不安を溶かして
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学園の外れにある演習小屋で私達は情事を済ます。
今宵も彼女を暴いて、共に快楽に浸り、幸福感に満たされる。
しかし至福の時はあっという間に過ぎてしまう。
服を来て、教員長屋に戻らなければならない。
月が雲に隠れた夜闇のなか、二人分の足音が響く中、私はそっと尋ねた。
「………聞いてもいいかい?」
「はい?」
小屋を出て、ゆっくりと歩く。
生まれたままの姿で愛を紡ぐ行為も、今みたいに二人で歩きながら取り留めのない会話をする時間も好きだ。
「朱美、どうして私を選んでくれたんだ?」
「え」
私の問に彼女は不服そう眉を顰めた。
「半助さんを選んだ理由なんて、あの時話したと思うんですけどお忘れですか?………また聞きたいのであれば勿論お答えしますけど」
あの時とは、私達が結ばれたあの夏の日の事。
その時は彼女から何故好きになったのか尋ねてきたっけ。
その際に私を好いてくれた理由も一緒に話してくれた。
―半助さんはカッコイイし、優しいし……私を立ち直らせてくれました。
「勿論覚えているよ」
「何か不安に思うことでもあるんですか?」
「バレた?」
「バレてます」
彼女は私に関する事ならば一流忍者並みに鋭い。
誤魔化すように笑えば、朱美は足を止めて私を見た。
彼女のじっとりとした詰る視線に私は苦笑する。
ああ、これはちゃんと話さないと帰してくれない流れになってしまった。
「不安というより幸せすぎるから、かな」
「幸せすぎる?」
「そう」
彼女を引き寄せ、優しく抱きしめれば、息を呑むのが分かる。
あの小屋を除いて、例え夜でも学園内で恋人らしいことをするのは滅多にないから驚いたのだろう。
「私のことが好き?」
「好きです」
「即答だなぁ」
山田先生が投げる手裏剣よりも速いと思う。
「どういうところが好き?」
「全部です」
「具体的に答えなさい」
「先生みたいな言い方しないでください」
「先生だからね」
君は「何故自分なんかを好きでいてくれるのか」と、以前も今も聞いてくる。
けれど私からすれば真っ直ぐな愛を惜しみなく注いでくれる君こそ、何故私を好きでいてくれるのか不思議でたまらなかった。
自ら死を選ぼうとした君を止めたこと。
異世界から来た君を隣室として何かと気にかけたこと。
そんな事は、私でなくても同じことをしたはずだ。
偶然、君を見つけたのが一年は組の良い子達と山田先生と私であったから。
全てはそこからなのかもしれない。
「もしも」だなんて考えても仕方のないことだと分かっていても、この幸せが確かなものだと私自身を納得させたいのかもしれない。
「長くなりますよ?」
「………どのくらい?」
「次の夜まで」
私の胸の中で笑う彼女の余裕がなんだか憎たらしい。
「茶化さないでさっさと答える」
昔はすぐに真っ赤になっては、余裕ぶる私を見て悔しがっていたのに逞しくなったもんだ。
「格好良くて、何でも知ってて、大変なのに生徒のことを一番に想ってるところです」
「………」
まずい。
胸の高鳴りがきっと伝わってしまっている。
「何でも知ってはいないさ」
「そうですか?」
「格好良くもない」
「いやいや一流忍者が自己分析を誤るわけないですよ。ご自覚あるはずですよ」
「生徒を思うのは教師として当たり前のことだよ」
「話を反らしましたね?まあ、この学園の先生方は確かにそうですけど………もっと理由を話したほうがいいですか?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
私は腕を解いて彼女を離したが、それでも離れがたくて片手だけは繋いでいた。
「ここ最近、同じような日が続いているだろう?」
授業がある日はお互いが忙しいからなかなか顔を合わせられないし、休日はきり丸のバイトの手伝いだったり補修だったり。
「出かける日を作ろうと約束したのに………なかなか出来なくて」
君と出かける日を作りたくても、なかなか出来ない事が悔しくもあり、不安が募っていた。
「だから………その」
その先の言葉がなかなか紡げないでいると
「まさか私が半助さんを、まさか嫌になってないかまさか不安に思われてる…とか?」
やたら「まさか」を強調する君の表情は驚きに満ちていた。
こんな時、忍としての仮面を咄嗟に被れない私がいる。
顔に熱が集まり、私は黙って頷くことしかできなかった。
「半助さん」
彼女は呆れてしまっているだろうか。
私を呼ぶ声からは少々の怒気が孕んでいる。
朱美は繋いでない方の手で私の頬に触れてきた。
「おこがましいですが、私達、似てますよね」
「えぇ!?」
予想外の言葉だった。
「私も………その………最近、同じことを思ってて」
それまで余裕綽々だった彼女だが、ばつが悪そうに俯き、歯切れの悪い物言いになっていた。
「同じ?」
私の頬を撫でていた彼女の手はするすると下に落ち、空いている私の手を繋ぐ。
「私も、半助さんと出掛けたいから………なんとか時間を作ろうとしてますけど、なかなか難しくて」
「………」
「だから……不安ばっかり溜まっちゃって」
ぶらぶらと繋いだ両手を揺らしながら朱美は話す。
「可愛げないし、なんか想いが重いし………こんな私のこと嫌になってないかなって………働きながらふと」
「そんなことある訳無いだろう!」
思いの外大きな声を出してしまった。
彼女は瞠目して私を見ていた。
「ごめん。驚かせて」
「いえ……嬉しいです」
「………」
しばらく見つめ合った後、どちらともなく笑い合った。
「あの………」
躊躇いがちに彼女は口を開いた。
雲が流れ、月が顔を出したから、彼女の表情がよりはっきりと分かる。
頬が紅く、視線は気まずそうに下に反らしている。
「どうした?」
「もし、嫌でなかったら」
その続きは………もしかして。
彼女の言葉に胸の高鳴りが増していく。
「何かな?」
繋いだ手を一度離して、再び彼女を抱き寄せれば、彼女の早鐘のような鼓動が伝わってくる。
瞳を覗き込めば、潤んだ瞳で私を見返してくる。
「えっと………」
「君も言ったじゃないか。私達は似ていると」
「半助さん」
「同じことを考えてるよ。だから」
言ってごらん。
耳元で囁けば、びくりと跳ねる彼女が堪らなく愛おしい。
「………もう一回、……した、い………」
はにかんだ笑みと共に言われてしまえば、理性なんてあっという間に崩れ去る。
「うん。………戻ろう」
君の熱で私の不安が溶けていくから、きっと君の不安も私の熱で溶けていくのだろう。