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校医代行は薄紅の蜉蝣

【校・医・共・闘】

 カエルムゾディアーツに襲われかけていた校医代行、ポーンと遭遇した事で、彼への疑いが晴れたのも束の間。
 カエルムはその狙いをポーンに向け、襲い掛かってきた。
 というか、ポーンが自分を疑うように仕向けて俺達を翻弄した事で、事態がややこしくなっていただけなのだが……それを考えるのは時間の無駄だ。何しろ、ポーンの「趣味」らしいのだから。
『消えろ!』
 がなり、右手のノミを振り上げるカエルムだが、その攻撃はいつの間にか変身した如月……フォーゼによって阻まれ、体ごと吹き飛ばされる。
 やはり、カエルムはポーンと違って、戦いに慣れていないようだ。受身もろくに取れないまま地面に激突し、体勢を立て直す前にフォーゼの追撃を喰らい、また地面に伏す。
 それを見てなのかは分らないが、ポーンはつまらなそうに溜息を一つ吐きだした。
「如月弦太朗。ソレは蜻蛉だ。宙を舞う。逃がさんようにせいぜい気をつけろ」
「何だって?」
「何故、そうだと分る?」
 突然のポーンのアドバイスに、俺と朔田がほぼ同時に声をあげた。
 その後ろではユウキも、どことなく不思議そうに首を傾げている。
 一方でポーンは、ちらりと俺と朔田に視線を向けると、眼鏡のブリッジを軽く上げて言葉を紡いだ。
「貴様達が俺を疑うきっかけとなったであろう事象は、覚えているか?」
「疑うきっかけ? ひょっとして、カエルムを追っている際、お前とぶつかった時の事か?」
「そうだ。あの時貴様らは、『追っていた怪人』を見失ったと言っていた。そして最初にぶつかった俺に疑いの目を向けた……そうだな?」
「ああ。他に逃げ場はなかった。なら、最初にぶつかった人間を疑うのは、当然だろう?」
 お世辞にも善人であるとは言えない……むしろ邪悪と言っても過言ではないほど不敵な笑みとともに放たれた問いに、俺は頷きと答えを返す。
 推理物の物語で見かける状況だ。追っていた「正体不明の怪人」を見失った直後、その「怪人」が逃げた先にいる見知った人物がいる。その状況では、真っ先にその「見知った人物」を「怪人」の正体だと考えるのが筋というものだろう。
 だがしかし、実際は違った。現に今、カエルムとポーンが別々に存在している。
 ……では、あの時カエルムはどこにいたというんだ? あの時、他に隠れられそうな場所などどこにもなかったはずだが。
「昔、どこぞの暴走蜥蜴が言っていた言葉だが。かくれんぼの極意は如何に『高い場所』へ隠れるか、だそうだ。人間は自分の視線より上への注意力が散漫になる。それは、己が上へ飛ぶ手段を持たないから。そして空から来る天敵がいなかったから」
 そこまで言われてようやく気付く。
 あの時、ポーンはどこを見ていたかを。
 そしておそらく、その視線の先にはカエルムがいたのだと。
「まさか、あの時……」
「俺と貴様達がぶつかった際、あの彫刻具は上……天井すれすれの位置にいた。だからこそ、頭上を気にするということをしないお前達は気付かなかった」
「……むしろ、何故真っ先に天井に目をやったのかを聞きたいくらいだ」
「この手法は俺が愚妹を驚かす為によくやる行為だからな。よくわかる」
「あんたの妹が可哀想になってきた」
 口元の笑みをさらに怪しく歪め、顔をかすかに俯けたが故に、眼鏡が光を反射してその奥の目が見えなくなったことで、よりいっそう邪悪さを増すポーンの表情。
 それを見て、やはりこの男の本質は悪人なのではないかと思えてしまう。
 少なくとも如月のような「純然たる善人」ではないし、朔田のような「清濁併せ呑むが故の必要悪」でもない。だからと言って「邪悪」と言い切れるほどの「悪」でもない。
 おそらく誰よりも性質の悪い、「一般常識を持ち合わせていて、そこから大きく逸脱しない程度の悪人」だ。
 ……ああ。やはりこいつの「妹」とやらが可哀想だ。もちろん、その「妹」とやらもポーンと同じような性格でないならばの話だが。
「可哀想とは心外だな。俺なりに最大級の愛情表現だが?」
「そんな愛情表現は嫌がられるだろう」
「確かに、虫けらを見るような視線で俺を見ているな。……そうか、アレは恥じらっていたのではなく、嫌がっていたのか」
「虫けらを見るような目を、恥じらいと思えるのが凄すぎる……」
 心から初めて気付いたと言わんばかりの言葉に、野座間が心底呆れたような声で返す。
