続・本編
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「・・・―――逃げろ!聖!」
しかし、遅過ぎた。
間に合わない。
避けられない。
銀色の剛爪が、宙を閃いた。
***
『如月聖』
レインの声が聞こえた。
僕は足を止めること無く左耳に集中する。
「はい」
『その先はナンバーキーの他に専用のカードキーが必要になる』
「どこかに保管されているんですか?」
『避難の際に研究員がどこかに置いてきたと言っている。周囲を探してみろ』
「了解」
通信が切られたのを確認してから、カルロスに状況を伝え、僕達は辺りの捜索を始めた。
少し進んだ辺りに二つ部屋があり、カルロスは二手に分かれる事を提案してきたが僕はそれを断固として拒否した。
先程のような一つの部屋の中で分かれるならまだしも、壁で隔てられていると万が一の時の対処がかなり遅れてしまう―――カルロスの提案を真っ向から反対するのには気が引けたが何とか納得してもらい、それぞれの部屋を二人で一つずつ調べていくことにした。
まず、取っ手の無い金属の扉。
扉自体はあまり強固なものではなさそうだったし、例え鍵がかかっていたとしても力任せに開けることも不可能では無いだろう。
「・・・っう!」
ドアに手を触れた瞬間、突き刺すような痛みが指先を走る。
とっさに指を離しその表面を確認したが、特に怪我をしたわけではなかった。
「な、何だ!?」
「・・・冷たい」
僕が痛みだと感じたのは、『冷気』。
長く触れていれば凍傷に―――触れていなくても傍にあるだけで凍えてしまいそうな程の冷気が、ドアに纏わりついていた。
とにかく、もたついている暇は無い。
僕は素肌が金属に触れないよう、足でゆっくりとドアを開けた。
「・・・んだよ、この・・・寒さはよぉ!」
ドアを開けた瞬間、凄まじい低温の空気が僕達を包む。
肌を刺す様な痛みと、口の中の水分が薄く氷を張っていく様なこの感覚。ここの室温は明らかに零度を下回っていた。
濃白色になる吐息が顔の周りを漂う。
意識もしていないのに歯がカチカチと鳴り、細いワイヤーで全身を締め付けられているような感覚に襲われた。
そして、この超低温度の原因。
「・・・冷凍庫・・・?」
半透明のカーテンに覆われ、等間隔に並べられたいくつもの薬品棚の奥。
床から天井まで届くほどの大型の冷凍庫がそこにはあった。
どうやら冷凍庫は今までずっと開ききった状態で放置されていたらしく、そこから漏れ出した冷気がこの低温の原因だろう。
隣接して設置してある中型の機械は予備電源だろうか。妙に傷だらけではあったが、今も静かな駆動音を響かせて動き続けているようだ。
―――しかし、わざわざ予備電源なんてものが設置してあったということは。
「・・・何か、とんでもねぇもんが入ってた・・・って事か?」
辺りを見回すと、天井に通気口があった。
金網は鋭い刃物で切り裂かれたように破られた跡がある。
「あれ、だろうね・・・」
「・・・寒気が止まらねぇはずだよなぁ・・・」
いつまでもこんなところにいては体が保たないだろうし、今持っている銃火器はこの超低温環境には適さないものばかりだ。
僕達は考えたくないことを必死に頭から追い出し、辺りを急いで捜索した。
***
「あー、なんだよ、苦労した割に何も無ぇじゃねぇか」
「も、もう一つの方に行ってみよう、か」
「ん?お前まだ寒がってんのか?」
先程は僕と同じように身をすくめて寒がっていたにも関わらず、しばらく調査している間にカルロスはいつも通りの表情に戻っていた。
カルロスはこのU.B.C.S.に入る前も傭兵として各地を転々としていたらしく、その所為かどんなに急激な環境の変化にもすぐ慣れるように身体が出来上がっているだとか。
にわかには信じ難いと云えども、実際に目の当たりにしては疑う余地もない。
「意外と軟弱なんだなぁ、聖?」
「・・・言い返すのはやめておくよ」
「ん?言い返せるのか?」
「・・・後で考えておく・・・」
意地悪い笑みを浮かべたカルロスに散々からかわれながら、僕達はもう一つの部屋の方へと向かった。
***
先程の部屋とは真反対の位置にあったドアの中央には、大きくアンブレラのマークが入っていた。
