かぐや姫
***
「―――他でもないアナタだから相談するんだけど」
さっきオレにメンチ切ったはずのオカマと、オレはなぜか今、小洒落た喫茶店で向かい合って座っている。
「あ、ごめんなさいね。先に注文ね。おごるわよ」
「……ブレンド」
「すいませーん注文お願いします。ブレンドとカモミールティ。あ、ホットで」
ウェイトレスが去ってから、実渕玲央は再び机の上で組んだ指を口元に当て、この世の終わりのような顔で言った。
「……正直、相談する相手がアナタしかいないっていうのもなんだか絶望しちゃおうかしらって気持ちなんだけど」
「ケンカ売ってんなら帰るぞ」
「まってお願い話だけでもいいから聞いて」
実渕は俯き、はぁ、とため息をついてしばらく間を置いた。
あのあと所用を終え、むしゃくしゃした気分のまま校門をくぐったオレは、待ち構えていたらしい実渕に捕まった。
今日の部活は休養と調整を兼ねて午後までで、原則自主練も禁止のためフリーらしい。少しだけ付き合ってほしいのと真剣な目で言われた時は、オレはまたなんのフラグを立ててしまったんだろうと気が遠くなったが、普段およそ縁のない女子受けしそうな喫茶店の椅子に座った途端、「相談」とやらを持ちかけられた。
「驚かないで聞いてほしいんだけど」
「はぁ」
「征ちゃんに恋人ができたかもしれないの」
「へぇ」
「何よそのどうでもいいみたいな反応は!?」
うるさい声がでかい。ただでさえこんな店に男子高校生2人で連れ立ってるんだからこれ以上目立つ真似すんじゃねぇよ。
「どうでもいいだろうが。オレ関係ねぇし」
「本気で言ってるの!? あの征ちゃんよ!? あの征ちゃんに、こっ、恋人よ!? 他に言うことないの!?」
「おめでとう」
「あああぁっもうっっ!!」
実渕は頭を抱え、机に突っ伏した。
「……まぁ、黛さんはそう言うと思ってたわ…ほんっとデリカシーのない男…」
「人の色恋に顔突っ込んでる方がデリカシーねぇよ」
「相手が征ちゃんでなければね。アタシだってそんな無粋なことしないわよ」
だからお前はあいつのおかんか何かかよ。
「黛さん、心当たりはない? メールとか電話とかで、何かそれらしいこと聞いたりしてない?」
「知るわけないだろ。あいつと連絡取り合うなんて、部活関連以外でしたことねぇよ」
「そうよね…」
「なんでオレに言う」
「なんでって…小太郎に言った瞬間征ちゃんに特攻するのは目に見えてるし、永吉に言ったところで牛丼喰えとしか言わないでしょ。征ちゃんの内情を上っ面じゃなく知っていて、かつ浮ついた気持ちであの子を見てない人物って考えたら、そう多くはないのよ」
こっちだって好きでアナタを選んだわけじゃないわ、と頬杖ついてむくれられる。
「あの子と対等な立場で接することのできる友達なんてキセキの連中くらいだし。洛山にはきっとまだいないわ。それに、気がついたのが部活中だったから、なんとなくバスケ部員に聞いてみてほしかったのよね」
「気がついたって何に」
「見ちゃったのよ。征ちゃんの首に」
実渕が声を潜める。
「………キスマーク」
「……」
「……」
おまたせしましたーとウェイトレスがコーヒーとなんたらティーを運んできた。
テーブルに置き、ごゆっくりどうぞーと去っていく。
赤に白のフチ取りが施された華奢なコーヒーカップから、香ばしい香りが立ちのぼっている。なんたらティーは透明なガラス容器だ。洗うの大変そうだナーと脳が勝手にどうでもいい方向へ思考を飛ばす。
「……へぇ」
「それだけじゃないわ。手首にもそれらしき痕があって」
「……へぇ」
「ねぇこれってどう思う? どう思う? 私悪夢でも見ちゃったのかしら? でもここ数日順調に薄くなっていってるのよ。夢なんかじゃないのよ今日だってガン見しちゃったものアレ絶対そうよアレ絶対アレよ」
実渕は、ああぁぁ…とか細い悲鳴を上げながら両手で顔を覆ってうなだれた。
