本編
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警察署の中は僕の思った以上にゾンビで溢れかえっていた。
室内の狭さ故、回避もままならない。
その上警察犬のドーベルマンまでゾンビと化しており、衰えを見せない俊敏さはかなりの脅威だった。
何度かそんな危うい場面もあったが、何とか今は無傷だ。
2階のオフィスに、FAXが届いていた。
内容は支給されたマグナムについて。
S&W M629C S.T.A.R.S.スペシャル「サムライエッジ」。
古の日本の戦士、「侍」の名を借りたその銃は、ハンドガン程の大きさでありながら威力はその数十倍と聞く。
ロッカーの中に銀色の銃身が無造作に置かれていた。手に取ってみると、ずしりとした重さが良く馴染む。
「じゃあ、早い者勝ちってことで」
先輩を差し置いてこんな素晴らしい銃を自分の物にするのはほんの少し気が引けたが、今は緊急事態だ。僕はそれを腰のホルダーに入れる。
これから心強い味方になってくれそうだ。
「さて」
僕は無線機の前の椅子に腰かける。
周波数を合わせようと手を伸ばしたその時、突然無線のランプが赤く点滅した。
驚きながらも素早く受信状態にする。
沢山の雑音の中で誰かが叫んでいるようだった。間隔の短い銃声が絶え間無く続いている。懸命に耳を澄ませたが、通信は10秒もせずに途切れてしまう。
どうやら若い男性のようで、切羽詰ってはいるがまだ元気なようだった。
ただ一つはっきりと聞き取れたのは、「カルロス」という名前のみ。
それだけの情報で捜索するのは困難かもしれないが、生存者がいるということには違いない。
僕は少し早足にオフィスを出た。
***
長い廊下に差し掛かる。
ゾンビが2匹、こちらの存在に気付きゆっくりと近づいて来る。
僕は深呼吸をして、ハンドガンを構え、撃つ。
1匹目のゾンビの右目に弾が命中し、弾は腐った脳漿を天井まで飛び散らせる。
2匹目のゾンビは女性だったようで、露出の激しい赤色のタンクトップを着ていた。
再びハンドガンを構え、引き金を引く。
カチン、と軽い音がした。
「おっと」
少し考える。
その間にもゾンビはべたりべたりと距離を縮めてくる。
リロードは、しない。
僕は右足を後ろにずらし、身体を少し外側に捻る。
ゾンビとの距離は、あと2、3歩。
ゾンビが踏み出そうとした瞬間、僕は左足を軸に一回転しその遠心力を利用して強烈な回し蹴りをゾンビの側頭部に叩き込む。
バキッ、と嫌な音がした。
へこんだ頭と半分もげた首から血を噴き出して、ゾンビは床に倒れ伏す。
腐敗しているためか非常に脆く、細身の男性か女性ならば僕程度の力でもうまく当てれば頭部を破壊する事が出来た。
「難点は蹴った足が痛いってとこかな」
少しずつではあるが、ゾンビとの戦いにも慣れ始めた。
二階の調査を一通り終え、階段を降りた。
連戦に次ぐ連戦、流石に疲れていた僕は、少し休もうと先程見つけた安全な場所―――現像室のドアノブに手をかけた。
瞬間、ガラスが割れる音が響き渡る。
「ひっ!?」
気を抜いていた僕は情けない声をあげた。
ただ戦いに慣れただけで怪物に慣れた訳ではなく、やはり今でも怖いものは怖かった。
恐る恐る、音がした方を見る。
そこには先程の異形の生物が立っていた。
そして、僕を見つめながらゆっくりとした歩みでこちらに近付いてくる。
はっとして目を閉じた。
さっき何度も考えた謝罪の言葉を思い出す。
こうして再び会えたんだ。
今、言わないと。
僕は呼吸を整え、白い瞳を見つめた。
「ごめんなさい!」
深々と頭を下げて、そう言った。
色々考えたが、やはり何より誠心誠意で謝る事が大切だと思った。
もう、僕は逃げない。
どれくらい経っただろうか。
僕はそーっと顔を上げる。
異形の生物は、何だか困っているような戸惑っているような・・・表情は分からないがそんな気がした。
「えっと・・・ごめんなさい!」
もう一度謝る。
言葉や気持ちが伝わっていないわけではなさそうだった。
僕がこうすることで、少しでも相手の気持ちが軽くなることを願いながら頭を下げ続けた。
ふと、頭の上に何かの感触と重さを感じる。
僕は頭を下げた体勢のままそれを両手で掴んだ。
「(ん?)」
顔を上げた。
僕の手が掴んだもの、それは僕より一回りも二回りも大きな―――手だった。
「・・・わあ!?」
たった今馴れ馴れしい発言に対して謝ったというのに、今度は馴れ馴れしく手を握ってしまった。
「ご、ごめん!そんなつもりじゃ!」
僕は最低だ。
自分に絶望しながら再び必死に謝った。
しかし、異形の生物は首を横に振る。
