迷い込むのはイルカの女王

【童・女・迷・子】

 こんにちは。わたしは吾妻あづま 霧雨むう。小学校一年生、六歳です。
 今、わたしはお家のある風都から電車に乗って「天ノ川学園高校」って所まで来ています。
 なんで、学校でもお家でもないここにいるのかと言うと、今日、学校で「わたしの家族」について作文にするようにって宿題が出たからです。
 いつもならお兄ちゃんもお姉ちゃんもお家にいるのですが、ちょっと前からここに通っているそうです。なので、今日は二人にナイショでここまで来ちゃいました。お兄ちゃんとお姉ちゃんをびっくりさせようって、悪戯心です。
 「高校」と言うのは、わたしが通う「小学校」の次の次に通う「学校」だと、お姉ちゃんが言ってました。でも、学校なのに、出てくる人は誰もランドセルを背負ってません。「高校」に通うようになると、ランドセルを背負わなくなるのでしょうか。
 あと、大人のひと以外は皆おんなじ服を着ています。こう言うの、制服って言うんですよね。幼稚園の時に着てたからしってます。
 それにしても、大きな学校です。わたしの通う小学校よりもずっとずっと大きいと思います。それに、ひともたくさんいます。
 ……そう。大きいんです。大きいので、お兄ちゃんとお姉ちゃんがどこにいるのかわかりません。そもそも、わたしがどこにいるのかも分りません。
「……う?」
 おんなじような場所をぐるぐるしていたせいでしょうか。ここがどこだかわかりません。
 多分……いいえ、間違いなく、わたしは迷子です。わたしは、迷子である事を素直に認めるいい子です。
 …………いや、いい子じゃないから迷子になっちゃったんですが。お兄ちゃんとお姉ちゃんにばれないよう、こっそり遊びにいって作文を書こうと思ったのに、遊びにすら行けないなんて。
 はっ! そもそも、わたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんがどのお部屋にいるのか分らない!!
 廊下の真ん中でどうしようとおろおろしていると、キンコンとチャイムが鳴って、お勉強が終わったらしいお兄さんやお姉さん達がぞろぞろと教室から出てきます。そして、ぼうっとしているわたしを見て、ビックリしたみたいな顔をしています。
――迷子になった時は、人に道を聞きましょう――
 お姉ちゃんに言われているので、わたしはとりあえず近くにいた茶色い髪のお兄さんの服の裾を引っ張ります。なんか、他の人より制服の下に着ている服が派手ですし、風都にいるサンタちゃんと似た「何か」が見えます。
 なのできっと、このお兄さんはこの学校でも物知りさんなのだと思います。ウォッチャマンおじさんみたいなひとがいれば、かんぺきなのですが。
「お兄さん、聞きたいことがあります」
「……おお、いきなりJKジェイクに行ったぞ」
「子供にも分るんだねー、JKの顔の広さ」
「って言うか、チャラさ?」
 茶色い髪のお兄さんは物凄く嫌そうな顔をしていましたが、周りのお兄さんやお姉さんは感心したようにわたしを見て何かを言っています。
 ジェイク、というのがこのお兄さんのお名前なのでしょうか。……外国の人?
