続・本編、その後
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***
「・・・・・・・・・」
状況を整理しよう。
僕はあの後、濡れた体を拭いてネメシスの元へと戻り、またその隣へ腰を下ろした。
すると、急に目の前がふわっと浮くような感覚を覚えたのだ。
最初は分からなかったが、その感覚が続く内にそれが眠気であることに気がついた。
ついさっきまでうたた寝していたのは事実だが、時計を見ると、そろそろ眠りたくなる時間であることは確かだった。
僕はネメシスに、自分がいつもソファで寝ていることを話した。
まだ使ったことの無いベッドが、寝室にあることも。
それを聞いたネメシスは、なるほど、という様子で頷いた。
――そこまでは、良かったんだ。
ネメシスはすっくと立ち上がり、寝室の方へと歩いていった。
僕はそれを見送って、そのままソファに寝転ぶ・・・・・・そのはずだった。
横になろうかというその時。
視線を感じた。
はっとして顔を上げると、ネメシスが寝室のドアの前で立っていた。
僕のことを、じっと見ながら。
・・・・・・僕は、なんとも反応し難く。
とりあえずネメシスの元に歩み寄り、寝室のドアを開け、その中へ導いた。
久々に見た寝室は広く快適そうで、枕元には小さいランプが置いてあった。
二つ並んだ枕にきっと深い意味は無い。
ホテルに泊まったって大きいサイズのベッドだと、一人部屋でも枕は二つ置いてある。うん、何も不思議ではない。
枕よりも気になるのは、ベッドの大きさだ。
気のせいかもしれないが、初めて見たときよりベッドのサイズが大きくなっているような気がした。
・・・・・・いや、明らかに大きい。
きっと気にしてはいけない。
僕はそう強く念じて、寝室をあとにしようとした。
しかし、服の裾をネメシスが掴んで離さない。
――そして。
掴んで、離されないまま。
振り解く事ができず。
今は、同じベッドに横たわっている――。
どうしたものか、と。
先ほどまでの眠気はとっくへどこかへ飛んでいき、意識は明瞭そのもの、視界もクリアで、頭も冴えている。
「(今ならどんな的も外す気がしない・・・・・・)」
横になってから数回、眠ってしまおうと試みた。
だが、ネメシスからの視線がどうしても気になる。
たまらず起き上がった僕に合わせるようにネメシスも体を起こした。
この子はきっと、寝るという行為は必要ないのだろう。
だから、本来こんなことはしなくていいはずなのだが、僕に合わせようとしてくれているのだ。
僕が横になるとネメシスも一緒に横になった。
ネメシスは黒革のコートと重厚なブーツを履いたまま寝転んでいるが、「脱いで」なんて言えるはずも無く。
「(多分、この子はそんなこと全く意識しないんだろうけど)」
ちらりと、ネメシスに視線を送る。
「(・・・・・・)」
暖かな柔らかい光に照らされたネメシスは、純粋な白色の瞳で僕を見つめる。
黒革の艶やかさも相まって、何とも禁忌的な美しさだ。
「(・・・・・・・・・・・・うう)」
今日はもう眠れないのかもしれないと、諦めたその時。
ネメシスが、ゆっくりと。
瞼を閉じた。
「!?」
この子の瞼を見たのは初めてだった。
無いものだと思っていたくらいだ。
薄光の中よく目を凝らしてみると、その瞼は細かくぴくぴくと震えていて、完全に閉じきってはいない。
やはり普段は全く使うことがないのだろう。通常使わない筋肉は動かし辛いもので、かなり力を入れていないと閉じた状態を保てない様子だ。
恐らく、戸惑う僕を見て自分の視線が気になっていることを察してくれたのだろう。
「(なんていい子なんだ・・・・・・)」
――それに。
懸命にぎゅっと力を込めている様子が、なんとも健気で。
ありがとう、ごめんね、もういいよ、気にしないで――いろいろな言葉は浮かんでくる。
