本編
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自分の身体が腐っていく。
頬の肉が、眼球が、指先の爪が、柔らかくちぎれて地に落ちた。
痛みは無いものの、身体の中を駆け巡る強烈な不快感に思わず唸り声を上げる。
しかしその喉すらも腐敗しているのだろうか、まともな声は出ずにただ血の混じった肉片が口から零れた。
何だろう・・・これ・・・
現状を全く理解できずにいる僕の視界に、何かがちらつく。
人だ。
声をかけようとしても爛れた喉では低く唸ることしか出来ない。
それならせめてこちらの存在に気付いてもらおうとおぼつかない足元を必死で踏みしめ、よたよたと歩き近づいていく。
そんな僕を「誰か」は一目見るや否や、一歩後退り恐怖の映った瞳で睨んできた。
・・・ど うし て?
強い疑問の念に駆られながらも、崩れそうな重たい身体を必死に動かした。足を引きずる度、嫌な音が耳を覆う。
待 って ・・ ・
やっとの事で手が届く範囲まで近づいたが、ふらつく足が縺れ、逃げようとした「誰か」の肩に倒れ込むようにして手をかけた。
重みと速度が相まってその「誰か」は僕ごと後ろに倒れてしまう。
ああ 、ごめ ん なさ い
更なる恐怖を瞳に映した「誰か」に謝りたい、その一心で口を開いたその時だった。
・・・ああ・・・
嗅いだことのない良い匂いがこの人から漂ってくる。
そういえばお腹が減ってたんだっけ。
食欲を誘う甘い匂いが鼻腔を抜けて脳に拡がる。
その香りは罪悪感も、理性も、何もかもを覆い隠しながら、僕にある一つの欲求を思い出させた。
一口。一口だけでいい。
たべ た い
唾液を引いた大きな口で、「誰か」の喉笛に噛みつく。
自分が残忍な事をしているとは微塵も感じず、口一杯に広がる甘い香りにただただ恍惚とするだけだった。
しかしそれは本当に一瞬で、次の瞬間にはまたさっきと同じ不快感が戻ってくる。
この苦痛から解放されるにはどうすればいいか。
最早意識すらはっきりしない、苦しみと快感に引っ掻き回された脳から導き出したのは―――
僕は人物の腹に歯を立てて皮膚と肉を食い千切った。
その傷口から溢れだす血液と、てらてらと光る美しい臓腑に思わず目を奪われる。
そしてはっと思い出したように、再びその肉体に齧りついた。
噛み千切った傷跡に指を突き立て肉を抉り出し、それを啜って悦楽に浸る。
一口齧るだけで全てが満たされた。
心も体も、今まで感じた事の無いほどに隅々まで満たされていく。
これだ、これなんだ。
もし永遠にこのままでいられるなら、それでもいい。
びくびくと跳ねる肺に噛みつきながら、僕はそう感じていた。
たったこれだけでこんなにも満たされた気持ちになれるのなら、それも悪くは無い。
ずっと・・・ずっとこのままで―――
肝臓を取り出そうとした僕の頭に、がちり、と硬く冷たい金属の筒が押し付けられた。
僕が今食べている「誰か」の右手に握られた銃―――死の街を共に生き延びた、小さな拳銃。
死人を屠り、怪物を退け、何度も僕の命を救った相棒とも言える銃。
それを何故この人物が持っているのか。
腐りかけた脳では情報を迅速に処理できなかったが、辛うじて考える事は出来た。
ああ、そうだ。
きっと、これは僕なんだ。
考えるために口を休め、ただ茫然として溢れ出す血液を眺める。
腹を裂かれた「僕」は、いつも鏡で見るものと変わらない瞳で「僕」を見つめていた。
力を込めたのは、人差し指。
「僕には、あの子に言わなきゃいけない事があるんだ」
その台詞の直後、「僕」の世界は一瞬で真っ暗になった。
***
「・・・」
僕は目を覚ました。
