天帝の傷痕
***
「……黛さん」
「……」
「怒ってますか」
「……」
「怒ってもいいので黙るのはやめて下さい」
「なんで怒ってると思うわけ」
「なんでって」
テーブルの上で箸を握り締めていた赤司が、ここぞとばかりにバンと拳を打ち付けた。
「今までお味噌汁にわかめは入れなかったじゃないですか!」
「………」
そこまで必死になることか? お前ほんとうち来て表情豊かになったよな。その顔未だに赤司サマに夢見てる連中に見せてやりたいわ。
「なんで日本一ポピュラーな味噌汁の具に文句つけてんだよ」
テレビから目を逸らさず、ずず、と件の味噌汁をすする。
「わかめに文句はつけていません。黛さんにつけてるんです」
「オレが食べたいと思ったものを入れて何が悪い」
顔を赤くして、ぐ、とはっきり怯む赤司の表情を視界の端にとらえる。屈辱と怒りを抑え込み、眉根を寄せて瞳を閉じた赤司は、歯を食いしばりながら重々しく息を吐きだした。
「……なんて陰湿、陰険、低劣な」
「……オイ人聞き悪いぞ」
「なんて男らしくない」
「わかめ喰えねぇやつに言われたくねぇよ!」
「わかめは関係ない!」
小さなテーブルを挟んで机上を叩き、睨み合う。
「怒っているなら原因と言い分を伝えてくれればいいだけで遠回しに嫌がらせのような真似をするなんてみっともないと言ってるんですよ」
「誰がみっともないんだよ朝からわかめの味噌汁作っただけでなんでそこまでディスられなきゃなんねぇんだよぶっころすぞ」
「やれるものなら」
「じゃあその前に味噌汁飲めよ。飯残すな」
「お断りします」
「あッ!」
一瞬で自分の器からオレの器に味噌汁を移されて、てめぇ!とキレる間に赤司はそれ以外の食べ終わった食器を持ち、さっさと立ち上がって台所に向かっていた。
うわ可愛くねぇ。なんつー可愛くないクソガキだよ。なんで怒ってんだって、わかってるくせにご丁寧に確認とってくんじゃねぇよ。ほんと可愛くねぇしめんどくせぇな!
何に怒ってるかなんて、昨夜の事案に決まってんだろ。
一緒になんか絶対寝れねぇよと、オレはハッキリキッパリ拒否したはずだ。それをぶっちぎって好き放題に振る舞ったのはお前だろ。そして頭のどこかで予想していた通りの状況に陥った自分の自制心のなさと、それを助長させたお前の軽率さに、オレは心の底から苛立っていた。
まぁしかし、怒りが収まらないからと腹いせにわかめ無断投入したのは正直すげぇカッコ悪いと思ってた。わかめに罪はないよな。悪いなわかめ。
勝手に増やされた味噌汁を引き続き飲んでいるとそれなりにほっこりとしたので、やはり日本の和食は偉大だなとしみじみ思った。
ぼんやりと、ニュースを見ながら味噌汁を飲む。台所から聞こえていた洗い物の音が消え、そのうち赤司も戻ってくるだろうと思っていたが、いつまで経っても動く気配がない。
物音一つしない台所の方向に、さりげなく神経を向けていた。
やがて。
「………黛さん」
行き場のない迷子みたいな声が、心許なげにオレを呼んだ。
「今度学校に来る時は、部にも顔を出してください」
「なんで」
引退したOBが用もなく現役の前に顔を見せることほどウザいものもないだろ。まして誰からも慕われていた主将とかならともかく、公式戦に出たにも関わらず影が薄いままで終わったオレが、「よーやってる?」なんて現れる様を想像するだけでうすら寒い。
「新体制のレギュラー選抜が始まっています」
ちら、と視線をやると、制服姿の赤司が、手を拭くタオルを握ったまま視線を落として突っ立っている。
オレは軽くため息をついて、食べ終わった食器を重ね始めた。
「別に問題ねぇだろ。オレより優秀な選手なら腐るほどいたし」
「そうですね」
真っ当に肯定されるのも面白くないわけだが。
オレがスタメンに収まる冬以前には、当然のことながらPFの枠を勤めていた奴が何人かいたのだ。それはもうエリートという言葉がゲシュタルト崩壊するレベルで、全国レベルの猛者が蟻みたいにうじゃうじゃいた。