「……勘違いじゃねぇの。ほらよくあるだろ虫刺されとか」
「私も最初そう思って、征ちゃんに『そこ虫にでも刺されたの?』って聞いたのよ。清水から飛び降りる覚悟でね。そしたら、『いや、噛まれたんだ』って言うのよ」
「……へぇ」
やばい。
めっちゃ変な汗かいてきた。
「それで、『大丈夫?痛くなかった?』って聞いたの。そしたらあの子、なんて言ったと思う?」
「……さぁ」
冷静になれと思ってコーヒーに口をつけたが。
「『少し痛かったけど、少し気持ちよかった』って」
「ぶッッふオ」
思いっきり吹いた。
*
「…………き、気持ちよかったって……征ちゃん、それ」
「すまない、おかしな言い方をしたね。気にしないでくれ」
「…………イヤではなかったのね……?」
「悪い気持ちではなかったということだよ」
「…………そう……」
「あぁ、でも、少し、くすぐったかったな」
赤司征十郎はそう言って面映く微笑み、
「ここがね」
そっと胸に手を当てたという。
オレと実渕は2人してテーブルに撃沈していた。……なんだこれ。なんの拷問だ殺す気か。
「……この際女か男かってのは置いとくわ。あぁでも女だとしたら確実に肉食系の下品な女よね…見つけ出して戸籍抄本から抹殺しなきゃ…」
「……オイやめろ。お前にそこまで口出しする権利はねぇだろ」
「だってあんな目立つ場所にあんな猥褻物わざわざ残してドヤ顔してるようなやつよ!? 自分のエゴバリバリに征ちゃんを所有物扱いして悦に入ってるようなド変態よ!?」
「……。……ぃゃ別にそういうつもりじゃ」
「そんなやつに私たちの征ちゃんがたぶらかされてるなんて、黙って見過ごせるわけないじゃないの!! 許せるわけないじゃないのよおぉぉ!!」
「だからうるせぇってんだよ!!」
デカい男2人狭いテーブルで向かい合って号泣とかどんな修羅場だよマジで勘弁してくれ。
「別に大丈夫だろ。あいつだってバカじゃねぇんだから、もし相手がほんとにド変態だったらそのうち気付くだろうし。…オレらがとやかく言う話じゃねぇよ」
「征ちゃんが恋愛経験豊富に見える? いくら学年首席だろうが、頭の良さとそれは別物よ。むしろ真逆と言ってもいいわ。そんな品性のない相手なんだもの、無垢な征ちゃんが騙されてると考えた方が自然よ」
「お前は赤司に夢見すぎなんだって…」
「きっと征ちゃんこそ悪い夢でも見てるんだわ。そうよ虫に噛まれたんなら私たちがその悪い虫を退治すればいい話じゃない美しい花には悪い虫がたかるものだもの私たちが殺菌駆除して未来永劫全滅させればいいだけの話じゃない」
「落ち着け実渕。あとナチュラルにオレを巻き込むな」
本気で頭痛くなってきた。ため息ついてコーヒーを啜っていると、さっきまで完全に取り乱していた実渕が、それもそうねと同じくひと息ついて、なんたらティーをカップに注ぎ始める。こいつのこういう切り替えの早さは、なんとも女子っぽいなと思う。
「……話は変わるんだけど、黛さん」
なんかこうすげぇ状況的にまずい気がするからさっさとこの場を収めて逃げねぇと、と無表情の下で秘かに考えていると、いつの間にか実渕が、妙に冴え冴えとした表情でオレを見据えていた。
「アナタ最近、征ちゃんと会った?」
「……さっき会ったけど」
「学校以外でよ」
「会ってない」
ウェイトレスがグラスに水を注ぎ直して去っていく。
「……そう。…アナタ引退式も出なかったものね。そういえば小太郎がアナタのバイト先で会ったって話はしてたけど、学校内ではさっぱり見かけなかったものね」
「3年で登校してるやつはもうほとんどいねぇだろ」
「そうよね。来てなかったのよね。だったら征ちゃんとも、さっきはずいぶん久しぶりの再会だったってわけよね。学校でも学校の外でもまったく会ってなかったんだものね、征ちゃんが黛さんの近況なんて知る由もないわよね」
「………」
は……?