先程と同じくして、台の上に体を横たえている。
僕はさっきまでウィルスに冒され、死にかけていた。
でも、今はこうして生きている。
気が遠くなる直前、カルロスの声と、それから肩口に感じたチクリとした痛み、そこから入る冷たい液体が僕の苦痛を溶かしていったのをよく覚えていた。
「あれは・・・夢・・・だったのかな」
僕は先程の奇妙な出来事を思い出していた。
夢のように不可思議な感覚、現実のように刺激された五感。
何にせよ、僕が選んだ選択肢は間違っていなかったようだ。
目をしばたたかせながら周囲を見渡す。
まずは体を起こそうと、僕は手探りで何か支えになりそうな掴まるものを探した。
ぺた、ぺた、と手が届く範囲の物を手当たり次第に叩いてみると、ある一点に存在した何やらふわっとした感触の物体に触れる。
撫でたり叩いたりしている内に、これが人間の髪の毛だということに気付いた。
「・・・ってぇな」
ぶっきらぼうな声の主が僕の手を掴んだ。
「カルロス」
「よお、やっと起きたかよ」
そう言うとカルロスは立ち上がり、大きく伸びをした。
どうやら彼も眠っていたようだ。
「ごめん、起こしちゃって」
「いや、もう十分眠れたぜ。お前こそ体は大丈夫なのか?」
はっとして肩を見る。
大きな穴が空いた、そして急速に修復されていったあの場所には、同じ大きさの薄い紫色に染まった痣があった。
痛みも違和感も無く、どうやら完全に治っているようだ。
そういえば締め上げられた腕の痛みも頬の傷も治っている。これはワクチンのお陰というよりはウィルスのお陰と言ったほうがいいかもしれない。
「うん、もう何ともないみたい」
両腕を上げ、どちらも正常に動く事を証明した。
それを見てカルロスは満足そうな顔をして、白い歯を見せてにっと笑う。
「おう、ならよかった!」
同時に差し伸べられた手をしっかりと掴み、体を起こす。
久しぶりに立ち上がったせいか多少眩暈はしたものの、少し経つとそれも治まった。
「ありがとう、もう完全に元通りだ。・・・そういえばニコライさんは?」
「病院で会った」
「そっか、無事だったんだね」
僕がそう言うとカルロスは肩を竦める。
「まあ簡単に死んだりしねぇよ、どんな戦場からでも舞い戻ってくる奴だぜ?しかも、たった一人でな」
たった一人。
その言葉はニコライの能力―――生存能力や戦闘能力の高さを示すと共に、何か他の恐ろしい能力を意味している気がした。
僕は再び背筋に冷たいものを感じたが、気のせいだと思い込むように自分に指示する。
「無事っつってもな・・・」
「?」
カルロスがふぅ、と溜息をつき、目を伏せた。
「あいつはどうも『監視員』らしい」
「え?監視員って」
「所謂スパイって奴だよ、俺たちにとっちゃ敵って訳だ」
「な・・・!ちょ、ちょっと待って、もっと良く説明してよ」
僕の問いかけを余所に、カルロスは悩むような表情を見せる。
「でも、よく解らねぇんだよな」
「う、うん・・・今まで協力してこれたと思うのに」
「そこなんだよ」
カルロスが突然顔を上げ、僕を真っすぐに見つめた。
「あいつは―――ニコライは何故お前を助けるような真似をしたんだ?あのままだったら俺は何も出来なかっただろうし、お前は化け物になっちまうはずだった」
「うん、確かにそう・・・だよなぁ」
「ニコライは病院で、多分同じ隊の奴を殺してた。目的は言わなかったが、多分邪魔だと認識したからなんだろうな」
「・・・」
考えてみればそうだ。
あのままなら僕は遅かれ早かれ死んでいただろうし、僕を邪魔だと思っているなら放置しておくのが得策と言えるだろう。
しかしニコライはそれをしなかった。
―――それは何故か?
