続・本編
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「万が一の為に」と無理矢理持たされたハンドガンがやけに重く感じる。腰に付けるホルダーまで僕のサイズで準備してあったのには驚いた。
ハンドガンを腰にぶら下げたまま鼻腔を刺すような消毒液の臭いの充満した長い通路を通り、数回扉をくぐると、また一枚の扉の前に出た。
「それが先程の実験室への扉だ。6秒後に開く」
どこからかレインの声が降ってきた。
辺りをぐるりと見回してもスピーカーは見当たらない。
「・・・」
緊張した時に肩を握るのは、もうほとんど癖のようになっていた。
この扉の向こうに君がいる。
別れを誓ったはずの、君が。
立って、動いて、呼吸をしている、君がいるんだ。
その事実だけで胸が細い糸で締め付けられるような痛みを覚える。
僕にとって君に会う事は―――苦痛なのか?
「(そんなはずない)」
どう考えたって苦痛を感じるのは、君の方だ。
「(だって、僕は君を一度殺しているんだから)」
鮮血にまみれ息一つ乱さず、ただ足元に広がる肉片を見下ろす復讐の女神がそこにいた。
ごくりと唾を飲み込み、一歩踏み出す。
踏み付けた血溜まりの赤い飛沫が脚に跳ねた。
その音に反応してか、触手の主はゆっくりとこちらを振り返った。
感情一つ浮かんでいない白濁の瞳が僕を捉えたかと思うと、そのまま視線を逸らさず少しずつ僕の方へ近付いてくる。
僕もその歩調に合わせ、ゆっくりと近付く。
その距離は少しずつ、だが確実に縮まっていった。
やがてその距離は、身体が触れるか触れないかという距離へ。
呼吸の音すら鮮明に聞こえるその距離は、僕の心臓を握り潰すには十分過ぎた。
とてもじゃないけど、目を見る事なんて出来ない。
ああ、謝りたい。
僕が何度もそうしたように。君が何度も許したように。
僕が謝れば、君は許してしまう。
でも、そんなの嫌だ。
何故、君ばっかりが背負わないといけないんだろう。
それは―――僕が無力だから?
「(うわ)」
情けない事に、涙が零れそうになった。
これ以上俯いているときっと止まらなくなってしまう。
君の前ではもう二度と泣きたくないのに。
「っ!」
僕は意を決して、上を向いた。
笑われてもいい。
怒られてもいい。
殺されても、それでもいい。
僕と触手の主の視線が重なった。
ああ、この目だ。
そこには懐かしい、そして愛おしい瞳が相も変わらず僕を見つめていた。
それはどこまでも無垢で、純粋な目。
駄目だ。
この目を見ると、僕はどうしても―――
「久しぶりだね」
どうしても、笑顔になってしまう。
しかし、その直後。
「え・・・わっ!」
ぷつんと糸が切れた様に触手の主が僕の胸に倒れこんできた。
自分より一回り二回り大きな身体を何とか支えようとその身体を抱きしめ、足を踏ん張る。
・・・にしても、こんな時ですら煩く跳ねる自分の心臓が恥ずかしい。
いや、だって、そんな、抱きしめるなんて。
「だ、大丈夫・・・?」
耳元でそっと囁く。
それを聞いてか触手の主はゆっくりと頭を起こし、また僕と視線を合わせる。
その距離は、わずかに10cmも無く。
触手の主ははっとしたように全身に力を込め、僕の腕から逃れようとして暴れ出した。
「わ、ま、待った!落ち着いて―――」
そんな事を言いつつ、僕も当然落ち着いてなんかいない訳で。
「っだ!」
結局二人で思いっ切り足を滑らせ、そのまま重なって派手に倒れ込む。
人生の内に何度かは絶対に起こり得る、小さなアクシデント。
一々気にするものでも無いし、笑い話にでもしてしまえばいい程度の事故。
問題は、だ。
のそりと身体を起こした触手の主は僕の姿を見ると石のように硬直した。
この体勢―――そうなる意志はお互い微塵も無かったが、端から見れば僕が馬乗りされているような体勢になっていた。
触手の主は、微動だにしない。いや、手が小さく震えている。
一言でいい、何か、何か喋らなくては。
この状況を打破し、お互い何とも思わなくなる様な一言を。
頭の中にいくつか台詞が浮かぶ。その中でどれが最も正しいか―――いや、この際間違いじゃなければ何でもいい。
