校医代行は薄紅の蜉蝣
【星・喰・之・牙】
視線を如月と朔田の方に向ければ、「牙」の扱いに慣れたらしい二人が、カエルムの体……もといその身を覆うコズミックエナジーをじわじわと、しかし確実に削り取っていた。
その様子はまるで、刻刀で木を削っているかのようだ。
「彫刻具」という、本来ならば削る側の物品をモチーフにした相手が削られる側に回っているというのも、皮肉な話だ。
『そんな! こんなのって! 信じない! 信じないぞ!』
なすすべなく削られるだけのカエルムからは、今にも泣きだしそうな声の叫びが響く。
恐らくカエルムの「本体」である人間は、唐突にその力を手に入れたはずだ。何の苦労もなく大きな力を手に入れた場合、大抵の人間は万能感を覚え、その力に溺れる傾向にある。カエルムもその傾向通り、その力に溺れ、万能なのだと思い込んだだろう。
それが今、削り取られている。その事実を目の当たりにしても、すぐに信じられるものではない。
人間は、信じたいものだけを信じるものだ。最初から自分に不都合な状況を想定して対策を取る者などそうはいない。
『折角手に入った力なのに! 邪魔なあいつらを排除して、僕が最高の芸術家になれるための力なのに! こんな、芸術とも呼べない野蛮な力の前に破壊されるなんて、あっちゃいけないのに!』
悲痛さすら感じられる声でカエルムが叫ぶ。
だがその内容は身勝手そのものとしか言いようがない。
「自分の実力じゃねえ方法で勝ったって、その後は空しくなるだけだぜ!」
「仮にそれで称賛を得たとしても、一つ嘘をつけばその後もまた嘘をつき続ける必要が出てくる。そしてそれは、いずれ綻びが生じて取り返しがつかなくなる」
カエルムの叫びに、如月と朔田が言葉を返す。常に自分の全力の実力を見せつけている如月と、嘘をつき続ける難しさを知る朔田の二人だからこそ、言える言葉だ。
実力で勝つことが敵わないなら、自身の上位者を排除する。そんなものは仮初の優位に過ぎず、いずれまた真の実力者に敗北する。そうなったら、またカエルムはその「実力者」を排除する方法をとるだろう。
どこかで自分の過ちに気付いて正さなければ、その堂々巡りだ。
そして彼を諭し、正すチャンスは今しかない。
「これで決めるぜ!」
『Fang』
『Limit Break』
カエルムと対峙する如月がベルトに差し込んだファングスイッチを押す。
直後、どこからか笛の音に似た音が鳴り、ファングスイッチから膨大なの量のエネルギーが噴出し、周囲を夜と錯覚するほどの闇へと変える。
同時に如月の肩に浮いていた金の「牙」は右足に、朔田の肩に浮いていた黒の「牙」は右腕にスライドし、そこへ闇となったエネルギーが収束していくのが見て取れた。
二人とも「それ」が必殺技と言えるものになると理解しているのだろう。攻撃を放つための「溜め」の動作を取って宣言した。
「スターライトヘルクラッシュ」
先に動いたのは朔田だ。
彼はカエルムの眼前に駆けたかと思うと、直後高速の拳の連打を相手の前面に叩き込んだ。
先程の「牙」を纏う拳の連打だからだろうか、カエルムから徐々に本来の「生徒の姿」の割合が増え始める。
その間に如月は高く飛んだかと思うと、空中で蹴りの体勢を整え……
「ライダーコズミックムーンブレイク!」
連撃でもはや立っているだけの状態のカエルムに向かい、如月は「牙」が付いた右足を向け、その蹴りを放つ。
如月の右足から生える、「牙」から転じた「蝙蝠の羽」のようなものが、残りわずかだった「カエルム」の鎧に当たり、それを削り取る。
それが決め手となったのか、カエルムは「カエルムとしての断末魔」を上げる暇もなく「本来の姿」に戻された。同時に周囲の闇は完全に晴れ、元の明るい真昼の空へを戻る。
コズミックエナジーを削り取られたスイッチの末路なのか、あるいはファングスイッチの特性なのかはわからないが、「彼」の手の中にあったスイッチがガラスのようなものへと変質し、砕け散った。
