続・本編
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「聖」
「!」
氷点下の部屋から足早に抜け出した僕を待っていたのは、カルロス。不調な様子も無く、ただただ普段通りの彼がそこに立っていた。
「カルロス、身体の具合は!?」
「ん、まぁ何とかな」
「・・・」
ウィルスの侵攻が止まったと考えたいところではあるが、恐らく違う。感染して一時的に容態が安定しているだけで、見た目よりもかなり危険な状態になっているはずだ。
僕が時計塔で倒れた時と同じ状態―――カルロスの完全感染までに、少しの猶予も無いという事が『経験』から分かった。
それでもここまでのルートにいたゾンビや他の怪物はほぼ殲滅してきたし、恐らくはレインがこちらに向かわせた部隊が到着するまでの時間くらいなら何とか持ちこたえられるはずだ。
「カル―――」
「悪い、俺のせいで時間喰っちまったな。先を急ごうぜ」
僕の目も見ずに、遮るようにしてカルロスはそう言った。
そして再び歩き始めたカルロスの背中を、僕はいつものように追おうとして―――
「・・・おい、聖?どうした?」
カルロスが振り返り、脚を止めていた僕を呼ぶ。
僕は俯きながら、一度だけ深呼吸してカルロスに向き直った。
「カルロス」
―――君はこんな事、許さないとは思う。
「ん?」
僕はそれでも、言わなければいけない。
「君はここに残るんだ」
君に生き残ってもらう為に。
僕がそう言うと、カルロスの表情が一変した。
「・・・どういう意味だよ、聖」
空気がぴんと張りつめたのが分かった。首の後ろがざわざわするような、嫌な緊張。
僕は喉に詰まりそうな声を何とか絞りだし、続ける。
「・・・ここから先は、僕一人で行く」
「・・・どうしてだ?」
カルロスの視線は突き刺さりそうな程に鋭く、声もいつもより低く聞こえた。
「だから、カルロスはここに―――」
「理由を説明しろって言ってんだッ!!」
カルロスの怒声に、思わず肩が跳ねる。
慌てて目を逸らして急いで言葉を探すが、真っ白に吹き飛んだ頭の中には何も見つからなかった。
「・・・それは、その・・・」
「ああ、何だ?」
咄嗟に上手な嘘も思い付かない。
ああ、駄目だ、どうしよう、どうしよう、何か、何か、何か―――
「・・・聖」
その声にはっとして顔を上げると、カルロスは悲しげな顔で溜息をついた。
「お前、俺に何を隠してる?」
聖は一瞬何か言いかけたが、すぐに口をつぐんでまた俯く。
「なぁ」
聖は俺の声に反応してぴくりと肩を跳ねさせたが、拳は握り締めたままだ。
「お前・・・きっと、俺がさっき倒れた理由を知ってるんだろ?」
「!!」
「ああ、やっぱりそうかよ」
聖の反応は実に分かりやすく、聞いてしまえばすぐに顔に出るのは分かっていた。
深い深い溜息をついた後、俺は更に続ける。
「言わないって事は、言えないって事なんだろうな」
「・・・ごめん」
「お前だけが先に進んで、俺をここに置いていかなきゃならねぇ理由―――その理由の大元は恐らく俺自身にあって―――でもその理由は詳しく言う事は出来なくて、まぁ、とにかく、俺を何が何でも先に行かせたくない・・・ってことでいいのか?」
聖は少し悩んでから、小さく頷いた。
「そんなの俺が納得できる訳がねぇってのは、分かるな?」
聖はまた頷いた。
「・・・それでも、絶対に行かせない。と」
聖は二度頷いた。
様子からして口止めされているようには見えず、恐らく聖が俺に言いたくないってだけで―――となると、吐かせるのは無理だ。こりゃあ本当に絶対行かせないつもりだろう。
冷静かと思えば突拍子も無いことをしたり、弱気かと思えば妙に強気で頑固なところもあって。
俺はそういう『如月聖』をよく知っている。だからこそ、こいつが言い切った事を絶対に撤回しない事が分かっていた。
・・・ああ、畜生。
そうなんだ、分かってるんだよ。
「―――ああ、くそ!いいか!?聖、俺は全ッ然納得してねぇぞ!!」
俺は胸元のポケットから先程見つけたカードキーを取り出し、それを強引に聖の胸に押し付けるように突き渡す。
聖は一瞬困惑したような表情になったが、カードキーを受け取り、再び俺を見た。
「・・・格好悪いけどよ、正直怖ぇんだ。またさっきみたいな事になっても、次は起き上がれる保証があるわけじゃねぇ」
「・・・」
「そうなったら、また俺が足を引っ張る事になるかもしれねぇ。それだけは嫌だ」
聖はずっと黙ったままだった。
口をぐっと閉じて、喋ってしまいそうになるのを無理矢理抑えているような・・・そんな感じだ。