だが、口に出来ない。
大変そうなのだから、一刻も早く止めるべきではあるのだが。
僕の中の何かが、それをさせようとしない。
控えめな高揚なのか、静かな興奮なのか、名状しがたい感情が自分の中で渦巻く。
「――・・・・・・っ」
気が付けば、自分の唇がネメシスの瞼に触れている。
愛おしいその姿に、口付けたいという衝動が抑えきれなかった。
そっと唇を離すと、ネメシスはその瞼をぱちっと開く。
僕の事をじっと見ているような、僕ではないどこかへ目をそらしているような。
――明らかに、困惑させている。
ネメシスは視線をふらふらとさせた後、再び目を瞑った。
「驚かせちゃった?」
瞼を閉じたまま、こくりと頷く。
「・・・・・・嫌じゃ、なかった?」
この質問にも、ネメシスは頷く。
ただ、先ほどよりは控えめに。
「じゃあ――もう一度、してもいい?」
ネメシスはまた目をぱっと開いた。
そして。
ゆっくりと頷いた。
***
何度か瞬きを繰り返し、焦点を合わせる。
身体を起こし、時計を見ると針は8時5分を指していた。
「(結構しっかり寝たな……)」
ふと、隣を見る。
そこには、眠る前と同じようにネメシスが瞼を閉じたまま横たわっていた。
だが、少し違うのは閉じた瞼に力が入っていないこと。
静かな寝息も聞こえてくる。
……もしかして、一晩で『眠る』という行為に順応したのだろうか。
だとすると、合わせてくれて嬉しいような、合わせてもらって申し訳ないような。
とりあえず僕はもう一度横になり、その寝顔をしばらく眺めることにした。
しばらくして、ネメシスは目を覚ました。
「おはよう」
僕がそう声をかけると、少し身体をもじつかせて小さく頷いた。
たまらなく可愛らしいその仕草に心を奪われつつ、僕は身体を起こす。
「顔洗ってくるよ」
そう言って僕はネメシスの頭を撫で、ベッドから降り洗面台へと向かった。
冷たい水で眠気を洗い流し、柔らかなタオルで自らの頬を包む。
繊維に水分が奪われていくのと同時にぼうっと蔓延していた頭の靄が取れていくのが分かった。
そして、靄が完全に晴れるのと同時に、僕の顔からタオルが離れなくなったのは言うまでもない。
「(う、あ、あ、あああ)」
洗ったはずの顔面がみるみる熱を帯びていき、とてもじゃないがこんな顔ではあの子のところに戻れない。
僕はそのまま膝から崩れ落ちた。
昨晩のこと。
正確に言えば、ベッドでの出来事。
あの子の誘い(?)を断り切れず、僕はあの子と同じベッドに寝そべった。
いくらあの子が乗り気(?)だったからと言っていきなり寝所を共にするなんてあまりに浅慮、軽薄、無分別――そこはあの子の身を案じた様子を少しでも見せるべきだったのに、僕ときたら。
「(うう)」
せめてそこで止まればよかったものの、まあ、なんというか、ここまで積み上げた気持ちが僕を狼にさせたというか、いや、狼というほどのことはしてないんだけど、いやいや、狼かどうかは僕にとってじゃなくてあの子にとってどうだったかってことで――
「(ううううう)」
――キス。・・・・・・瞼に。
「う・・・・・・」
タオルで押さえてる状態なんてなんの意味もなく。
「っうあーーーーっ!」」
それはもう、これ以上無いくらい、声に出た。
その声を聞きつけてか、ネメシスの足音がこちらに近づいてくる。
「(・・・・・・っ!)」
今あの子の顔を見て、どういう反応をするのが正しいのか。
寝起きはあまり状況を理解し切れていなくて、我ながらすかした感じになってしまった。
引き続き何事もなかったかのように振舞うのがベストだろうか。
しかし、こんな状態でやり通せる程演技派でもない。
こんな時はどうすればいいのか、ああ、もし答えがあるのなら、誰でもいい――
「どうすればいいか誰か教えて・・・・・・!」
