本編
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僕の左腕を捻り上げている手の指はそれ本来の形をしていなかった。
人差し指は第一関節の辺りが弾け飛んでいて、小指は最初から無かったように綺麗に無くなっている。
顔面は半分以上が焼け爛れ、片方の耳は皮一枚で辛うじて繋がっていた。
大半を血と炭で染めた緑色の隊服が不気味なコントラストを生み出し、血みどろの相貌と相まってますます恐怖を掻き立てる。
「随分とやってくれたな、如月」
閃光と高温で焼かれた血色の瞳が僕を睨んだ。
焦げた肉と血の臭いを漂わせたニコライの喋る言葉の途中途中に嫌な音が絡まる。
それが血痰のせいだという事に気付くにはそう時間を要さなかった。
僕の腕にニコライが力を入れ始める。
・・・まずい、肩を外す気か。
「化け物の最期を見届けてやれ・・・貴様の始末はその後だ」
肩の関節が悲鳴を上げる。
腕が本来曲がらない方向へ曲がろうとしていき、痛みに歯を食いしばりながらも必死で言葉を絞り出す。
「貴方は、何、故そこ、まで、して・・・っ」」
自分が死に直面しているというのに、それでも任務の事だけを考え行動する―――。
任務遂行の為ならば自らの命を投げ出す事すら惜しまない、異常なまでに軍人として完璧な男。
その存在はアンブレラにとっての、完璧な「道具」。
「何で、アンブレラなん、かに・・・」
アンブレラに居なければ、貴方は軍人であるその天賦の才と持ち前の能力で、誰もが認める人間に、軍人に、英雄になれたはずだ。
それなのに何故己を悪に染め、人の命を奪い続けたのか僕には分からなかった。
「・・・言ったはずだ」
ニコライが口を開く。
「それが、私に課せられた、任務だからだと!」
そして、絶叫に近い声でそう言い切った。
それと同時に僕の左肩はゴキリと音を立ててあらぬ方向へと曲がり切る。
「っぁあああ゛ッ!!!」
自分の濁った叫び声が頭に響いた。
目の前がチカチカと白く光り、全身の筋肉が痙攣する。
凄まじい痛みで吹っ飛びそうな意識を、死に物狂いで何とか引き留めた。
痛がってる場合じゃない、早く、早くレールキャノンを止めるんだ、頼む、動け、腕でもいい、足でもいい、早く、動け、自分なんてどうなったっていい、早く、早く、早く、早く!
その呼びかけに一番早く反応したのは右腕だった。
腕に込められた力が緩んだ一瞬の隙を狙い、ベルトからナイフを引き抜く。
僕は全ての迷いを振り切り、銀色の刃をニコライの脇腹に突き刺した。
ニコライは一瞬体を硬直させ、足元をぐらつかせる。
これを逃す手は無い―――僕は刃を素早く引き抜き、姿勢を整え、首を狙う。
しかし寸でのところでニコライが身を逸らし、決定的なダメージにはならなかったがこちらの優勢に変わりは無かった。
僕は更に一歩踏み込み、ニコライの心臓目掛けてナイフを突き出す。
「っが・・・」
鈍い光を放つ刃はニコライの胸骨と肋骨をすり抜け、肺を突き破り、心臓を捉えた。
人体を貫く嫌な感触が、手を伝って全身に流れ込む。
ごぼりと音を立てて吐き出された血が床を赤黒く染めた。
『カウントダウン開始 3』
その直後、再びアナウンスが流れ始める。
3秒もあれば十分レールキャノンを止められる―――僕は急いでナイフを引き抜こうと力を込めた。
しかし。
『2』
「・・・なっ!?」
ニコライが僕の腕ごと、自分の心臓に突き刺さっているナイフを握り締めていた。
自らの手でナイフをますます深く刺さる様に体内に押し込んでいく。
その顔に浮かべていたのは、僕に対する憎悪でもなく、任務を失敗させた無念でもなく、見た者全てを凍てつかせるような冷ややかな微笑。
・・・しまった―――!!