「よし、開けるぞ」
そう言ってカルロスがドアノブに手をかける。
ドアノブがひねられ、扉が開こうとしたその瞬間。
「・・・っちょっと待った!」
「おわぁっ!?」
僕はとっさにカルロスの手を掴み、勢い良くそのまま身体ごとドアから引き離した。
「・・・っな、な、何だよ!?」
「ああ・・・いや、その」
どうしたんだろう。
突然、首の後ろがざわつく様な感覚に襲われて、つい。
「えっと・・・嫌な予感がしたんだ」
「って言われてもよ、残ってる場所はここだけなんだろ?」
「そう、なんだけどさ」
いわゆる『第六感』というやつだろうか。
理性の奥の本能の更に奥―――自分ではコントロール出来ない潜在意識が「行くな」と言っている気がした。
・・・あくまで、「気がした」だけではあるが。
「だったら、何があったって行くしかねぇ。だろ?」
「そ、そうだよね、ごめん、変な事言って」
カルロスは軽く頷いて再びドアノブに手をかけると、一度だけ僕を振り返った。
「でも、こういう時のお前の勘って・・・当たるんだよなぁ」
***
「・・・」
「・・・」
部屋に入った瞬間、俺達は揃って硬直する。
広がった視界に散乱した紙束の奥には、使い道の分からない様々な機械がことごとく真っ二つにされて床に転がっていた。
断面からして、何か大きめの刃物で殴るように斬られたように見える。
そして、足跡。
この薄暗い視界の中でもはっきりと分かる程に、濡れた足で這いずり回ったような不気味な足跡がそこら中にへばりついている。
「(嫌な予感ってのはこれかよ)」
「(かもね)」
苦笑いしながら聖に視線を送ると、聖は何だか申し訳なさそうに苦く笑った。
・・・ああ、本当にお前の勘の良さには頭が下がる。
さっきの戦闘では珍しく遅れを取っていたみたいだったが、実際の所はこの勘の鋭さも含めてかなりいい腕を持ってる奴だ。
咄嗟に最善を判断出来る頭と、それにすぐさま順応出来る身体が聖には備わっている。
俺みたいな傭兵と比べたらどんな奴だって実戦をこなしてきた数が違うはずなのに、こいつはあの街の一件の間、あっさり俺の背中を守り切ってくれた。
S.T.A.R.S.の名は伊達じゃないって訳だ。
しかし、こいつはその事に自分じゃ全く気が付いていない。
控えめというか、自信が無いというか。
それがこいつにとっての悪い所で、『ちょっと』頼りない所でもあった。
俺達は静かに引き金に指をかけ、ゆっくりと踏み出した。かすかな気配を慎重に探り、背中を合わせるようにしながら少しずつ部屋の中を進んでいく。
だが耳に聞こえるのは自分達の靴音だけで、何かが動く影も見えない。
もうこの部屋にはいない、って事なのか。
それとも、息を殺していられるような知能を持った奴が潜んでいるのか。
「(カルロス)」
呼吸するのと同じ音量で俺の名前を呼ぶと、聖は足を止めた。
俺もそれに合わせて動きを止めると、聖は自分の耳を人差し指でとんとんと叩く。
・・・足音。
耳を澄ませると、どこからかヒタヒタと湿った肉が張り付くような音が少しずつ俺達の方へと近づいてくるのが分かった。
しばらくその音を追うと、俺達はある奇妙な事に気がついた。
その足音は部屋中を―――床を、壁を、天井を伝って聞こえてくる。
『足音』が聞こえる位置にしちゃ、おかしい。
・・・一体、どこを『歩いて』るんだ?
俺達は戦える場所を確保しに動いた。相手がどういう化け物か予想がつかない以上、少しでも自分が有利に立てるように動いておくのが賢明な判断ってもんだろう。
俺達にとって一番問題があるのが、このあまりにも狭すぎる視界だった。
明かりといえば、相変わらず申し訳程度に足下を照らしている非常灯だけで、1m先にもなると物の輪郭も見えなくなる。
「(結構厄介だな)」
辺りを見回しある程度視界が開けていそうな場所の目星をつけ、そこへ移動するよう促そうと聖の方を振り返る。
「―――ッ」
息を止め、目を見開いた。
吐き気がする程に脈打つ心臓を必死に抑え込むがそれも徒労に終わり、俺の様子がおかしいことに気がついた聖は、俺に問いかけようとしたのかその口を開く。
しかし。
それを聞く前に、俺は叫んでいた。
「―――聖ッッ!上だ!!」
天井に張り付いた『顔』は、聖の頭上で笑っていた。