搾り出すような僕の声に、反応したのは。
「自らの行いを認め、謝罪すればいい」
背後から聞こえる淡々とした男の声。振り向いて確認した声の主は――
「誠実さを嫌う人間は余程の捻くれ者だけだ」
と、おおよそ捻くれ者が言いそうな台詞が良く似合う、白衣の男――レイン・ヘイルだった。
「・・・ッうっわっ!?」
膝をついていた僕は思わず腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「一体いつからっ、そこにっ!?」
「君が叫んだ直後だ。しかし・・・・・・君は本当にS.T.A.R.S.の人間なのか?私に背後を取られたのは何度目だ」
「うっ・・・・・・」
こんな生活をして体が鈍っているとはいえ、確かに隙が出来やすくなっているのは確かだった。
室内で出来る限りの筋力トレーニングは欠かさずにしているが、やはり以前よりは筋力も反射神経も落ちている。
・・・・・・たった今腰を抜かしてしまったのも、まさにそれを象徴する反応だ。
と、僕とレインのやりとりをネメシスがじっと見ている事に気が付く。
「ふむ、体表から確認できる範囲ではおおよそ問題は無いな。コンディションに問題はあるか?」
ネメシスはレインの質問に対して首を横に振った。
「よろしい」
・・・・・・レインが少し嬉しそうな顔をしているような気がした。
レインはいつもこの子の事を兵器と呼んだりしているが、根っこの部分では、ネメシスは子供のようなものなのかもしれない。
「さて、如月。今日は君に話があって来たんだ」
「へ?」
***
リビングへ移動し、テーブルについた。
僕とネメシスが隣り合うように座るその正面にレインがいる。
「如月、昨晩の出来事だが」
そのワンフレーズを聞いただけで僕の顔は再び茹で上がり、思わず俯いてしまう。
ああ、そうだ、あれは見られているんだった――・・・・・・。
「非常に面白い結果が出た。まずは協力に感謝する」
「あっ、あっ、あれは別に実験だとかそういうものじゃ」
レインは僕の言葉などどうでもよさそうに受け流しながら、ノートパソコンの画面をこちらに向けてきた。
「端的に分かりやすく言おう。本日午前3時頃、α型が『日記』を残した」
「に、にっき?」
「ああ。通常は思考してもこちらのデータベースに送るだけなんだが、今回初めて『自分の中だけに蓄積する』という思考を加えて――この情報を残した」
僕とネメシスは同時にその画面を覗き込む。
画面には、一言だけこう書いてあった。
[happiness]
「こ、これ――」
「解釈は任せる。私からの連絡事項は以上だ」
そう言うとレインはさっと席を立つ。
「ま、待ってください、これってつまり、昨日の、その、出来事に対してってことですか・・・・・・?」
「そう考えるのが普通だと思うがな。あとはα型自身に聞くといい」
僕は、はっとして隣を見た。
ネメシスが、先ほどの僕と同じように俯いている。
よく考えればそうだ。
隠したはずの日記が、人に読まれたのだから――。
「では」
そう言い残して、レインは僕とネメシスを置いて去っていった。
***
残された僕達は、お互いに、どちらからともなく顔を見合わせたり、視線を逸らしたりした。
先に行動したのは僕。
「・・・・・・実は、さっきまで、謝ろうと思ってたんだ」
ネメシスは僕と視線をあわせ、白い瞳で見つめてくる。
「でも、――君の予定には無かったはずだけど――この日記を見て、君が幸せだって感じてくれたことが分かったんだ」
恥じらいからか一瞬目を泳がせるも、ネメシスは再び僕の目を見た。
「それなら、謝るよりも、伝えるべきことがあるって思った」
僕は、ネメシスの両手を自らの両手で包み。
口を開いた。
「僕、――責任取るから!!」
ネメシスは一瞬ぽかんとした表情をして。
昨日よりも、柔らかな瞳で。
頬を緩ませた。
