本編
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「ふー、っと」
以前と変わらぬ大きな噴水を見上げ、僕はその縁に腰かける。
ここに来るまでにまたあの下水路を通ったが、先程の怪物が暴れ回ったせいか崩れた土砂に水が塞き止められていて水位がかなり低くなっていた為、再び水浸しになることも無く通過できた。
周囲に敵が居ない事を確認すると、思いっ切り体を伸ばし、久々に大きな欠伸をする。
その全身の筋肉が弛緩していくような心地良い感覚が僕に一瞬の安堵をもたらした。
と、その時。
ポケットに入れていた無線のランプが忙しなく点滅した。
受信モードに切り替え、スピーカーに耳を当てる。
「こちらカルロス、・・・『あの子』は見つかったのかー?」
「う・・・ご、ごめん」
若干不機嫌そうな声の主はカルロスだった。
そういえば彼を置いて一人で飛び出してきたんだっけな・・・。
「ったくよぉ・・・ところで、お前今どこにいる?」
「?公園だけど」
「なら好都合だ、今から廃工場へ向かってくれ。その公園に大きな池があったろ?その先にあるはずだ」
「了解、何かあったの?」
「来てからのお楽しみ、だな。それじゃ」
***
先程木々の隙間から覗いた池―――そう呼ぶにはやや濁り過ぎた青緑色の水面は風に鈍く波打ち、生い茂る草花に潜む虫と蛙の声がそれに重ねて唄う。
木の板だけで作られた不安定な足場は一歩踏み出す度にギシリと軋んだ音を立てた。
慎重に足場を辿り、ちょうど中間地点に差し掛かった時、突然一斉に虫の鳴き声が止まる。
「・・・」
異常な静けさの中で、ただ蛙がくぐもった声で鳴き続けていた。
虫が鳴かない時は何かに危険を感じた時だと聞いた事がある。恐らく僕の気配を感じ、息を潜めたのだろう。
気を取り直して、一歩。
同じようにギシリと軋む足元。
また、一歩。
木材が再び鳴く。
一歩。
変わらぬ音で、もう一度鳴る。
「―――?」
微かな音だった。
微かだが、確かに聞こえた「何か」がその小さな秩序を崩していく。
振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、池の水でべったりと濡れた脚で弾むように近付いてくる蛙―――しかし、それは人間の様に二本の足で立っていた。
大きさは僕と同じ程度。
その体に粘着質な液を纏い、てらてらと光る青緑色の肌に裂けたように存在する歯の無い口。その奥に続く唾液の絡みついた真っ赤な喉は何物をも飲み込んでしまいそうな程に太く、前傾気味の丸々とした体躯を呼吸の度に揺らし、水掻きのついた手に見える小さな爪はぬらぬらと妖しく輝いていた。
「・・・なんだこれ」
瞬きするのも忘れ、無意識に喉から零れた言葉だった。
蛙はそれに答える事無く、口を180度開き甲高い絶叫をあげる。
その耳を引き裂かんばかりの叫喚に、僕の全身の細胞が恐怖に震えた。
銃は抜かず、体を反転して出口へと走る。
しかし蛙の一歩の度に進む距離は、僕とは比にならなかった。
一瞬にして距離を詰めてくる怪物は口から唾液をぼたぼたと垂らしながら僕の頭に食いつこうとする。
僕は姿勢を低くしてそれを避け、格子の扉を少しだけ開き、細い隙間から体を捩込む。
それに続こうとした蛙に叩き付けるようにして扉を閉じ、ある程度の距離を取った。
「はっ・・・はぁっ・・・、・・・っ」
荒くなった呼吸を調えながら様子を伺う。
蛙は扉に何度か体当たりをした後、元の道へと戻った。
どうやらドアノブを回す程の知能は持ち合わせていなかったようだ。
蛙の意外にもあっさりとした引き際に胸を撫で下ろし、一呼吸して再び先を目指した。
その時、濡れた足音が再び近付いて来ていることに気付く。
水の絡まるその音は徐々にスピードを速めていった。
タックルでもしようというのだろうか、勢いを止める事なくこちらに向かってくる。
あの貧弱そうな扉でどれ程の衝撃に耐えられるのか―――過ぎたる信頼は出来ない。
僕は再び走り出した。
足音が止んだ瞬間に後ろを振り向いた僕の目に映ったのは、軽々と2mはあろうかという扉を飛び越える蛙の姿。どうやらその容姿は伊達では無かったようだ。