「じゃあいいだろ。わざわざオレが顔出さなきゃならねぇ理由があるのかよ」
「ないです。でも、俺が」
食器を流しに突っ込むと、オレは俯くばかりの赤司の手を引いて部屋に戻った。テーブルは挟まず、正面から向き合って、赤司は正座、オレは膝を立てて座り込む。
「オレが?」
「俺が、間違いそうになるんです。貴方がわずかでも関わることには、俺は簡単に平静から逸脱してしまうので……正直それが、煩わしくて仕方なくて」
「間違うって何を」
「いなくなった影を追い求めるあまり現在のあるべき理想形を見失う、なんて、ナンセンスではありませんか」
今の洛山におけるスタメン争いというのは、要するにオレの抜けた穴だ。
赤司と無冠がいる以上、今後1年間奴らのポジションはどう足掻いても不動。年功序列は意味を成さず、強さが全て。それが洛山高校バスケ部の理念だ。反発するものは去年無冠が3人も入ってきた時点で後腐れもなくさっさと辞めていった。残ったのはそれこそ数少ないレギュラー枠の奪取に命を懸けるか、オレのように体力作りの為とかで頑張りすぎない程度に運動部に所属し続けてきた奴かのどっちかだ。
―――赤司が入部してきた時、まずオレが思ったことは、「あぁ今度はPGの座まで失くなったか」という達観だった。
同じ3年でPGだったやつが、受験を理由に何人も辞めていくのを見た。正直今年のメンバーを見て辞めなかった3年は相当根性があると思う。レギュラーに入りたいなんて願望に掠りもしなかったオレでさえ、さすがにこの状況はあり得ねぇだろと率直に思ったものだ。
異常なまでのカリスマ性と高圧的な空気を身に纏い、入部直後の実力戦であっという間に主将の座を勝ち取ったキセキの世代。数ヶ月前まで中坊だったことを示すかのような細身で小さめの体格、不遜な態度に似合わぬお綺麗な童顔…それでも実力は、誰もが目を疑う、ってやつだった。
それまで洛山で天下を誇り、世間ではキセキの世代と比較されがちで、赤司に対し明らかに最初から敵意剥き出しだった無冠の3人は、挑んだ試合で全敗した。
奴らが赤司征十郎に精神的に屈した瞬間、あぁこの部はここから先の3年間、この帝王に従わなければ居場所はない部になっていくのだな、と悟った。
帝王に従う気のなかったオレは、バスケ部を辞めた。
そして今オレは、その帝王と同じ布団で寝て、その帝王に朝食の洗い物なんてことまでさせてしまっているわけだが。
……どこで選択肢を間違ったっけな。
「要するにミスディレクション使えるやつがいなくなったから、選抜に困ってると」
「……どんなに優秀なPFでも、黛さんじゃないならいらない」
そんなこと一人言みたいに言われても反応に困るだろ。
「人員が入れ替われば体制を見直す、強化する。補完し、新たな形に練り直す。バスケのチームだけでなく、組織として当然のことです。潤沢な人材を効率よく活かす為には変化を恐れてはいけない。むしろ常に新しい風を吹き込み、試行錯誤し、可能性を模索していかなければ、組織の存続と成長はあり得ない」
なんで企業改革の基礎理念みたいな話になってるんだ。
「そんなことは改めて口にするのも馬鹿らしいほど理解しているのに、俺は、いやなんです」
「……変わることが?」
「黛さんがいないチームを実感してしまうことが」
「………」
「だから敢えて、すでにもう部員ではない貴方がそばにいる状況で新しい選手を見定めてみれば、何か…吹っ切れるものもあるのではないかと」
赤司は言うまでもなく頭がいい。
が、それゆえに知識や経験のどこにも由来せず、分析も把握もできない感情に見舞われると、わりと簡単に混乱する傾向にある。らしい。まぁそれも、めったにないことではあるのだろうが。
その『めったにないこと』が、どうやらこいつにとっては『黛千尋に関すること』らしく。
だからこそ今黛千尋 はこうやって、明らかにテンパっている天帝サマのお悩み相談室窓口となっているわけで。
正直に言おう。意味がわからない。
「赤司」
「はい」