「だ、大胆・・・だね?・・・」
口にした瞬間気付いた。
これは大間違いだ。
身体から冷汗が出るより早く、触手の主の平手が僕の右頬を思いっ切りひっぱたいた。
それは実に爽快な音を発し、部屋中に微かな余韻すら響かせる。
「っ~・・・!」
頬に電流でも流された様な一瞬の鋭い痛み。
しかしこれでも恐らく相当手加減してくれたのだろう。表面で疼くだけで芯に残らない痛みはそれをよく表していた。
・・・手形ぐらいは残っていそうだが。
僕が頬を押さえながら起き上ると、手形の主はいつの間にか部屋の隅にうずくまっていた。
幾本の触手を体中に巻き付けてじっと動かない。
僕は静かに歩み寄り、近くに跪いた。
喋りかけたかったが、また謝ってしまう事になる。
それに謝罪の言葉を紡ごうにも、上手い言葉が出てこない。
「えっと・・・っその・・・ありがとう」
あれ?
「君のお陰で、僕は今ここに立っていられるんだ」
僕は今、謝りたかったんじゃなかったのか?
「本当に、本当に感謝してる」
!・・・そうか―――。
「―――ありがとう」
今気付いた。
僕の内側で黒く燻っていたあの感情・・・そうだ、あれは―――・・・。
しばらく沈黙が続いた後、スピーカーから音声が流れた。
「実験終了だ、如月」
「えっ」
声の主は、ガラスの向こう側に見えるレイン・ヘイル。
「協力に感謝する。実験は終了した。速やかに退室してくれ」
「あ、あの」
「分からないか?これは「頼み事」じゃない、「命令」だ」
有無を言わせぬレインの口調に少したじろぐ。
これ以上は無理だと思い立ち上がろうとしたその時、腕に付けていたある物を思い出した。
「!これだけ、受け取って」
小さなベルトを触手の主に渡した。
触手の主は首を傾げながら僕とそれを交互に眺める。
しばらくしてそれが腕に付けるものだと分かった様子だったが片手でベルトを付けるのはやはり難しいようで、触手の主は立ち上がった僕の服の裾を引っ張ってきた。
「あはは、僕が付けようか。・・・はい、これで大丈夫」
その時何だかレインに睨まれている様な気がして、僕は足早にその実験室から出る。
一瞬だけ後ろを振り返ると、触手の主はベルトのついたその腕を握りながらぼうっと立ち尽くしていた。
***
「警戒値が急激に引き下げられた・・・か」
「はい、原因は現在調査中です。他の部署にも資料を渡していますがまだ有力なものは・・・」
警戒値。
α型はこの数値が高ければ高いほど、気配や外部の攻撃に敏感になり攻撃的になる。
今回は幾多の実験体との戦闘によってα型の攻撃性も十分に研ぎ澄まし、極限まで数値を引き上げた。
しかし、結果はどうだ。
如月聖を認識した途端に、α型は強制終了に匹敵する速度で警戒値を限界まで引き下げた。
その後再起動するも、その認識になんら変化は認められず―――α型は如月聖を殺さなかった。
正確には、攻撃はしたが手加減をした。
「ふふ・・・有り得ない、有り得ないぞ」
『手加減』など教えた事も無い。
その必要も無かったからだ。
何故ならα型はアンブレラが誇る、現存する中で最強の生物兵器。
前回の接触は水槽の中と外―――硝子越しの距離だった。
その時も如月は武器を所持していた。そして今回も。
接触、そして攻撃。α型にとってそれらの行動は、常に相手側の死を意味していた。
うずくまり、背中を見せる行為などα型が成し得る訳が無い。それは戦闘の上でリスクしか生まない行動なのだから。
何故だ、どうしてだ。如月聖はα型にとってはこれ以上ないくらいの『敵』だったはずだ。
相手が武器を所持している限り、それが幼児であろうと―――ましてやS.T.A.R.S.の人間であるなら必ず排除するように頭脳に組み込んであるはずだ。
「・・・」
α型に感情の揺れ、というものがあるのは分かっている。
しかしそれは任務の遂行に支障を出さない程度のごく僅かなもののはずだ。
だがα型は如月聖を「目」で追っていた。
如月聖の顔を、腕を、背中を、姿を、如月聖という存在全てを。
一体、α型にとっての「如月聖」とは何だ?