どしゃりと着地し、意地悪く微笑む大きな口。
蛙は荒い息遣いでこちらを伺い、またしても僕に向かって飛び掛る。
僕は自分の足の限界をも忘れ、先へと急いだ。
茂みの奥に、何かが光る。
「(また扉・・・、・・・!?)」
遠目から、先程と同じような格子状のドアがあり、それが錆びた鎖と南京錠で閉ざされていた事が分かる。
勿論鍵など持っていなかったし、例え持っていたとしても錠を解いている間に丸呑みにされるのが落ちだ。
僕は走りながらハンドガンを引き抜いた。
精神を極限まで研ぎ澄ませ、鎖の一点を狙い撃つ。数発の銃弾と金属がかちあう甲高い音が鳴り響き、火花が散った。
「っ開けぇっ!」
全体重をかけ、ドアを強引に蹴り破る。
錆びた鎖は思ったよりも簡単に砕け、弾け、その拘束を解いた。
自らのキックの勢いに引っ張られ、そのままバランスを崩し前のめりに倒れる。
今まで僕の頭があった場所に大口を開けながら飛び込んできた蛙は、そこから少し離れた所に着地した。
蛙は悔しそうに喉を鳴らし、ゆっくりと僕の方へ体を向ける。
その体の後ろに、目的の場所が見えた。
頑丈そうな鉄の扉に閉ざされた、闇夜に不気味に浮かび上がるくすんだ緑色の建物。そこから伸びる数本の埃被った巨大なパイプ。
廃工場―――まさにその呼び名が相応しい場所だった。
「(あそこだ!)」
しかしそこへと導くのは滝を跨ぐ深い谷にかかった、今にも落ちそうな頼りない橋一本のみ。
それは人一人がそっと渡れば何とか落ちないだろうという程の貧弱な容貌で、優しく流れる風にすらギシギシと悲鳴を上げた。
これを何とか渡り切れたとしても、もしあの鉄の扉に鍵がかかっていたらどうする?
あの扉が銃弾を受けつけてくれるかどうかも疑問だ。
さあ、どうするか―――。
「・・・」
僕は素早く体勢を立て直し、ハンドガンを両手で掴んだ。
蛙はその動作を見ると耳を劈くような雄叫びの後、もう一度僕の方へ跳び込んでくる。
その腹の下を潜り抜け、橋の中央へ向かった。
予想以上に不安定な足場に胆が握りつぶされるような感覚に襲われる。
そんな中、蛙の怪物はというと、流石に苛々してきたのか頻りに金切り声を上げて僕を威嚇していた。
ギシリと揺らぐ橋の上で、僕は静かに深呼吸する。
蛙が、橋の上に一歩踏み出した。
僕は瞬時に左手を綱に巻き付け、目を見開く。
ハンドガンを素早く構え、蛙の背後にある二ヶ所の綱の要を狙い撃った。
全てが停止した後、がくん、と世界が落下していく。
怪物はその脚を動かす前に谷底へ真っ逆さまに落ちていった。
声帯を潰した様な「ぐぇ」という声に、ばしゃんという落下音の後、僕を誘うように鳴く。
どうやらあの跳躍をもってしても昇る事が難しいようだ。
「っはぁ・・・よ、良かった・・・」
この勝利を祝して一心地つきたいところだが、左腕一本で崖に吊るされている体勢ではそれも無理だった。
僕はハンドガンをしまい、綱に掴まってなるべく下を見ないように上っていく。
さっきから何でこんなギリギリの事ばっかりやってるんだ、僕。
「他の皆ならもっと確実で簡単な方法思いつくんだろうな・・・」
先程からの自分の状況の悲惨さに、思わず隊の事を思い浮かべてしまった。
ここに来たのは、ただ自分の好奇心だけ―――そう思っていたが、今考えると隊の皆に認めてもらいたかったというのもあったかもしれない。
いや、あったんだ。
この状況下で突然に自分の幼稚さ、未熟さに気がつくなんて随分と皮肉だな。
僕は溜息をついて再び上り始める。
苔の生えた綱はしっかりと掴む事が難しく、何度かひやっとする時があった。
それでも気を奮い立たせ、懸命に頂上を目指していく。
「もう・・・少し・・・!」
崖の頂上に手を伸ばす。
その一瞬の気の緩みと、綱の限界は全く同時だった。
「あ」
ぶつり、と僕を支えていた綱が千切れた。
気付いた時に咄嗟に伸ばした手は虚しく空を掴む。
体が停止して落下し始めるまでの間に、凄まじい量の考えが僕の頭を通り過ぎて行った。
打ち所が悪くなければ、落ちても死にはしないだろう。
しかしもし骨折でもしたら?
