続・本編
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「気分はどうだ」
実験後、濃密なウィルスで充たされた密閉空間で呼吸をした僕の免疫反応を調べるとの理由で服を着替えさせられた後、採血は勿論の事、脈拍や心拍数の計測、簡単な知能テストまでやらされた。
その結果を見る度に研究員たちが色々話をしているのが聞こえたが、何やら難しい専門用語ばかりでまるで聞き取れる訳も無く。ようやく終わった『検査』の後、用無しになって一人でぽつんと部屋の隅で椅子に腰掛けていた僕にレインが言った。
「悪くは、無いです」
「そうか」
自分から聞いたくせに特に興味も無さそうな様子で僕の答えを受け流す。
「・・・カルロス、という名前に覚えはあるだろう」
沈黙が続く前に再びレインが口を開いた。
久しぶりに聞いた名前に、分かりやすく動揺が浮かんだのが自分でも分かる。
「!あっ、えーと」
「聞いているんじゃない、これは確認だ」
カルロス―――カルロス・オリヴェイラ。
ラクーンシティの悲劇から生き延びた、僕ともう一人の人間。
肩書はアンブレラバイオハザード対策部隊『U.B.C.S.』の隊員。階級は伍長。
陽気な性格で、あの燦々たる光景を目の前にしても平気で軽口を叩く度胸と自信は僕に何度安堵をもたらしてくれたか分からない。
突出した行動力とそれを可能にする軍隊仕込みの身体能力は僕達に降りかかった幾度の危機をも乗り越えた。あらゆる銃火器の扱いは勿論の事、ヘリの操縦もこなす器用さと知識も持ち合わせている。
・・・やや心配性過ぎるところもあるが、それも合わせて彼の魅力だろう。
「彼が何か―――、・・・!」
そこまで言おうとして気が付く。
そうだ、最後にカルロスと会ったその夜に僕は拘束されたんだ。
彼も僕と同じ『生存者』。
彼だけが何もされずに無事である確率は?
いや、彼は僕よりも不意の襲撃に抵抗する術を知っている―――もし、カルロスが応戦してしまったら?
僕が窓から飛び降りた時、背中で銃声を聞いたのを思い出した。
あれが実弾だったら。
いくら口径が小さくたって当り所が悪ければ死は免れない。混戦した場合、複数の銃弾を浴びる可能性が高く、失血による死か、至近距離での発砲によりショック死した事例だってある。
例え負傷で済んだとしても、銃弾が身体に残った場合速やかに摘出しないと周りの細胞は壊死、二度とは再生しなくなる。
それとも麻酔銃だったとすれば。
大型動物の捕獲などに使われる麻酔弾に関しては即効性が求められる為、強めの麻酔を使用する。それ故に麻酔の量が簡単に致死量を超えてしまい死に至るケースも少なくない。
だからこそ対人間用の麻酔銃が実用化されているのは未だに空想の世界だけだが、アンブレラなら先進した技術を利用してそれを造り出す事も出来るだろう。
しかし、やはり相手の体格に合わせて的確な麻酔の量を撃ち込む事はあまりに高難度。運良く死を免れたとしても、身体や脳に後遺症が残る可能性がかなり高い。
電気ショック銃だったかもしれない。
スタンガンのような性質を持ったあの銃は手広く普及している上に扱いやすいが、やはり同じ短所を持っている。
緊急時に医療現場で使用される、電気ショックで心臓を刺激して覚醒を促すあの手法だが、覚醒状態かつ興奮状態にある人間に使えば悪影響しか与えない。
心臓に近い所に命中すれば、心肺停止の恐れだってある。
「(まさか)」
自分の中の知識が、いくらでも嫌な想像を膨らませていく。
考えたく無いはずの勝手な妄想が次々と組み上げられていき、土台を固め、果てはカルロスが力無く倒れる姿すらも生々しい映像となって頭に浮かんだ。
「・・・カルロスに―――彼に何をしたんですか!!」