『1』
魔性の剣の青白い刃が閃いた。
***
一瞬の閃光。
その強い光に目を妁かれ、更に強大な衝撃波に吹き飛ばされる。
壁に打ち付けられた衝撃でニコライの手は外れ、彼は心臓にナイフを残したまま床に倒れた。
『過剰加熱のため強制冷却に入ります』
そのアナウンスとともにレールキャノンは白い蒸気を上げ、その活動を止めた。
「・・・う」
瞼を閉じても真っ白な光が眼球を覆っていて、まともに景色が見えなくなっていた。
そんな最悪な視界の中、外された肩に手を添え、ふらふらとした足取りで追跡者がいたはずの場所へ向かう。
ずらずらと並べてあったはずの機械は、レールキャノンの弾道に沿って跡形も無く吹き飛んでいた。
未だ白く霞んでいる目を凝らすと、土煙の奥に微かに蠢く何かを見つける。
「ああ・・・」
熱閃に焦がされたその身は蒸気を上げ、微弱な電流を帯びていた。
僕はその場に膝を落とし、どろどろとした体液に塗れた触手を掴み、ぎゅっと握り締める。
追跡者はその触手を小さく震わせ、何とか生きている事を僕に伝えてくれた。
「・・・ごめん・・・僕・・・君の事・・・また助けられなくて・・・」
追跡者は小さく唸り、何かを僕に伝えようとする素振りを見せる。
触手を僕の腕に巻き付けてその先端をぱたぱたと振るうが、僕は理解に至る事が出来なかった。
「?・・・どうし―――」
触手を動かすのを止めたかと思うと、突如として追跡者の体に残った全ての触手が一斉に動き出し、自らの身体に触手を突き刺した。
触手は体液が辺りに飛び散るのも厭わずそのまま皮膚を千切り取り、血を滴らせながら強固な骨を無理矢理こじ開ける。
僕が制止する間も無く一瞬の内に自らの体を解体し、幾本もの触手で奇妙な色の臓器と紫色の血の海を掻き分けていく。
その奥に、呼吸に連動して大きく脈動する真っ赤な血嚢が見えた。
僕のような素人でも、心臓か、そうでなくとも命に関わる重要な部分だと分かる。
そして再び、僕の眼前で触手を揺らし始めた。
何故突然自分を痛めつける様な行動に出たのか。
何故僕にそれを見せつける様にしたのか。
僕の中で、ある答えが頭を過った。
「・・・!」
追跡者が語る事は無い。
ただ、その「答え」を訴えかけてくるだけだった。
「僕には・・・出来ない」
僕がそう言うと、追跡者は弱々しい声で啜り泣くように僕の腕に縋った。
大量の出血、異常回復での変異。この弱り方ならもう長くは無い。
今この子の身体に起こっている全ての事がこの子自身を死に追いやっている。
遅かれ早かれ、死は免れない。
分かってるんだ。
・・・でも、僕には出来ない。
「・・・出来るわけないじゃないか!」
―――僕が、君をこの手で殺すなんて。
どうせミサイルがすぐそこまで来ているんだ。
僕は例えこのまま君と一緒に灰になっても構わない。
「だからもう・・・やめて・・・」
追跡者は僕の服を引っ張りながら、痛みを訴えるような声を出す。
あまりに痛そうで、苦しそうで、悲しそうで、辛そうで、僕は目を逸らさずにはいられなかった。
僕に自分を殺させるために、そして僕をいち早く脱出させるために君は自分自身を傷つけ、その痛みを僕に突き付ける。
痛いから、早く殺してほしい。
苦しいから、早く殺してほしい。
そんな言葉ばかり伝わってくる。
「やめて・・・よ・・・」
頬に一筋の熱が伝っていくのを感じた。
いつの間にか溢れていた涙を、血に濡れた触手が掬う。
しかしその触手はぶるぶると痙攣して床に落ち、それっきり動かなくなった。
もう、限界なんだ。
君自身もそれが分かっていて、だからこそ僕に止めを刺させようとしている。
せめて最期の命の選択は、アンブレラではない者に―――。
『ミサイル攻撃 危険区域侵入確認 所員は直ちに避難してください』
聞き慣れたアナウンスだ。
恐らくこれが最後の警告だろう。
もうすぐ、全てが終わる。
追跡者は先程より確実に弱っていた。