先程落ちた怪物は、動けない僕をどうするだろう。
なぶり殺しか、丸呑みか。
恐怖と諦め、後悔と絶望。
僕は目を瞑るのも忘れ、谷底へ落ちていった。
「うっ!?」
腹部が急激に圧迫された。
僕は思わず闇雲にじたばたと手足を動かすがそれが解かれる事は無い。
何故か重力に任せたはずの身体が、突然宙に停止していた。
手で探ってみると、自分の胴を「何か」が縛りつけていることが分かる。
薄ら湿り気を帯びた、ほんのりと温かい「何か」が僕の胴体を宙吊りにしていた。
―――僕は・・・この感触を知っている―――
「・・・君は!」
白く濁った瞳が、僕を見下ろしていた。
触手は僕の身体をぐんと持ち上げ、そのままゆっくりと地面に下ろす。
「あ、ありがと―――」
触手の拘束を解かれた僕は、その主の姿を見て思わず息を飲んだ。
黒衣の使者と呼ぶには身を包む黒い布が少なく、あらわになった胸元が呼吸と連動して膨らんだり縮んだりを繰り返す。
呆けたというか、見惚れたというか、しばしの間そこだけ凝視してしまった僕は慌てて目を逸らし、控えめに指を差しながら言った。
「服、上っ」
恐らくは蛸のように耳まで真っ赤になっているであろう僕を、黒衣の使者はきょとんとした顔で見つめた。
恥じらう訳でも無く、僕の妙な視線を怒る事訳でも無く。
おかしな方向に意識してるのはどうも僕だけらしかった。
いけないとは思っていてもついチラチラと視線を向けてしまう。
「ご・・・ごめん、そんなつもりじゃないんだけど・・・」
蒸気でも上がりそうな程にのぼせ上がった僕の頬を触手でつついてくる。
「い、いや、何でもないんだよ・・・本当に・・・」
目を泳がせながら、しどろもどろにそう答えた。
もしかしたら、この子にはそういう概念が無いのかもしれない。
「ほ、本当にありがとう、助かったよ」
僕はなるべく顔だけを見る様に視線を固定し、頬をつついていた触手を優しく撫でる。
つやつやと滑らかなその表面は他の触手より新しく、ある部分から一回り大きくなっていた。
そう時間が経たない内に、僕があの時斬った部分だということに気付く。
「これ、痛かったよね」
斬り落とした時の切り口を指でなぞる。
触手がぴくりと跳ねたと思うと、次の瞬間には僕の手を摺り抜けて「大丈夫」とでもいうように触手を元気良く動かした。
「・・・優しいね、君は」
ふっと僕が笑いかけた、その時。
谷底から嘶くような声で先程の蛙の怪物が鳴いた。
それを聞いた触手の主は僕の横を摺り抜け、滝壺に身を躍らせる。
その突然の行動に少しの間呆けていたが、直後、蛙の鳴き声と鞭がしなるような音が響き始め、はっと我に返る。
僕は咄嗟にハンドガンを構え、援護射撃をしようとするもこの距離、高度、明度、風速ではとても正確な狙いは定められない事を考えた。
打開策を見つけようと必死に目を凝らし、谷底を覗く。
奥に見えたのは、排水路。
あそこなら建物の中からでも繋がっているはずだ。
僕はそれだけを考えながら廃工場のドアノブを回した。
***
エレベーターを探すという選択肢を咄嗟に思い付くはずもなく、夢中で下へ向かう階段を駆け降りていく。
何故か途中では敵に会わず、最後の一段を下ると排水路にたどり着いた。
その暗さと窮屈さから道を間違えたかと思ったが、耳を澄ませてみるとかすかに滝の音が響いてくるのが分かる。
―――今度こそ、僕が君を助ける。
その一心が、僕を走らせた。
汚水を掻きわけながら、ひたすらに進んだ。
それに合わせ、徐々に滝の打つ音が大きくなる。
「・・・ここだ!」
冷たく血生臭い風が僕の肩を撫で、濡れた岩壁に反射した朧げで頼りない月明かりが僕の肌を照らす。
滝が落ちるその場所に、触手の主の姿は無かった。
あったのは凄惨なまでの蛙の死体。
苔生した岩壁に張り付くようにして潰れた蛙の怪物は内臓を口から逆流させ、手足を有り得ない方向に曲げられていた。
辺りに飛散した血液がその凄まじい衝撃を物語る。
地面には点々と血痕が残っていたが大半は水に流されており、触手の主の行方を判別することは難しそうだった。
「―――伏せろ!」
足元を見回していると突然、聞き覚えのある声が背後から叫んだ。
直ぐさまそれに従うと、間隔の短い銃声が僕の周囲を跳ね回る。
銃弾が貫いた水柱の飛沫が顔を濡らし、背後からは何かの断末魔が聞こえてきた。
やがて銃声が止み、後ろを振り返るとそこには腐食した犬の死体。