呆れながらも手のひらを差し出すと、赤司は条件反射のようにそこに手のひらを乗せてきた。今気付いたけどこれ、手出す順番逆だとただのお手だな。
「だからな、お前それ、寂しいだけだって」
手を握りながらこいつが探しあぐねている単純な正解を明示してやると、赤司は伏せていた瞼を持ち上げた。
「お前が寂しいのと、チームを勝利に導くのは、また違う話だろ」
べらべらと話すのが嫌いなオレが赤司といると雄弁になってしまうのは、オレがこいつの感情を代弁してしまうからなんだと、最近気付いた。
「それともオレの代わりに、また新しい影でも見つけるか?」
「……っ」
「違うだろ。チームが勝つために必要なのは次の選手であって、黛千尋 じゃない」
赤司の眉根が切なげにぎゅうと寄った。
「安心しろ。オレがいなくてもお前は勝てる」
握った手がかすかに戦慄く。
それはお前が本当はわかっていて、でも認めたくないと目を逸らしていた真実だ。
お前の強さにオレという存在は関係ない。お前は元々、絶対的な光だ。足元の影がいないと勝てないなんてことはあり得ないんだよ。それだけは間違うな。
「寂しいなら会いに来ればいい。でもそんなことは関係なしに、お前は強い。だから次のチームも勝つ」
「……黛さん」
「勝てる。絶対だ」
こいつの気持ちを代弁しているはずが、覚えのない感情が口からどんどん流れ出して自分でも驚いた。オレ自身、オレたちの主将たる赤司征十郎という人間が絶対的な勝者であることに、こんなにも誇りを持っていたのだとたった今気づかされた。
眉を引き絞った赤司が、根負けしたかのように、すぅとまぶたを伏せる。やがてゆっくりと開かれた瞼の奥、細められた刃のように鋭い赤眼がオレを射抜いた。
「―――勝ちます」
波打つ感情を抑え込む、鋼のような意志の強さでそう告げたのは、オレがよく知る最強の主将、赤司征十郎だった。
「死ぬほど強い鬼チーム作って今度こそ優勝して、オレのこと悔しがらせてみろよ」
そしたら激励にでもなんでも行ってやる。
何よりもその挑発が効いたのだろう。まん丸くなった赤司の猫目がふわりとたわみ、嬉しそうに笑った。
「……黛さん」
「……」
「怒ってますか」
「……」
「怒ってもいいので黙るのはやめて下さい」
「なんで怒ってると思うわけ」
「なんでって」
テーブルの上で箸を握り締めていた赤司が、ここぞとばかりにバンと拳を打ち付けた。
「今までお味噌汁にわかめは入れなかったじゃないですか!」
「………」
そこまで必死になることか? お前ほんとうち来て表情豊かになったよな。その顔未だに赤司サマに夢見てる連中に見せてやりたいわ。
「なんで日本一ポピュラーな味噌汁の具に文句つけてんだよ」
テレビから目を逸らさず、ずず、と件の味噌汁をすする。
「わかめに文句はつけていません。黛さんにつけてるんです」
「オレが食べたいと思ったものを入れて何が悪い」
顔を赤くして、ぐ、とはっきり怯む赤司の表情を視界の端にとらえる。屈辱と怒りを抑え込み、眉根を寄せて瞳を閉じた赤司は、歯を食いしばりながら重々しく息を吐きだした。
「……なんて陰湿、陰険、低劣な」
「……オイ人聞き悪いぞ」
「なんて男らしくない」
「わかめ喰えねぇやつに言われたくねぇよ!」
「わかめは関係ない!」
小さなテーブルを挟んで机上を叩き、睨み合う。
「怒っているなら原因と言い分を伝えてくれればいいだけで遠回しに嫌がらせのような真似をするなんてみっともないと言ってるんですよ」
「誰がみっともないんだよ朝からわかめの味噌汁作っただけでなんでそこまでディスられなきゃなんねぇんだよぶっころすぞ」
「やれるものなら」
「じゃあその前に味噌汁飲めよ。飯残すな」
「お断りします」
「あッ!」
一瞬で自分の器からオレの器に味噌汁を移されて、てめぇ!とキレる間に赤司はそれ以外の食べ終わった食器を持ち、さっさと立ち上がって台所に向かっていた。
うわ可愛くねぇ。なんつー可愛くないクソガキだよ。なんで怒ってんだって、わかってるくせにご丁寧に確認とってくんじゃねぇよ。ほんと可愛くねぇしめんどくせぇな!