さっきまであれ程僕の腕を引いていた触手も、もうほとんど動かせないようだ。
「・・・」
皮膚は剥がれ落ち、体液は流れ尽くし、少しずつ小さくなる呼吸。
近づいているのは紛れもない死の足音。
―――僕がしてあげられる事は何だろう。
確実に歩み寄ってくる死に怯え、痛みに満ちた最期を見届けるか。
願いを聞き入れ、僕の手で君の全てに終止符を打つか。
「・・・分かった・・・」
唇を噛み締め、僕は腰のホルダーから白銀の拳銃を引き抜いた。
震える指が、引き金に掛かる。
震える鳴咽が、喉に絡まる。
ぶるぶると震える銃口を真っ直ぐに血嚢へと向け、ごくりと唾を飲み込む。
君がそれを望むなら。
例えそれが僕にとってどんなに残酷な決断だったとしても。
「君に会えて良かった」
銀色に輝く小さな銃は、追跡者の命を奪うには十分過ぎた。
引き金を引く度に凄まじい衝撃が体中に響き渡り、肩ががくんと動く。
一瞬のような、一生のような、不可思議な時間が過ぎていく。
一発、二発、銃弾は追跡者の皮膚をことごとく引き裂き、肉を抉り、内臓を穿つ。
血液と肉片が顔に飛び散ってくるのも気にしなかった。
僕は目を逸らさず、瞬きせず、その最期を見届けたかった。
君が死んでいく。
君がいなくなっていく。
でもそれは僕の決断で。
それはとても辛くて悲しくて。
酷く痛くて苦しくて。
もうどんなに願っても、絶対後戻りは出来なくて。
―――君に初めて会った時。思えば、あの時からだったんだ。
そう、あの時から、ずっと。
今も、そしてこの先も。
「 」
引き金を引く瞬間に発した言葉は、最後の銃声によって掻き消された。
***
体液を完全に流し切り、小さく萎んだ追跡者を涙越しに眺める。
それは既にただの肉片と成り、以前の面影は全く無くなっていた。
ふと、血と肉片の中に何か光輝く物が見え、優しく掬いあげてみる。
紫に汚れた中から現れたのは、小さな漆黒のベルトだった。
「・・・貰って、いいかな?」
勿論返答は無い。
僕は頭を振り、その小さなベルトを握り締めて出口へ向かった。
「聖!!こっちだ!」
こちらに気付いたカルロスが大きく手を振っていた。
その後ろにはやや古ぼけたヘリが待機している。
「ごめん、遅れて」
「そろそろ置いていこうかと・・・って、おい、お前その肩・・・!」
カルロスの目線は僕の脱臼した左肩に向けられていた。
肩の骨が本来の場所から8㎝程下にずれて、不気味にだらりと垂れ下がっているのだ。驚くのも無理は無い。
「ああ、これは・・・」
僕は辺りを見回し、真っ平らで丁度いい壁を見つけるとそこに背を預けた。
「カルロス、僕の事押さえて」
「あ、ああ」
戸惑いながらも、カルロスは僕の体を壁に押し付ける。
僕は一度深呼吸をし、右手でぎゅっと左腕を掴んだ。
「・・・っせーのっ!!」
ごりっという嫌な音をたて、肩を元通りの位置に戻す。
外された時と同じくらいの痛みがあったが、何とか上手くはまったらしい。
「さ、急ごう」
「・・・お、おう」
それだけ言って早足でヘリに向かう僕の後ろに、カルロスが一拍遅れてついてきた。
「もう時間がねぇ、急ぐぞ!しっかり掴まってろ!」
操縦席に飛び乗ったカルロスが叫ぶ。
プロペラがゆっくりと回転を始め、足元が浮く様な独特の浮遊感を感じた時には既に街はどんどんと離れて小さくなっていた。
あの街の中で何度も危ない目に会って、それでも何とか切り抜けて、新しい仲間に出会って、真実を探し出して、沢山の死を目の当たりにして―――たった少しの時間だったのに、あそこにいた時にはその時間が永遠にも思えていた。
しかし、今は違う。
僕は生き延びた。
―――そして、夜が明ける。
「来たな・・・」
カルロスが呟く。
窓を覗くと、光り輝く物体が白んだ空に一筋の雲を作り、街の中心地へと向かっていった。
「時間だ」
カルロスの言葉、夜明け、ミサイルの着弾。
それらは全て同時刻に起こった。
着弾箇所からドーム状に広がる炎、その周りを囲うように広がった青い衝撃波。
