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続・本編

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「カルロス!!・・・カルロス!!」

カルロスの身体を抱き起こし、肩を揺すってみるが全く反応が無い。
しかし首筋に手を当て脈を測ると、血流はしっかりと彼の身体を巡っていることが分かった。

とにかくレインに連絡をしようと無線の電源を入れようとした瞬間、カルロスの目がゆっくりと開く。

「ん・・・?」
「!!」

カルロスは何度か瞬きすると、辺りを見回し自分の状況を把握する。

「・・・何か、あったのか?」
「それはこっちの台詞だよ!呼んでも返事が無くて・・・そしたら、倒れてて」

俯いて黙り込むカルロス。その表情は苦く、額には脂汗が浮かんでいる。
何と声をかけていいか分からず同じ様に黙り込んでいた僕の耳元に、声が流れた。

如月

レインだ。
僕は立ち上がり、カルロスに聞こえない様に現在の状況を伝える。

『突発的な意識喪失、覚醒後の倦怠感・・・』

僕の説明を聞いてレインは少し考えるようにそう呟いた。
そして数秒の沈黙の後、再びレインが口を開く。

如月







『カルロス・オリヴェイラの体内で感染が始まった』


「そんな!?」

自分でも驚く程の大きな声が口から流れ出る。
はっとしてカルロスを振り向くが、やはりそれでもまだぐったりと項垂れたままだった。

「傷なんて無いはずですよ、感染なんて・・・」
『感染の際に、必ずしも傷がつく必要は無い』
「!?―――一体どういう―――」
『ウィルスは粘膜に触れればそれだけで感染する。眼球であったり、鼻孔・・・あるいは口腔だ』
「・・・!!」

先程の戦闘がフラッシュバックする。
天井に張り付いた怪物をカルロスが撃ち抜き、その時に・・・多量の返り血を浴びた。


―――ウィルスに侵された怪物の、大量の血液を―――


『心当たりがあるのか』
「さっき、大きな爪の・・・脳が剥き出しになっている怪物がいて。“それ”が天井にいた時に攻撃して、頭から血をかぶって・・・考えられるとしたらその時です」
『 “それ”は、今、どこにいる?』
「いえ、もう―――」


そう言いながら怪物の死体がある方へ視線を向ける。

しかし。


「(―――消えた!?)」


そこに“死体”は存在しなかった。

あるのは血溜まりと、肉片と、奇妙な血痕。

床を、壁を、天井を、滅茶苦茶な動き方で這いずり回っている。

よく見るとその進行方向が分かった。少しずつ、少しずつ、『ある一点』を狙って動いている。



カルロスが苦痛の入り混じる声で叫んだ。


「・・・―――逃げろ!!」


しかし、遅過ぎた。


間に合わない。

避けられない。


背後に潜む銀色の剛爪が、宙を閃いた。


何もかもが、もう遅い。
朧気な明かりに浮かび上がった白銀の爪は大気を切り裂き、僕の右脇腹の肉を抉り取った。

「ぅぐッ!!」

激烈な痛みが電流となって右脇腹を通り、その衝撃は全身の骨を震わせる。
うずくまりながら握り締めるようにして傷口を押さえると、裂かれた肉の奥から流れ出る熱い鮮血が僕の左手を染め、指の間をすり抜け床に赤く滴った。


痛い。

痛い。

痛い。


むせ返るような鉄の臭いが鼻腔を侵していく。
身体から溢れ出す赤い熱は、まるで止まる様子もなく床を拡がり続けていた。

「・・・ッの!!」

再びアサルトライフルの銃声が部屋中に響く。
銃口を向けられた怪物は身を翻し、素早く暗闇の中へと潜り込んだ。

「おい、、・・・!!」

絞り出す様なカルロスの声。
それが酷く聞き取り辛いのは、痛みが音となって体中を駆け巡っているからなのだろうか。
力任せに叩かれている鐘の音が、耳の傍―――いや、耳の中から聞こえてきているような気がする。

無意識に傷口の状態を確認しようとするが、出血が多すぎて傷口そのものを見ることが出来ない。
そっと指を這わせると、ぬるりとした暖かい血液の奥にあるべき本来の感触が少し無くなっているのが分かった。