 ちなみに言葉にはしていないが他の面々も同意らしく、首を縦に振って頷いていた。
 ……もちろん、カエルムと戦っている如月と朔田は除くが。
 そんな会話を交わしている間に、いつの間にか如月と朔田はカエルムを追い詰めていた。
 今までの経験から察するに、やはりカエルムは戦闘が苦手らしい。「逃げ」への対策さえしていれば、倒すのは難しいことではないのだろう。
 以前ポーンを封じ込めた方法……如月がペンスイッチで実体化させたコズミックエナジーで檻を作って逃げ道を塞ぎ、朔田がジュピタースイッチを使って倒すべく攻撃の体勢を整え……
「ぐっ!」
「うおっ!」
 唐突に横から現れた人影の攻撃を喰らい、如月の体が朔田の方へ派手に吹き飛ぶ。
 二人を吹き飛ばしたその「影」に視線を向ければ、そこには黒い鬣に白い顔の、黒いマントを羽織ったゾディアーツ。こいつは……
「獅子座の幹部!」
 奴の姿を確認すると同時に、俺達仮面ライダー部の全員に緊張が走る。
 奴に気付かなかった油断もあったのだろうが、それを除いてもこいつが高い戦闘力を持っている事は以前のデータからも分かっている。
 幹部クラスはどいつも異様な強さを誇っているが、その中でもこいつは群を抜いて強い。完全に戦闘に特化していると言って過言ではない。
 正直に言って、如月と朔田の二人がかりで戦っても、甘く見て五分と言ったところだ。
 俺達が緊張する中、奴を知らないはずのポーンだけが、その姿を見て心底呆れたような溜息を一つ吐き出し……
「何だ貴様、また来たのか」
「え?」
 まるで奴のことを知っているかのような口ぶりに、思わず疑問の声が漏れた。
 だがポーンは俺の声を無視し、視線を獅子座の幹部レオゾディアーツに固定したまま……しかし僅かに眼鏡をずらす事で、奴を直接観察しながら言葉を続けた。
「家畜風情が、ずいぶんと偉そうな登場をしたものだ」
『家畜だと?』
「家畜だろう、貴様は。見目こそ獅子だが、実際は何者かの飼い猫にすぎん。その魂は忠誠という名の妄信に染まりきった色をしている。鬱陶しい上に不味そうだ」
 家畜と言われて殺気に近い苛立ちを声に滲ませたレオとは対照的に、ポーンはずらした眼鏡を戻しながらいつもと変わらぬ、やや高慢さを感じさせる口調で返す。
 魂がどうだというのは、ポーンなりの体調に対する表現だと思っていたが、今となってはそれも俺の勘違いだった。おそらくポーンには本当にその人物が纏う雰囲気とか魂とか、そう表現できるエネルギーのようなものが見えているんだろう。
「貴様が何者かなど、知らんし興味もない。もちろん、貴様の飼い主にも興味はない。ただ、俺に迷惑をかけるな。これ以上迷惑を被るようなら……貴様、その姿のまま解剖してくれる」
 メスを持った右手でレオを指したかと思えば、ポーンはなかなかに物騒なことを宣言した。
 ……いや、ちょっと待て。
「って、何でメスなんか持ってるんスか!?」
「医者だからという理由以外に、何か理由付けが必要か?」
「医者でも普通は持ち歩きません!」
「ふむ。人間の医者はそうなのか」
「獣医でも持ち歩かないですってば!」
「……成程、やはりそういう捕え方をするのだな」
 JKのツッコミに、ポーンは視線をレオから外さぬままに答えを返す。
 これも今なら分かる事だが、ポーンが言う「人間の医者」というのは、「医者という職に就く人間」の意味であって、「人間を診る医者」という意味ではない。要するにポーンは暗に、「人間ではないから、人間が持つ暗黙のルールが今一つわかっていない」と言いたいのだろう。
 その辺りは社会常識の範疇だと思うのだが、それを気にしない性質なのか、それとも俺達の常識とはかけ離れた文化圏で育ったからなのか、あるいはその両方か……とにかく、俺達からすれば「非常識」な行動であることには違いない。
 今までよくそれで世の中を渡っていけたな。
 そんな風に戸惑う俺達とは対照的に、レオはメスを突き付けられているという事実など気にしたそぶりも見せず、すっと自身の手を差し出すようにポーンへ向けて言い放った。
『スイッチを返してもらおう』
「ああ、アレは確か貴様の落とし物だったな。貴様にとっては残念な事だろうが、アレは既に、この世には存在しない」
 レオが言うスイッチは恐らく、今朝ポーンが俺と如月に見せた物のことだろう。
 スイッチは何故か、教師ではなく生徒に配られている傾向にある。母数の問題もあるのだろうが、何かしら意図があって生徒に渡しているように思える。レオがあのスイッチを取り返したい理由は、ポーンよりも生徒の誰かに渡した方が良いと考えたからだろう。
