嫌そうなのだろう。
「調子は?」
しかし私はそこをあえて触れずに彼に別の質問を投げかけた。
「………」
「………私はこの通り、変わりないわ」
黙ったままの彼を無視して私は続ける。
「利吉さんは?」
「お変わりないようで何よりです。ええ!」
やたら乱暴な口調で丁寧な言葉を話す利吉さんの顔は不機嫌を隠していない。
横目で目があう。
ギロリと睨まれた。
私にとって不機嫌に対応されるのは心外だった。
「何故怒っているの」
「君が!!」
それは怒鳴り声だった。
利吉さんも怒鳴った自分自身が信じられないようで、すぐに口元をおさえていた。
周りにいた街の人々の視線を集めてしまった。
すぐに声を潜めて利吉さんは言い直す。
「君がすぐに都へ行き、便りの一つも寄越さないからだ」
「………」
「あの後、君はすぐに都に行ってしまったから連絡先を渡しそびれてしまったじゃないか」
それが利吉さんの怒っている理由。
やはり彼らしい。
「情報交換が出来なくて困ったから?」
利吉さんは大げさな溜息をついた。
「見くびらないでほしい。君がいなくとも情報収集はできる」
「なら何故怒るの」
「………」
それきり利吉さんは黙ってしまった。
私達は街を出て、街道を歩く。
行く宛もないのに私達はずんずん歩いていった。
日もそろそろ沈むというのに、私達は街からどんどん遠ざかっていく。
「君と話ができるのを楽しみにしていたのは、私だけだったんだな」
ざり。
私は立ち止まった。
利吉さんは私より数歩分歩いてから立ち止まった。でも前を向いたままだ。
利吉さんは少しだけ俯いている。
風が吹いて、結った髪が揺れている。
「そう……なの」
「案外君は鈍いんだな。意外だ」
私と話ができるのを楽しみにしていた。
私は鈍い。
それはつまり。
どくどくと叩く鼓動のせいで胸が痛い。
私が黙っていると利吉さんはようやく振り返った。
利吉さんは、寂しそうに目を細め微笑んでいる。
「君はいつも不必要に私に近づかない。我ながらわがままだと思っていたけれど、その距離が心地よかった」
やはり私の見立ては間違ってなかった。
利吉さんは気まぐれで、近づいてほしくない時は、近づかない方が良いと思っていたが、その通りだった。
それを彼も、気づいていたのだ。
鈍いと言われて腹が立つ一方、彼への付き合い方を好ましく思っていることに嬉しさも募っている。
「鈍感だなんて、利吉さんに言われたくない」
利吉さんはムッとしたが、すぐに驚きの表情へと変わる。
「………それは………」
「忍なら女心も分からないと」
わざとせせら笑う。
「そう。私はすぐに都に行ったわ。手紙も書くものかと思った。………何故だか分かる?」
言っていてこしょばゆくなってくる。
閨で嘘の睦言も言えるのに、今は恥ずかしくて仕方がない。
誤魔化すように私は腕を組んで利吉さんの言葉を待つ。
利吉さんはそんな私をじっと見て、しばらく沈黙する。
射抜くように彼の涼やかな瞳が私を見つめてくる。
やがて彼は俯いて静かに笑いをこぼした。
「………君も、私と同じくらい面倒な人なんだな」
苦々しい表情を浮かべながらもその声は弾んでいる。
利吉さんは私に歩み寄った。
いつもより一歩分、距離が近い。
「実は私も都で忍務をする事になった」
「へえ………それは奇遇ね」
「そう。奇遇だな」
利吉さんは、ずいと顔を近づけて得意げに笑った。
「逃さない」
ニヤリと笑って利吉さんはそう低く呟き、口元を攫う。
そして私をすり抜け街へと歩いて行ってしまう。
その背中を見て、今度は私から彼の唇を奪う方法を考えるのだった。