当然だが、隠し事されるのはいい気分じゃない。
俺の身体の事も、聖が知っている事も―――いつの間にか塞がっている脇腹の傷の事も。
まだ言いたいことも聞きたいこともたくさんあるが、俺は何もかもをぐっと飲み込み、一言にその全てを詰め込んだ。
「お前の事、信じていいんだよな」
***
ナンバーキーとカードキーでのロックが解除され、扉が開く。
聖は何も言わずに一回だけ俺を振り返って、すぐに駆け足で扉の奥へ消えていった。
「ぅ・・・っ・・・!」
扉が重い音を立てて閉まる。
聖の足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、俺はその場に倒れ込んだ。
「(畜生め)」
ついさっき倒れた時と同じ症状が、先程よりもその重さを増して俺の身体に圧し掛かっていた。
目の前に白い靄がかかったようになり、視界全体が不安定に揺れ動く。
肺が空気を受け入れることを拒否し、脳に酸素が回らない。息を吸い込む度に咳き込む喉が痛み、粘膜が傷付き出血した。
身体の芯から溢れ返る熱が、骨を、肉を、皮膚を溶かそうとしているような感覚に襲われる。
指一本動かすことすら難しく、動いているのかいないのかも判断出来ない。末端の感覚がほとんど無くなっていた。「力が入らない」というより「力を入れるものが無い」という方が近いだろう。
俺の身体の全てが『俺』が『俺』でいる事を嫌がっているような感覚が脳を支配する。
どうしてこんな事になっているのか見当もつかず、ただこの苦痛を受け続ける事しか出来ない事が無性に悔しかった。
何だ“これ”は、何なんだ“これ”は?
“これ”は何故俺の身に起きているんだ?
畜生、畜生、畜生!!
ただひたすらに苦しく、不快で、一刻も早く“これ”から逃れたかった。
恐らく一瞬でも目を閉じればすぐに気絶してこの苦痛からは解放されるだろう。
それでも、絶対に意識だけは手離さない。
今この手を離したら、二度と帰ってこられなくなるような気がしてならなかったから。
「(聖)」
朦朧とする意識の中、聖に言い忘れた事を一つだけ思い出す。
傭兵として毎日を生き、明日の自分の命の保証も無く、日々死に代わっていく仲間を延々と見続けてきた俺にしては、随分と珍しい言葉だった。
「(死ぬなよ)」
「!」
氷点下の部屋から足早に抜け出した僕を待っていたのは、カルロス。不調な様子も無く、ただただ普段通りの彼がそこに立っていた。
「カルロス、身体の具合は!?」
「ん、まぁ何とかな」
「・・・」
ウィルスの侵攻が止まったと考えたいところではあるが、恐らく違う。感染して一時的に容態が安定しているだけで、見た目よりもかなり危険な状態になっているはずだ。
僕が時計塔で倒れた時と同じ状態―――カルロスの完全感染までに、少しの猶予も無いという事が『経験』から分かった。
それでもここまでのルートにいたゾンビや他の怪物はほぼ殲滅してきたし、恐らくはレインがこちらに向かわせた部隊が到着するまでの時間くらいなら何とか持ちこたえられるはずだ。
「カル―――」
「悪い、俺のせいで時間喰っちまったな。先を急ごうぜ」
僕の目も見ずに、遮るようにしてカルロスはそう言った。
そして再び歩き始めたカルロスの背中を、僕はいつものように追おうとして―――
「・・・おい、聖?どうした?」
カルロスが振り返り、脚を止めていた僕を呼ぶ。
僕は俯きながら、一度だけ深呼吸してカルロスに向き直った。
「カルロス」
―――君はこんな事、許さないとは思う。
「ん?」
僕はそれでも、言わなければいけない。
「君はここに残るんだ」
君に生き残ってもらう為に。
僕がそう言うと、カルロスの表情が一変した。
「・・・どういう意味だよ、聖」
空気がぴんと張りつめたのが分かった。首の後ろがざわざわするような、嫌な緊張。
僕は喉に詰まりそうな声を何とか絞りだし、続ける。
「・・・ここから先は、僕一人で行く」
「・・・どうしてだ?」
カルロスの視線は突き刺さりそうな程に鋭く、声もいつもより低く聞こえた。
「だから、カルロスはここに―――」
「理由を説明しろって言ってんだッ!!」
カルロスの怒声に、思わず肩が跳ねる。
慌てて目を逸らして急いで言葉を探すが、真っ白に吹き飛んだ頭の中には何も見つからなかった。
「・・・それは、その・・・」
「ああ、何だ?」
咄嗟に上手な嘘も思い付かない。
ああ、駄目だ、どうしよう、どうしよう、何か、何か、何か―――
「・・・聖」