完全に動かなくなっているその身体には、沢山の小さな銃痕があった。
「カルロス!」
「よぉ」
肩にアサルトライフルをかけ、誇らしげな笑顔を浮かべたカルロスが立っていた。
「何でこんな所に」
「ああ?そりゃこっちの台詞だ。声かけても無視して走ってくもんだから追って来たんだよ」
「そ、そっか、ごめん」
「いいけどよー・・・とりあえずここにいるのは危険だぜ」
カルロスが顎で示した先に聞こえる複数の荒い息使い。岩陰に潜んだ鋭い眼光がこちらの様子を窺っている。
僕たちはそれらを刺激しないように、足音を忍ばせて工場の中へと戻った。
***
「ここがアンブレラの研究所・・・!?」
カルロスから告げられた事実に、僕は耳を疑った。
「本当は違ったみたいだが、今の状況じゃそう言った方が正しいってぐらいだが」
「じゃあここからあの怪物達が出てきたって事?」
「いや、一概にそうとも言えねぇな。幾つかは本社から輸送されてきたはずだ」
「うへぇ・・・」
凄い展開にややついていけず、よろよろと壁に背をもたれる。
職員の休憩所で、僕は墓地小屋で見たFAXと書類を、一足先にここに来ていたカルロスはこの工場の内部と脱出の経路をそれぞれ話し合っていた。
話している内にカルロスが事前に『消毒』について伝えられていた事が分かったが、どうも僕の話と食い違う所があるらしい。
「俺が聞いたところじゃ、作戦の実行は民間人の救助と部隊の撤収が完了したらだって―――ああ、くそ、まずいぞ、奴らミサイルで証拠諸ともぶっ飛ばすつもりだ」
「ミサイルか・・・」
事は緊急を要する。
先程見上げた月は既にかなり傾いていた。夜明けまで時間があるとは言えないだろう。
そして、何よりも僕に焦りと恐怖を感じさせる男が一人残っている。
「・・・ニコライが何か仕掛けてくる前に、どうにかしよう」
カルロスは頷いた。
未だ何の動きも見せないニコライ、そろそろ『処理』の頃合いのはずだ。
恐らくは僕達が思っているより彼は近くにいる。
「俺はヘリの調達に向かう。アンブレラの研究所ってんだから一機くらいはあんだろ」
「了解、僕はこの施設全体を調査するよ」
それぞれに方針を決め、カルロスが先に休憩所を出ていった。
僕は頭の中で情報を整理しながらハンドガンに弾を装填する。
「聖」
カルロスが扉の向こうから話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「悪い、それ、何発か使っちまった」
「それ、って・・・」
辺りを見回し、「それ」が机の上に無造作に置かれたS&W M629C S.T.A.R.S.スペシャル「サムライエッジ」を指している事を理解した。
僕が倒れていたあの時、カルロスに託した銃だ。
シリンダーを見ると確かに弾薬が消費されている。
「お役に立てて光栄さ、それじゃ気をつけて」
「おう」
僕はマグナムをベルトに差し込み、調査を開始した。
***
比較的新しい機材の上に無造作に置かれた書類の端々に血が付いていた。
破れないようにそっとページ同士を引き剥がし、傾けたり透かしたりしながら資料を読み解く。
そこに書かれていたのは幾多の人体実験の結果、生成された実験体の詳細な情報、工場の各施設の働きなどについてだった。
「何だ、これ・・・『パラケルススの魔剣』・・・?」
この施設のどこかにある『パラケルススの魔剣』と呼ばれる兵器は、どうやらアンブレラの横暴な研究を牽制、強奪する為に作られたらしい。
まだ試作段階、とあるが威力は申し分ないとの記述もある。
その事を頭の隅に置いた僕は書類の最後に付いていた施設内部の地図を切り取り、一瞥した。
動力質、分解プール、下水モニター室、水質検査室、処理ルーム、資材庫、焼却処理場。
一番近いのは分解プールだった。
地図をポケットに滑り込ませ、近くにあったエレベーターに乗り込む。
「わっ」
中には血濡れの白衣を纏ったゾンビが3人、僕を取り囲むように立っていた。
研究員だったのだろう、どこか脆弱そうに見えるその体躯は腐った肉を重力に引き千切られ、街にいたものより骨が露出していた。
その醜い姿に何処か憐れなものを感じ、一人一人ショットガンで頭を吹き飛ばす。
彼等もまた犠牲者だった。
研究員が感染し、研究所が怪物の巣窟になる―――この状況すら、アンブレラにとっては計算の内だったのだろうか。
