償いの薬師
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
池井穂毛村。
山中にあるこの村は、夏は爽やかな風が吹き抜け、冬は雪が積もり全てが白に覆われる地域だった。子供たちは笑顔で村中を駆け回り、大人たちは畑仕事の合間の飯と茶を楽しみにしていた村だった。
コガネ城はこの山を下り、更に幾つかの山を越えた先にある。
戦の絶えない地方のなか、領主であるコガネ城は戦を仕掛けぬ穏やかな城。それは山に囲まれた地形故に容易に戦を仕掛けられぬこともあるが、周囲の勢力を見極めるために戦を避けていた。
前方には強力なカエンタケ城が。振り返ればまた別の強者がいた。コガネ城が背後の城主と手を繋ぐことを選んだのは、カエンタケ城のさらなる躍進を止めるため。コガネ城がカエンタケ城と手を結ぶことを選んでいれば、この一帯はカエンタケの統一が図られてしまう。
それ故に、北側の領主達と手を結び、南方の動きを監視する立場を取ることとしたのだ。
さすがのカエンタケ城も、コガネ城の後ろに控える新たな強者達と構えることは避けた。
今は、である。
張られた糸のような平和のなか、山中のコガネ城領内の村々は生きていた。
見上げれば遮るものがない果てのない空。
悠然と並び立つ山々は、季節により表情を変える。
村の者たちと山の紅葉や雪化粧を話していたのは、ついこの間の事のように朱美は感じられた。
「今日も山が真っ赤だ。綺麗だねぇ。だが朱美ちゃんのがもっと綺麗だ。なぁ、朱美ちゃん。うちの息子の嫁になってくれねぇか?」
「つつじさんと朱美さんのお陰で、皆、元気になった。儂も腰が痛かったが、ほれこの通りじゃ」
「朱美ちゃん聞いとくれ。うちの人がまた阿呆なことをやらかしてねぇ」
多くの者を不幸にした自分が、誰かの役に立つこができた。そして自分を慕ってくれた。
本来ならば一国の姫として、自国の民を護らねばならなかった。しかし過ぎた時はもう戻せない。だからこそ、自分はつつじの言う通り、この村の人々に与え続けていくのだ。
「もういいさ。最期は笑顔だった。じさまは長生きできた。ありがとう朱美ちゃん」
「短い命だったけれど、この子も幸せだったさ。一生懸命看てくれてありがとう、朱美ちゃん」
守れなかった命もあった。
老いた者も幼い者も、掴んだ手から温もりが去ってしまったその日の夜。朱美は村の外れで独り泣き続けた。
贅を尽くし我儘だった自分が生き続け、明日を実直に生きるだけの者が死に行くことに耐えきれなかった。
そんな時、つつじは必ず朱美を見つけ、黙って頭を撫でた。
かつての自分には生まれてさえしてこなかった様々な感情が溢れ、喜びと悲しみを学んだ村だった。
まもなく村に着く。
山岳地帯のコガネタケ領内には、カエンタケ城に備えるために出城に向かう雑兵の姿があった。 まさにカエンタケが進軍している方面に人が向かっていると知られれば咎められてしまう。
かつて池井穂毛村に滞在していた時に、時折やって来た北方からの物売り達の話を頼りに、人通りの少ない道を選び、人目を避けてここまでやって来たのだ。
亡き乳母の導きに従い、忍術学園へ向かうべく村を出た時以来の懐かしい景色だった。
―ヒヒィィィンッ
「…………っ」
馬が嘶き、身体が傾ぐ。
何が起きたのか分からなかった。
地面に叩きつけられ、息が止まる。
走り去る馬の姿を呆然と見送っていると視界は遮られた。
現れたのは背の高い物売りの男だった。
質素な衣と使い古した笠を被っている。
笠の下から覗く双眸は冷徹な光を孕んで朱美を見下ろしていた。
物売りの男ではない。
少なくとも朱美の前では。
ああ、彼は忍者だ。
これまで滞在していた彼女だからこそ、直感的にそう判断したのだ。
朱美も彼を見上げ続けた。