「・・・わっかんねーなぁ」
カルロスはがりがりと頭を掻いてまた大きな溜息をついた。
僕も彼の真意については確信をもってこうだ、と言えるものは無かったが、一つだけ気付いた事がある。
「最初から殺すつもりなら、電車に乗せて僕達をここまで連れてくる必要も無かったよね」
「どうなんだろうな、やっぱり問い詰めてやんねーと―――」
カルロスの口を指で塞ぎ、僕は続けた。
「何にせよ、また彼は僕の前に現れるはずだよ。絶対にね」
ニコライが僕を生かしておいたのは、恐らくまだ僕が「動かないといけない」からだ。
「彼」にとって、「僕」がやらなければいけない事。
きっと僕のこれからの行動に組み込まれている―――もしくはそれをせざるを得ない状況に追い込んで来るはずだ。
それが終われば、間接的であれ直接的であれ、ニコライは絶対に「処理」に来る。
僕はまだ生存しているのだから。
***
「ほらよ」
カルロスから渡されたのは、黒く輝く巨大な銃。僕はそれを突き出されるままに受け取るが、あまりの重量に前のめりによろけた。
持つだけなら片手でも何とか足りるが、構えるとなると両手でもうまく安定しない。
こんな物を使いこなせるのは戦いに慣れた、しかもかなりの才能とそれを活かせるだけの力を持った兵士だけだろう。
「ロケットランチャー・・・?何でこんな凄いもの」
「あいつから渡されたんだよ、多分お前に宛てて」
「あいつって」
「化け物だよ」
「?」
「ほら、あの黒服の」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がドクリと跳ねるのを感じた。
「あの子から!?・・・っとと」
驚くあまり手を滑らせる。床に落ち、倒れかけた砲身を咄嗟に体に引き寄せ、きつく抱きしめた。
「なーにやってんだ」
「いや・・・驚いてさ」
僕の為に、と思っていいのかな。
そう考えた途端、瞬く間に頬が紅潮していく。砲身を更にきつく、せわしなく弾む胸を抑えるように抱きしめた。
「・・・探しに行く」
「あ?」
ロケットランチャーを抱いたままそうぽつりと呟くと、カルロスは訝しげな顔で返してきた。
「あの子を探しに行ってくる」
「な、何言ってんだ!」
「巻き込むといけないから・・・うん、ここからは別々に行動しよう」
「あ、あのな・・・」
「それじゃ!」
突拍子も無い提案を唐突に突き付けられ目を白黒させるカルロスに二の句を告げさせないまま、僕は一人走り出した。
君が何処にいるかは分からない。
ただ分かる事は、僕が進んだ先にはいつも君がいたということ。
追っているのか、追われているのか。
それすらも解らないけど、それでも僕は君の姿を追わずにはいられない。
きっと、追いついてみせるよ。
頬の肉が、眼球が、指先の爪が、柔らかくちぎれて地に落ちた。
痛みは無いものの、身体の中を駆け巡る強烈な不快感に思わず唸り声を上げる。
しかしその喉すらも腐敗しているのだろうか、まともな声は出ずにただ血の混じった肉片が口から零れた。
何だろう・・・これ・・・
現状を全く理解できずにいる僕の視界に、何かがちらつく。
人だ。
声をかけようとしても爛れた喉では低く唸ることしか出来ない。
それならせめてこちらの存在に気付いてもらおうとおぼつかない足元を必死で踏みしめ、よたよたと歩き近づいていく。
そんな僕を「誰か」は一目見るや否や、一歩後退り恐怖の映った瞳で睨んできた。
・・・ど うし て?
強い疑問の念に駆られながらも、崩れそうな重たい身体を必死に動かした。足を引きずる度、嫌な音が耳を覆う。
待 って ・・ ・
やっとの事で手が届く範囲まで近づいたが、ふらつく足が縺れ、逃げようとした「誰か」の肩に倒れ込むようにして手をかけた。
重みと速度が相まってその「誰か」は僕ごと後ろに倒れてしまう。
ああ 、ごめ ん なさ い
更なる恐怖を瞳に映した「誰か」に謝りたい、その一心で口を開いたその時だった。
・・・ああ・・・
嗅いだことのない良い匂いがこの人から漂ってくる。
そういえばお腹が減ってたんだっけ。
食欲を誘う甘い匂いが鼻腔を抜けて脳に拡がる。
その香りは罪悪感も、理性も、何もかもを覆い隠しながら、僕にある一つの欲求を思い出させた。