 肩をすくめるようにして返されたポーンの言葉で、あれが直接手渡された物ではなかったことに安堵する一方で、レオの方は「既に存在しない」という言葉の方に反応したらしく一気に殺気立ち……
『戯言を!』
 その怒声が早いか、奴は一息にポーンへ向かって距離を詰めにかかる。
 だがそんなレオの行動に対し、比較的ポーンの近くにいた朔田が、彼の前に飛び込んでレオの拳をギリギリで捕らえ、カウンターを放つ。
 だがレオの方が一枚上手なのか、その拳を軽く首を傾けるだけで回避すると同時に、朔田の腹を蹴って自身の拳を解放し、今度はカエルムの横へと飛んだ。そして着地と同時に、奴はそれまでカエルムと交戦していた如月を殴り飛ばす。
 こうなるともはや敵はカエルムよりもレオに重点を置くことになる。
 レオ自身は他の幹部とは異なり、明確に他のゾディアーツを守ろうとはしない。どちらかと言えば邪魔をしているこちらを完全に潰すために動いているように感じる。
 事実、今現在において奴は朔田と如月の両方に対して攻撃を仕掛けている。結果的にその行動がカエルムを守っているように見えるだけで、レオ自身はそのカエルムを守るような動きは見せていない。
 奴のコズミックエナジーで作った分身体……ダスタードと呼んでいるそれを二体創りだし、それらと連携して二人を追い詰めている。
「如月弦太朗も、朔田流星も押されているな。単純な戦闘経験の差が、そのまま反映されている形だ」
「……何で流星さんだって分かったの?」
 ごく当たり前だと言わんばかりに落とされたポーンの言葉に、野座間が訝しげに声を投げた。
 メテオが朔田だということは仮面ライダー部のメンバーと、朔田にメテオの力を渡した「タチバナ」と呼ばれる人物以外には秘密にしている。だからポーンの今のセリフは、誰もが訝しんで当然の内容なのだ。
 ……本来ならば。
「見ればわかる。香料の粒子が同じだし……何よりも魂の色が一致する」
「は?」
「こいつは、俺達では見えない物まで見えるらしい」
 先程も思ったことだが、この男は可視光領域外の「何か」を見ることができる。その「何か」が、今回は香料や「魂」とやらだった。それらで判別ができる以上、こいつ相手に完璧に正体を隠すのは無理だ。
「そういった物が見えるからこそ、こいつはカエルムの作った仮面を外すことができたんだ」
「それって、コズミックエナジーが見えてるってこと!? それ、凄いことだよね!?」
「コズミックエナジーというのが、あの天の川のような色をしたエネルギーの事を指すのなら、その通りだ。現に今、そこで戦っている連中も同じものを纏っているな。……それぞれ星の数は異なるが」
 軽く眼鏡を押し下げながら言い切るポーンに、ユウキは純粋に尊敬の、JKと野座間は胡散臭そうな目を向ける。
 同じように「俺達には見えないものを見ている」例として、以前から度々この学園に迷い込んでいる小学生、吾妻霧雨がいるが、彼女とポーンでは信頼の度合いが雲泥の差だ。
 最初から積極的に協力してくれた吾妻とは違い、この男は「趣味」と称して俺達を攪乱したという前科がある。
 俺だって、言われてすぐは信じられなかった。ユウキのように即座に信じられるのは、ある意味彼女の才能であって、それは同時に、彼女が稀有な存在だということを示す。如月ですら、恐らく最初に聞いただけでは信じられない話だろう。だが、「そう」なのだと思わなければ納得できないことが多かったのも事実だ。
 俺の言葉が後押しにでもなったのか、他の面々もしっくり来ていないながらも納得したような表情を浮かべている。
 そんな俺達の、なんとも表現しがたい感情など気にも留めていないのだろう。ポーンはしげしげと如月達の様子を観察したかと思えば、おもむろに胸ポケットから何かを取り出して如月に向かって放り投げた。
 掌に収まるくらいのサイズのそれを、如月は反射的に受け取ると、「それ」とポーンを交互に見やる。
「……これ、何だ? 新しいスイッチか?」
「くれてやる。一度限りの力だが、貴様達のエネルギーの形状ならば扱いは簡単だろう」
 「それ」は、今までに見たことがない……少なくともゾディアーツが使うものではなく、どちらかと言えばフォーゼやメテオが使う物に似た形状の……しかし確実に俺が開発したアストロスイッチではないし、朔田も知らないと言いたげに首を横に振った。
 ならばあのスイッチを、ポーンはどこで手に入れた?