たまらず勢い良く立ち上がりそう言い返すと、一気に部屋中の視線が僕に集中する。
レインは呆れた様な顔をしながら、両手で落ち着け、と僕の肩をなだめた。
「早とちりはしないでもらいたい。まぁ・・・当たらずとも遠からず、と言ったところではあるが」
「説明して下さい」
「ああ、勿論だ」
僕をまた椅子に座らせ、レイン自身も近くの椅子に腰かける。
レインは僕の方へ身を乗り出し、今までより少しだけ小さな声で言った。
「カルロス・オリヴェイラの体内にウィルスが発見された」
「!?、―――っ・・・」
大声を出しそうになった僕は、レインに視線だけで「静かにしろ」と命令される。
僕は驚きを無理矢理飲み込んで、再び話を聞く事にした。
「感染源はハンターα、先程の実験で使用した個体のオリジナルだ」
「・・・そんなはず無い!何かの間違いだ!」
「ほう」
僕の小声の否定を面白がるようにレインがこちらをじっと見つめた。
「何故、そう思う?」
「だ、だって彼は怪我をしたなんて言って無かったし、それに事件からもう半年も経って、今更・・・」
ウィルス感染。それはきっと、彼にとって最も屈辱的な仕打ちだろう。
必死に足掻いて、戦って、生き延びて―――その終わりが結局アンブレラの手によって下される。
僕はウィルスに感染したあの苦しみを味わいながらも生き残った一人だ。そしてその命は、彼がいたからこそ繋ぎ止められたもの。
君は僕を守ってくれたのに、僕は君を―――?
君が死ぬのを、黙って見ていただけだって言うのか―――!?
怒りと、悲しみと、何より自分の無力さに急きたてられ、激しい眩暈がしてくる。
「(やめてくれ)」
「(僕は一番近くにいたのに)」
「(彼を見殺しにしたんだ)」
締め付けられるような痛みに頭を抱え、項垂れる。
そんな僕を、レインは脚を組みながら見下ろしていた。
「如月聖」
自分の名を呼ばれても答える事もせずにただ呆然とする。
意識の外側で呼ばれている事は何とか理解できたが、瞬間的に言葉が出て来なかった。
それを察してか、僕の応答は聞かずにレインは続ける。
「君と私の間で何か誤解があるようだが、カルロス・オリヴェイラは生きている」
言い淀む事無く言い放たれたその言葉は、すこん、とコミカルな音をさせて僕の頭に入る。
その言葉が僕の動きを、思考を、息を、瞬きを止めた。いや、時間すら止まっていたのかもしれない。
それから動き出した、長い長い『数秒後』。
「ええ!?」
僕は勢い良く立ち上がり、先程と同じように部屋中の視線を集めた。
「・・・早とちりはするなと言っただろう」
呆れた様な顔でそう言われた。
「で、でも今ウィルスに感染してるって!」
「ああ、言ったが」
「じゃあ!」
「『早とちりはするな』」
物凄い勢いで食らい付く僕にレインはゆっくりと、先程より少し苛立ったような口調で言った。
「・・・あ、は、はい」
未だに状況を把握しきってはいないものの、とりあえず椅子に座り呼吸を落ち着ける。
しばらくしてからレインが視線で「いいか?」と聞くので、僕は黙って頷いた。
「考えられる原因としては、『同時感染』」
「?」
「ウィルスというのは、体内で同時に別々のものが感染する事は無い。正確に言えば可能性は低い、という程度だが」
レインはそう言いながら近くのデスクに置いてあった紙の束を取り、胸ポケットからペンを出した。
「現在製造されているハンターβはT-ウィルスをベースにし、安定した環境で造られているがカルロス・オリヴェイラが対峙したハンターβはあの環境で独自に進化を遂げたオリジナルモデルだ。T-ウィルス自体もその進化と共に変貌を遂げた可能性がある。そのオリジナルの爪か牙に、T-ウィルス―――活性死者の血液が付着していたとしよう」
紙の上をペンが走る。