―――深呼吸。


膨らんだ肺が他の内臓を押し、傷口がずきりと痛む。

「・・・大丈夫。そんなに深くはない、から」

カルロスにそう伝えるが、僕の手は傷口を押さえ続ける。

深くはない。
一応骨は傷付いていないようだし、内臓にも致命傷は負っていないから。

・・・うん。嘘はついてない。


僕が痛みに屈する事は、カルロスの死に直結する。
だからと言ってこのまま形振り構わず怪物と戦っていても、怪物を倒す前に僕の身体から血が抜け切ってしまうだろう。

とにかく、時間が無い。
こうして考えている時間すら惜しいのだ。

僕は最短かつ最良の戦略で、あの怪物を倒さなくてはならなかった。


「(やるしか、ないんだ)」


巨大な蛇・・・いや、蛇に似た吸血動物と死闘を繰り広げたあの時の事を、僕は思い出していた。

そう、あの時と同じだ。
絶対に勝ち目の無いように見えた戦いでも、条件が揃えば勝機は必ずあるはずなんだ。

だが、今はあの時よりも遥かに分が悪い状況。だからこそ常に最良の判断をするためにあの時以上に冷静でなくてはならない。


冷静に。

冷静に。

冷静に。


痛みから沸き上がる熱を忘れる程に、頭が鋭く冴えていく。


「カルロス」


重たい呼吸を繰り返すカルロスから、返事は無かった。


「(・・・今度は、僕が助ける番だよ)」


***


薄明かりが照らす静寂の中に、僕は怪物の足音を見つけた。


『まず』


あの怪物の名前は、“リッカー”。

ゾンビから変異を遂げ、機動力が格段に上がった特殊進化生物。

そして今僕の目の前にいるのは、それを更に強化する為に身体全体から余分な重りを根こそぎ取り除かれた一つの実験体。

骨であったり、皮であったり、肉であったり。更には、生物としての理性をも取り除き、考えもせず、迷いもせず、ただ獲物を襲う本能と筋肉だけを残された。

それ故にかなり好戦的な性質を持っているリッカーは、「戦い」をゾンビのように食欲を満たす為の「食事」ではなく、「狩り」として過程を楽しむ。
恐らく、カルロスが狙われる前に僕の姿を見つけさせれば攻撃の標的は僕に絞られるだろう。

命を奪う事に快感を覚えているのではなく、視界の邪魔になる者を消そうとしているのでもなく。

奴はただ単に、「愉しみたい」だけなんだ。


『次に』


リッカーが獲物を見つける時に使う手段―――それは、『音』。
縦横無尽にこの暗闇の中を這い回りながら、僕達の位置を正確に割り出す為に『音』を利用していた。

それは靴音だったり、銃声だったり、あるいは呼吸。果ては心臓の鼓動すらも聞き取れる。
リッカーの聴力はどんな小さな音でも聞きこぼす事は無く、壁にぶつかって反響する音の波を伝って獲物を仕留めるのだ。

恐らく冷凍庫の横にあった予備電源、そしてこの部屋の機材―――電源を必要としない物―――が破壊されていたのは、駆動音を聞き、生き物だと錯覚して叩き壊したのだろう。
流石に頑丈に作られているらしい予備電源は傷が付く程度に済んだ、ということか。


『最後に』


主な攻撃方法は、両腕に下がった大振りな爪。
既に僕達を二度も襲ったその武器は、見ただけでも足が竦む。

二つ目に、「舌」。
普段はただ垂れ下っているだけの舌だが、「狩り」になるとその形状は槍の様に変わる。
尋常でない伸縮率、肉とは思えない硬度、目で追うことは不可能な速度―――それを瞬時に形成し、瞬きする間に獲物の身体を貫く。


『それでは、健闘を祈る』


小さな切断音と共に、レインの声は途切れた。



「(・・・よし)」

レインの言葉を聞きながら、僕の中に一つの案が浮かんだ。

・・・正直、この作戦では相打ちになれるかどうかも定かではなかったが、それでも他の選択肢を考えて時間を費やすよりはいいと感じた。

僕は手に握っていたハンドガンをホルダーに納め、背中のククリナイフをゆっくりと引き抜く。



「お手柔らかに」

好戦的だという事。
狩りを好むという事。

それらはつまり、戦闘行為自体がかなり得意だという事だ。


「(小細工なんて考えてる暇も無いか)」


ひたひたと湿った肉が床を這っている。
その歩調に合わせて聞こえてくる金属で金属を引っ掻くような音―――あの剛爪を引きずる姿が容易に想像出来た。
不揃いな足音が、右へ左へと揺れながらこちらに近付いてくる。
僕はククリナイフの柄をきつく握り締め、唾をごくりと飲み込んだ。