「……なんの話だよ」
オイちょっとまて。いきなりなんだ。雲行きが怪しい。なんか精神的に一歩ずつ、崖に追い詰められてる感じがする。
実渕は頬に手を当て、窓の向こうを眺めながら、ふぅ、と物憂げなため息をついた。
「少し前にちょうどね、黛さんの姿を見なくなったけど、元気にしてるのかしらねって話をね、したのよ。征ちゃんに」
琥珀色の液体に口をつけた実渕は、繊細なガラスの器をソーサーにカチャリと戻し、オレを見た。
「そうしたらね。あの子、なんだかすごく嬉しそうに笑って言ったの。『元気だよ。最近は受験疲れで、いねむりが多いけれど』って」
「―――――……」
「その時は練習中だったし時間もなくて聞き流したんだけど…ねぇ黛さん? よく考えたらどうして征ちゃんが」
「実渕それはアレだ。実はオレたち最近ちょいちょいれんらくをとりあっ」
「アナタさっき部活関連以外であの子と連絡取ったことなんかないって言ってたわよね」
「いってねぇよ」
「言ったわよ」
「だとしてもちがう。そういうんじゃなくてだな」
「ねぇ黛さん。もう一つ不思議な話をしてあげましょうか」
凄みのある笑顔に追い込まれ、オレはふと振り返った背後が断崖絶壁なことに気付いた。
「さっき休憩中にアタシ、征ちゃんと一緒に体育館へ戻ったでしょう? 戻る途中でね、気付いたの」
踵が一歩下がり、小石がカラカラと奈落の底へ転がり落ちていく。
「あの子の首筋に、休憩前にはなかった新しい痣が増えていることにね……?」
……あぁこいつ最初からカマかけてやがった。オカマだけに。
お前の首なんざ一瞬で捻り折れるぞゴラと物語る凄惨な笑顔をまとった実渕が、世紀末覇者ばりの音を立てて、バキバキと拳を鳴らした。
「―――他でもないアナタだから相談するんだけど」
さっきオレにメンチ切ったはずのオカマと、オレはなぜか今、小洒落た喫茶店で向かい合って座っている。
「あ、ごめんなさいね。先に注文ね。おごるわよ」
「……ブレンド」
「すいませーん注文お願いします。ブレンドとカモミールティ。あ、ホットで」
ウェイトレスが去ってから、実渕玲央は再び机の上で組んだ指を口元に当て、この世の終わりのような顔で言った。
「……正直、相談する相手がアナタしかいないっていうのもなんだか絶望しちゃおうかしらって気持ちなんだけど」
「ケンカ売ってんなら帰るぞ」
「まってお願い話だけでもいいから聞いて」
実渕は俯き、はぁ、とため息をついてしばらく間を置いた。
あのあと所用を終え、むしゃくしゃした気分のまま校門をくぐったオレは、待ち構えていたらしい実渕に捕まった。
今日の部活は休養と調整を兼ねて午後までで、原則自主練も禁止のためフリーらしい。少しだけ付き合ってほしいのと真剣な目で言われた時は、オレはまたなんのフラグを立ててしまったんだろうと気が遠くなったが、普段およそ縁のない女子受けしそうな喫茶店の椅子に座った途端、「相談」とやらを持ちかけられた。
「驚かないで聞いてほしいんだけど」
「はぁ」
「征ちゃんに恋人ができたかもしれないの」
「へぇ」
「何よそのどうでもいいみたいな反応は!?」
うるさい声がでかい。ただでさえこんな店に男子高校生2人で連れ立ってるんだからこれ以上目立つ真似すんじゃねぇよ。
「どうでもいいだろうが。オレ関係ねぇし」
「本気で言ってるの!? あの征ちゃんよ!? あの征ちゃんに、こっ、恋人よ!? 他に言うことないの!?」
「おめでとう」
「あああぁっもうっっ!!」
実渕は頭を抱え、机に突っ伏した。
「……まぁ、黛さんはそう言うと思ってたわ…ほんっとデリカシーのない男…」
「人の色恋に顔突っ込んでる方がデリカシーねぇよ」
「相手が征ちゃんでなければね。アタシだってそんな無粋なことしないわよ」