同時に、「一回限りの力」というポーンの言葉通り、如月のベルトに挿さっていたファングスイッチが溶けるように粒子化し、消えてしまう。
見た限り、常用するには使用するエネルギー量が多すぎた。スイッチ自体がそのエネルギー量に耐え切れずに自壊したと考えるのが妥当だろう。
俺が作ろうと思っても、恐らく同じ出力のものは創りだせないし、仮に作れたとしても使い切りになるようではエネルギーと作成時間の無駄だ。そしてそれを解決する方法を模索するのに時間を割くくらいなら、他のスイッチを作る方が良い。
そんな風に考えていると、少し離れた位置からポーンの声が響いた。
「生徒間の揉め事は終わったようだぞ。それで? 貴様が回収を望んだスイッチも存在しない。貴様が加担すべき存在も敗北した。貴様がこの場に残る意味はあるのか?」
今までレオの足止めをしてくれていたのだろう。ポーンの周囲には抉れた地面や、何かの欠片が小さな山を作っている。
普段のポーンの見た目からは想像できないが、あのレオとやりあえていたと考えれば、やはり彼自身の戦闘能力は俺達が思うよりもはるかに高いのだろう。
『チイ、仕方あるまい。だが、ただで退くと思うな』
レオは忌々し気に舌打ちを一つ鳴らすと同時に、足止め目的と思しき奴のダスタードを二体出現させてこの場を離れた。
追って行って奴の正体につながる情報を欲しいところだが、奴が生み出すダスタードは、他のホロスコープスが生み出すそれより強力だ。
普段のダスタードと異なり、紅白の獅子のような鬣があることが特徴だ。そして何より、こいつらは一体だけで出現することはない。少なくとも紅白のペアを一組以上で出現させている。
「先生! 加勢するぜ!」
「いらん。奴やそれが生んだものならば、それは現状、お前達生徒が手を出す状況ではないし、そもそもこの相手ならば遠慮する必要はないからな。瞬で終わる」
奴らの力を知る如月がポーンに声をかけた。だが、彼は首を横に振ってそれを拒むと、ちらりとダスタードを一瞥して呟いた。
「置き土産としてこの程度の相手で済ませるとは、随分と馬鹿にされたものだ。だが、これもエネルギーの一種だ。喰ってみるのも悪くはない」
その言葉が聞こえた直後、ポーンの両肩から先ほど如月達が操っていたものによく似た一対の「牙」が現れる。
如月達が使用していた「牙」はエネルギーでできたものだったが、今ポーンが見せているそれは、恐らく彼の体の一部なのだろう。彼の体の動きに応じて、その「牙」も動いている。
その「牙」に行けと命ずるかのように、ポーンがダスタードへ人差し指を突き出した一瞬後、その「牙」は相手の肩に一本ずつ突き刺さり……
「え?」
疑惑と恐怖の混ざったその声は誰のものだったのだろうか。
ダスタードの体が徐々に、そして文字通り色を失い、透明になっていくその様は、あまりにも現実味がなさ過ぎた。
ポーンの牙が、その「色」を……もとい、「色を構成しているエネルギー」を吸い上げ、彼に与えているのだと気付いた時には、既にダスタードは完全に色を失い、そして細かい粒子状の何かへ変貌して崩れた後だった。
彼の言葉通り、本当に一瞬で全てが終わった。レオに使わなかったこと、そして「遠慮する必要」と言っていたことを考えると、もしかするとこの「牙」による攻撃は人に対して使用してはならないものだったのかもしれない。
「やはりと言うか、小腹を満たす程度だな。珍味だが、俺達の糧になりそうにない。残滓も、普段見る形とは異なり粒子状なのは、元が星屑のエネルギーで構成されているからか」
気が付けば怪人の姿から、俺達が知る人間の姿に戻っていたポーンが、親指で軽く唇を拭いながら呟きを落とす。
そのしぐさで俺は、牙を突き刺す前に言っていた「喰ってみる」という言葉を思い出した。
まさか言葉の通り、ダスタードのコズミックエナジーを喰ったのか!?