街を一瞬にして灰色に染め上げるその威力は凄まじいものだった。
「(・・・このままでは、終わらせない)」
僕は漆黒のベルトを握り締め、目を瞑った。
どうか、安らかに。
この言葉は、望まぬ命を与えられた生ける屍へ。
この願いは、いたずらに肉体を弄ばれた憐れな怪物へ。
そして―――
この想いは、死の街で、唯一愛した黒衣の君へ―――
...END
人差し指は第一関節の辺りが弾け飛んでいて、小指は最初から無かったように綺麗に無くなっている。
顔面は半分以上が焼け爛れ、片方の耳は皮一枚で辛うじて繋がっていた。
大半を血と炭で染めた緑色の隊服が不気味なコントラストを生み出し、血みどろの相貌と相まってますます恐怖を掻き立てる。
「随分とやってくれたな、如月」
閃光と高温で焼かれた血色の瞳が僕を睨んだ。
焦げた肉と血の臭いを漂わせたニコライの喋る言葉の途中途中に嫌な音が絡まる。
それが血痰のせいだという事に気付くにはそう時間を要さなかった。
僕の腕にニコライが力を入れ始める。
・・・まずい、肩を外す気か。
「化け物の最期を見届けてやれ・・・貴様の始末はその後だ」
肩の関節が悲鳴を上げる。
腕が本来曲がらない方向へ曲がろうとしていき、痛みに歯を食いしばりながらも必死で言葉を絞り出す。
「貴方は、何、故そこ、まで、して・・・っ」」
自分が死に直面しているというのに、それでも任務の事だけを考え行動する―――。
任務遂行の為ならば自らの命を投げ出す事すら惜しまない、異常なまでに軍人として完璧な男。
その存在はアンブレラにとっての、完璧な「道具」。
「何で、アンブレラなん、かに・・・」
アンブレラに居なければ、貴方は軍人であるその天賦の才と持ち前の能力で、誰もが認める人間に、軍人に、英雄になれたはずだ。
それなのに何故己を悪に染め、人の命を奪い続けたのか僕には分からなかった。
「・・・言ったはずだ」
ニコライが口を開く。
「それが、私に課せられた、任務だからだと!」
そして、絶叫に近い声でそう言い切った。
それと同時に僕の左肩はゴキリと音を立ててあらぬ方向へと曲がり切る。
「っぁあああ゛ッ!!!」
自分の濁った叫び声が頭に響いた。
目の前がチカチカと白く光り、全身の筋肉が痙攣する。
凄まじい痛みで吹っ飛びそうな意識を、死に物狂いで何とか引き留めた。
痛がってる場合じゃない、早く、早くレールキャノンを止めるんだ、頼む、動け、腕でもいい、足でもいい、早く、動け、自分なんてどうなったっていい、早く、早く、早く、早く!
その呼びかけに一番早く反応したのは右腕だった。
腕に込められた力が緩んだ一瞬の隙を狙い、ベルトからナイフを引き抜く。
僕は全ての迷いを振り切り、銀色の刃をニコライの脇腹に突き刺した。
ニコライは一瞬体を硬直させ、足元をぐらつかせる。
これを逃す手は無い―――僕は刃を素早く引き抜き、姿勢を整え、首を狙う。
しかし寸でのところでニコライが身を逸らし、決定的なダメージにはならなかったがこちらの優勢に変わりは無かった。
僕は更に一歩踏み込み、ニコライの心臓目掛けてナイフを突き出す。
「っが・・・」
鈍い光を放つ刃はニコライの胸骨と肋骨をすり抜け、肺を突き破り、心臓を捉えた。
人体を貫く嫌な感触が、手を伝って全身に流れ込む。
ごぼりと音を立てて吐き出された血が床を赤黒く染めた。
『カウントダウン開始 3』
その直後、再びアナウンスが流れ始める。
3秒もあれば十分レールキャノンを止められる―――僕は急いでナイフを引き抜こうと力を込めた。
しかし。
『2』
「・・・なっ!?」
ニコライが僕の腕ごと、自分の心臓に突き刺さっているナイフを握り締めていた。
自らの手でナイフをますます深く刺さる様に体内に押し込んでいく。
その顔に浮かべていたのは、僕に対する憎悪でもなく、任務を失敗させた無念でもなく、見た者全てを凍てつかせるような冷ややかな微笑。
・・・しまった―――!!