だからお前はあいつのおかんか何かかよ。
「黛さん、心当たりはない? メールとか電話とかで、何かそれらしいこと聞いたりしてない?」
「知るわけないだろ。あいつと連絡取り合うなんて、部活関連以外でしたことねぇよ」
「そうよね…」
「なんでオレに言う」
「なんでって…小太郎に言った瞬間征ちゃんに特攻するのは目に見えてるし、永吉に言ったところで牛丼喰えとしか言わないでしょ。征ちゃんの内情を上っ面じゃなく知っていて、かつ浮ついた気持ちであの子を見てない人物って考えたら、そう多くはないのよ」
こっちだって好きでアナタを選んだわけじゃないわ、と頬杖ついてむくれられる。
「あの子と対等な立場で接することのできる友達なんてキセキの連中くらいだし。洛山にはきっとまだいないわ。それに、気がついたのが部活中だったから、なんとなくバスケ部員に聞いてみてほしかったのよね」
「気がついたって何に」
「見ちゃったのよ。征ちゃんの首に」
実渕が声を潜める。
「………キスマーク」
「……」
「……」
おまたせしましたーとウェイトレスがコーヒーとなんたらティーを運んできた。
テーブルに置き、ごゆっくりどうぞーと去っていく。
赤に白のフチ取りが施された華奢なコーヒーカップから、香ばしい香りが立ちのぼっている。なんたらティーは透明なガラス容器だ。洗うの大変そうだナーと脳が勝手にどうでもいい方向へ思考を飛ばす。
「……へぇ」
「それだけじゃないわ。手首にもそれらしき痕があって」
「……へぇ」
「ねぇこれってどう思う? どう思う? 私悪夢でも見ちゃったのかしら? でもここ数日順調に薄くなっていってるのよ。夢なんかじゃないのよ今日だってガン見しちゃったものアレ絶対そうよアレ絶対アレよ」
実渕は、ああぁぁ…とか細い悲鳴を上げながら両手で顔を覆ってうなだれた。
「……勘違いじゃねぇの。ほらよくあるだろ虫刺されとか」
「私も最初そう思って、征ちゃんに『そこ虫にでも刺されたの?』って聞いたのよ。清水から飛び降りる覚悟でね。そしたら、『いや、噛まれたんだ』って言うのよ」
「……へぇ」
やばい。
めっちゃ変な汗かいてきた。
「それで、『大丈夫?痛くなかった?』って聞いたの。そしたらあの子、なんて言ったと思う?」
「……さぁ」
冷静になれと思ってコーヒーに口をつけたが。
「『少し痛かったけど、少し気持ちよかった』って」
「ぶッッふオ」
思いっきり吹いた。
*
「…………き、気持ちよかったって……征ちゃん、それ」
「すまない、おかしな言い方をしたね。気にしないでくれ」
「…………イヤではなかったのね……?」
「悪い気持ちではなかったということだよ」
「…………そう……」
「あぁ、でも、少し、くすぐったかったな」
赤司征十郎はそう言って面映く微笑み、
「ここがね」
そっと胸に手を当てたという。
オレと実渕は2人してテーブルに撃沈していた。……なんだこれ。なんの拷問だ殺す気か。
「……この際女か男かってのは置いとくわ。あぁでも女だとしたら確実に肉食系の下品な女よね…見つけ出して戸籍抄本から抹殺しなきゃ…」
「……オイやめろ。お前にそこまで口出しする権利はねぇだろ」
「だってあんな目立つ場所にあんな猥褻物わざわざ残してドヤ顔してるようなやつよ!? 自分のエゴバリバリに征ちゃんを所有物扱いして悦に入ってるようなド変態よ!?」
「……。……ぃゃ別にそういうつもりじゃ」
「そんなやつに私たちの征ちゃんがたぶらかされてるなんて、黙って見過ごせるわけないじゃないの!! 許せるわけないじゃないのよおぉぉ!!」
「だからうるせぇってんだよ!!」
デカい男2人狭いテーブルで向かい合って号泣とかどんな修羅場だよマジで勘弁してくれ。