驚く俺……いや、俺達とは対照的に、ポーンは普段通り何を考えているのかわからない表情で俺に視線を向け……
「なるほど、道理で安定せん訳だ」
俺に聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさで呟いたかと思うと、パンパンと二回拍手をして空気を換えた。
「厄介事も終わったようではあるし、俺の試作品の成果も確認した。その愚者のケアに関しては慣れているらしき貴様らに任せる。保健室の鍵は開けておいてやるから好きに使え。俺は所用がある」
それだけ言うと、口の端に意地の悪そうな笑みを浮かべてこの場を後にしたのだった。
視線を如月と朔田の方に向ければ、「牙」の扱いに慣れたらしい二人が、カエルムの体……もといその身を覆うコズミックエナジーをじわじわと、しかし確実に削り取っていた。
その様子はまるで、刻刀で木を削っているかのようだ。
「彫刻具」という、本来ならば削る側の物品をモチーフにした相手が削られる側に回っているというのも、皮肉な話だ。
『そんな! こんなのって! 信じない! 信じないぞ!』
なすすべなく削られるだけのカエルムからは、今にも泣きだしそうな声の叫びが響く。
恐らくカエルムの「本体」である人間は、唐突にその力を手に入れたはずだ。何の苦労もなく大きな力を手に入れた場合、大抵の人間は万能感を覚え、その力に溺れる傾向にある。カエルムもその傾向通り、その力に溺れ、万能なのだと思い込んだだろう。
それが今、削り取られている。その事実を目の当たりにしても、すぐに信じられるものではない。
人間は、信じたいものだけを信じるものだ。最初から自分に不都合な状況を想定して対策を取る者などそうはいない。
『折角手に入った力なのに! 邪魔なあいつらを排除して、僕が最高の芸術家になれるための力なのに! こんな、芸術とも呼べない野蛮な力の前に破壊されるなんて、あっちゃいけないのに!』
悲痛さすら感じられる声でカエルムが叫ぶ。
だがその内容は身勝手そのものとしか言いようがない。
「自分の実力じゃねえ方法で勝ったって、その後は空しくなるだけだぜ!」
「仮にそれで称賛を得たとしても、一つ嘘をつけばその後もまた嘘をつき続ける必要が出てくる。そしてそれは、いずれ綻びが生じて取り返しがつかなくなる」
カエルムの叫びに、如月と朔田が言葉を返す。常に自分の全力の実力を見せつけている如月と、嘘をつき続ける難しさを知る朔田の二人だからこそ、言える言葉だ。
実力で勝つことが敵わないなら、自身の上位者を排除する。そんなものは仮初の優位に過ぎず、いずれまた真の実力者に敗北する。そうなったら、またカエルムはその「実力者」を排除する方法をとるだろう。
どこかで自分の過ちに気付いて正さなければ、その堂々巡りだ。
そして彼を諭し、正すチャンスは今しかない。
「これで決めるぜ!」
『Fang』
『Limit Break』
カエルムと対峙する如月がベルトに差し込んだファングスイッチを押す。
直後、どこからか笛の音に似た音が鳴り、ファングスイッチから膨大なの量のエネルギーが噴出し、周囲を夜と錯覚するほどの闇へと変える。
同時に如月の肩に浮いていた金の「牙」は右足に、朔田の肩に浮いていた黒の「牙」は右腕にスライドし、そこへ闇となったエネルギーが収束していくのが見て取れた。
二人とも「それ」が必殺技と言えるものになると理解しているのだろう。攻撃を放つための「溜め」の動作を取って宣言した。
「スターライトヘルクラッシュ」
先に動いたのは朔田だ。
彼はカエルムの眼前に駆けたかと思うと、直後高速の拳の連打を相手の前面に叩き込んだ。
先程の「牙」を纏う拳の連打だからだろうか、カエルムから徐々に本来の「生徒の姿」の割合が増え始める。
その間に如月は高く飛んだかと思うと、空中で蹴りの体勢を整え……
「ライダーコズミックムーンブレイク!」
連撃でもはや立っているだけの状態のカエルムに向かい、如月は「牙」が付いた右足を向け、その蹴りを放つ。
如月の右足から生える、「牙」から転じた「蝙蝠の羽」のようなものが、残りわずかだった「カエルム」の鎧に当たり、それを削り取る。
それが決め手となったのか、カエルムは「カエルムとしての断末魔」を上げる暇もなく「本来の姿」に戻された。同時に周囲の闇は完全に晴れ、元の明るい真昼の空へを戻る。
コズミックエナジーを削り取られたスイッチの末路なのか、あるいはファングスイッチの特性なのかはわからないが、「彼」の手の中にあったスイッチがガラスのようなものへと変質し、砕け散った。
