校医代行は薄紅の蜉蝣

【疑・惑・深・化】

「スイッチを持っている校医代行……『ポーン』か」
「まあ、間違いなくそれも偽名でしょうね」
 昼休み。
 ラビットハッチの中で今朝の事を共有化すると、朔田が真剣な表情で呟き、JKが唇を尖らせながら呟く。
 「ポーン」とはチェスの駒の一種だ。将棋で言う「歩」と似た働きをする。それが名前だなんて、俺も如月も……そしてこの場にいる全員も思っていない。JKに言われずとも、偽名だろう。
 いや……辞書的な意味での「偽名」とも言えないかもしれない。何しろあの男は、「ポーン」という呼び名を「称号」と言っていた。だとすれば、「ポーン」とは彼の肩書きの一つを指す。それがどんな集団における称号なのかは、見当も付かないが。
「スイッチを持ってるなら、やっぱり回収しないと!」
「ああ。だが……彼に応じるつもりがないらしいからな……」
 ユウキの言葉に、半ば呻くように返すと、如月と朔田の表情が険しくなる。そして、俺の顔も。
 仮に彼が彫刻具座、カエルムゾディアーツではなかったとしても、スイッチを持っているのは事実。そしてそれを渡そうとしない以上、彼もまたゾディアーツになる可能性が大いにあるという事だ。
 そしてゾディアーツとなった場合、その人物の感情が暴走する事が往々にして起こる。そうなってしまった際、仮にリミットブレイクでスイッチを破壊したとしても、残る後遺症は大きい。
 そんな風に思った、その瞬間。校内の巡回に出していたフードロイドが、カエルムゾディアーツを見つけたらしい。ラビットハッチ内のモニターに、今まさに生徒に向って仮面を被せようとするカエルムの姿が映し出された。
 それを見て、俺達は反射的にその場所に向かう。
 とは言え、ラビットハッチの「扉」から、カエルムが今いる場所までは少し距離がある。間に合えばいいが……
 ……そう言えば、あの場所……保健室の窓の外じゃなかったか?
 走りながらその事に気付き、ぞくりと俺の体に寒気が走る。
 ただ、保健室に近い場所だと言うだけなのに、あの不遜なポーンの顔が、カエルムとだぶって浮かぶ。
 ……いや、決め付けるのは早い。以前のペガサス……鬼島のように、「成りすましている」と言う前例も……
 何故かは分らない。だが、妙に彼を……ポーンを信用したいと思う自分に戸惑いながら、俺達はその場所に到着する。
 そこに、いたのは。
 顔に派手派手しい色の仮面を着けられ、地面に倒れこんでいる女生徒と。
 女生徒の脇に屈みこみながらも、左手で仮面を覆うような格好で片手を当てている……ポーンだった。
 その格好は、彼が女生徒に仮面を被せているように見える。右手は影になって見え難いが、彫刻刀のような物を持っている。
 …………そんな、まさか……
「先生、やっぱりあんたが!」
 真っ先に反応したのは如月。その声でようやく俺達の存在に気付いたのか、ポーンは不思議そうな表情でこちらに視線を向けた。
 だが、そこに驚きやばつの悪さといった物は感じられない。
 いつもと何ら変わらない、「冷静を通り越して冷徹な表情」が浮かんでいた。
「ああ、貴様らか。何だ、遊んで欲しいのか? だが、生憎と今は忙しくてな。貴様らで遊ぶのは後に……」
「……先生がゾディアーツだったかよ!」
 ポーンの言葉を皆まで言わせず、如月が言葉を遮る。
 同時に彼は腰にベルトを巻きつけ、朔田はその合間にすっと人気のない場所へ姿を隠した。
 朔田の場合は正体を知られてはならないという制約がある。今ここで変身すれば、ポーンにメテオの正体がばれると踏んだが故の行動だろう。