-FIN-
「・・・・・・・・・」
状況を整理しよう。
僕はあの後、濡れた体を拭いてネメシスの元へと戻り、またその隣へ腰を下ろした。
すると、急に目の前がふわっと浮くような感覚を覚えたのだ。
最初は分からなかったが、その感覚が続く内にそれが眠気であることに気がついた。
ついさっきまでうたた寝していたのは事実だが、時計を見ると、そろそろ眠りたくなる時間であることは確かだった。
僕はネメシスに、自分がいつもソファで寝ていることを話した。
まだ使ったことの無いベッドが、寝室にあることも。
それを聞いたネメシスは、なるほど、という様子で頷いた。
――そこまでは、良かったんだ。
ネメシスはすっくと立ち上がり、寝室の方へと歩いていった。
僕はそれを見送って、そのままソファに寝転ぶ・・・・・・そのはずだった。
横になろうかというその時。
視線を感じた。
はっとして顔を上げると、ネメシスが寝室のドアの前で立っていた。
僕のことを、じっと見ながら。
・・・・・・僕は、なんとも反応し難く。
とりあえずネメシスの元に歩み寄り、寝室のドアを開け、その中へ導いた。
久々に見た寝室は広く快適そうで、枕元には小さいランプが置いてあった。
二つ並んだ枕にきっと深い意味は無い。
ホテルに泊まったって大きいサイズのベッドだと、一人部屋でも枕は二つ置いてある。うん、何も不思議ではない。
枕よりも気になるのは、ベッドの大きさだ。
気のせいかもしれないが、初めて見たときよりベッドのサイズが大きくなっているような気がした。
・・・・・・いや、明らかに大きい。
きっと気にしてはいけない。
僕はそう強く念じて、寝室をあとにしようとした。
しかし、服の裾をネメシスが掴んで離さない。
――そして。
掴んで、離されないまま。
振り解く事ができず。
今は、同じベッドに横たわっている――。
どうしたものか、と。
先ほどまでの眠気はとっくへどこかへ飛んでいき、意識は明瞭そのもの、視界もクリアで、頭も冴えている。
「(今ならどんな的も外す気がしない・・・・・・)」
横になってから数回、眠ってしまおうと試みた。
だが、ネメシスからの視線がどうしても気になる。
たまらず起き上がった僕に合わせるようにネメシスも体を起こした。
この子はきっと、寝るという行為は必要ないのだろう。
だから、本来こんなことはしなくていいはずなのだが、僕に合わせようとしてくれているのだ。
僕が横になるとネメシスも一緒に横になった。
ネメシスは黒革のコートと重厚なブーツを履いたまま寝転んでいるが、「脱いで」なんて言えるはずも無く。
「(多分、この子はそんなこと全く意識しないんだろうけど)」
ちらりと、ネメシスに視線を送る。
「(・・・・・・)」
暖かな柔らかい光に照らされたネメシスは、純粋な白色の瞳で僕を見つめる。
黒革の艶やかさも相まって、何とも禁忌的な美しさだ。
「(・・・・・・・・・・・・うう)」
今日はもう眠れないのかもしれないと、諦めたその時。
ネメシスが、ゆっくりと。
瞼を閉じた。
「!?」
この子の瞼を見たのは初めてだった。
無いものだと思っていたくらいだ。
薄光の中よく目を凝らしてみると、その瞼は細かくぴくぴくと震えていて、完全に閉じきってはいない。
やはり普段は全く使うことがないのだろう。通常使わない筋肉は動かし辛いもので、かなり力を入れていないと閉じた状態を保てない様子だ。
恐らく、戸惑う僕を見て自分の視線が気になっていることを察してくれたのだろう。
「(なんていい子なんだ・・・・・・)」
――それに。
懸命にぎゅっと力を込めている様子が、なんとも健気で。
ありがとう、ごめんね、もういいよ、気にしないで――いろいろな言葉は浮かんでくる。
だが、口に出来ない。
大変そうなのだから、一刻も早く止めるべきではあるのだが。