その声にはっとして顔を上げると、カルロスは悲しげな顔で溜息をついた。
「お前、俺に何を隠してる?」
聖は一瞬何か言いかけたが、すぐに口をつぐんでまた俯く。
「なぁ」
聖は俺の声に反応してぴくりと肩を跳ねさせたが、拳は握り締めたままだ。
「お前・・・きっと、俺がさっき倒れた理由を知ってるんだろ?」
「!!」
「ああ、やっぱりそうかよ」
聖の反応は実に分かりやすく、聞いてしまえばすぐに顔に出るのは分かっていた。
深い深い溜息をついた後、俺は更に続ける。
「言わないって事は、言えないって事なんだろうな」
「・・・ごめん」
「お前だけが先に進んで、俺をここに置いていかなきゃならねぇ理由―――その理由の大元は恐らく俺自身にあって―――でもその理由は詳しく言う事は出来なくて、まぁ、とにかく、俺を何が何でも先に行かせたくない・・・ってことでいいのか?」
聖は少し悩んでから、小さく頷いた。
「そんなの俺が納得できる訳がねぇってのは、分かるな?」
聖はまた頷いた。
「・・・それでも、絶対に行かせない。と」
聖は二度頷いた。
様子からして口止めされているようには見えず、恐らく聖が俺に言いたくないってだけで―――となると、吐かせるのは無理だ。こりゃあ本当に絶対行かせないつもりだろう。
冷静かと思えば突拍子も無いことをしたり、弱気かと思えば妙に強気で頑固なところもあって。
俺はそういう『如月聖』をよく知っている。だからこそ、こいつが言い切った事を絶対に撤回しない事が分かっていた。
・・・ああ、畜生。
そうなんだ、分かってるんだよ。
「―――ああ、くそ!いいか!?聖、俺は全ッ然納得してねぇぞ!!」
俺は胸元のポケットから先程見つけたカードキーを取り出し、それを強引に聖の胸に押し付けるように突き渡す。
聖は一瞬困惑したような表情になったが、カードキーを受け取り、再び俺を見た。
「・・・格好悪いけどよ、正直怖ぇんだ。またさっきみたいな事になっても、次は起き上がれる保証があるわけじゃねぇ」
「・・・」
「そうなったら、また俺が足を引っ張る事になるかもしれねぇ。それだけは嫌だ」
聖はずっと黙ったままだった。
口をぐっと閉じて、喋ってしまいそうになるのを無理矢理抑えているような・・・そんな感じだ。
当然だが、隠し事されるのはいい気分じゃない。
俺の身体の事も、聖が知っている事も―――いつの間にか塞がっている脇腹の傷の事も。
まだ言いたいことも聞きたいこともたくさんあるが、俺は何もかもをぐっと飲み込み、一言にその全てを詰め込んだ。
「お前の事、信じていいんだよな」
***
ナンバーキーとカードキーでのロックが解除され、扉が開く。
聖は何も言わずに一回だけ俺を振り返って、すぐに駆け足で扉の奥へ消えていった。
「ぅ・・・っ・・・!」
扉が重い音を立てて閉まる。
聖の足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、俺はその場に倒れ込んだ。
「(畜生め)」
ついさっき倒れた時と同じ症状が、先程よりもその重さを増して俺の身体に圧し掛かっていた。
目の前に白い靄がかかったようになり、視界全体が不安定に揺れ動く。
肺が空気を受け入れることを拒否し、脳に酸素が回らない。息を吸い込む度に咳き込む喉が痛み、粘膜が傷付き出血した。
身体の芯から溢れ返る熱が、骨を、肉を、皮膚を溶かそうとしているような感覚に襲われる。
指一本動かすことすら難しく、動いているのかいないのかも判断出来ない。末端の感覚がほとんど無くなっていた。「力が入らない」というより「力を入れるものが無い」という方が近いだろう。
俺の身体の全てが『俺』が『俺』でいる事を嫌がっているような感覚が脳を支配する。
どうしてこんな事になっているのか見当もつかず、ただこの苦痛を受け続ける事しか出来ない事が無性に悔しかった。
何だ“これ”は、何なんだ“これ”は?
“これ”は何故俺の身に起きているんだ?
畜生、畜生、畜生!!
ただひたすらに苦しく、不快で、一刻も早く“これ”から逃れたかった。
恐らく一瞬でも目を閉じればすぐに気絶してこの苦痛からは解放されるだろう。
それでも、絶対に意識だけは手離さない。
今この手を離したら、二度と帰ってこられなくなるような気がしてならなかったから。
「(聖)」
朦朧とする意識の中、聖に言い忘れた事を一つだけ思い出す。
傭兵として毎日を生き、明日の自分の命の保証も無く、日々死に代わっていく仲間を延々と見続けてきた俺にしては、随分と珍しい言葉だった。
「(死ぬなよ)」