「えっと・・・怒ってないの?」
縦。
「嫌だったんじゃない・・・の?」
縦。
「僕の事嫌いに」
横。
全身が安堵感で満たされていくのがわかる。
なんて優しい子なんだろう。
「・・・ありがとう!」
そう言って右手を差し出そうとしたが、何かがおかしい事に気づく。
「ああ!?」
そういえば先程から手を握ったままだ。
いつの間にかかなりきつく握っていた。
「ご、ごめ・・・」
手を離そうとした。
するともう一つの大きな手がそれを制止させる。
心臓が大きく跳ねた。
「あ・・・えと・・・」
僕は今、この子と手を握り合っている。
その事実が僕の頭の中を混乱させた。
しばらく何も喋る事が出来なかった。
ふと目の端に何かがちらつく。
黒いコートに引っ掛かった、小さなガラス片だった。
「ガラス、危ないよ」
すっと手を離し、ガラス片を一つ一つ取り除く。
細かな破片はぱたぱたと叩いた。
「うん、これで平気か・・・な」
目が合う。
恥ずかしいような、照れ臭いような・・・そんな気がして、ずっと見てはいられなかった。
俯いたまま、離した手をもう一度握った。
先程とは違い、静かだが小刻みに脈打つ心臓。
息苦しいようで不思議と心地よい奇妙な感覚だった。
じんわりとした幸福の中、割れた窓から血の匂いを含んだ生暖かい風が吹きこむ。
***
「!そうだ・・・僕はそろそろ行かないと」
本来の任務と『カルロス』を思い出した僕は、名残惜しみながら手を離す。
「・・・本当なら君を保護していたいんだけど、僕は任務中なんだ。他の危険な場所にも行かないといけない。警察署の中のゾンビはあらかた片付けたから少しは安全だと思う」
連れ回してこの子を危険に晒すなんてことはしたくなかった。
他の隊員と違い技量の無い僕が誰かを庇いながらでは、相手にとっても自分にとっても危険極まりない。
これが最善の方法だと思った。
「だからここで待っててほしいんだ。必ず、迎えに来るから」
強い眼差しでそう訴えた。
頷いてはくれないが、一応は聞いてくれているようだった。
「はは、何だか心配だなぁ・・・」
何となく不安だったが、じゃあ、と一言残して僕はその場を後にした。
警察署から出ると、辺りは薄暗闇だった。もう夜だ。
手に残った温かな感触を味わいながら、あの子の事を考えた。
「いやいや・・・今はカルロスさんを探さないと」
頬をぴしゃりと叩いて自分自身を奮い立たせる。
僕は再び死の町に足を踏み出した。
室内の狭さ故、回避もままならない。
その上警察犬のドーベルマンまでゾンビと化しており、衰えを見せない俊敏さはかなりの脅威だった。
何度かそんな危うい場面もあったが、何とか今は無傷だ。
2階のオフィスに、FAXが届いていた。
内容は支給されたマグナムについて。
S&W M629C S.T.A.R.S.スペシャル「サムライエッジ」。
古の日本の戦士、「侍」の名を借りたその銃は、ハンドガン程の大きさでありながら威力はその数十倍と聞く。
ロッカーの中に銀色の銃身が無造作に置かれていた。手に取ってみると、ずしりとした重さが良く馴染む。
「じゃあ、早い者勝ちってことで」
先輩を差し置いてこんな素晴らしい銃を自分の物にするのはほんの少し気が引けたが、今は緊急事態だ。僕はそれを腰のホルダーに入れる。
これから心強い味方になってくれそうだ。
「さて」
僕は無線機の前の椅子に腰かける。
周波数を合わせようと手を伸ばしたその時、突然無線のランプが赤く点滅した。
驚きながらも素早く受信状態にする。
沢山の雑音の中で誰かが叫んでいるようだった。間隔の短い銃声が絶え間無く続いている。懸命に耳を澄ませたが、通信は10秒もせずに途切れてしまう。
どうやら若い男性のようで、切羽詰ってはいるがまだ元気なようだった。
ただ一つはっきりと聞き取れたのは、「カルロス」という名前のみ。
それだけの情報で捜索するのは困難かもしれないが、生存者がいるということには違いない。
僕は少し早足にオフィスを出た。
***
長い廊下に差し掛かる。
ゾンビが2匹、こちらの存在に気付きゆっくりと近づいて来る。
僕は深呼吸をして、ハンドガンを構え、撃つ。
1匹目のゾンビの右目に弾が命中し、弾は腐った脳漿を天井まで飛び散らせる。
2匹目のゾンビは女性だったようで、露出の激しい赤色のタンクトップを着ていた。
再びハンドガンを構え、引き金を引く。
カチン、と軽い音がした。
「おっと」
少し考える。
その間にもゾンビはべたりべたりと距離を縮めてくる。
リロードは、しない。
僕は右足を後ろにずらし、身体を少し外側に捻る。
ゾンビとの距離は、あと2、3歩。