至極分かりやすい図説が白紙の上に描かれていき、レインは束の一番上を破り取って僕に渡した。
「ハンターβは非常に攻撃的かつ思考が単純な個体だ。標的の周囲の障害物は避けるより破壊しようとする傾向が強い」
「・・・カルロスの周辺に他の敵―――ゾンビがいても、構わず攻撃するって事ですか?」
「そうだ。元より活性死者とハンターは種族が違う。君は『敵』という一括りで認識しているが、我々や個体同士にとっては全くの別物だ。何の躊躇も無くお互いを処理出来る」
そこまで言ったところで、今度は紙を僕の方を向けてレインは再び図を描き始めた。
「まず、T-ウィルスがカルロス・オリヴェイラの体内に侵入する」
カルロスを模した白い円の中に、真ん中に「T」と書かれた小さな円が入り込む。
「カルロス・オリヴェイラがT-ウィルスに潜在的な抗体を持っていたと考えると、その免疫が働きT-ウィルスが体内から排除されるまではオリジナルの持つ―――-仮にTⅡ-ウィルスとしよう―――TⅡ-ウィルスは、カルロス・オリヴェイラに手出しが出来ない事になる」
「T」が二重斜線で消され、白い円の外に「TⅡ」が新たに描かれた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!『潜在的な抗体』って・・・そんなものが存在するんですか」
ペンを走らせる手を止め、レインがこちらを向きそれに答える。
「ああ。年齢、人種、体格に関係なく十人の内に一人、決して低くない割合で確認されている。カルロス・オリヴェイラがその抗体を持っていても不自然ではない」
T-ウィルス―――その爆発的な感染力はあらゆる生物を媒体とし、血液、経口、空気に取りつき凄まじい速度で拡散する、アンブレラ屈指のウィルス兵器だという。
「彼は以前からウィルス感染に対して強い耐性を持っている事が事件直前の検査から分かっている。だからこそ、彼はあの作戦に投じられた。抗体の有無についてはまだ憶測の域を出ていないが、直に明らかになるだろう」
「じゃ、じゃあもしそれで発症が遅れたとして、今度は・・・」
レインが再びペンを紙の上に滑らせた。
「TⅡ」が白い円の中に入り、次々とその数を増やしていく。
「現在はまだ発症にこそ至らないものの、彼の体内のウィルスは着実に増えていっている。このまま何も処置をしなくてもいずれ時が来れば彼は確実に発症するだろう。言うなれば、体内に時限式の爆薬が仕掛けられているようなもの―――恐らくどんな小さな火種にすら、今のカルロス・オリヴェイラの肉体は耐えられまい」
「火種・・・」
その言葉と一緒に、白い円が斜線で黒く塗り潰されていく。
「何らかのウィルスが体内に入る事だ。もし、カルロス・オリヴェイラが新しいウィルスに感染したら―――」
レインはペンを胸元にしまい込みながら、言った。
「彼は『人間』を捨てることになる」
『人間』―――その名称がどんなに脆いものか、僕はこの目で嫌という程見てきた。
自分が誰かも分からず、耳に入る言葉も聞こえず、あるのはただ視界に入った新鮮な肉を喰らいたいという原始的な欲望だけ。
食欲に突き動かされるままに死臭を漂わせながら生きた肉を求め、腐敗した足を引き摺り続ける。頭を撃ち抜かれるその時まで、永遠に。
「ッ・・・完全なワクチンなんて、貴方達なら簡単に作れるんでしょう!?」
「彼が感染しているのはT-ウィルスとは少し構造が異なる。それに、ウィルス同士が互いに反応し合い、より強力なウィルスへ変化している可能性も否定出来ない。軽率な真似は出来ん」
紙束をデスクの上に投げ、椅子から立ち上がったレインがぽつりと零す。
「方法が無い訳じゃない」
「え!?」
驚いて見上げたその顔には、左右対称の貼り付いた様な微笑。
「・・・その為には、如月聖」