何に怒ってるかなんて、昨夜の事案に決まってんだろ。
一緒になんか絶対寝れねぇよと、オレはハッキリキッパリ拒否したはずだ。それをぶっちぎって好き放題に振る舞ったのはお前だろ。そして頭のどこかで予想していた通りの状況に陥った自分の自制心のなさと、それを助長させたお前の軽率さに、オレは心の底から苛立っていた。
まぁしかし、怒りが収まらないからと腹いせにわかめ無断投入したのは正直すげぇカッコ悪いと思ってた。わかめに罪はないよな。悪いなわかめ。
勝手に増やされた味噌汁を引き続き飲んでいるとそれなりにほっこりとしたので、やはり日本の和食は偉大だなとしみじみ思った。
ぼんやりと、ニュースを見ながら味噌汁を飲む。台所から聞こえていた洗い物の音が消え、そのうち赤司も戻ってくるだろうと思っていたが、いつまで経っても動く気配がない。
物音一つしない台所の方向に、さりげなく神経を向けていた。
やがて。
「………黛さん」
行き場のない迷子みたいな声が、心許なげにオレを呼んだ。
「今度学校に来る時は、部にも顔を出してください」
「なんで」
引退したOBが用もなく現役の前に顔を見せることほどウザいものもないだろ。まして誰からも慕われていた主将とかならともかく、公式戦に出たにも関わらず影が薄いままで終わったオレが、「よーやってる?」なんて現れる様を想像するだけでうすら寒い。
「新体制のレギュラー選抜が始まっています」
ちら、と視線をやると、制服姿の赤司が、手を拭くタオルを握ったまま視線を落として突っ立っている。
オレは軽くため息をついて、食べ終わった食器を重ね始めた。
「別に問題ねぇだろ。オレより優秀な選手なら腐るほどいたし」
「そうですね」
真っ当に肯定されるのも面白くないわけだが。
オレがスタメンに収まる冬以前には、当然のことながらPFの枠を勤めていた奴が何人かいたのだ。それはもうエリートという言葉がゲシュタルト崩壊するレベルで、全国レベルの猛者が蟻みたいにうじゃうじゃいた。
「じゃあいいだろ。わざわざオレが顔出さなきゃならねぇ理由があるのかよ」
「ないです。でも、俺が」
食器を流しに突っ込むと、オレは俯くばかりの赤司の手を引いて部屋に戻った。テーブルは挟まず、正面から向き合って、赤司は正座、オレは膝を立てて座り込む。
「オレが?」
「俺が、間違いそうになるんです。貴方がわずかでも関わることには、俺は簡単に平静から逸脱してしまうので……正直それが、煩わしくて仕方なくて」
「間違うって何を」
「いなくなった影を追い求めるあまり現在のあるべき理想形を見失う、なんて、ナンセンスではありませんか」
今の洛山におけるスタメン争いというのは、要するにオレの抜けた穴だ。
赤司と無冠がいる以上、今後1年間奴らのポジションはどう足掻いても不動。年功序列は意味を成さず、強さが全て。それが洛山高校バスケ部の理念だ。反発するものは去年無冠が3人も入ってきた時点で後腐れもなくさっさと辞めていった。残ったのはそれこそ数少ないレギュラー枠の奪取に命を懸けるか、オレのように体力作りの為とかで頑張りすぎない程度に運動部に所属し続けてきた奴かのどっちかだ。
―――赤司が入部してきた時、まずオレが思ったことは、「あぁ今度はPGの座まで失くなったか」という達観だった。
同じ3年でPGだったやつが、受験を理由に何人も辞めていくのを見た。正直今年のメンバーを見て辞めなかった3年は相当根性があると思う。レギュラーに入りたいなんて願望に掠りもしなかったオレでさえ、さすがにこの状況はあり得ねぇだろと率直に思ったものだ。
異常なまでのカリスマ性と高圧的な空気を身に纏い、入部直後の実力戦であっという間に主将の座を勝ち取ったキセキの世代。数ヶ月前まで中坊だったことを示すかのような細身で小さめの体格、不遜な態度に似合わぬお綺麗な童顔…それでも実力は、誰もが目を疑う、ってやつだった。
それまで洛山で天下を誇り、世間ではキセキの世代と比較されがちで、赤司に対し明らかに最初から敵意剥き出しだった無冠の3人は、挑んだ試合で全敗した。