 だが一方で、言われた方……ポーンは如月の言葉に軽く首を捻り……
「……ゾディ?」
 心当たりなどないと言いたげに小さく呟くが、彼の声は如月のベルトの音に紛れて他の面々には聞こえなかったらしい。
 如月はフォーゼに変身し、その隣にはメテオが降り立った。
「宇宙、キター! 仮面ライダーフォーゼ。タイマン張らせて貰うぜ!」
「仮面ライダーメテオ。お前の運命は、俺が決める」
 だが、ポーンはゾディアーツ化する気配を見せない。それどころか楽しそうにすぅと目を細めると、ゆっくりと横へ移動し……
「俺は戦闘には向いていない。そう言うのは『矛盾』の愚妹や『灰燼』の仕事だ。だが、るならば俺も相手をするにやぶさかでない。貴様らのその鎧、観察させてもらう。興味をそそられた」
 心底楽しげな声でそう言うと、ポーンはスイッチを使わないまま、二人に向かって大きく足を踏み出す。
「な!?」
「おい!」
 今までのゾディアーツなら、変身したこちらを見て変身する、もしくはあちらが変身しているのを見て改めてこちらが変身するというのがパターンだ。生身の人間を相手にするのは勝手が違うのだろう、朔田も如月も動揺したような声をあげてポーンとの距離を取る。
 だが、ポーンはそれを意に介さないように更に一歩深く前に踏み出すと、朔田に向って回し蹴りを繰り出した。
 だが、そこは朔田も慣れているらしい。その蹴りを横にいなし、突っ込んできたポーンの胸元へ掌底を喰らわせた。
 拳でないのは、相手が生身である事と……「如月にした事」を悔いているからなのだろう。彼の拳は人の運命を……いや、命を断ち切る事が出来てしまう。だからこそ、威力の弱い掌底を当てたと考えるべきか。
 だが、弱いと言ってもそれはコズミックエナジーを纏う者に対しての話だ。ポーンのような生身の人間には充分すぎる威力のはず。
「お、おいメテオ! やりすぎじゃ……」
 如月も俺と同じ事を思ったのだろう、朔田に向ってそう声をかける。
 しかし朔田の方はと言えば。即座にポーンとの距離を取ると、まるで驚いたように自身の手を見下ろした。
「……何だ、今の手応えは……」
 そう呟いた朔田の声は、何か怪訝に思っているような印象を受ける。
 その理由は、すぐに分った。
 ……ポーンの、いつも通り過ぎる声と態度によって。
「フン、いい腕をしている。咄嗟に加減を加えた判断能力も興味深い。だが、そこは本能に従って全力を持って攻撃すべきだったな」
「ええええええっ!? あの先生、生身なのに無傷だよぉ!?」
「当然だ。あの程度で破壊されるような俺ではない。腐っても『金剛石』の長子だからな」
 パンパンと、まるで埃を払うような仕草で胸元を叩きながら、彼はユウキの声に素気なく返すと、ゆっくりとした仕草で眼鏡を外した。
 …………っ! また……
 眼鏡を外した、ほんの一瞬。ポーンの瞳が虹色に染まったように見えた。だが、それに気付いたのは俺だけだったのか、他のメンバーは彼の目に関しては何も言わず、平然と立っている事に対する驚きの声をあげているだけだ。
「やるべき事は……まあ既に終わっていると言っても差し支えない。ならば……貴様らの望み通り、少し遊んでやる」
 ちらりと「仮面をつけられた女生徒」に視線を投げた後、彼は口角を僅かに上げると、挑発するように手で如月達を招いた。
 だが、相変わらず生身のままだ。スイッチを見せるような事もしない。ゾディアーツになる必要もないとでも思っているのか?