一対一。
身体の大きさはほぼ同じ。

あまり視界の開けた場所ではないこの状況だと、必然的に近距離からの攻撃が基本となるはずだ。
そうなれば、僕が先手を打てるタイミングは敵を確認した最初の一瞬のみ。

その僅かな時間で敵の身体に致命的な損傷を与えなくてはならなかった。

そこで考えたのが、『銃での攻撃を封印する』という戦法。

銃を使った場合、狙いを定める時間が発生し、どうしてもこちらがほんの少し遅れてしまう。
この怪物―――リッカーにとってその『ほんの少し』は、獲物の首を刈り取るのに十二分な時間だろう。


とにかくカルロスと距離をとって、狙いを僕だけに定めてもらわないと困るんだ。


僕はわざと大きな足音を立ててカルロスから遠ざかる。
その音にまんまと誘われたのか、リッカーの足音は僕の方へと近付いてきていた。

上か、下か、右か、左か。

一定しない足音の方向を必死に耳で追い掛けながら、やっとカルロスが見えなくなる場所まで移動出来た。
比較的視界が広く、ある程度動けるスペースも取れている。


第一段階はクリア、ってとこかな。

後は―――


「(・・・!)」


心臓の鼓動を落ちつかせ呼吸を整えようとしたその時、ぼやけた照明の中に薄っすらと不気味なシルエットが浮かんだ。

威嚇するように舌を宙に漂わせ、その大きな爪同士を頻りに擦り合う。
薄ら笑いを浮かべているようなその歪な形相は自らの血で真っ赤に染まり、破裂した脳からはどろりとした赤黒い液体が滴っていた。

先程よりも数倍気色の悪い姿に思わず全身が引き攣る。
食道を上りそうな胃液を辛うじて押し戻し、僕はククリナイフを逆手に構えた。

小さく口笛を鳴らすと、リッカーは歪んだ笑みを貼り付けた顔をゆっくりと僕の方へ顔を向けた。



そして―――一瞬よりも短い刹那。



赤い舌が僕の左腕と上肩を掠る。
視線がその先端にやっと追い付いた時には、既にその全長のほとんどが再び口の中に収まっていた。



―――速過ぎる!


身体中の毛穴から冷たい汗が吹き出した。
今僕が心臓を貫かれなかったのは、ナイフを構えていた―――両腕を顔の前に置き、姿勢を低くしていたからだろう。
左腕という障害物があったから心臓の位置から舌の先端が逸れ、肩を掠るだけで済んだ。


銃を構えていたら。

狙いが心臓でなかったら。


訪れていたかもしれない死が、足元に纏わりつく。
脳が恐怖に染まっていくのに気付かない振りをして、僕は静かに深呼吸した。



「(二度目は無さそうだ)」


「・・・っ、は・・・ぁ・・・」


意識的な呼吸。
普段は無意識の内にやっている事を一回一回頭で考えながら繰り返す。

「息をする」よりも「痛みを感じたくない」という感覚の方が強いのか、気を緩めると全く呼吸が出来なくなっていた。


必死に酸素を脳に送りながら、僕はひたすらにチャンスを待つ。
僕が考え出した『勝機』―――これを実行する為には、まず相手が動いてくれないといけなかった。
そして僕はその時が来るまで、どこまでも受け身になりながら作戦を実行する隙を見出さないといけない。

もう既に脚が重く、瞼を開けている事すら辛かった。
先程よりも鋭さを失った脇腹の痛みは、鉛の塊が括り付けられているような「重さ」へと変わっていく。

向こうはあれから動こうとせず、ずっとこちらの様子を「聞いている」だけだ。
リッカーにとって、これは本当に『狩り』なのだろう。じわじわと僕が精気を失っていくのを肌で感じているのかもしれない。
もしこの膠着状態が長く続けば、それは僕にとって不利でしか無くて―――

「(誘い出すしか・・・ないか)」

これ以上自分の動きが鈍くなってしまう前に、何とか決着を付けなくては。


―――勝負は一瞬。


少しでも迷ったら、命は無い。



深く、息を吸い込んだ。


僕は、一歩踏み出した。
リッカーがぴくりと舌先を震わせ、観察から警戒へと意識を変えていくのが分かる。

更に一歩。
警戒の色が濃くなっていく空気を舐めるように真っ赤な舌をしならせる。

そして、更に一歩踏み出そうとしたその時、リッカーがついに手を数センチだけ床から浮かせた。
それを見計らって僕は素早く180度回転し、全力で走り出す。

後ろは決して振り返らない。
耳だけを頼りに、足音でリッカーの位置を把握する。

突然逃げ出した獲物を追う時にわざわざ面倒なルートは通らないはずだ。それが大きく開けた場所なら尚更の事。


直線的に逃げる獲物は、直線的に追い詰めればいい。
不意打ちなどしなくても十分に弱っているはずで、自分には相手に無い武器がある。今まで一度も逃れられた事が無い、自慢の大きな爪が。
でもこんなところで逃げられたくない、だったら早く仕留めておこう。