「今後の計画はどうなっている」
「もう一度初期化してプログラムを組み直してみます。形式を変更して、エラーが出た部分の改良を入念に行い―――」
「・・・」
単なるプログラムの動作不良。そう言ってしまうのは簡単だ。
だが、それより簡単な答えがあるだろう?
絶対的な信頼関係―――いや、もはや信頼の度を越している。
越えたその先の言葉は私とは縁の無い言葉で、聞くのも言うのもむず痒い。
「・・・そうか」
「!ヘイル博士、何か気付いた点でも?」
ああ、気付いた。
いや、気付かされた、が正しいか。
「全てを科学で片付けられる程、人間は頭が良くないという事だ」
プログラムに情報として刻んでしまえば、私を私と認識するのは息をさせるより簡単だ。
しかしプログラムの「外側」に私が認識されるようになったのはつい二ヶ月程前だ。やっとα型が独自に発達させた感覚で私を捉える様になった。
当然だ、毎日水槽の調整をする度にお前は私の姿を見てきたのだから。遅すぎたとも思っている。
その時私が感じたのは、今までに感じた事の無い程の喜び。
それは我が子に初めて名前を呼んでもらえた時のような言いようの無い感動。
私が掛けたその年月を、如月聖はたった一瞬で飛び越えた。
理解の範疇を超える、恐るべき速度で。
「・・・ッッ!」
声にならない笑いが、腹の底から込み上げていた。
ああ、そうだ。
私は如月聖に―――嫉妬している。
ハンドガンを腰にぶら下げたまま鼻腔を刺すような消毒液の臭いの充満した長い通路を通り、数回扉をくぐると、また一枚の扉の前に出た。
「それが先程の実験室への扉だ。6秒後に開く」
どこからかレインの声が降ってきた。
辺りをぐるりと見回してもスピーカーは見当たらない。
「・・・」
緊張した時に肩を握るのは、もうほとんど癖のようになっていた。
この扉の向こうに君がいる。
別れを誓ったはずの、君が。
立って、動いて、呼吸をしている、君がいるんだ。
その事実だけで胸が細い糸で締め付けられるような痛みを覚える。
僕にとって君に会う事は―――苦痛なのか?
「(そんなはずない)」
どう考えたって苦痛を感じるのは、君の方だ。
「(だって、僕は君を一度殺しているんだから)」
鮮血にまみれ息一つ乱さず、ただ足元に広がる肉片を見下ろす復讐の女神がそこにいた。
ごくりと唾を飲み込み、一歩踏み出す。
踏み付けた血溜まりの赤い飛沫が脚に跳ねた。
その音に反応してか、触手の主はゆっくりとこちらを振り返った。
感情一つ浮かんでいない白濁の瞳が僕を捉えたかと思うと、そのまま視線を逸らさず少しずつ僕の方へ近付いてくる。
僕もその歩調に合わせ、ゆっくりと近付く。
その距離は少しずつ、だが確実に縮まっていった。
やがてその距離は、身体が触れるか触れないかという距離へ。
呼吸の音すら鮮明に聞こえるその距離は、僕の心臓を握り潰すには十分過ぎた。
とてもじゃないけど、目を見る事なんて出来ない。
ああ、謝りたい。
僕が何度もそうしたように。君が何度も許したように。
僕が謝れば、君は許してしまう。
でも、そんなの嫌だ。
何故、君ばっかりが背負わないといけないんだろう。
それは―――僕が無力だから?
