豆まきガチ勢_その2
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三人はきつねうどんをすすりながら穏やかな午後のひとときを過ごしていた。揚げをかじると口の中でじゅわっと広がる甘いだしの味を噛みしめながら。
しかし、次の葉子の言葉で隠の山下は危うく口からだしを吹き出すところであった。
「今年の鬼役は誰がしましょうか」
鬼役とは、毎年の節分で豆をぶつけられる鬼の役のことである。煉獄家は歴代の炎柱を輩出している古くから続く名家である。その為、鬼を退治する節分の行事は尋常ではない程に気合いが入っている。そんな煉獄家の豆まきに何度か付き合っている山下は節分の鬼役がどれほど過酷なものか知っている。命の危険があるのだ。
「え、せ、節分ですか? もうそんな季節でしたか? へぇ、もう……そんな」
山下の声はうわずっていた。自分の手元を見れば箸を持つ手が小さく震え、思わず左手でぱしりと右手をおさえていた。
「去年は私が鬼役をしたのですよね。千寿郎君、どうだった? 杏寿郎さんも千寿郎君も遠慮してあんまり豆が投げれなかったんじゃないかな?」
「……痛いのは葉子さんも困るでしょうし。本来、節分は無病息災を祈るのであって、鬼退治が主ではありませんし」
わかってんなら君の兄上と父上にも同じ事を言ってほしいよと、山下は口から手が出そうなほどに叫びたかったが我慢をした。千寿郎は悪くは無い。鬼がはびこるこの世の中が悪いのだ。
「そう言えば鬼殺隊の隊服って、丈夫なのですよね?」
箸を置き背筋を伸ばしてかしこまった様子で葉子が山下の方を向いた。その目は何だ。何なのだ。こっち見んな。まさか──
「山下さん。今年の鬼役をお願──」
「ちょぉぉぉっと、待って下さいよ。あの、あれですよ。豆を人にぶつけるというのは倫理的にどうかと思いますよ。俺は。豆だって人にぶつけられる為に畑ですくすく育ったわけじゃないですからね。食べられる為に畑の肉となったわけですよ。そうですよね? 人に向けて投げるのはまずいですよ。そろそろ豆まきのやり方に一石を投じても良いんじゃありませんかね」
山下は必死だった。鬼役にはなりたくない。それに、葉子も鬼役が山下であれば全力で豆まきができるのではと安易に思っていることがわかり恐ろしくもなった。嫁さんは唯一まともな人じゃ無かったのか。どうした。どうしてしまったんだ。煉獄家は揃いも揃って節分に容赦がない。何なんだこの人達。
「まぁ……確かに」
「豆って杏寿郎さん達にぶつけられるとちょっと痛いもんね」
「なら、今年は何か的を作ってそれに当てる……とかはどうでしょう」
山下に光が射した瞬間だった。
・・・
「これは何だ!」
豆の入った升を持ちながら杏寿郎は言った。顔は山下に向いている。杏寿郎の表情はいつもと変わらず朗らかではあったがまるで「なぜ君は鬼をやらないのだ?」と山下を責めているようにも見えた。
「お、鬼役は大変なので今年は的にぶつけようって話になったんですよ。葉子さんと千寿郎君が決めたんですよ。ねー?」
山下はわざと大きな声で、葉子と千寿郎に言った。自分の案ではありませんよと杏寿郎に訴えた。訴えは杏寿郎に届いたのかはわからない。
「鬼に見立てた人形を作ってみました」
「藁を束にして……一週間くらいかかりましたかね」
千寿郎程の背丈の藁でできた人形が棒にくくりつけられており、なぜか白い帽子が被せられている。
「なるほど。この帽子は?」
「鬼の始祖を見た事があるという竈門さんが教えてくれたのです。白い西洋風の帽子を被っていたそうですよ。それを模してみました。どうせなら鬼の根絶を願ってみてはどうでしょうか」
葉子が被せられている帽子の角度を少し整えてやると、杏寿郎の瞳に炎が宿った気がした。
「そうだな。始祖を葬るのが鬼殺隊の永年の願いでもあるわけだからな」
繰り返し心の中で叫んだ。節分は本来は無病息災を願う行事であり、鬼退治が目的ではない。山下は震えた。先日、千寿郎本人がそう言っていたはずだが、当の千寿郎も腕を振り下ろし、豆を投げつける仕草を的に向かってしている。彼も豆をぶつける気が旺盛であった。
鬼殺隊である以上、豆まきは鬼退治と同義語なのだ。
ダメだこりゃ。山下は悟った。この人達には節分とは鬼殺の行事であると。言葉が通じないと改めて思った。しかし、今年は的に当てる手法をとっている為に身体的な苦痛はないはずだ。
ちらりと横にいる杏寿郎を見ると豆を手にし、呼吸を整えていた。呼吸を使い豆を投げる気である。臨戦態勢だった。
「あの、杏寿郎様。炎柱様。呼吸を使ったらダメですって。ヘタすると豆が貫通しますか──」
杏寿郎がふっと息を吐くと同時に藁で作られた人形はぱあんと大きな音を立てて粉々に飛び散った。人の目では追えない信じられない速さで豆を投げたのである。藁の屑が辺りにはらはらと落ち、人形が被っていた帽子は縁側の近くまで飛んでいた。
「お見事です。兄上」
「木っ端微塵ですねっ!」
ぱちぱちと拍手をする千寿郎と葉子に杏寿郎は振り返り微笑んだ。その顔はとても晴れやかであったが、山下は逆に青ざめた。
「いや、あの……これは一体何をしているのです? 節分はどこへ?」
三人は狐につままれたようにきょとんとした顔をしていた。
「豆まきだが?」
「豆まきっていうか、藁人形を粉々にしただけっていうか……あれ? おかしいな。俺がおかしいのかな。節分がよくわからなくなってきましたよ」
「今年も無事に節分が終わって良かったですね」
「あとは年の数だけ豆を食べるのですよね。父上の分もとっておかないと」
葉子と千寿郎は辺りに散った藁を片付ける為に箒を取りに行った。その場には杏寿郎と山下が残された。
「うむ! 今年もなかなか凝った趣向の節分だったな!」
杏寿郎は高らかに笑い、升に入っている豆を何粒か食べた。かりかりと小気味良い音が聞こえている。
「え? え? いろいろと雑じゃありません? 節分って何なんです? これで良いんですか?」
天は澄んだ青空が広がっている。冷たい空気は徐々に梅の咲く季節へと進んでゆく。今日も煉獄家は賑やかであった。