 いや、それはおかしい。昨日見たカエルムは、戦いにおいて不慣れな印象だった。弱いと言っても良い。しかしポーンは違う。加減していたとは言え朔田の掌底を喰らって平然としているし、何より先程繰り出した蹴りは昨日のカエルムの攻撃よりも確実に鋭い。
 一朝一夕で、こんなにも戦闘力は上がるものなのか? それとも、やはり彼はカエルムではないのか?
 困惑しているのは俺だけではなく朔田も同じらしい。彼をカエルムだと判じるには、昨日とは明らかに違いすぎる事に戸惑っている様子が分る。
 そんなこちらの戸惑いに気付いていないのか、それとも気付いていてわざとそうしているのか、ポーンはくつくつと喉の奥で笑い……
「来ないのならば、こちらから行くが……構わんな?」
 さらりとそう言うと、再び如月と朔田に向って距離を縮め、今度は如月に向って蹴りを繰り出した。
 動きは、以前みかけた蠍座の幹部に近い物があるが、見ているだけでも分る。その蹴りが、スコーピオンよりも数段鋭い物であろう事は。
 だが、如月もあの時より経験を積んでいるからだろう。それをギリギリでかわすと、ロケットのスイッチに手をかけ……しかし、生身の相手にそれは不味いと察したらしく、すぐに「ロケットなし」の拳を前に繰り出した。しかしポーンは突き出た如月の肩を押さえ込むと、倒立前転の要領で如月の頭上を通り越えた。
 如月がロケットスイッチに手をかけたのは、おそらく反射的なものだったのだろう。そして反射的にそれを使わなければならないと感じる程、ポーンはやり手だと言う事になる。それは、今の回避の仕方からも分る事だ。
「こいつ……生身だというのに、強い!」
「くっそ! やっぱりやり辛ぇ!」
 朔田と如月が、心底やり辛そうな声を上げる。
 実際、彼らは加減をしながら戦わなければならない。だがそれは一瞬だが判断の時間が必要になる。その隙は、下手をすると命取りになりかねない。
「如月! 攻撃系のスイッチは危険だ! シールドやペンで防御しながら、隙を見てポーンの動きを止めろ!」
「お、おう!」
 俺の指示に従うように、如月は即座にスイッチを取替えると、再び襲い掛かるポーンの蹴りをシールドで防ぐ。その隙に、朔田が彼を如月から引き離すように拳を繰り出し、ペンが有効な範囲へと誘導した。
「弦太朗、今だ」
「おう! おおりゃあああ!」
 朔田の声に応え、如月が足についたペンで、「人」という漢字を書き散らす。丁度、ポーンを取り囲むようにぐるりと。そして最後の一つが、朔田とポーンを分断する形で書かれた瞬間。コズミックエナジーの墨は宙で硬化し、そのままドスリと地に落ち、ポーンを捕える檻となった。
 それを見たポーンが、驚いたように目を開く。だが、そこに焦りの表情は見受けられない。それどころかむしろ、興味深そうに硬化した「人」の字に触れ……
「……成程。スイッチは内包した力を具現化させるツールだったか。召喚笛フエッスルと原理は近しいようだな」
 相変わらず喉の奥で笑いながらそう言うと、ポーンは「人」の字の外に立つ如月と朔田に視線を送る。
 だが、気のせいか? 「人」の字が邪魔をして良く見えないが、下顎から頬にかけて、その顔に妙な紋様が浮かんでいるように見えるのは。
「しかし貴様ら。俺程度で『強い』などと評しているようでは、『矛盾』の愚妹や『灰燼』辺りと敵対した場合に勝利出来んぞ。……奴らの性格からして、そのような状況に陥る事などまずないだろうが」
 そう言い放った瞬間。
 彼の姿が、消えた。
 いや、本当に消えた訳じゃない。上に飛び上がったんだ。
 即座に認識し、「人」の字の檻の上空に視線を向けると、薄紅色の影が青い空を横切り、その影は傍にあった校舎、その三階付近の窓に飛び込んだ。
 一瞬しか見えなかったが、今の姿は……蜉蝣の怪人に見えた。
 そう言えば昨日のカエルムゾディアーツも、どこか蜻蛉に似たシルエットを持っていたか。
 ……それじゃあ、やはり、彼が?