レインが僕の心臓に人差し指を突き付けて、言った。
「君の力が必要だ」
実験後、濃密なウィルスで充たされた密閉空間で呼吸をした僕の免疫反応を調べるとの理由で服を着替えさせられた後、採血は勿論の事、脈拍や心拍数の計測、簡単な知能テストまでやらされた。
その結果を見る度に研究員たちが色々話をしているのが聞こえたが、何やら難しい専門用語ばかりでまるで聞き取れる訳も無く。ようやく終わった『検査』の後、用無しになって一人でぽつんと部屋の隅で椅子に腰掛けていた僕にレインが言った。
「悪くは、無いです」
「そうか」
自分から聞いたくせに特に興味も無さそうな様子で僕の答えを受け流す。
「・・・カルロス、という名前に覚えはあるだろう」
沈黙が続く前に再びレインが口を開いた。
久しぶりに聞いた名前に、分かりやすく動揺が浮かんだのが自分でも分かる。
「!あっ、えーと」
「聞いているんじゃない、これは確認だ」
カルロス―――カルロス・オリヴェイラ。
ラクーンシティの悲劇から生き延びた、僕ともう一人の人間。
肩書はアンブレラバイオハザード対策部隊『U.B.C.S.』の隊員。階級は伍長。
陽気な性格で、あの燦々たる光景を目の前にしても平気で軽口を叩く度胸と自信は僕に何度安堵をもたらしてくれたか分からない。
突出した行動力とそれを可能にする軍隊仕込みの身体能力は僕達に降りかかった幾度の危機をも乗り越えた。あらゆる銃火器の扱いは勿論の事、ヘリの操縦もこなす器用さと知識も持ち合わせている。
・・・やや心配性過ぎるところもあるが、それも合わせて彼の魅力だろう。
「彼が何か―――、・・・!」
そこまで言おうとして気が付く。
そうだ、最後にカルロスと会ったその夜に僕は拘束されたんだ。
彼も僕と同じ『生存者』。
彼だけが何もされずに無事である確率は?
いや、彼は僕よりも不意の襲撃に抵抗する術を知っている―――もし、カルロスが応戦してしまったら?
僕が窓から飛び降りた時、背中で銃声を聞いたのを思い出した。
あれが実弾だったら。
いくら口径が小さくたって当り所が悪ければ死は免れない。混戦した場合、複数の銃弾を浴びる可能性が高く、失血による死か、至近距離での発砲によりショック死した事例だってある。
例え負傷で済んだとしても、銃弾が身体に残った場合速やかに摘出しないと周りの細胞は壊死、二度とは再生しなくなる。
それとも麻酔銃だったとすれば。
大型動物の捕獲などに使われる麻酔弾に関しては即効性が求められる為、強めの麻酔を使用する。それ故に麻酔の量が簡単に致死量を超えてしまい死に至るケースも少なくない。
だからこそ対人間用の麻酔銃が実用化されているのは未だに空想の世界だけだが、アンブレラなら先進した技術を利用してそれを造り出す事も出来るだろう。
しかし、やはり相手の体格に合わせて的確な麻酔の量を撃ち込む事はあまりに高難度。運良く死を免れたとしても、身体や脳に後遺症が残る可能性がかなり高い。
電気ショック銃だったかもしれない。
スタンガンのような性質を持ったあの銃は手広く普及している上に扱いやすいが、やはり同じ短所を持っている。
緊急時に医療現場で使用される、電気ショックで心臓を刺激して覚醒を促すあの手法だが、覚醒状態かつ興奮状態にある人間に使えば悪影響しか与えない。
心臓に近い所に命中すれば、心肺停止の恐れだってある。
「(まさか)」
自分の中の知識が、いくらでも嫌な想像を膨らませていく。
考えたく無いはずの勝手な妄想が次々と組み上げられていき、土台を固め、果てはカルロスが力無く倒れる姿すらも生々しい映像となって頭に浮かんだ。
「・・・カルロスに―――彼に何をしたんですか!!」
たまらず勢い良く立ち上がりそう言い返すと、一気に部屋中の視線が僕に集中する。