ぬめる足元を踏み締め、僕はエレベーターのボタンを押した。
エレベーターの扉が開いた瞬間、えぐみのある消毒液の臭いが鼻をつく。
赤い錆色をしたそれに正体の分からない肉片が浮き沈みを繰り返し、その周りからぶつぶつと気泡が生み出され、気体を発生させていた。
先程の出来事とその気体の所為からか更なる吐き気に襲われながら、その場を通過する。
―――その時だった。
「っ!?」
機械的なまでに狂い無い間隔の銃声が聞こえてきた。
急いで近くの机に地図を広げ、方角を確認する。
「・・・ここか、『処理ルーム』・・・!」
僕は地図を取るのも忘れて走り出した。
あの男が、いる。
以前と変わらぬ大きな噴水を見上げ、僕はその縁に腰かける。
ここに来るまでにまたあの下水路を通ったが、先程の怪物が暴れ回ったせいか崩れた土砂に水が塞き止められていて水位がかなり低くなっていた為、再び水浸しになることも無く通過できた。
周囲に敵が居ない事を確認すると、思いっ切り体を伸ばし、久々に大きな欠伸をする。
その全身の筋肉が弛緩していくような心地良い感覚が僕に一瞬の安堵をもたらした。
と、その時。
ポケットに入れていた無線のランプが忙しなく点滅した。
受信モードに切り替え、スピーカーに耳を当てる。
「こちらカルロス、・・・『あの子』は見つかったのかー?」
「う・・・ご、ごめん」
若干不機嫌そうな声の主はカルロスだった。
そういえば彼を置いて一人で飛び出してきたんだっけな・・・。
「ったくよぉ・・・ところで、お前今どこにいる?」
「?公園だけど」
「なら好都合だ、今から廃工場へ向かってくれ。その公園に大きな池があったろ?その先にあるはずだ」
「了解、何かあったの?」
「来てからのお楽しみ、だな。それじゃ」
***
先程木々の隙間から覗いた池―――そう呼ぶにはやや濁り過ぎた青緑色の水面は風に鈍く波打ち、生い茂る草花に潜む虫と蛙の声がそれに重ねて唄う。
木の板だけで作られた不安定な足場は一歩踏み出す度にギシリと軋んだ音を立てた。
慎重に足場を辿り、ちょうど中間地点に差し掛かった時、突然一斉に虫の鳴き声が止まる。
「・・・」
異常な静けさの中で、ただ蛙がくぐもった声で鳴き続けていた。
虫が鳴かない時は何かに危険を感じた時だと聞いた事がある。恐らく僕の気配を感じ、息を潜めたのだろう。
気を取り直して、一歩。
同じようにギシリと軋む足元。
また、一歩。
木材が再び鳴く。
一歩。
変わらぬ音で、もう一度鳴る。
「―――?」
微かな音だった。
微かだが、確かに聞こえた「何か」がその小さな秩序を崩していく。
振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、池の水でべったりと濡れた脚で弾むように近付いてくる蛙―――しかし、それは人間の様に二本の足で立っていた。
大きさは僕と同じ程度。
その体に粘着質な液を纏い、てらてらと光る青緑色の肌に裂けたように存在する歯の無い口。その奥に続く唾液の絡みついた真っ赤な喉は何物をも飲み込んでしまいそうな程に太く、前傾気味の丸々とした体躯を呼吸の度に揺らし、水掻きのついた手に見える小さな爪はぬらぬらと妖しく輝いていた。
「・・・なんだこれ」
瞬きするのも忘れ、無意識に喉から零れた言葉だった。
蛙はそれに答える事無く、口を180度開き甲高い絶叫をあげる。
その耳を引き裂かんばかりの叫喚に、僕の全身の細胞が恐怖に震えた。
銃は抜かず、体を反転して出口へと走る。
しかし蛙の一歩の度に進む距離は、僕とは比にならなかった。
一瞬にして距離を詰めてくる怪物は口から唾液をぼたぼたと垂らしながら僕の頭に食いつこうとする。
僕は姿勢を低くしてそれを避け、格子の扉を少しだけ開き、細い隙間から体を捩込む。
それに続こうとした蛙に叩き付けるようにして扉を閉じ、ある程度の距離を取った。
「はっ・・・はぁっ・・・、・・・っ」
荒くなった呼吸を調えながら様子を伺う。
蛙は扉に何度か体当たりをした後、元の道へと戻った。
どうやらドアノブを回す程の知能は持ち合わせていなかったようだ。
蛙の意外にもあっさりとした引き際に胸を撫で下ろし、一呼吸して再び先を目指した。
その時、濡れた足音が再び近付いて来ていることに気付く。
水の絡まるその音は徐々にスピードを速めていった。
タックルでもしようというのだろうか、勢いを止める事なくこちらに向かってくる。