「(うわ)」
情けない事に、涙が零れそうになった。
これ以上俯いているときっと止まらなくなってしまう。
君の前ではもう二度と泣きたくないのに。
「っ!」
僕は意を決して、上を向いた。
笑われてもいい。
怒られてもいい。
殺されても、それでもいい。
僕と触手の主の視線が重なった。
ああ、この目だ。
そこには懐かしい、そして愛おしい瞳が相も変わらず僕を見つめていた。
それはどこまでも無垢で、純粋な目。
駄目だ。
この目を見ると、僕はどうしても―――
「久しぶりだね」
どうしても、笑顔になってしまう。
しかし、その直後。
「え・・・わっ!」
ぷつんと糸が切れた様に触手の主が僕の胸に倒れこんできた。
自分より一回り二回り大きな身体を何とか支えようとその身体を抱きしめ、足を踏ん張る。
・・・にしても、こんな時ですら煩く跳ねる自分の心臓が恥ずかしい。
いや、だって、そんな、抱きしめるなんて。
「だ、大丈夫・・・?」
耳元でそっと囁く。
それを聞いてか触手の主はゆっくりと頭を起こし、また僕と視線を合わせる。
その距離は、わずかに10cmも無く。
触手の主ははっとしたように全身に力を込め、僕の腕から逃れようとして暴れ出した。
「わ、ま、待った!落ち着いて―――」
そんな事を言いつつ、僕も当然落ち着いてなんかいない訳で。
「っだ!」
結局二人で思いっ切り足を滑らせ、そのまま重なって派手に倒れ込む。
人生の内に何度かは絶対に起こり得る、小さなアクシデント。
一々気にするものでも無いし、笑い話にでもしてしまえばいい程度の事故。
問題は、だ。
のそりと身体を起こした触手の主は僕の姿を見ると石のように硬直した。
この体勢―――そうなる意志はお互い微塵も無かったが、端から見れば僕が馬乗りされているような体勢になっていた。
触手の主は、微動だにしない。いや、手が小さく震えている。
一言でいい、何か、何か喋らなくては。
この状況を打破し、お互い何とも思わなくなる様な一言を。
頭の中にいくつか台詞が浮かぶ。その中でどれが最も正しいか―――いや、この際間違いじゃなければ何でもいい。
「だ、大胆・・・だね?・・・」
口にした瞬間気付いた。
これは大間違いだ。
身体から冷汗が出るより早く、触手の主の平手が僕の右頬を思いっ切りひっぱたいた。
それは実に爽快な音を発し、部屋中に微かな余韻すら響かせる。
「っ~・・・!」
頬に電流でも流された様な一瞬の鋭い痛み。
しかしこれでも恐らく相当手加減してくれたのだろう。表面で疼くだけで芯に残らない痛みはそれをよく表していた。
・・・手形ぐらいは残っていそうだが。
僕が頬を押さえながら起き上ると、手形の主はいつの間にか部屋の隅にうずくまっていた。
幾本の触手を体中に巻き付けてじっと動かない。
僕は静かに歩み寄り、近くに跪いた。
喋りかけたかったが、また謝ってしまう事になる。
それに謝罪の言葉を紡ごうにも、上手い言葉が出てこない。
「えっと・・・っその・・・ありがとう」
あれ?
「君のお陰で、僕は今ここに立っていられるんだ」
僕は今、謝りたかったんじゃなかったのか?