そういう思考回路を持っているのかどうかは分からないが、狩りを楽しむ頭があるというのなら有り得ないこともないだろう。


僕はとにかく距離を取る。

真っ直ぐ、真っ直ぐ。

あっちが僕を「追い掛けやすい」ように。

壁が近付いてきても僕はスピードを落とさない。リッカーは、そんな僕の後ろにぴったりと付いてきている。


壁に触れそうになったその瞬間、僕は再び180度回転して壁に背中を受け止めさせた。
その反動を利用して、ある程度のスピードを残したまま今度はリッカーの方へ向かって走り出す。


リッカーの動きが一瞬止まり、次の瞬間、遂に待ち望んだ『その時』は訪れた。


素早く床を蹴ったリッカーは大きく右手を振り被って僕の首を刈り落とした―――つもりだったのだろう。
リッカーの剛爪が空気を裂いたその時に、僕は自らの身体を極限まで小さく折り畳んでその下側を潜り抜けていた。





攻撃が強力であればあるほど、分かりやすい予備動作は付きものだ。

まずあの殺人的な鋭さと大きさを持った剛爪を獲物に叩きつけ首を刈り取る為には、充分な加速をつける為、必ず後ろに大きく振りかぶらなくてはならなかった。

もしくはあの血の色をそのまま映した様な槍にも似た凶悪な舌で獲物の心臓を貫く為に、狙いをある程度つけなくてはならなかった。


この二つの中でより付け入る隙がある方―――それが大きな爪での攻撃だ。


今までの戦闘を思い出してみて気付いた事だったが、こいつはどうやら利き手があるらしい。恐らくは右手。

片手でしか飛び掛かってこないのは、その強靭な脚の筋肉が仇となっているから。
相手を確実に攻撃する為、どうしてもその強過ぎる跳躍力からくる身体のバランスの乱れを調整しなくてはならない。
その為に、片方の腕で釣り合いを取っていないといけないんだろう。



突然逃げ出した獲物を、絶対に逃すまいと追い掛けて。
するとまた突然、自ら自分の方に向かってきて。


そんな時に狙いを付けている時間などあるはずも無く。


選択肢は二つ。


その内の片方が不可能ならば、迷わずもう片方を実行するしか無く。


そして今、それは実行された。



虚しく空を薙いだ爪。

狙う標的の無い舌。

肥大化し過ぎた筋肉のせいで皮すら失われた、無防備な背中。

そして、こちらを振り返ろうとする首。


僕は躊躇う事無く、その脊髄を叩き斬った。


***


べったりと血と肉片のついたククリナイフを投げ捨て、カルロスの元へ駆け寄る。
脂汗が玉の様に額に浮き出ているがまだ息はあった。

「カルロスを早く安全な場所へ」
『既に一部隊をそちらに送った。カルロス・オリヴェイラは我々で救助する』

レインはスピーカーの奥でそう告げた。
それにほっと胸を撫で下ろすが、やはりかなり危険な状態である事には間違いない。

「なるべく、急いで下・・・さ・・・っ」

ふと、目の前が真っ白になった。
突然ぐらりと足元が浮き上がったような感覚に襲われ、はっと気が付くと、たった今自分が一瞬意識を失ったことが分かった。

そうだ。
痛みは治まっているものの、僕も割と大きい傷を受けていたんだった。

傷口を押さえると、手はまだ真っ赤に染まる。それでやっと自分自身にも命の危機が迫っていることに気付かされた。
まるで出血は止まっておらず、どうやら大きな血管が傷付いてしまったようだ。

・・・これでカルロスと一緒に救助してもらう、という手もある。
既に監視カメラの機能は失われている訳だし、大人数で攻め込んでも気付かれる不安は無いだろう。いくら数がいるといってもあの奇妙な怪物達と有利に戦える訳ではない事は分かっているが、それでも僕一人が行くよりもずっと安全に進めるはずだ。

・・・だが、僕の身体がほぼ致死量の出血をしている事は間違いない。
動かずに休んでいたならまだしも、あれだけ激しく動いたんだ。部隊が到着するまで生きていられるかどうかは定かではない。
どちらかといえば可能性は低い方だろう。