『1』
魔性の剣の青白い刃が閃いた。
***
一瞬の閃光。
その強い光に目を妁かれ、更に強大な衝撃波に吹き飛ばされる。
壁に打ち付けられた衝撃でニコライの手は外れ、彼は心臓にナイフを残したまま床に倒れた。
『過剰加熱のため強制冷却に入ります』
そのアナウンスとともにレールキャノンは白い蒸気を上げ、その活動を止めた。
「・・・う」
瞼を閉じても真っ白な光が眼球を覆っていて、まともに景色が見えなくなっていた。
そんな最悪な視界の中、外された肩に手を添え、ふらふらとした足取りで追跡者がいたはずの場所へ向かう。
ずらずらと並べてあったはずの機械は、レールキャノンの弾道に沿って跡形も無く吹き飛んでいた。
未だ白く霞んでいる目を凝らすと、土煙の奥に微かに蠢く何かを見つける。
「ああ・・・」
熱閃に焦がされたその身は蒸気を上げ、微弱な電流を帯びていた。
僕はその場に膝を落とし、どろどろとした体液に塗れた触手を掴み、ぎゅっと握り締める。
追跡者はその触手を小さく震わせ、何とか生きている事を僕に伝えてくれた。
「・・・ごめん・・・僕・・・君の事・・・また助けられなくて・・・」
追跡者は小さく唸り、何かを僕に伝えようとする素振りを見せる。
触手を僕の腕に巻き付けてその先端をぱたぱたと振るうが、僕は理解に至る事が出来なかった。
「?・・・どうし―――」
触手を動かすのを止めたかと思うと、突如として追跡者の体に残った全ての触手が一斉に動き出し、自らの身体に触手を突き刺した。
触手は体液が辺りに飛び散るのも厭わずそのまま皮膚を千切り取り、血を滴らせながら強固な骨を無理矢理こじ開ける。
僕が制止する間も無く一瞬の内に自らの体を解体し、幾本もの触手で奇妙な色の臓器と紫色の血の海を掻き分けていく。
その奥に、呼吸に連動して大きく脈動する真っ赤な血嚢が見えた。
僕のような素人でも、心臓か、そうでなくとも命に関わる重要な部分だと分かる。
そして再び、僕の眼前で触手を揺らし始めた。
何故突然自分を痛めつける様な行動に出たのか。
何故僕にそれを見せつける様にしたのか。
僕の中で、ある答えが頭を過った。
「・・・!」
追跡者が語る事は無い。
ただ、その「答え」を訴えかけてくるだけだった。
「僕には・・・出来ない」
僕がそう言うと、追跡者は弱々しい声で啜り泣くように僕の腕に縋った。
大量の出血、異常回復での変異。この弱り方ならもう長くは無い。
今この子の身体に起こっている全ての事がこの子自身を死に追いやっている。
遅かれ早かれ、死は免れない。
分かってるんだ。
・・・でも、僕には出来ない。
「・・・出来るわけないじゃないか!」
―――僕が、君をこの手で殺すなんて。
どうせミサイルがすぐそこまで来ているんだ。
僕は例えこのまま君と一緒に灰になっても構わない。
「だからもう・・・やめて・・・」
追跡者は僕の服を引っ張りながら、痛みを訴えるような声を出す。
あまりに痛そうで、苦しそうで、悲しそうで、辛そうで、僕は目を逸らさずにはいられなかった。
僕に自分を殺させるために、そして僕をいち早く脱出させるために君は自分自身を傷つけ、その痛みを僕に突き付ける。
痛いから、早く殺してほしい。
苦しいから、早く殺してほしい。
そんな言葉ばかり伝わってくる。
「やめて・・・よ・・・」
頬に一筋の熱が伝っていくのを感じた。
いつの間にか溢れていた涙を、血に濡れた触手が掬う。
しかしその触手はぶるぶると痙攣して床に落ち、それっきり動かなくなった。
もう、限界なんだ。
君自身もそれが分かっていて、だからこそ僕に止めを刺させようとしている。
せめて最期の命の選択は、アンブレラではない者に―――。
『ミサイル攻撃 危険区域侵入確認 所員は直ちに避難してください』
聞き慣れたアナウンスだ。
恐らくこれが最後の警告だろう。
もうすぐ、全てが終わる。
追跡者は先程より確実に弱っていた。
さっきまであれ程僕の腕を引いていた触手も、もうほとんど動かせないようだ。
「・・・」
皮膚は剥がれ落ち、体液は流れ尽くし、少しずつ小さくなる呼吸。
近づいているのは紛れもない死の足音。
―――僕がしてあげられる事は何だろう。
確実に歩み寄ってくる死に怯え、痛みに満ちた最期を見届けるか。