 疑問に感じて彼を見るが、何を考えているかはわからない。ただ心なしか楽しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。
 渡された如月も使うかどうか、わずかに逡巡し……しかし生来の好奇心の強さからか、あるいはレオの猛攻をどうにかできる手段が欲しいと思ったのか、意を決したようにスイッチを押してベルトの右腕に対応する課所……向かって一番左に差した。
『Fang』
『Fang On』
 アストロスイッチ特有の電子音声が響いたかと思うと、中に内包されていたコズミックエナジーが解放される。通常ならそれらはベルトに差した位置に対応する課所に具現化し、装着されるという形をとる。
 特殊なスイッチの場合は、フォームチェンジの形式をとるが、今回はそのどちらでもなかった。
「おわぁっ! 何だこれ!?」
「聞いての通り『Fang』……『牙』だ。貴様にやったのは、星を喰らう『闇と黄金の牙』。存分に使え」
 自身に……そして朔田に現れた「変化」に、如月が驚きの声を上げる。
 如月には白に近い金色の、朔田には限りなく黒に近い紺色の「牙」のようなものが、それぞれの両肩に浮かんでいる。確かに「黄金と闇の牙」と呼ぶにふさわしい形状だ。
 しかしスイッチは如月が渡された一つだけだったにも拘わらず、使用者である如月だけでなく、近くにいた朔田にまで効果が表れたのは解せない。
 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、ポーンは軽く口の端をゆがめると、その理由を口にした。
「内包されていた力の大きさを鑑みても、一人で使うには力が大きすぎて扱い切れんと思ったからな。似たようなシステムを使う者が二人いた場合のみ、使用者以外のもう一人に対しても連動して発動させる仕組みにしてある」
 ポーンの説明の合間にも、レオが生んだダスタードとカエルム、そしてレオ自身の攻撃は、如月と朔田の両方に向けられている。
 だがその攻撃のことごとくが、現れた「牙」とそれぞれの体術で防がれ始めている。
 ……いや、防がれているだけじゃない。「牙」がダスタードをかすめる度、そこが抉れるように消え、同様に「牙」の攻撃をかすめたらしいカエルムの右腕も、線状に「本来の姿」……この学校の制服である「青」が現れている。
『な、何だそれ!? 何で俺の『カエルム』の一部が消えてるんだ!?』
 自分の「腕」を見て驚き、おののくカエルムだが、その間にも如月と朔田の「牙」が空を切る音とともに奴の体を削り取る。その度にその箇所は、今までの「カエルムゾディアーツ」の物から本来の人間の姿の物へと変わっていった。
 一方でダスタード達の方はというと、削られた箇所から何かが見える訳でもなく、かと言って修復される様子もなく、ただ単純に「抉れ」が増していくだけだ。
 一体どうなっている?
『馬鹿な!? コズミックエナジーが消えた!?』
 心の内で浮かんだ疑問に答えたのは、意外なことにレオだった。
 奴はどうやら、今しがた朔田の「黒い牙」が左肩を掠たらしく、その位置からは黒い布……恐らくは本来の奴が着ていると思しきスーツと思しきものが覗いている。
 消えたと言われれば、確かにそう見える。
 基本的にゾディアーツはラストワン状態のスイッチを押さない限り、自身の肉体にコズミックエナジーを纏っている、いわば鎧の状態だと考えられる。一旦体を捨てたとしても、超新星を超えたらまた自身の肉体を取り戻している。
 ラストワンを迎えていないカエルムや、超新星を超えたレオなどはまさに「ゾディアーツという鎧をまとった状態」だ。あの「牙」が本当にコズミックエナジーを消しているのであれば、その下にある本来の姿が現れるのは当然の結論と言える。
 一方でダスタードはコズミックエナジーが人型に具現化した物。つまり「牙」で消された課所は、消えたまま戻らない。だから、抉れたままのように見えるのだろう。
「『星を喰う牙』だと言っただろう。二人に与えたその牙は、貴様らの力を喰って、己の形を維持している。この程度の出来で良いならば、素材があれば簡単だ」
『素材だと?』
「さっきも言っただろうが。『スイッチは既に存在しない』と。アレに作り替えただけだ」
 そのポーンの言葉で、レオの動きが……というよりもこの場の空気が完全に固まった。
 今如月達が使っているスイッチは、今朝俺達に見せられたゾディアーツスイッチだったのだろう。それを、あの疑似アストロスイッチに作り替えたと言いたいのだろうが……正直そんなことが可能なのか?