奴らが赤司征十郎に精神的に屈した瞬間、あぁこの部はここから先の3年間、この帝王に従わなければ居場所はない部になっていくのだな、と悟った。
帝王に従う気のなかったオレは、バスケ部を辞めた。
そして今オレは、その帝王と同じ布団で寝て、その帝王に朝食の洗い物なんてことまでさせてしまっているわけだが。
……どこで選択肢を間違ったっけな。
「要するにミスディレクション使えるやつがいなくなったから、選抜に困ってると」
「……どんなに優秀なPFでも、黛さんじゃないならいらない」
そんなこと一人言みたいに言われても反応に困るだろ。
「人員が入れ替われば体制を見直す、強化する。補完し、新たな形に練り直す。バスケのチームだけでなく、組織として当然のことです。潤沢な人材を効率よく活かす為には変化を恐れてはいけない。むしろ常に新しい風を吹き込み、試行錯誤し、可能性を模索していかなければ、組織の存続と成長はあり得ない」
なんで企業改革の基礎理念みたいな話になってるんだ。
「そんなことは改めて口にするのも馬鹿らしいほど理解しているのに、俺は、いやなんです」
「……変わることが?」
「黛さんがいないチームを実感してしまうことが」
「………」
「だから敢えて、すでにもう部員ではない貴方がそばにいる状況で新しい選手を見定めてみれば、何か…吹っ切れるものもあるのではないかと」
赤司は言うまでもなく頭がいい。
が、それゆえに知識や経験のどこにも由来せず、分析も把握もできない感情に見舞われると、わりと簡単に混乱する傾向にある。らしい。まぁそれも、めったにないことではあるのだろうが。
その『めったにないこと』が、どうやらこいつにとっては『黛千尋に関すること』らしく。
だからこそ今
正直に言おう。意味がわからない。
「赤司」
「はい」
呆れながらも手のひらを差し出すと、赤司は条件反射のようにそこに手のひらを乗せてきた。今気付いたけどこれ、手出す順番逆だとただのお手だな。
「だからな、お前それ、寂しいだけだって」
手を握りながらこいつが探しあぐねている単純な正解を明示してやると、赤司は伏せていた瞼を持ち上げた。
「お前が寂しいのと、チームを勝利に導くのは、また違う話だろ」
べらべらと話すのが嫌いなオレが赤司といると雄弁になってしまうのは、オレがこいつの感情を代弁してしまうからなんだと、最近気付いた。
「それともオレの代わりに、また新しい影でも見つけるか?」
「……っ」
「違うだろ。チームが勝つために必要なのは次の選手であって、
赤司の眉根が切なげにぎゅうと寄った。
「安心しろ。オレがいなくてもお前は勝てる」
握った手がかすかに戦慄く。
それはお前が本当はわかっていて、でも認めたくないと目を逸らしていた真実だ。
お前の強さにオレという存在は関係ない。お前は元々、絶対的な光だ。足元の影がいないと勝てないなんてことはあり得ないんだよ。それだけは間違うな。
「寂しいなら会いに来ればいい。でもそんなことは関係なしに、お前は強い。だから次のチームも勝つ」
「……黛さん」
「勝てる。絶対だ」
こいつの気持ちを代弁しているはずが、覚えのない感情が口からどんどん流れ出して自分でも驚いた。オレ自身、オレたちの主将たる赤司征十郎という人間が絶対的な勝者であることに、こんなにも誇りを持っていたのだとたった今気づかされた。
眉を引き絞った赤司が、根負けしたかのように、すぅとまぶたを伏せる。やがてゆっくりと開かれた瞼の奥、細められた刃のように鋭い赤眼がオレを射抜いた。
「―――勝ちます」
波打つ感情を抑え込む、鋼のような意志の強さでそう告げたのは、オレがよく知る最強の主将、赤司征十郎だった。
「死ぬほど強い鬼チーム作って今度こそ優勝して、オレのこと悔しがらせてみろよ」
そしたら激励にでもなんでも行ってやる。
何よりもその挑発が効いたのだろう。まん丸くなった赤司の猫目がふわりとたわみ、嬉しそうに笑った。