僕の中の何かが、それをさせようとしない。
控えめな高揚なのか、静かな興奮なのか、名状しがたい感情が自分の中で渦巻く。
「――・・・・・・っ」
気が付けば、自分の唇がネメシスの瞼に触れている。
愛おしいその姿に、口付けたいという衝動が抑えきれなかった。
そっと唇を離すと、ネメシスはその瞼をぱちっと開く。
僕の事をじっと見ているような、僕ではないどこかへ目をそらしているような。
――明らかに、困惑させている。
ネメシスは視線をふらふらとさせた後、再び目を瞑った。
「驚かせちゃった?」
瞼を閉じたまま、こくりと頷く。
「・・・・・・嫌じゃ、なかった?」
この質問にも、ネメシスは頷く。
ただ、先ほどよりは控えめに。
「じゃあ――もう一度、してもいい?」
ネメシスはまた目をぱっと開いた。
そして。
ゆっくりと頷いた。
***
何度か瞬きを繰り返し、焦点を合わせる。
身体を起こし、時計を見ると針は8時5分を指していた。
「(結構しっかり寝たな……)」
ふと、隣を見る。
そこには、眠る前と同じようにネメシスが瞼を閉じたまま横たわっていた。
だが、少し違うのは閉じた瞼に力が入っていないこと。
静かな寝息も聞こえてくる。
……もしかして、一晩で『眠る』という行為に順応したのだろうか。
だとすると、合わせてくれて嬉しいような、合わせてもらって申し訳ないような。
とりあえず僕はもう一度横になり、その寝顔をしばらく眺めることにした。
しばらくして、ネメシスは目を覚ました。
「おはよう」
僕がそう声をかけると、少し身体をもじつかせて小さく頷いた。
たまらなく可愛らしいその仕草に心を奪われつつ、僕は身体を起こす。
「顔洗ってくるよ」
そう言って僕はネメシスの頭を撫で、ベッドから降り洗面台へと向かった。
冷たい水で眠気を洗い流し、柔らかなタオルで自らの頬を包む。
繊維に水分が奪われていくのと同時にぼうっと蔓延していた頭の靄が取れていくのが分かった。
そして、靄が完全に晴れるのと同時に、僕の顔からタオルが離れなくなったのは言うまでもない。
「(う、あ、あ、あああ)」
洗ったはずの顔面がみるみる熱を帯びていき、とてもじゃないがこんな顔ではあの子のところに戻れない。
僕はそのまま膝から崩れ落ちた。
昨晩のこと。
正確に言えば、ベッドでの出来事。
あの子の誘い(?)を断り切れず、僕はあの子と同じベッドに寝そべった。
いくらあの子が乗り気(?)だったからと言っていきなり寝所を共にするなんてあまりに浅慮、軽薄、無分別――そこはあの子の身を案じた様子を少しでも見せるべきだったのに、僕ときたら。
「(うう)」
せめてそこで止まればよかったものの、まあ、なんというか、ここまで積み上げた気持ちが僕を狼にさせたというか、いや、狼というほどのことはしてないんだけど、いやいや、狼かどうかは僕にとってじゃなくてあの子にとってどうだったかってことで――
「(ううううう)」
――キス。・・・・・・瞼に。
「う・・・・・・」
タオルで押さえてる状態なんてなんの意味もなく。
「っうあーーーーっ!」」
それはもう、これ以上無いくらい、声に出た。
その声を聞きつけてか、ネメシスの足音がこちらに近づいてくる。
「(・・・・・・っ!)」
今あの子の顔を見て、どういう反応をするのが正しいのか。
寝起きはあまり状況を理解し切れていなくて、我ながらすかした感じになってしまった。
引き続き何事もなかったかのように振舞うのがベストだろうか。
しかし、こんな状態でやり通せる程演技派でもない。
こんな時はどうすればいいのか、ああ、もし答えがあるのなら、誰でもいい――
「どうすればいいか誰か教えて・・・・・・!」
搾り出すような僕の声に、反応したのは。
「自らの行いを認め、謝罪すればいい」
背後から聞こえる淡々とした男の声。振り向いて確認した声の主は――