「本当に、本当に感謝してる」
!・・・そうか―――。
「―――ありがとう」
今気付いた。
僕の内側で黒く燻っていたあの感情・・・そうだ、あれは―――・・・。
しばらく沈黙が続いた後、スピーカーから音声が流れた。
「実験終了だ、如月」
「えっ」
声の主は、ガラスの向こう側に見えるレイン・ヘイル。
「協力に感謝する。実験は終了した。速やかに退室してくれ」
「あ、あの」
「分からないか?これは「頼み事」じゃない、「命令」だ」
有無を言わせぬレインの口調に少したじろぐ。
これ以上は無理だと思い立ち上がろうとしたその時、腕に付けていたある物を思い出した。
「!これだけ、受け取って」
小さなベルトを触手の主に渡した。
触手の主は首を傾げながら僕とそれを交互に眺める。
しばらくしてそれが腕に付けるものだと分かった様子だったが片手でベルトを付けるのはやはり難しいようで、触手の主は立ち上がった僕の服の裾を引っ張ってきた。
「あはは、僕が付けようか。・・・はい、これで大丈夫」
その時何だかレインに睨まれている様な気がして、僕は足早にその実験室から出る。
一瞬だけ後ろを振り返ると、触手の主はベルトのついたその腕を握りながらぼうっと立ち尽くしていた。
***
「警戒値が急激に引き下げられた・・・か」
「はい、原因は現在調査中です。他の部署にも資料を渡していますがまだ有力なものは・・・」
警戒値。
α型はこの数値が高ければ高いほど、気配や外部の攻撃に敏感になり攻撃的になる。
今回は幾多の実験体との戦闘によってα型の攻撃性も十分に研ぎ澄まし、極限まで数値を引き上げた。
しかし、結果はどうだ。
如月聖を認識した途端に、α型は強制終了に匹敵する速度で警戒値を限界まで引き下げた。
その後再起動するも、その認識になんら変化は認められず―――α型は如月聖を殺さなかった。
正確には、攻撃はしたが手加減をした。
「ふふ・・・有り得ない、有り得ないぞ」
『手加減』など教えた事も無い。
その必要も無かったからだ。
何故ならα型はアンブレラが誇る、現存する中で最強の生物兵器。
前回の接触は水槽の中と外―――硝子越しの距離だった。
その時も如月は武器を所持していた。そして今回も。
接触、そして攻撃。α型にとってそれらの行動は、常に相手側の死を意味していた。
うずくまり、背中を見せる行為などα型が成し得る訳が無い。それは戦闘の上でリスクしか生まない行動なのだから。
何故だ、どうしてだ。如月聖はα型にとってはこれ以上ないくらいの『敵』だったはずだ。
相手が武器を所持している限り、それが幼児であろうと―――ましてやS.T.A.R.S.の人間であるなら必ず排除するように頭脳に組み込んであるはずだ。
「・・・」
α型に感情の揺れ、というものがあるのは分かっている。
しかしそれは任務の遂行に支障を出さない程度のごく僅かなもののはずだ。
だがα型は如月聖を「目」で追っていた。
如月聖の顔を、腕を、背中を、姿を、如月聖という存在全てを。
一体、α型にとっての「如月聖」とは何だ?
「今後の計画はどうなっている」
「もう一度初期化してプログラムを組み直してみます。形式を変更して、エラーが出た部分の改良を入念に行い―――」
「・・・」
単なるプログラムの動作不良。そう言ってしまうのは簡単だ。
だが、それより簡単な答えがあるだろう?
絶対的な信頼関係―――いや、もはや信頼の度を越している。
越えたその先の言葉は私とは縁の無い言葉で、聞くのも言うのもむず痒い。
「・・・そうか」
「!ヘイル博士、何か気付いた点でも?」
ああ、気付いた。
いや、気付かされた、が正しいか。
「全てを科学で片付けられる程、人間は頭が良くないという事だ」
プログラムに情報として刻んでしまえば、私を私と認識するのは息をさせるより簡単だ。
しかしプログラムの「外側」に私が認識されるようになったのはつい二ヶ月程前だ。やっとα型が独自に発達させた感覚で私を捉える様になった。
当然だ、毎日水槽の調整をする度にお前は私の姿を見てきたのだから。遅すぎたとも思っている。
その時私が感じたのは、今までに感じた事の無い程の喜び。
それは我が子に初めて名前を呼んでもらえた時のような言いようの無い感動。
私が掛けたその年月を、如月聖はたった一瞬で飛び越えた。
理解の範疇を超える、恐るべき速度で。
「・・・ッッ!」
声にならない笑いが、腹の底から込み上げていた。
ああ、そうだ。
私は如月聖に―――嫉妬している。