あの貧弱そうな扉でどれ程の衝撃に耐えられるのか―――過ぎたる信頼は出来ない。
僕は再び走り出した。
足音が止んだ瞬間に後ろを振り向いた僕の目に映ったのは、軽々と2mはあろうかという扉を飛び越える蛙の姿。どうやらその容姿は伊達では無かったようだ。
どしゃりと着地し、意地悪く微笑む大きな口。
蛙は荒い息遣いでこちらを伺い、またしても僕に向かって飛び掛る。
僕は自分の足の限界をも忘れ、先へと急いだ。
茂みの奥に、何かが光る。
「(また扉・・・、・・・!?)」
遠目から、先程と同じような格子状のドアがあり、それが錆びた鎖と南京錠で閉ざされていた事が分かる。
勿論鍵など持っていなかったし、例え持っていたとしても錠を解いている間に丸呑みにされるのが落ちだ。
僕は走りながらハンドガンを引き抜いた。
精神を極限まで研ぎ澄ませ、鎖の一点を狙い撃つ。数発の銃弾と金属がかちあう甲高い音が鳴り響き、火花が散った。
「っ開けぇっ!」
全体重をかけ、ドアを強引に蹴り破る。
錆びた鎖は思ったよりも簡単に砕け、弾け、その拘束を解いた。
自らのキックの勢いに引っ張られ、そのままバランスを崩し前のめりに倒れる。
今まで僕の頭があった場所に大口を開けながら飛び込んできた蛙は、そこから少し離れた所に着地した。
蛙は悔しそうに喉を鳴らし、ゆっくりと僕の方へ体を向ける。
その体の後ろに、目的の場所が見えた。
頑丈そうな鉄の扉に閉ざされた、闇夜に不気味に浮かび上がるくすんだ緑色の建物。そこから伸びる数本の埃被った巨大なパイプ。
廃工場―――まさにその呼び名が相応しい場所だった。
「(あそこだ!)」
しかしそこへと導くのは滝を跨ぐ深い谷にかかった、今にも落ちそうな頼りない橋一本のみ。
それは人一人がそっと渡れば何とか落ちないだろうという程の貧弱な容貌で、優しく流れる風にすらギシギシと悲鳴を上げた。
これを何とか渡り切れたとしても、もしあの鉄の扉に鍵がかかっていたらどうする?
あの扉が銃弾を受けつけてくれるかどうかも疑問だ。
さあ、どうするか―――。
「・・・」
僕は素早く体勢を立て直し、ハンドガンを両手で掴んだ。
蛙はその動作を見ると耳を劈くような雄叫びの後、もう一度僕の方へ跳び込んでくる。
その腹の下を潜り抜け、橋の中央へ向かった。
予想以上に不安定な足場に胆が握りつぶされるような感覚に襲われる。
そんな中、蛙の怪物はというと、流石に苛々してきたのか頻りに金切り声を上げて僕を威嚇していた。
ギシリと揺らぐ橋の上で、僕は静かに深呼吸する。
蛙が、橋の上に一歩踏み出した。
僕は瞬時に左手を綱に巻き付け、目を見開く。
ハンドガンを素早く構え、蛙の背後にある二ヶ所の綱の要を狙い撃った。
全てが停止した後、がくん、と世界が落下していく。
怪物はその脚を動かす前に谷底へ真っ逆さまに落ちていった。
声帯を潰した様な「ぐぇ」という声に、ばしゃんという落下音の後、僕を誘うように鳴く。
どうやらあの跳躍をもってしても昇る事が難しいようだ。
「っはぁ・・・よ、良かった・・・」
この勝利を祝して一心地つきたいところだが、左腕一本で崖に吊るされている体勢ではそれも無理だった。
僕はハンドガンをしまい、綱に掴まってなるべく下を見ないように上っていく。
さっきから何でこんなギリギリの事ばっかりやってるんだ、僕。
「他の皆ならもっと確実で簡単な方法思いつくんだろうな・・・」
先程からの自分の状況の悲惨さに、思わず隊の事を思い浮かべてしまった。
ここに来たのは、ただ自分の好奇心だけ―――そう思っていたが、今考えると隊の皆に認めてもらいたかったというのもあったかもしれない。
いや、あったんだ。
この状況下で突然に自分の幼稚さ、未熟さに気がつくなんて随分と皮肉だな。
僕は溜息をついて再び上り始める。
苔の生えた綱はしっかりと掴む事が難しく、何度かひやっとする時があった。
それでも気を奮い立たせ、懸命に頂上を目指していく。
「もう・・・少し・・・!」
崖の頂上に手を伸ばす。
その一瞬の気の緩みと、綱の限界は全く同時だった。
「あ」
ぶつり、と僕を支えていた綱が千切れた。
気付いた時に咄嗟に伸ばした手は虚しく空を掴む。
体が停止して落下し始めるまでの間に、凄まじい量の考えが僕の頭を通り過ぎて行った。
打ち所が悪くなければ、落ちても死にはしないだろう。
しかしもし骨折でもしたら?