一口。一口だけでいい。
たべ た い
唾液を引いた大きな口で、「誰か」の喉笛に噛みつく。
自分が残忍な事をしているとは微塵も感じず、口一杯に広がる甘い香りにただただ恍惚とするだけだった。
しかしそれは本当に一瞬で、次の瞬間にはまたさっきと同じ不快感が戻ってくる。
この苦痛から解放されるにはどうすればいいか。
最早意識すらはっきりしない、苦しみと快感に引っ掻き回された脳から導き出したのは―――
僕は人物の腹に歯を立てて皮膚と肉を食い千切った。
その傷口から溢れだす血液と、てらてらと光る美しい臓腑に思わず目を奪われる。
そしてはっと思い出したように、再びその肉体に齧りついた。
噛み千切った傷跡に指を突き立て肉を抉り出し、それを啜って悦楽に浸る。
一口齧るだけで全てが満たされた。
心も体も、今まで感じた事の無いほどに隅々まで満たされていく。
これだ、これなんだ。
もし永遠にこのままでいられるなら、それでもいい。
びくびくと跳ねる肺に噛みつきながら、僕はそう感じていた。
たったこれだけでこんなにも満たされた気持ちになれるのなら、それも悪くは無い。
ずっと・・・ずっとこのままで―――
肝臓を取り出そうとした僕の頭に、がちり、と硬く冷たい金属の筒が押し付けられた。
僕が今食べている「誰か」の右手に握られた銃―――死の街を共に生き延びた、小さな拳銃。
死人を屠り、怪物を退け、何度も僕の命を救った相棒とも言える銃。
それを何故この人物が持っているのか。
腐りかけた脳では情報を迅速に処理できなかったが、辛うじて考える事は出来た。
ああ、そうだ。
きっと、これは僕なんだ。
考えるために口を休め、ただ茫然として溢れ出す血液を眺める。
腹を裂かれた「僕」は、いつも鏡で見るものと変わらない瞳で「僕」を見つめていた。
力を込めたのは、人差し指。
「僕には、あの子に言わなきゃいけない事があるんだ」
その台詞の直後、「僕」の世界は一瞬で真っ暗になった。
***
「・・・」
僕は目を覚ました。
先程と同じくして、台の上に体を横たえている。
僕はさっきまでウィルスに冒され、死にかけていた。
でも、今はこうして生きている。
気が遠くなる直前、カルロスの声と、それから肩口に感じたチクリとした痛み、そこから入る冷たい液体が僕の苦痛を溶かしていったのをよく覚えていた。
「あれは・・・夢・・・だったのかな」
僕は先程の奇妙な出来事を思い出していた。
夢のように不可思議な感覚、現実のように刺激された五感。
何にせよ、僕が選んだ選択肢は間違っていなかったようだ。
目をしばたたかせながら周囲を見渡す。
まずは体を起こそうと、僕は手探りで何か支えになりそうな掴まるものを探した。
ぺた、ぺた、と手が届く範囲の物を手当たり次第に叩いてみると、ある一点に存在した何やらふわっとした感触の物体に触れる。
撫でたり叩いたりしている内に、これが人間の髪の毛だということに気付いた。
「・・・ってぇな」
ぶっきらぼうな声の主が僕の手を掴んだ。
「カルロス」
「よお、やっと起きたかよ」
そう言うとカルロスは立ち上がり、大きく伸びをした。
どうやら彼も眠っていたようだ。
「ごめん、起こしちゃって」
「いや、もう十分眠れたぜ。お前こそ体は大丈夫なのか?」
はっとして肩を見る。
大きな穴が空いた、そして急速に修復されていったあの場所には、同じ大きさの薄い紫色に染まった痣があった。
痛みも違和感も無く、どうやら完全に治っているようだ。
そういえば締め上げられた腕の痛みも頬の傷も治っている。これはワクチンのお陰というよりはウィルスのお陰と言ったほうがいいかもしれない。
「うん、もう何ともないみたい」
両腕を上げ、どちらも正常に動く事を証明した。
それを見てカルロスは満足そうな顔をして、白い歯を見せてにっと笑う。
「おう、ならよかった!」
同時に差し伸べられた手をしっかりと掴み、体を起こす。
久しぶりに立ち上がったせいか多少眩暈はしたものの、少し経つとそれも治まった。
「ありがとう、もう完全に元通りだ。・・・そういえばニコライさんは?」
「病院で会った」
「そっか、無事だったんだね」
僕がそう言うとカルロスは肩を竦める。