同時に、「一回限りの力」というポーンの言葉通り、如月のベルトに挿さっていたファングスイッチが溶けるように粒子化し、消えてしまう。
見た限り、常用するには使用するエネルギー量が多すぎた。スイッチ自体がそのエネルギー量に耐え切れずに自壊したと考えるのが妥当だろう。
俺が作ろうと思っても、恐らく同じ出力のものは創りだせないし、仮に作れたとしても使い切りになるようではエネルギーと作成時間の無駄だ。そしてそれを解決する方法を模索するのに時間を割くくらいなら、他のスイッチを作る方が良い。
そんな風に考えていると、少し離れた位置からポーンの声が響いた。
「生徒間の揉め事は終わったようだぞ。それで? 貴様が回収を望んだスイッチも存在しない。貴様が加担すべき存在も敗北した。貴様がこの場に残る意味はあるのか?」
今までレオの足止めをしてくれていたのだろう。ポーンの周囲には抉れた地面や、何かの欠片が小さな山を作っている。
普段のポーンの見た目からは想像できないが、あのレオとやりあえていたと考えれば、やはり彼自身の戦闘能力は俺達が思うよりもはるかに高いのだろう。
『チイ、仕方あるまい。だが、ただで退くと思うな』
レオは忌々し気に舌打ちを一つ鳴らすと同時に、足止め目的と思しき奴のダスタードを二体出現させてこの場を離れた。
追って行って奴の正体につながる情報を欲しいところだが、奴が生み出すダスタードは、他のホロスコープスが生み出すそれより強力だ。
普段のダスタードと異なり、紅白の獅子のような鬣があることが特徴だ。そして何より、こいつらは一体だけで出現することはない。少なくとも紅白のペアを一組以上で出現させている。
「先生! 加勢するぜ!」
「いらん。奴やそれが生んだものならば、それは現状、お前達生徒が手を出す状況ではないし、そもそもこの相手ならば遠慮する必要はないからな。瞬で終わる」
奴らの力を知る如月がポーンに声をかけた。だが、彼は首を横に振ってそれを拒むと、ちらりとダスタードを一瞥して呟いた。
「置き土産としてこの程度の相手で済ませるとは、随分と馬鹿にされたものだ。だが、これもエネルギーの一種だ。喰ってみるのも悪くはない」
その言葉が聞こえた直後、ポーンの両肩から先ほど如月達が操っていたものによく似た一対の「牙」が現れる。
如月達が使用していた「牙」はエネルギーでできたものだったが、今ポーンが見せているそれは、恐らく彼の体の一部なのだろう。彼の体の動きに応じて、その「牙」も動いている。
その「牙」に行けと命ずるかのように、ポーンがダスタードへ人差し指を突き出した一瞬後、その「牙」は相手の肩に一本ずつ突き刺さり……
「え?」
疑惑と恐怖の混ざったその声は誰のものだったのだろうか。
ダスタードの体が徐々に、そして文字通り色を失い、透明になっていくその様は、あまりにも現実味がなさ過ぎた。
ポーンの牙が、その「色」を……もとい、「色を構成しているエネルギー」を吸い上げ、彼に与えているのだと気付いた時には、既にダスタードは完全に色を失い、そして細かい粒子状の何かへ変貌して崩れた後だった。
彼の言葉通り、本当に一瞬で全てが終わった。レオに使わなかったこと、そして「遠慮する必要」と言っていたことを考えると、もしかするとこの「牙」による攻撃は人に対して使用してはならないものだったのかもしれない。
「やはりと言うか、小腹を満たす程度だな。珍味だが、俺達の糧になりそうにない。残滓も、普段見る形とは異なり粒子状なのは、元が星屑のエネルギーで構成されているからか」
気が付けば怪人の姿から、俺達が知る人間の姿に戻っていたポーンが、親指で軽く唇を拭いながら呟きを落とす。
そのしぐさで俺は、牙を突き刺す前に言っていた「喰ってみる」という言葉を思い出した。
まさか言葉の通り、ダスタードのコズミックエナジーを喰ったのか!?
驚く俺……いや、俺達とは対照的に、ポーンは普段通り何を考えているのかわからない表情で俺に視線を向け……
「なるほど、道理で安定せん訳だ」
俺に聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさで呟いたかと思うと、パンパンと二回拍手をして空気を換えた。
「厄介事も終わったようではあるし、俺の試作品の成果も確認した。その愚者のケアに関しては慣れているらしき貴様らに任せる。保健室の鍵は開けておいてやるから好きに使え。俺は所用がある」
それだけ言うと、口の端に意地の悪そうな笑みを浮かべてこの場を後にしたのだった。