「別に大丈夫だろ。あいつだってバカじゃねぇんだから、もし相手がほんとにド変態だったらそのうち気付くだろうし。…オレらがとやかく言う話じゃねぇよ」
「征ちゃんが恋愛経験豊富に見える? いくら学年首席だろうが、頭の良さとそれは別物よ。むしろ真逆と言ってもいいわ。そんな品性のない相手なんだもの、無垢な征ちゃんが騙されてると考えた方が自然よ」
「お前は赤司に夢見すぎなんだって…」
「きっと征ちゃんこそ悪い夢でも見てるんだわ。そうよ虫に噛まれたんなら私たちがその悪い虫を退治すればいい話じゃない美しい花には悪い虫がたかるものだもの私たちが殺菌駆除して未来永劫全滅させればいいだけの話じゃない」
「落ち着け実渕。あとナチュラルにオレを巻き込むな」
本気で頭痛くなってきた。ため息ついてコーヒーを啜っていると、さっきまで完全に取り乱していた実渕が、それもそうねと同じくひと息ついて、なんたらティーをカップに注ぎ始める。こいつのこういう切り替えの早さは、なんとも女子っぽいなと思う。
「……話は変わるんだけど、黛さん」
なんかこうすげぇ状況的にまずい気がするからさっさとこの場を収めて逃げねぇと、と無表情の下で秘かに考えていると、いつの間にか実渕が、妙に冴え冴えとした表情でオレを見据えていた。
「アナタ最近、征ちゃんと会った?」
「……さっき会ったけど」
「学校以外でよ」
「会ってない」
ウェイトレスがグラスに水を注ぎ直して去っていく。
「……そう。…アナタ引退式も出なかったものね。そういえば小太郎がアナタのバイト先で会ったって話はしてたけど、学校内ではさっぱり見かけなかったものね」
「3年で登校してるやつはもうほとんどいねぇだろ」
「そうよね。来てなかったのよね。だったら征ちゃんとも、さっきはずいぶん久しぶりの再会だったってわけよね。学校でも学校の外でもまったく会ってなかったんだものね、征ちゃんが黛さんの近況なんて知る由もないわよね」
「………」
は……?
「……なんの話だよ」
オイちょっとまて。いきなりなんだ。雲行きが怪しい。なんか精神的に一歩ずつ、崖に追い詰められてる感じがする。
実渕は頬に手を当て、窓の向こうを眺めながら、ふぅ、と物憂げなため息をついた。
「少し前にちょうどね、黛さんの姿を見なくなったけど、元気にしてるのかしらねって話をね、したのよ。征ちゃんに」
琥珀色の液体に口をつけた実渕は、繊細なガラスの器をソーサーにカチャリと戻し、オレを見た。
「そうしたらね。あの子、なんだかすごく嬉しそうに笑って言ったの。『元気だよ。最近は受験疲れで、いねむりが多いけれど』って」
「―――――……」
「その時は練習中だったし時間もなくて聞き流したんだけど…ねぇ黛さん? よく考えたらどうして征ちゃんが」
「実渕それはアレだ。実はオレたち最近ちょいちょいれんらくをとりあっ」
「アナタさっき部活関連以外であの子と連絡取ったことなんかないって言ってたわよね」
「いってねぇよ」
「言ったわよ」
「だとしてもちがう。そういうんじゃなくてだな」
「ねぇ黛さん。もう一つ不思議な話をしてあげましょうか」
凄みのある笑顔に追い込まれ、オレはふと振り返った背後が断崖絶壁なことに気付いた。
「さっき休憩中にアタシ、征ちゃんと一緒に体育館へ戻ったでしょう? 戻る途中でね、気付いたの」
踵が一歩下がり、小石がカラカラと奈落の底へ転がり落ちていく。
「あの子の首筋に、休憩前にはなかった新しい痣が増えていることにね……?」
……あぁこいつ最初からカマかけてやがった。オカマだけに。
お前の首なんざ一瞬で捻り折れるぞゴラと物語る凄惨な笑顔をまとった実渕が、世紀末覇者ばりの音を立てて、バキバキと拳を鳴らした。