レインは呆れた様な顔をしながら、両手で落ち着け、と僕の肩をなだめた。
「早とちりはしないでもらいたい。まぁ・・・当たらずとも遠からず、と言ったところではあるが」
「説明して下さい」
「ああ、勿論だ」
僕をまた椅子に座らせ、レイン自身も近くの椅子に腰かける。
レインは僕の方へ身を乗り出し、今までより少しだけ小さな声で言った。
「カルロス・オリヴェイラの体内にウィルスが発見された」
「!?、―――っ・・・」
大声を出しそうになった僕は、レインに視線だけで「静かにしろ」と命令される。
僕は驚きを無理矢理飲み込んで、再び話を聞く事にした。
「感染源はハンターα、先程の実験で使用した個体のオリジナルだ」
「・・・そんなはず無い!何かの間違いだ!」
「ほう」
僕の小声の否定を面白がるようにレインがこちらをじっと見つめた。
「何故、そう思う?」
「だ、だって彼は怪我をしたなんて言って無かったし、それに事件からもう半年も経って、今更・・・」
ウィルス感染。それはきっと、彼にとって最も屈辱的な仕打ちだろう。
必死に足掻いて、戦って、生き延びて―――その終わりが結局アンブレラの手によって下される。
僕はウィルスに感染したあの苦しみを味わいながらも生き残った一人だ。そしてその命は、彼がいたからこそ繋ぎ止められたもの。
君は僕を守ってくれたのに、僕は君を―――?
君が死ぬのを、黙って見ていただけだって言うのか―――!?
怒りと、悲しみと、何より自分の無力さに急きたてられ、激しい眩暈がしてくる。
「(やめてくれ)」
「(僕は一番近くにいたのに)」
「(彼を見殺しにしたんだ)」
締め付けられるような痛みに頭を抱え、項垂れる。
そんな僕を、レインは脚を組みながら見下ろしていた。
「如月聖」
自分の名を呼ばれても答える事もせずにただ呆然とする。
意識の外側で呼ばれている事は何とか理解できたが、瞬間的に言葉が出て来なかった。
それを察してか、僕の応答は聞かずにレインは続ける。
「君と私の間で何か誤解があるようだが、カルロス・オリヴェイラは生きている」
言い淀む事無く言い放たれたその言葉は、すこん、とコミカルな音をさせて僕の頭に入る。
その言葉が僕の動きを、思考を、息を、瞬きを止めた。いや、時間すら止まっていたのかもしれない。
それから動き出した、長い長い『数秒後』。
「ええ!?」
僕は勢い良く立ち上がり、先程と同じように部屋中の視線を集めた。
「・・・早とちりはするなと言っただろう」
呆れた様な顔でそう言われた。
「で、でも今ウィルスに感染してるって!」
「ああ、言ったが」
「じゃあ!」
「『早とちりはするな』」
物凄い勢いで食らい付く僕にレインはゆっくりと、先程より少し苛立ったような口調で言った。
「・・・あ、は、はい」
未だに状況を把握しきってはいないものの、とりあえず椅子に座り呼吸を落ち着ける。
しばらくしてからレインが視線で「いいか?」と聞くので、僕は黙って頷いた。
「考えられる原因としては、『同時感染』」
「?」
「ウィルスというのは、体内で同時に別々のものが感染する事は無い。正確に言えば可能性は低い、という程度だが」
レインはそう言いながら近くのデスクに置いてあった紙の束を取り、胸ポケットからペンを出した。
「現在製造されているハンターβはT-ウィルスをベースにし、安定した環境で造られているがカルロス・オリヴェイラが対峙したハンターβはあの環境で独自に進化を遂げたオリジナルモデルだ。T-ウィルス自体もその進化と共に変貌を遂げた可能性がある。そのオリジナルの爪か牙に、T-ウィルス―――活性死者の血液が付着していたとしよう」
紙の上をペンが走る。
至極分かりやすい図説が白紙の上に描かれていき、レインは束の一番上を破り取って僕に渡した。