「はじめまして。わたし、吾妻霧雨と言います。風都第一小学校の一年二組にかよっています」
「へ、へぇ~。そうなんだぁ……それで、聞きたい事って?」
「あの、わたし学校の宿題で、『わたしの家族』って作文をかかなきゃいけないんです。だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんの所に行きたいんですが、迷っちゃったんです。お兄さんは、わたしのお兄ちゃんとお姉ちゃんの居場所、知りませんか?」
 おじぎをしてから素直に事情を話すと、お兄さんは、それはもう面倒臭いと言いたそうに眉を下げます。
 ……そんなに面倒臭い事を、言ってしまったのでしょうか。
 本当なら先生とか、大人のひとに聞くべきなのですが、大人のひとだと追い出されそうな気がします。大丈夫だったとしても、さわぎになって「こっそり」にはならないです。
「……ダメですか?」
「いやぁ、駄目って訳じゃないけど……ちょぉっと今日は急ぎの用事が……」
 お姉ちゃんが困った時にするのとおんなじ顔をして、お兄さんはチラチラと私の後ろ側の廊下を見ます。まるでそこから、怖い人でもやって来るみたいな顔です。
 急ぎの用事という事は、邪魔をしてはいけないと言う事でしょう。お兄ちゃんも急ぎの用事がある時はとても不機嫌ですし、構ってもらえません。
「わかりました。ごめんなさい。忙しいのに」
「……俺が言うのもアレだけど、物分り良すぎない?」
「う? そうでしょうか」
 服の裾を離して、もう一回おじぎをしたわたしに、お兄さんはさっきとはちょっとちがう「困った顔」をしてわたしに言いました。
 んー……こういうのを、「苦笑い」と言うんでしょうか。
 ぼんやりとそんな風に思っていたところ、わたしの後ろからきびしそうな声が聞こえてきました。
「ちょっとJK! 今日こそ遅れずに来なさいって……」
 ジェイクというのはお兄さんのことのはずなので、たぶんこのきびしい声のお姉さんが、ジェイクさんのいう「急ぎの用事」なんだと思います。
 ジェイクさん、びっくりしてますし。
 振り向いて、わたしは声のお姉さんを見ます。
 お姉ちゃんと同じくらいの長さの髪の毛に、目はパッチリと大きいです。何よりもたくさんの人がいるのに、あのお姉さんの周りはキラキラした空気で溢れています。
 見た目もきれいな人ですが、お姉さんがキラキラしているのは、お姉さんの中に「絶対の自信」があるからだと、わたしでも分ります。
 そのお姉さんは、言葉を途中で切ると、目をジェイクさんからその足元にいるわたしに向けて……そして、ビックリしたように口元を覆いました。
「Oops! 何、その子?」
「風城先輩、ちょうど良いタイミング! いやぁ、何か兄弟捜してるらしいんすけど、迷子みたいなんっすよね~」
「迷子?」
「吾妻霧雨です。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げて、わたしは「かざしろせんぱい」と呼ばれたお姉さんにご挨拶します。
 そんなわたしに、お姉さんはしゃがんでわたしと顔を合わせると、するりとわたしの髪の毛を撫でてご挨拶を返してくれました。
「そ。私は『かざしろみう』……『風の城に美しい羽』と書いて、風城美羽よ」
 そう言うと、美羽お姉さんはふふ、と小さく笑います。
「迷子の案内なら、仕方ないわね。これも学園の平和の為、仮面ライダー部の活動と言えるもの」
 仮面ライダー部? 何でしょうか? 何かの集まりなのでしょうか?
 その集まりに遅刻しそうだったから、ジェイクお兄さんは急いでいたんでしょうか。で、美羽お姉さんは、ジェイクお兄さんが遅いから迎えに来たと。
 なんとなく分った私の上で、ジェイクお兄さんはひょいと肩をすくめると、美羽お姉さんに向って言いました。
「ただ案内するにも、俺の情報網に『吾妻』って苗字はいないんっすよ。それで、困っちゃって」
「吾妻? ……そうねぇ、珍しい苗字って訳でもないけれど、ありふれている訳でもないし……」
 ……あう。
 そうか。ジェイクお兄さん、勘違いしちゃったんですね。
 わたしがただ、「お兄ちゃん」とか「お姉ちゃん」って言ったから。
「あのあのっ!」
「何かしら?」
「お兄ちゃん達とわたしの苗字、ちがうんです」
「え? それって……」
 美羽お姉さんのスカートの裾を軽く引っ張って言うと、お姉さん達はちょっとだけ考えて……でも、すぐになにか思い当たったのか、はっとしたような顔をして眉を八の字に下げました。
 ……なんか、今にも「かわいそう」って言いそうな感じがします。
「ご両親が離婚して、この子だけ母親だか父親だかに引き取られたってトコっすかね?」
「恐らく、そうでしょうね」
 リコン?