先程落ちた怪物は、動けない僕をどうするだろう。
なぶり殺しか、丸呑みか。
恐怖と諦め、後悔と絶望。
僕は目を瞑るのも忘れ、谷底へ落ちていった。
「うっ!?」
腹部が急激に圧迫された。
僕は思わず闇雲にじたばたと手足を動かすがそれが解かれる事は無い。
何故か重力に任せたはずの身体が、突然宙に停止していた。
手で探ってみると、自分の胴を「何か」が縛りつけていることが分かる。
薄ら湿り気を帯びた、ほんのりと温かい「何か」が僕の胴体を宙吊りにしていた。
―――僕は・・・この感触を知っている―――
「・・・君は!」
白く濁った瞳が、僕を見下ろしていた。
触手は僕の身体をぐんと持ち上げ、そのままゆっくりと地面に下ろす。
「あ、ありがと―――」
触手の拘束を解かれた僕は、その主の姿を見て思わず息を飲んだ。
黒衣の使者と呼ぶには身を包む黒い布が少なく、あらわになった胸元が呼吸と連動して膨らんだり縮んだりを繰り返す。
呆けたというか、見惚れたというか、しばしの間そこだけ凝視してしまった僕は慌てて目を逸らし、控えめに指を差しながら言った。
「服、上っ」
恐らくは蛸のように耳まで真っ赤になっているであろう僕を、黒衣の使者はきょとんとした顔で見つめた。
恥じらう訳でも無く、僕の妙な視線を怒る事訳でも無く。
おかしな方向に意識してるのはどうも僕だけらしかった。
いけないとは思っていてもついチラチラと視線を向けてしまう。
「ご・・・ごめん、そんなつもりじゃないんだけど・・・」
蒸気でも上がりそうな程にのぼせ上がった僕の頬を触手でつついてくる。
「い、いや、何でもないんだよ・・・本当に・・・」
目を泳がせながら、しどろもどろにそう答えた。
もしかしたら、この子にはそういう概念が無いのかもしれない。
「ほ、本当にありがとう、助かったよ」
僕はなるべく顔だけを見る様に視線を固定し、頬をつついていた触手を優しく撫でる。
つやつやと滑らかなその表面は他の触手より新しく、ある部分から一回り大きくなっていた。
そう時間が経たない内に、僕があの時斬った部分だということに気付く。
「これ、痛かったよね」
斬り落とした時の切り口を指でなぞる。
触手がぴくりと跳ねたと思うと、次の瞬間には僕の手を摺り抜けて「大丈夫」とでもいうように触手を元気良く動かした。
「・・・優しいね、君は」
ふっと僕が笑いかけた、その時。
谷底から嘶くような声で先程の蛙の怪物が鳴いた。
それを聞いた触手の主は僕の横を摺り抜け、滝壺に身を躍らせる。
その突然の行動に少しの間呆けていたが、直後、蛙の鳴き声と鞭がしなるような音が響き始め、はっと我に返る。
僕は咄嗟にハンドガンを構え、援護射撃をしようとするもこの距離、高度、明度、風速ではとても正確な狙いは定められない事を考えた。
打開策を見つけようと必死に目を凝らし、谷底を覗く。
奥に見えたのは、排水路。
あそこなら建物の中からでも繋がっているはずだ。
僕はそれだけを考えながら廃工場のドアノブを回した。
***
エレベーターを探すという選択肢を咄嗟に思い付くはずもなく、夢中で下へ向かう階段を駆け降りていく。
何故か途中では敵に会わず、最後の一段を下ると排水路にたどり着いた。
その暗さと窮屈さから道を間違えたかと思ったが、耳を澄ませてみるとかすかに滝の音が響いてくるのが分かる。
―――今度こそ、僕が君を助ける。
その一心が、僕を走らせた。
汚水を掻きわけながら、ひたすらに進んだ。
それに合わせ、徐々に滝の打つ音が大きくなる。
「・・・ここだ!」
冷たく血生臭い風が僕の肩を撫で、濡れた岩壁に反射した朧げで頼りない月明かりが僕の肌を照らす。
滝が落ちるその場所に、触手の主の姿は無かった。
あったのは凄惨なまでの蛙の死体。
苔生した岩壁に張り付くようにして潰れた蛙の怪物は内臓を口から逆流させ、手足を有り得ない方向に曲げられていた。
辺りに飛散した血液がその凄まじい衝撃を物語る。
地面には点々と血痕が残っていたが大半は水に流されており、触手の主の行方を判別することは難しそうだった。
「―――伏せろ!」
足元を見回していると突然、聞き覚えのある声が背後から叫んだ。
直ぐさまそれに従うと、間隔の短い銃声が僕の周囲を跳ね回る。
銃弾が貫いた水柱の飛沫が顔を濡らし、背後からは何かの断末魔が聞こえてきた。
やがて銃声が止み、後ろを振り返るとそこには腐食した犬の死体。
完全に動かなくなっているその身体には、沢山の小さな銃痕があった。
「カルロス!」
「よぉ」
肩にアサルトライフルをかけ、誇らしげな笑顔を浮かべたカルロスが立っていた。
「何でこんな所に」
「ああ?そりゃこっちの台詞だ。声かけても無視して走ってくもんだから追って来たんだよ」