案じたのはこれからの自分の行方ではなく、すでに始まった戦の行く末と、池井穂毛村の者達の安否だった。
山中にあるこの村は、夏は爽やかな風が吹き抜け、冬は雪が積もり全てが白に覆われる地域だった。子供たちは笑顔で村中を駆け回り、大人たちは畑仕事の合間の飯と茶を楽しみにしていた村だった。
コガネ城はこの山を下り、更に幾つかの山を越えた先にある。
戦の絶えない地方のなか、領主であるコガネ城は戦を仕掛けぬ穏やかな城。それは山に囲まれた地形故に容易に戦を仕掛けられぬこともあるが、周囲の勢力を見極めるために戦を避けていた。
前方には強力なカエンタケ城が。振り返ればまた別の強者がいた。コガネ城が背後の城主と手を繋ぐことを選んだのは、カエンタケ城のさらなる躍進を止めるため。コガネ城がカエンタケ城と手を結ぶことを選んでいれば、この一帯はカエンタケの統一が図られてしまう。
それ故に、北側の領主達と手を結び、南方の動きを監視する立場を取ることとしたのだ。
さすがのカエンタケ城も、コガネ城の後ろに控える新たな強者達と構えることは避けた。
今は、である。
張られた糸のような平和のなか、山中のコガネ城領内の村々は生きていた。
見上げれば遮るものがない果てのない空。
悠然と並び立つ山々は、季節により表情を変える。
村の者たちと山の紅葉や雪化粧を話していたのは、ついこの間の事のように朱美は感じられた。
「今日も山が真っ赤だ。綺麗だねぇ。だが朱美ちゃんのがもっと綺麗だ。なぁ、朱美ちゃん。うちの息子の嫁になってくれねぇか?」
「つつじさんと朱美さんのお陰で、皆、元気になった。儂も腰が痛かったが、ほれこの通りじゃ」
「朱美ちゃん聞いとくれ。うちの人がまた阿呆なことをやらかしてねぇ」
多くの者を不幸にした自分が、誰かの役に立つこができた。そして自分を慕ってくれた。
本来ならば一国の姫として、自国の民を護らねばならなかった。しかし過ぎた時はもう戻せない。だからこそ、自分はつつじの言う通り、この村の人々に与え続けていくのだ。
「もういいさ。最期は笑顔だった。じさまは長生きできた。ありがとう朱美ちゃん」
「短い命だったけれど、この子も幸せだったさ。一生懸命看てくれてありがとう、朱美ちゃん」
守れなかった命もあった。
老いた者も幼い者も、掴んだ手から温もりが去ってしまったその日の夜。朱美は村の外れで独り泣き続けた。
贅を尽くし我儘だった自分が生き続け、明日を実直に生きるだけの者が死に行くことに耐えきれなかった。
そんな時、つつじは必ず朱美を見つけ、黙って頭を撫でた。
かつての自分には生まれてさえしてこなかった様々な感情が溢れ、喜びと悲しみを学んだ村だった。
まもなく村に着く。
山岳地帯のコガネタケ領内には、カエンタケ城に備えるために出城に向かう雑兵の姿があった。 まさにカエンタケが進軍している方面に人が向かっていると知られれば咎められてしまう。
かつて池井穂毛村に滞在していた時に、時折やって来た北方からの物売り達の話を頼りに、人通りの少ない道を選び、人目を避けてここまでやって来たのだ。
亡き乳母の導きに従い、忍術学園へ向かうべく村を出た時以来の懐かしい景色だった。
―ヒヒィィィンッ
「…………っ」
馬が嘶き、身体が傾ぐ。
何が起きたのか分からなかった。
地面に叩きつけられ、息が止まる。
走り去る馬の姿を呆然と見送っていると視界は遮られた。
現れたのは背の高い物売りの男だった。
質素な衣と使い古した笠を被っている。
笠の下から覗く双眸は冷徹な光を孕んで朱美を見下ろしていた。
物売りの男ではない。
少なくとも朱美の前では。
ああ、彼は忍者だ。
これまで滞在していた彼女だからこそ、直感的にそう判断したのだ。
朱美も彼を見上げ続けた。
案じたのはこれからの自分の行方ではなく、すでに始まった戦の行く末と、池井穂毛村の者達の安否だった。