 それが何なのか分りませんが、たぶん、勘違いしているみたいです。わたしにはお父さんもお母さんもいません。
「あ、あうぅ、ちがうんです。あの、あの、わたしのお父さんとお母さん、亡くなっていて……」
「Oops! まさか、兄妹別の家に養子に出されたの!?」
「それでお兄さんとお姉さんを探しに来たとか? 凄い行動力」
 わたしがぜんぶ言うよりも先に、美羽お姉さんとジェイクお兄さん、それに周りで聞いていたお兄さんやお姉さん達が、なぜか余計に「かわいそう」とか「がんばれ」と言いたそうな顔になっていきます。
 でも、やっぱり勘違いです。さっきも言ったとおり、わたしのお父さんとお母さんは亡くなっています。そして「しんせき」というものがいないわたしを引き取ってくれたのが、お兄ちゃんとお姉ちゃんなんです。
 えーっと、お兄ちゃん達みたいなひとの事を、「こうけんにん」というのだと、お姉ちゃんが言っていました。
 でも、それを言わせてはくれないみたいです。
 なんだかよくわかりませんが、いつの間にか美羽お姉さんはわたしの手を引き、ジェイクお兄さんはいろんなひとに話をきいているみたいです。
「安心なさい。私達が、ちゃぁんとあなたのお兄さん達を見つけてあげるから」
 にっこりと、とてもきれいに笑われてしまって。
 これ以上はきっと、何を言っても勘違いされそうな気がしたので、わたしは黙って美羽お姉さんに付いていくことにしました。
 それにしても、とても広い学校です。
 校舎が何個もあるし、校庭も広いです。運動会のかけっことか、凄く疲れそうな気がします。
 体育館も広いし、その近くにある室内プールも広いです。わたしの学校ではプールは校舎の外にあって、しかも夏しか入れないので、とてもうらやましいです。
 ぺったりと、プールを見下ろせる窓ガラスに張り付いてしまったわたしに、美羽お姉さんはちょっと困ったような顔をして、わたしの顔を覗き込みます。
「室内プールが、そんなに珍しいかしら?」
「はい。……夏じゃなくても入れるなんて、いいなぁ」
 お兄ちゃん達を探している迷子なのに、ついついプールにみとれてしまいます。
 いいなぁ、楽しそうだなぁ。でも、水着を持ってきてないから泳げないし……
 そんな風に思っていると、プールにいたお姉さんのひとりと、バッチリ目が合いました。
「……う?」
 あれ、なんだろう? 睨まれた?
 目が合ったお姉さんは、最初だけ少し不思議そうな顔をしていたのですが……なんでなのか、ちょっとしてからギロリとこっちを睨んできました。
 うぅ、あのお姉さん、わたしみたいな子供が嫌いなんでしょうか。それとも、目が悪くて睨んでいるように見えただけ?
 くき、と首をかしげながら、わたしはプールを見るのをやめて、美羽お姉さんのあとをついていきました。

「見つからないわねぇ」
「はい……」
 あれからも色んなところをみたのですが、結局お兄ちゃんもお姉ちゃんも見つけられず。疲れてしまったわたしは、美羽お姉さんに連れられて「カフェテリア」という場所でオレンジジュースを飲んでいました。
 ちなみに、美羽お姉さんは紅茶を、お砂糖なしで飲んでいます。
 ……苦くないのかなぁ……
 そんな風に思って美羽お姉さんを見ていると、お姉さんは何かを思い出したようにああ、と小さく声を出して……
「そう言えば、あなたのお兄さんとお姉さんの名前を聞いていなかったわね」
 おお。これは勘違いを正すチャンスです。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんが「こうけんにん」であることを説明しないと。
 ストローから口をはなして、わたしはお姉さんにお兄ちゃん達のことを言おうとした……のですが。
 いきなりわたし達の間に入るようにして、金色のポンポンを持った、赤いフリフリスカートのお姉さんが、ポンポンで自分の顔を隠しながら、美羽お姉さんにむかっておずおずと声をかけました。
「か、風城さん。お話中のところ、ほ、本当にごめんなさい」
「あら、けいじゃない。どうかしたの?」
 美羽お姉さんの知り合いらしいです。けい、と呼ばれたお姉さんは、相変わらずポンポンで顔を隠しながら、もじもじ、おろおろとお話を続けます。
「う、うん……あのね、風城さん、天高のクイーンでしょ? ……チア部の部室に、あなた宛のファンレターが届いていて……取りに来て、くれないかな?」
「Oops。そう言うのは直接渡しに来ればいいのに」
「でも、最近風城さん、捕まらないから……ファンの子も、会えなくてがっかりしてるみたい」
「……わかったわ。後で取りに行く」