ゾンビが踏み出そうとした瞬間、僕は左足を軸に一回転しその遠心力を利用して強烈な回し蹴りをゾンビの側頭部に叩き込む。
バキッ、と嫌な音がした。
へこんだ頭と半分もげた首から血を噴き出して、ゾンビは床に倒れ伏す。
腐敗しているためか非常に脆く、細身の男性か女性ならば僕程度の力でもうまく当てれば頭部を破壊する事が出来た。
「難点は蹴った足が痛いってとこかな」
少しずつではあるが、ゾンビとの戦いにも慣れ始めた。
二階の調査を一通り終え、階段を降りた。
連戦に次ぐ連戦、流石に疲れていた僕は、少し休もうと先程見つけた安全な場所―――現像室のドアノブに手をかけた。
瞬間、ガラスが割れる音が響き渡る。
「ひっ!?」
気を抜いていた僕は情けない声をあげた。
ただ戦いに慣れただけで怪物に慣れた訳ではなく、やはり今でも怖いものは怖かった。
恐る恐る、音がした方を見る。
そこには先程の異形の生物が立っていた。
そして、僕を見つめながらゆっくりとした歩みでこちらに近付いてくる。
はっとして目を閉じた。
さっき何度も考えた謝罪の言葉を思い出す。
こうして再び会えたんだ。
今、言わないと。
僕は呼吸を整え、白い瞳を見つめた。
「ごめんなさい!」
深々と頭を下げて、そう言った。
色々考えたが、やはり何より誠心誠意で謝る事が大切だと思った。
もう、僕は逃げない。
どれくらい経っただろうか。
僕はそーっと顔を上げる。
異形の生物は、何だか困っているような戸惑っているような・・・表情は分からないがそんな気がした。
「えっと・・・ごめんなさい!」
もう一度謝る。
言葉や気持ちが伝わっていないわけではなさそうだった。
僕がこうすることで、少しでも相手の気持ちが軽くなることを願いながら頭を下げ続けた。
ふと、頭の上に何かの感触と重さを感じる。
僕は頭を下げた体勢のままそれを両手で掴んだ。
「(ん?)」
顔を上げた。
僕の手が掴んだもの、それは僕より一回りも二回りも大きな―――手だった。
「・・・わあ!?」
たった今馴れ馴れしい発言に対して謝ったというのに、今度は馴れ馴れしく手を握ってしまった。
「ご、ごめん!そんなつもりじゃ!」
僕は最低だ。
自分に絶望しながら再び必死に謝った。
しかし、異形の生物は首を横に振る。
「えっと・・・怒ってないの?」
縦。
「嫌だったんじゃない・・・の?」
縦。
「僕の事嫌いに」
横。
全身が安堵感で満たされていくのがわかる。
なんて優しい子なんだろう。
「・・・ありがとう!」
そう言って右手を差し出そうとしたが、何かがおかしい事に気づく。
「ああ!?」
そういえば先程から手を握ったままだ。
いつの間にかかなりきつく握っていた。
「ご、ごめ・・・」
手を離そうとした。
するともう一つの大きな手がそれを制止させる。
心臓が大きく跳ねた。
「あ・・・えと・・・」
僕は今、この子と手を握り合っている。
その事実が僕の頭の中を混乱させた。
しばらく何も喋る事が出来なかった。
ふと目の端に何かがちらつく。
黒いコートに引っ掛かった、小さなガラス片だった。
「ガラス、危ないよ」
すっと手を離し、ガラス片を一つ一つ取り除く。
細かな破片はぱたぱたと叩いた。
「うん、これで平気か・・・な」
目が合う。
恥ずかしいような、照れ臭いような・・・そんな気がして、ずっと見てはいられなかった。
俯いたまま、離した手をもう一度握った。
先程とは違い、静かだが小刻みに脈打つ心臓。
息苦しいようで不思議と心地よい奇妙な感覚だった。
じんわりとした幸福の中、割れた窓から血の匂いを含んだ生暖かい風が吹きこむ。
***
「!そうだ・・・僕はそろそろ行かないと」
本来の任務と『カルロス』を思い出した僕は、名残惜しみながら手を離す。
「・・・本当なら君を保護していたいんだけど、僕は任務中なんだ。他の危険な場所にも行かないといけない。警察署の中のゾンビはあらかた片付けたから少しは安全だと思う」
連れ回してこの子を危険に晒すなんてことはしたくなかった。
他の隊員と違い技量の無い僕が誰かを庇いながらでは、相手にとっても自分にとっても危険極まりない。
これが最善の方法だと思った。
「だからここで待っててほしいんだ。必ず、迎えに来るから」
強い眼差しでそう訴えた。
頷いてはくれないが、一応は聞いてくれているようだった。
「はは、何だか心配だなぁ・・・」
何となく不安だったが、じゃあ、と一言残して僕はその場を後にした。
警察署から出ると、辺りは薄暗闇だった。もう夜だ。
手に残った温かな感触を味わいながら、あの子の事を考えた。
「いやいや・・・今はカルロスさんを探さないと」
頬をぴしゃりと叩いて自分自身を奮い立たせる。
僕は再び死の町に足を踏み出した。