願いを聞き入れ、僕の手で君の全てに終止符を打つか。
「・・・分かった・・・」
唇を噛み締め、僕は腰のホルダーから白銀の拳銃を引き抜いた。
震える指が、引き金に掛かる。
震える鳴咽が、喉に絡まる。
ぶるぶると震える銃口を真っ直ぐに血嚢へと向け、ごくりと唾を飲み込む。
君がそれを望むなら。
例えそれが僕にとってどんなに残酷な決断だったとしても。
「君に会えて良かった」
銀色に輝く小さな銃は、追跡者の命を奪うには十分過ぎた。
引き金を引く度に凄まじい衝撃が体中に響き渡り、肩ががくんと動く。
一瞬のような、一生のような、不可思議な時間が過ぎていく。
一発、二発、銃弾は追跡者の皮膚をことごとく引き裂き、肉を抉り、内臓を穿つ。
血液と肉片が顔に飛び散ってくるのも気にしなかった。
僕は目を逸らさず、瞬きせず、その最期を見届けたかった。
君が死んでいく。
君がいなくなっていく。
でもそれは僕の決断で。
それはとても辛くて悲しくて。
酷く痛くて苦しくて。
もうどんなに願っても、絶対後戻りは出来なくて。
―――君に初めて会った時。思えば、あの時からだったんだ。
そう、あの時から、ずっと。
今も、そしてこの先も。
「 」
引き金を引く瞬間に発した言葉は、最後の銃声によって掻き消された。
***
体液を完全に流し切り、小さく萎んだ追跡者を涙越しに眺める。
それは既にただの肉片と成り、以前の面影は全く無くなっていた。
ふと、血と肉片の中に何か光輝く物が見え、優しく掬いあげてみる。
紫に汚れた中から現れたのは、小さな漆黒のベルトだった。
「・・・貰って、いいかな?」
勿論返答は無い。
僕は頭を振り、その小さなベルトを握り締めて出口へ向かった。
「聖!!こっちだ!」
こちらに気付いたカルロスが大きく手を振っていた。
その後ろにはやや古ぼけたヘリが待機している。
「ごめん、遅れて」
「そろそろ置いていこうかと・・・って、おい、お前その肩・・・!」
カルロスの目線は僕の脱臼した左肩に向けられていた。
肩の骨が本来の場所から8㎝程下にずれて、不気味にだらりと垂れ下がっているのだ。驚くのも無理は無い。
「ああ、これは・・・」
僕は辺りを見回し、真っ平らで丁度いい壁を見つけるとそこに背を預けた。
「カルロス、僕の事押さえて」
「あ、ああ」
戸惑いながらも、カルロスは僕の体を壁に押し付ける。
僕は一度深呼吸をし、右手でぎゅっと左腕を掴んだ。
「・・・っせーのっ!!」
ごりっという嫌な音をたて、肩を元通りの位置に戻す。
外された時と同じくらいの痛みがあったが、何とか上手くはまったらしい。
「さ、急ごう」
「・・・お、おう」
それだけ言って早足でヘリに向かう僕の後ろに、カルロスが一拍遅れてついてきた。
「もう時間がねぇ、急ぐぞ!しっかり掴まってろ!」
操縦席に飛び乗ったカルロスが叫ぶ。
プロペラがゆっくりと回転を始め、足元が浮く様な独特の浮遊感を感じた時には既に街はどんどんと離れて小さくなっていた。
あの街の中で何度も危ない目に会って、それでも何とか切り抜けて、新しい仲間に出会って、真実を探し出して、沢山の死を目の当たりにして―――たった少しの時間だったのに、あそこにいた時にはその時間が永遠にも思えていた。
しかし、今は違う。
僕は生き延びた。
―――そして、夜が明ける。
「来たな・・・」
カルロスが呟く。
窓を覗くと、光り輝く物体が白んだ空に一筋の雲を作り、街の中心地へと向かっていった。
「時間だ」
カルロスの言葉、夜明け、ミサイルの着弾。
それらは全て同時刻に起こった。
着弾箇所からドーム状に広がる炎、その周りを囲うように広がった青い衝撃波。
街を一瞬にして灰色に染め上げるその威力は凄まじいものだった。
「(・・・このままでは、終わらせない)」
僕は漆黒のベルトを握り締め、目を瞑った。
どうか、安らかに。
この言葉は、望まぬ命を与えられた生ける屍へ。
この願いは、いたずらに肉体を弄ばれた憐れな怪物へ。
そして―――
この想いは、死の街で、唯一愛した黒衣の君へ―――
...END
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