「ハンターβは非常に攻撃的かつ思考が単純な個体だ。標的の周囲の障害物は避けるより破壊しようとする傾向が強い」
「・・・カルロスの周辺に他の敵―――ゾンビがいても、構わず攻撃するって事ですか?」
「そうだ。元より活性死者とハンターは種族が違う。君は『敵』という一括りで認識しているが、我々や個体同士にとっては全くの別物だ。何の躊躇も無くお互いを処理出来る」
そこまで言ったところで、今度は紙を僕の方を向けてレインは再び図を描き始めた。
「まず、T-ウィルスがカルロス・オリヴェイラの体内に侵入する」
カルロスを模した白い円の中に、真ん中に「T」と書かれた小さな円が入り込む。
「カルロス・オリヴェイラがT-ウィルスに潜在的な抗体を持っていたと考えると、その免疫が働きT-ウィルスが体内から排除されるまではオリジナルの持つ―――-仮にTⅡ-ウィルスとしよう―――TⅡ-ウィルスは、カルロス・オリヴェイラに手出しが出来ない事になる」
「T」が二重斜線で消され、白い円の外に「TⅡ」が新たに描かれた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!『潜在的な抗体』って・・・そんなものが存在するんですか」
ペンを走らせる手を止め、レインがこちらを向きそれに答える。
「ああ。年齢、人種、体格に関係なく十人の内に一人、決して低くない割合で確認されている。カルロス・オリヴェイラがその抗体を持っていても不自然ではない」
T-ウィルス―――その爆発的な感染力はあらゆる生物を媒体とし、血液、経口、空気に取りつき凄まじい速度で拡散する、アンブレラ屈指のウィルス兵器だという。
「彼は以前からウィルス感染に対して強い耐性を持っている事が事件直前の検査から分かっている。だからこそ、彼はあの作戦に投じられた。抗体の有無についてはまだ憶測の域を出ていないが、直に明らかになるだろう」
「じゃ、じゃあもしそれで発症が遅れたとして、今度は・・・」
レインが再びペンを紙の上に滑らせた。
「TⅡ」が白い円の中に入り、次々とその数を増やしていく。
「現在はまだ発症にこそ至らないものの、彼の体内のウィルスは着実に増えていっている。このまま何も処置をしなくてもいずれ時が来れば彼は確実に発症するだろう。言うなれば、体内に時限式の爆薬が仕掛けられているようなもの―――恐らくどんな小さな火種にすら、今のカルロス・オリヴェイラの肉体は耐えられまい」
「火種・・・」
その言葉と一緒に、白い円が斜線で黒く塗り潰されていく。
「何らかのウィルスが体内に入る事だ。もし、カルロス・オリヴェイラが新しいウィルスに感染したら―――」
レインはペンを胸元にしまい込みながら、言った。
「彼は『人間』を捨てることになる」
『人間』―――その名称がどんなに脆いものか、僕はこの目で嫌という程見てきた。
自分が誰かも分からず、耳に入る言葉も聞こえず、あるのはただ視界に入った新鮮な肉を喰らいたいという原始的な欲望だけ。
食欲に突き動かされるままに死臭を漂わせながら生きた肉を求め、腐敗した足を引き摺り続ける。頭を撃ち抜かれるその時まで、永遠に。
「ッ・・・完全なワクチンなんて、貴方達なら簡単に作れるんでしょう!?」
「彼が感染しているのはT-ウィルスとは少し構造が異なる。それに、ウィルス同士が互いに反応し合い、より強力なウィルスへ変化している可能性も否定出来ない。軽率な真似は出来ん」
紙束をデスクの上に投げ、椅子から立ち上がったレインがぽつりと零す。
「方法が無い訳じゃない」
「え!?」
驚いて見上げたその顔には、左右対称の貼り付いた様な微笑。
「・・・その為には、如月聖」
レインが僕の心臓に人差し指を突き付けて、言った。
「君の力が必要だ」