それに、何より。



「(・・・嫌だ)」



他の人じゃ嫌だ。



“僕”が、誰よりも早く行きたいんだ。



―――この先に待っている、君の所に。



「・・・っでも、やっぱり・・・このままじゃ・・・」

そう、このままじゃ絶対に無駄死にするだけになる。

ああ、どうしよう。

多くは望まない。
進めればいい。
ただ、前に進んで行けるだけの力が欲しい。

その時、何とも不思議な感覚を思い出した。
まだあの街―――ラクーンシティの悪夢の続きを見ている様な、そんな気がする。


「(でも別にあの時、こんな致命傷―――)」


ふと。


「(・・・そうだ)」


ある一つの記憶が、僕の意識をしっかりと掴んだ。


「(あるじゃないか、方法が)」


『どうした』

通信機のスイッチを入れると即座に通信が繋がり、レインは普段と全く変わらない様子で僕に問いかけた。

「今・・・大きな冷凍庫がある部屋の前に、います」
『ああ』
「・・・その部屋の中に・・・薬品が並べてある棚が、ありますよね?」
『ああ。・・・如月、呼吸が乱れているようだが、何か問題が発生したか?』

レインにしては珍しい、人を心配するような台詞だったが僕は構わず続けた。

「・・・ええ、少しだけ。その問題の解決の為に、一つ、教えてください」


***


『本気か?如月
「・・・冗談なんかで、言いたくないですよ」

寒さと痛みをなんとか堪えながら、僕は薬品の棚を端から虱潰しに目を通していく。

「!」

棚の奥に一つ、銀色のアタッシュケースを発見した。
直接肌に触れないように、薬品棚を覆い隠していたカーテンを乱暴に引きちぎり手に巻き付けてケースを引っ張り出す。

当然のように鍵はかかっているが、幸いな事にナンバーロック式だ。
レインから暗証番号を聞き出し、躊躇い無くその蓋を開く。

中に収められていたのは、注射器といくつかの小さな円筒型の薬瓶に入った透き通る緑色の液体。
ケースに保管されていたからか、薬瓶や注射器はこの環境でも問題なく使えそうだ。

先程のカーテンを細く裂き、一本の紐のような形状にして
二の腕に巻き付け、一方は固く結びもう一方は口にくわえる。簡易的な物ではあるが、駆血帯の役割をしてくれるはずだ。

薬瓶のラベルに印字してある文字を確認し、僕は注射器を手に取った。
針に被さっているキャップを取り外し、薬瓶の中身を注射筒に移し変え、指で何度か弾く。
中に入った気泡はその衝撃によって浮き上がり、ゴム栓を少し強めに押し込むと注射筒内の空気は少量の薬液と共に全て排出され、内部は緑色の液体で満たされた。

口にくわえた紐を歯で引っ張るようにしてきつく締め上げる。
そのままの状態で少し待つと、うっすらと血管が浮かび上がってきた。
浮き出た血管を指の腹で叩いて探り、打ち易そうなポイントに注射針をあてがう。


―――深呼吸。


如月

レインの声。

『失敗のリスクは、考慮したのか?』

僕は答えない。

『君の抗体が優秀なのは認めるが、未知の部分も多々存在していることも認めざるを得ない。あくまで理論上では不可能ではないが―――』
「・・・意外ですね」

駆血帯から口を離し、レインの小言にやっと一言返す。

「貴方は、理論が正しければ反対しないって思ったんですけど」

静脈に刺さった銀色の針を伝って、緑色の薬液は僕の身体を巡っていく。

『・・・君のその自己犠牲の精神は、少々理解に苦しむな』
「犠牲なんかじゃありませんよ」

やがて、全ての薬液が僕の体内に収まった。
注射針を引き抜き、駆血帯を腕から引き剥がす。

そう。

これは犠牲なんかではなく。

僕が僕のしたい事の為に、自分で決めて自分でやった事。

難しい事なんて、僕は何一つ考えていなかった。

『・・・健闘を祈る』

レインは呆れるようにそう言って通信を切った。



投与から数十秒も経たない内に、僕はしっかりとした足取りで立ち上がる。

脇腹に左手を滑らせると、そこには『何も無かった』。

傷も無く。
痛みも無く。

あるのは、削り取られたはずの肉だけだ。


―――あの時とは、少し違うかな。


痛みこそ無いものの、かなり血が抜けている為少しふらつくがそれ以外は自分に異常が無いことを確かめ、僕は歩き始めようとした。

「・・・っと」

こんな場所とはいえ、“これ”をそのまま放置しておくのは流石に危険だろうか。

僕はラベルに[T-ウィルス]と書かれた空の薬瓶と注射器を再びアタッシュケースにしまい、部屋を後にした。
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