「誠実さを嫌う人間は余程の捻くれ者だけだ」
と、おおよそ捻くれ者が言いそうな台詞が良く似合う、白衣の男――レイン・ヘイルだった。
「・・・ッうっわっ!?」
膝をついていた僕は思わず腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「一体いつからっ、そこにっ!?」
「君が叫んだ直後だ。しかし・・・・・・君は本当にS.T.A.R.S.の人間なのか?私に背後を取られたのは何度目だ」
「うっ・・・・・・」
こんな生活をして体が鈍っているとはいえ、確かに隙が出来やすくなっているのは確かだった。
室内で出来る限りの筋力トレーニングは欠かさずにしているが、やはり以前よりは筋力も反射神経も落ちている。
・・・・・・たった今腰を抜かしてしまったのも、まさにそれを象徴する反応だ。
と、僕とレインのやりとりをネメシスがじっと見ている事に気が付く。
「ふむ、体表から確認できる範囲ではおおよそ問題は無いな。コンディションに問題はあるか?」
ネメシスはレインの質問に対して首を横に振った。
「よろしい」
・・・・・・レインが少し嬉しそうな顔をしているような気がした。
レインはいつもこの子の事を兵器と呼んだりしているが、根っこの部分では、ネメシスは子供のようなものなのかもしれない。
「さて、如月。今日は君に話があって来たんだ」
「へ?」
***
リビングへ移動し、テーブルについた。
僕とネメシスが隣り合うように座るその正面にレインがいる。
「如月、昨晩の出来事だが」
そのワンフレーズを聞いただけで僕の顔は再び茹で上がり、思わず俯いてしまう。
ああ、そうだ、あれは見られているんだった――・・・・・・。
「非常に面白い結果が出た。まずは協力に感謝する」
「あっ、あっ、あれは別に実験だとかそういうものじゃ」
レインは僕の言葉などどうでもよさそうに受け流しながら、ノートパソコンの画面をこちらに向けてきた。
「端的に分かりやすく言おう。本日午前3時頃、α型が『日記』を残した」
「に、にっき?」
「ああ。通常は思考してもこちらのデータベースに送るだけなんだが、今回初めて『自分の中だけに蓄積する』という思考を加えて――この情報を残した」
僕とネメシスは同時にその画面を覗き込む。
画面には、一言だけこう書いてあった。
[happiness]
「こ、これ――」
「解釈は任せる。私からの連絡事項は以上だ」
そう言うとレインはさっと席を立つ。
「ま、待ってください、これってつまり、昨日の、その、出来事に対してってことですか・・・・・・?」
「そう考えるのが普通だと思うがな。あとはα型自身に聞くといい」
僕は、はっとして隣を見た。
ネメシスが、先ほどの僕と同じように俯いている。
よく考えればそうだ。
隠したはずの日記が、人に読まれたのだから――。
「では」
そう言い残して、レインは僕とネメシスを置いて去っていった。
***
残された僕達は、お互いに、どちらからともなく顔を見合わせたり、視線を逸らしたりした。
先に行動したのは僕。
「・・・・・・実は、さっきまで、謝ろうと思ってたんだ」
ネメシスは僕と視線をあわせ、白い瞳で見つめてくる。
「でも、――君の予定には無かったはずだけど――この日記を見て、君が幸せだって感じてくれたことが分かったんだ」
恥じらいからか一瞬目を泳がせるも、ネメシスは再び僕の目を見た。
「それなら、謝るよりも、伝えるべきことがあるって思った」
僕は、ネメシスの両手を自らの両手で包み。
口を開いた。
「僕、――責任取るから!!」
ネメシスは一瞬ぽかんとした表情をして。
昨日よりも、柔らかな瞳で。
頬を緩ませた。
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