 溜息と一緒に、美羽お姉さんはそう言います。たぶん、美羽お姉さんはあまりその「ふぁんれたー」というのを欲しくないのかもしれません。ちょっと疲れているみたいです。
 その一方で、ポンポンで顔を隠しているお姉さんはと言うと、ちょっと困っている……ように見せかけて楽しんでいるみたいに見えます。
 でも……お顔が隠れてはっきり見えないので、ひょっとするとわたしの勘違いかもしれません。うーん、どっちだろう? ちゃんと見えないからよく分かりません。
「うん。ごめんなさい、迷惑をかけて」
「……あなたがかけている訳じゃないでしょうに」
 美羽お姉さんの方は明らかに苦笑いをしてお姉さんに言います。そして言われたお姉さんも、ポンポンの向こうで苦笑いを返しているみたいです。
 それでもやっぱり楽しそうに見えるのは、どうしてなんでしょう? ちょっと不思議なお姉さんです。
 きょとんと、けいお姉さんを見上げていると、お姉さんとおんなじ格好をした別のお姉さんがやってきて、こちらに向かって声をかけました。
孤桜こおう先輩、小道具の確認お願いしまーす」
「あ、は、はい。今行きます」
 呼ばれたのはけいお姉さんらしいです。お姉さんはこくりと首を縦に振ると、それじゃ、と言って、呼んできたお姉さんの後を追いかけてしまいました。
「……今のお姉さん、お友達ですか?」
「今のは孤桜京って言ってね。クラスメートであり、チア部で一緒だった子でもあるの。あの子、ダンスは上手なのに、極度の恥ずかしがり屋なのが玉に瑕。……友達、と呼ぶにはちょっと距離があるのよね、あの子。一年留年しているからっていうのもあるけど」
 「チア部」とか「りゅーねん」っていうのがなんなのか分りませんが、少なくとも「よく知っている知り合い」という事のようです。
 クラスが同じなら、お友達だと思うんですが……高校に入ると違うんでしょうか? うぅ、難しいです。
「まあ良いわ。そろそろまた探しに行きましょう」
 わたしの手元のオレンジジュースが空っぽになったのを見て、美羽お姉さんはそう言ってわたしの手を引いてくれました。
 …………でも、なにか大事なことを忘れているような気がします。
 んー、んー……
 …………あうぅ。思い出せません。
「……そういえば、美羽お姉さんはこの学校の『クイーン』なんですか?」
 何を言おうとしていたのか、ちょっと思い出せないので。わたしはさっき聞いた言葉から、引っかかった単語の意味を聞いてみます。
 学校の女王様ということは、本当はとっても忙しいと思うのですが……
「ええ、そうよ。それがどうかした?」
「いいえ。最初に見たとき、お姉さんの周りにキラキラした気配が見えたから、納得したんです。でも……忙しいのに、ごめんなさい」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。それに、あなたみたいな子供は気を使わなくて良いの……」
 「良いのよ」、とでも言おうとしていたのでしょうか。ですが美羽お姉さんは、それまでのきれいな顔をきびしい物に変えると、わたしを背中に隠すようにして立ち止まりました。
 ……こういう風に誰かがわたしの前に立つ時は、大体よくないことが起こるときです。
「……う?」
 美羽お姉さん越しに覗くと、前にはどこか暗い顔をしたお姉さんが立っていました。
 ……あのひとは、さっきプールで睨んできたお姉さんでしょうか。あのお姉さんに似ているような、やっぱりちょっと違うような……?
 だけど、なんだかおかしいです。お姉さんの周りを、黒いモヤモヤがとりまいていて、その中にお星様みたいな光がいくつかチカチカしています。
『恨めしい』
 ぼそっとお姉さんが呟いた言葉は、なんだか凄く怖い感じがして。思わずわたしは美羽お姉さんの制服の裾をつかんでしまいます。
 あんな顔をしたひとを、わたしは風都で何回か見ています。
 ちょうど、ドーパントって呼ばれるひとたちが、メモリのスイッチをいれるとあんな感じの顔になります。
 それに、声も……なんだかおかしいです。モヤモヤしていて、変な感じ。
『どうして、貴女みたいな人が……』
 美羽お姉さんに向ってそう言っているのか、それとも自分に言い聞かせているのかはわかりません。でも、あのお姉さんからは、なにか凄く……物凄く、嫌な感じがします。
 ゾクゾクして、早くここから離れなきゃいけないと思ったのと、そのお姉さんがこっちに向って手を伸ばしたのは同じくらいでした。
 お姉さんの周りでチカチカしていた「星」が、伸ばした手の方へ光を集めて……
「っ! 霧雨、こっちよ!」
「う?」
 その光が、破裂する直前、美羽お姉さんがわたしの腕を引っ張って、全力疾走して逃げます。