 アストロスイッチの力は、少し前に如月と朔田と戦った時に見ていたからそこからデザインの着想を得たのだろう。あの彫刻の数々やもらったタイピンを見る限り、手先の器用さは十分すぎるほどわかっている。そして彼が持つ「可視光領域外を見ることができる視力」の存在。これらの全ての条件がそろっているポーンなら、作り替えもできるのだろうが……
『中に記録されていた星座の情報を、書き換えたとでもいうのか!?』
「『見えていた星の並び』から規則性を見出し、俺が知る力の法則に並べ替えた。それを『書き換え』と呼ぶのならば、そうなのだろうな。『星座の力』はなかなか面白いが、俺達が常用するには供給面で心許ない。だが、技術の応用ができることが分かったのは幸いだ。実験素材としては、上々だったぞ」
 珍しく、あからさまに驚いたような声を上げたレオに対し、ポーンは口の端を歪めて言い放った。
 その表情のせいで、もはやどちらが悪人なのかわからなくなるほどだ。着ている白衣も相まって、医者というよりも悪の科学者その物のようにすら見える。
『よくも……あのお方の理想の邪魔を!』
 何が奴の逆鱗に触れたのかは不明だが、今までで一番の怒気をこちらに向け、レオは凄まじい速さでポーンに向かって殴りかかった。
 その動きの速さに、朔田も如月も反応が遅れた。ほんの瞬きの間、気付いた時にはレオの拳は既にポーンの眼前にあった。
 だが、ポーンは先程の邪悪な笑みを浮かべたまま……驚きなど一切ない、むしろレオの行動などお見通しと言わんばかりの顔で、その拳を軽く受け止める。
 何と言うか、今更驚くようなことでもないのだろうが、しかしそれでも言わせてほしい。
 生身なのに、何故あの暴力的な拳を受け止められる!? 例え受け止めたとしても、あの勢いと力では、普通は後ろに吹き飛ぶとかするはずだろう!?
 レオも俺と同じことを思っているのか、奴の口から短くもあからさまな驚きの声が上がった。
『なっ!?』
「これでも一応はあの暴走蜥蜴の長男なのでな。非常に不本意ではあるが、正面からの力技を受け止めるのは我が家の必須スキルだ」
 なんともない口調で言いつつ、ポーンはレオの拳を横に「投げ捨てた」。同時に奴の顎めがけてハイキックを決め、わずかにだがレオとの距離をとる。そしてややずれた眼鏡のブリッジを押し上げると、さらに言葉を続けた。
「『生徒こども喧嘩ゴタゴタに、大人が手を出すものではない』と、愚妹は言っていたな。ならば、俺もそれに倣うとしよう」
 そう言い切った瞬間、彼の顔にステンドグラスのような模様が浮かび上がるのが見えた。かと思えばその模様は即座に全身に広がり、最終的に薄桃色の怪人へと変わる。
 ややカエルムに似たシルエットを持った、しかしゾディアーツとは全く異なる怪人。俺はその姿を少し前に見ているから驚きはしないが、他のメンバーは初見だ。それぞれが十人十色の驚きをもってポーンの姿を凝視していた。
「か、怪物!?」
「この世界には、貴様ら人間が思うより遥かに多くの異形で溢れている。俺のように他者にどう思われようと構わない者はこうして本性を晒すし、愚妹のように他者との共存を願う者はヒトの姿で貴様らのすぐ近くに立って笑っている。世界が人間だけのモノだと思うのは、ヒトという種がもつ傲慢な考えだ。改めた方が良い」
 体に浮かぶステンドグラスのような模様一つ一つに、先ほどまで見せていた「人間の顔のポーン」が浮かび、告げる。
 灰猫や彩塔はこいつの正体を知っている様子だったし、ごく当たり前のように俺にもこの姿を見せた。本人が言うように、こいつは自分が怪人であることを知られても、何とも思わないのだろう。
 俺達の隣人が、人間であるとは限らない。
 ポーンの言葉は、安穏と生活している自分達の警戒感の無さに対する指摘であると同時に、彼らのような存在が感じている生き辛さを表しているようにも思えた。
「さて。この獅子は俺が止めておいてやる。その間、貴様らはそこの駄作製造機たる彫刻具を倒せ。それは『生徒の喧嘩』で終わる話だ」
 体勢を立て直そうとしたレオに視線を向けたまま、特に格闘の構えを取るでもなくポーンは楽し気な声で如月達に言い放った。
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