「まあ簡単に死んだりしねぇよ、どんな戦場からでも舞い戻ってくる奴だぜ?しかも、たった一人でな」
たった一人。
その言葉はニコライの能力―――生存能力や戦闘能力の高さを示すと共に、何か他の恐ろしい能力を意味している気がした。
僕は再び背筋に冷たいものを感じたが、気のせいだと思い込むように自分に指示する。
「無事っつってもな・・・」
「?」
カルロスがふぅ、と溜息をつき、目を伏せた。
「あいつはどうも『監視員』らしい」
「え?監視員って」
「所謂スパイって奴だよ、俺たちにとっちゃ敵って訳だ」
「な・・・!ちょ、ちょっと待って、もっと良く説明してよ」
僕の問いかけを余所に、カルロスは悩むような表情を見せる。
「でも、よく解らねぇんだよな」
「う、うん・・・今まで協力してこれたと思うのに」
「そこなんだよ」
カルロスが突然顔を上げ、僕を真っすぐに見つめた。
「あいつは―――ニコライは何故お前を助けるような真似をしたんだ?あのままだったら俺は何も出来なかっただろうし、お前は化け物になっちまうはずだった」
「うん、確かにそう・・・だよなぁ」
「ニコライは病院で、多分同じ隊の奴を殺してた。目的は言わなかったが、多分邪魔だと認識したからなんだろうな」
「・・・」
考えてみればそうだ。
あのままなら僕は遅かれ早かれ死んでいただろうし、僕を邪魔だと思っているなら放置しておくのが得策と言えるだろう。
しかしニコライはそれをしなかった。
―――それは何故か?
「・・・わっかんねーなぁ」
カルロスはがりがりと頭を掻いてまた大きな溜息をついた。
僕も彼の真意については確信をもってこうだ、と言えるものは無かったが、一つだけ気付いた事がある。
「最初から殺すつもりなら、電車に乗せて僕達をここまで連れてくる必要も無かったよね」
「どうなんだろうな、やっぱり問い詰めてやんねーと―――」
カルロスの口を指で塞ぎ、僕は続けた。
「何にせよ、また彼は僕の前に現れるはずだよ。絶対にね」
ニコライが僕を生かしておいたのは、恐らくまだ僕が「動かないといけない」からだ。
「彼」にとって、「僕」がやらなければいけない事。
きっと僕のこれからの行動に組み込まれている―――もしくはそれをせざるを得ない状況に追い込んで来るはずだ。
それが終われば、間接的であれ直接的であれ、ニコライは絶対に「処理」に来る。
僕はまだ生存しているのだから。
***
「ほらよ」
カルロスから渡されたのは、黒く輝く巨大な銃。僕はそれを突き出されるままに受け取るが、あまりの重量に前のめりによろけた。
持つだけなら片手でも何とか足りるが、構えるとなると両手でもうまく安定しない。
こんな物を使いこなせるのは戦いに慣れた、しかもかなりの才能とそれを活かせるだけの力を持った兵士だけだろう。
「ロケットランチャー・・・?何でこんな凄いもの」
「あいつから渡されたんだよ、多分お前に宛てて」
「あいつって」
「化け物だよ」
「?」
「ほら、あの黒服の」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がドクリと跳ねるのを感じた。
「あの子から!?・・・っとと」
驚くあまり手を滑らせる。床に落ち、倒れかけた砲身を咄嗟に体に引き寄せ、きつく抱きしめた。
「なーにやってんだ」
「いや・・・驚いてさ」
僕の為に、と思っていいのかな。
そう考えた途端、瞬く間に頬が紅潮していく。砲身を更にきつく、せわしなく弾む胸を抑えるように抱きしめた。
「・・・探しに行く」
「あ?」
ロケットランチャーを抱いたままそうぽつりと呟くと、カルロスは訝しげな顔で返してきた。
「あの子を探しに行ってくる」
「な、何言ってんだ!」
「巻き込むといけないから・・・うん、ここからは別々に行動しよう」
「あ、あのな・・・」
「それじゃ!」
突拍子も無い提案を唐突に突き付けられ目を白黒させるカルロスに二の句を告げさせないまま、僕は一人走り出した。
君が何処にいるかは分からない。
ただ分かる事は、僕が進んだ先にはいつも君がいたということ。
追っているのか、追われているのか。
それすらも解らないけど、それでも僕は君の姿を追わずにはいられない。
きっと、追いついてみせるよ。