「そ、そっか、ごめん」
「いいけどよー・・・とりあえずここにいるのは危険だぜ」
カルロスが顎で示した先に聞こえる複数の荒い息使い。岩陰に潜んだ鋭い眼光がこちらの様子を窺っている。
僕たちはそれらを刺激しないように、足音を忍ばせて工場の中へと戻った。
***
「ここがアンブレラの研究所・・・!?」
カルロスから告げられた事実に、僕は耳を疑った。
「本当は違ったみたいだが、今の状況じゃそう言った方が正しいってぐらいだが」
「じゃあここからあの怪物達が出てきたって事?」
「いや、一概にそうとも言えねぇな。幾つかは本社から輸送されてきたはずだ」
「うへぇ・・・」
凄い展開にややついていけず、よろよろと壁に背をもたれる。
職員の休憩所で、僕は墓地小屋で見たFAXと書類を、一足先にここに来ていたカルロスはこの工場の内部と脱出の経路をそれぞれ話し合っていた。
話している内にカルロスが事前に『消毒』について伝えられていた事が分かったが、どうも僕の話と食い違う所があるらしい。
「俺が聞いたところじゃ、作戦の実行は民間人の救助と部隊の撤収が完了したらだって―――ああ、くそ、まずいぞ、奴らミサイルで証拠諸ともぶっ飛ばすつもりだ」
「ミサイルか・・・」
事は緊急を要する。
先程見上げた月は既にかなり傾いていた。夜明けまで時間があるとは言えないだろう。
そして、何よりも僕に焦りと恐怖を感じさせる男が一人残っている。
「・・・ニコライが何か仕掛けてくる前に、どうにかしよう」
カルロスは頷いた。
未だ何の動きも見せないニコライ、そろそろ『処理』の頃合いのはずだ。
恐らくは僕達が思っているより彼は近くにいる。
「俺はヘリの調達に向かう。アンブレラの研究所ってんだから一機くらいはあんだろ」
「了解、僕はこの施設全体を調査するよ」
それぞれに方針を決め、カルロスが先に休憩所を出ていった。
僕は頭の中で情報を整理しながらハンドガンに弾を装填する。
「聖」
カルロスが扉の向こうから話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「悪い、それ、何発か使っちまった」
「それ、って・・・」
辺りを見回し、「それ」が机の上に無造作に置かれたS&W M629C S.T.A.R.S.スペシャル「サムライエッジ」を指している事を理解した。
僕が倒れていたあの時、カルロスに託した銃だ。
シリンダーを見ると確かに弾薬が消費されている。
「お役に立てて光栄さ、それじゃ気をつけて」
「おう」
僕はマグナムをベルトに差し込み、調査を開始した。
***
比較的新しい機材の上に無造作に置かれた書類の端々に血が付いていた。
破れないようにそっとページ同士を引き剥がし、傾けたり透かしたりしながら資料を読み解く。
そこに書かれていたのは幾多の人体実験の結果、生成された実験体の詳細な情報、工場の各施設の働きなどについてだった。
「何だ、これ・・・『パラケルススの魔剣』・・・?」
この施設のどこかにある『パラケルススの魔剣』と呼ばれる兵器は、どうやらアンブレラの横暴な研究を牽制、強奪する為に作られたらしい。
まだ試作段階、とあるが威力は申し分ないとの記述もある。
その事を頭の隅に置いた僕は書類の最後に付いていた施設内部の地図を切り取り、一瞥した。
動力質、分解プール、下水モニター室、水質検査室、処理ルーム、資材庫、焼却処理場。
一番近いのは分解プールだった。
地図をポケットに滑り込ませ、近くにあったエレベーターに乗り込む。
「わっ」
中には血濡れの白衣を纏ったゾンビが3人、僕を取り囲むように立っていた。
研究員だったのだろう、どこか脆弱そうに見えるその体躯は腐った肉を重力に引き千切られ、街にいたものより骨が露出していた。
その醜い姿に何処か憐れなものを感じ、一人一人ショットガンで頭を吹き飛ばす。
彼等もまた犠牲者だった。
研究員が感染し、研究所が怪物の巣窟になる―――この状況すら、アンブレラにとっては計算の内だったのだろうか。
ぬめる足元を踏み締め、僕はエレベーターのボタンを押した。
エレベーターの扉が開いた瞬間、えぐみのある消毒液の臭いが鼻をつく。
赤い錆色をしたそれに正体の分からない肉片が浮き沈みを繰り返し、その周りからぶつぶつと気泡が生み出され、気体を発生させていた。
先程の出来事とその気体の所為からか更なる吐き気に襲われながら、その場を通過する。
―――その時だった。
「っ!?」
機械的なまでに狂い無い間隔の銃声が聞こえてきた。
急いで近くの机に地図を広げ、方角を確認する。
「・・・ここか、『処理ルーム』・・・!」
僕は地図を取るのも忘れて走り出した。
あの男が、いる。