 その直後に今までわたし達がいた場所を、お姉さんの手からあふれた水が、ドバドバと渦を巻いて辺りの土とか草とかを巻き込んでしまいました。
「まずいわね。こんな所でゾディアーツと……」
 何と言うか、ピンチの時のお姉ちゃんと同じような顔をして、美羽お姉さんはボソリと何かを言っています。
 その間にも、暗いお姉さんは掌をこっちに向けて、なんどもなんども水をかけてきます。
『クイーンだなんて認めない! 貴女のような女が、この学園のトップであるなどと!』
 行ったり来たりしている内に、いつの間にかわたし達の周りが水に囲まれていて。その水の上を、暗い空気をまとっているお姉さんがゆっくりと歩いてきます。
 そしてその手が、またこっちに向けられたその時。
 なにか大きな……黄色いロボットみたいなのが走ってきたかと思うと、わたし達を捕まえてぴょーんとお姉さんの上を跳び越しました。
 あんまりにもいきなりだったので、わたしはきょとんとその黄色いロボットを見上げます。
 美羽お姉さんはそのロボットのことを知っているらしく、ちょっとほっとしたみたいな顔をしています。
「隼!」
「美羽、その子を連れて早く逃げろ!」
「……分ったわ」
 中に誰かのっているんでしょうか。ロボットから男の人の声が聞こえたかと思うと、美羽お姉さんは思い切りわたしを引っ張って学校の中へ入っていきます。
 後ろの方では、水を「呼んだ」お姉さんの暗い声と、ゴゴゴゴゴって感じの音が響いて……チラッと後ろを振り返ると、水がうねうねしながらこっちを追いかけてきています。しかもその中にあのお姉さんがいますから、たぶんさっきのロボットの脇をすり抜けたんだと思います。
 ……ロボットは機械なので、お水に弱いんです、たぶん。
 そんな風に思っていると、いきなり横の教室の扉が開きました。そこから顔を覗かせているのは、髪の長い元気そうなお姉さんと、さっき会ったジェイクお兄さんです。
「風城先輩、こっち!」
「急いで!」
「ユウキ、JK!」
 二人の姿を確認した美羽お姉さんが、その教室に入って扉を閉め、後の二人が空けられないようにぎゅう、とその扉を押さえ込みます。
 わたし達を追ってきた水は扉にぶつかって床にべしゃっと散らばり、お姉さんの方は扉を開けようとしているのか、ガタガタと扉を揺らしながら、外で怖い声をあげています。
『逃がさない。お前をクイーンの座から引き摺り下ろすまでは!』
 扉越しでもじゅうぶん聞こえる大声で怒鳴るお姉さん。
 ……なんか、よっぽど美羽お姉さんが「クイーン」であることを嫌がっているみたいですけど……
 うーん、と考えていると、美羽お姉さんはチラッと横にあった細長いロッカーに手をかけました。
「賢吾君に叱られそうだけど、今はそんな事を言ってる場合じゃないわね」
 そう言うと、美羽お姉さんはバタンとそれを開けました。
 ただのロッカーに見えたのに、その中はどう言うわけか真っ白い通路になっています。
「手を離しちゃ駄目。良い?」
「……ん」
 きゅっと手を握られて、美羽お姉さんとわたし、ユウキお姉さん、そしてジェイクお兄さんの順でその通路に入ってその先を進みます。
 ロッカーの扉をジェイクお兄さんが閉めた時点で、なんだかこの通路は「普通じゃない」感じになりました。
 なんでしょう。どんどん魔力が濃くなっていくような……満月の夜に近い感じがします。
 ある程度まで歩くと、「D」みたいな形の扉があって、美羽お姉さんはそれに軽く手を当てます。すると、プシュッと空気が抜けるような音がして……
「さ、着いたわ」
 開いた扉の向こうは、何だか広い場所でした。
 真ん中にテーブルがドンと置いてあって、壁際にはたくさんの機械。
 入ってからくるりと振り返ると、ロケットに顔を描いたような感じの絵と、「つかむぜ、宇宙!! 仮面ライダー部」と書いてある白い旗が上の方にかざってあります。
 他にもいろんな物が置いてあって、なんだかちょっとワクワクします。
 少し向こうには窓みたいになっていますが、なんだか向こうが暗い……を通り越して黒いので、ひょっとすると窓じゃないのかも知れません。
 美羽お姉さんに案内されるまま、真ん中のテーブルまで来て……もう一回、ぐるりと中を見回します。
「おお。秘密基地ですねっ!」
 わたしがそう言うと、ユウキお姉さんが、楽しそうな顔で、ちっちと人指し指を横に振りました。
「ここ、ただの秘密基地じゃないんだよぉ」
「う?」
 ただの秘密基地じゃない? どう言う事でしょう?
 分らなくて、くき、と首を傾げると、ユウキお姉さんは、ぱっと両手を広げて言いました。
「ここは月面基地、ラビットハッチ。……ようこそ、宇宙へ!」
 って。
1/5ページ
スキ