 混乱する俺を余所に、眼鏡をかけたポーンが窓から顔を覗かせる。その顔に浮かぶのは、いつもの冷徹な物ではない。少し興奮したような、楽しげな表情だった。
「いつの間に!?」
「見た、聞いた、触れた。後は試すだけだ。悪いが、俺のインスピレーションが沸いている内に作品を仕上げたいのでな。ここで去らせてもらう。……放課後には出来上がるだろうから、それ以降ならばまた遊んでやる」
 驚く如月に答えにならない言葉を返すと、彼はそのままひらひらと手を振って教室の中へと姿を消してしまった。
 彼を追おうと如月がロケットを使って彼が消えた窓へ飛び込むが、どうやら既に去った跡らしい。変身を解き、窓の外に顔を出した如月が両腕でバツを作って「いねぇ」と残念そうな声をあげた。
 それを聞いた朔田も変身を解き……悔しげな表情を浮かべる。
「校医代行がゾディアーツって……」
「保健室に行くのは、危ないかも」
「ああ。いつまた『仮面』の餌食にされるか、分らないからな」
 呆れたような声のJKと、無条件に危機感を煽るような声の野座間の声に、朔田も軽く頷きを返す。
 確かに昨日、彼はカエルムが去った直後に姿を見せた。偶然と呼ぶには、タイミングが良すぎるくらいに。
 それに彼は、梅中の仮面を「外した」と言っていた。あの時は「イカレた目を持っているから」という言葉を信じたが、彼自身がカエルムだとすれば、着脱は容易だ。
 それに、一瞬だけ見せたあの姿……はっきりと見た訳じゃないが、カエルムに似ていると言えなくもない。
 結局の所、彼がカエルムである疑いがひどく濃厚になったと言う事か。
 心の中にざらりとした感覚を覚えながら、俺は無意識の内にポケットに手を差し込み……その中にあった、細長い何かに指が触れたのを感じた。
 ……ポーンが今朝、俺に渡したタイピンだ。
 青い石の嵌った、精巧な作りのそれは、やはり「仮面」の大雑把な作りとは明らかに違って見える。だからこそ、余計に混乱する。
 奴が女子生徒に仮面を被せていたのは確かだし、一瞬だが蜉蝣の怪人にも姿を変えた。スイッチだって持っている。彼をカエルムだと判断するには充分すぎる程の材料だ。
 ……それなのに……このタイピンや、保健室に置かれた木彫りの人形達だけが、カエルムとポーンを大きく乖離させている。
 妙な違和感を覚えながら、倒れた女生徒の側に歩み寄ろうとした時。
「お前ら……何だ? まーた何か厄介事に首突っ込んでるのか?」
「お、灰猫センセ」
 息抜きにでも来たのだろう。臨時講師の灰猫が、シガレットチョコを咥えながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 そして、俺の傍で仮面をつけて倒れている女生徒の姿に気付いたのか、彼は深い溜息を吐き出すと、即座にその生徒の傍らにしゃがみ込んだ。
 恐らく、運ぼうとしているのだろう。こういった時の彼の行動力は、如月並にあると思う。生徒の上半身を起こし、抱え上げようとした瞬間。
「『呪い仮面』か。この子も被害者って訳…………ん?」
「どうかしましたか?」
「いや……この子の仮面、外れるぞ?」
 朔田の問いに灰猫が軽く答えたのと、生徒の顔から仮面が転がり落ちたのは同時だった。そして女生徒はゆっくりと目を開けると、自分の置かれた状況を理解していないのか、パチパチと数回目を瞬かせた。
 この子は確か……昨日もカエルムに襲われていた……それに今気付いたが、彼女が着けている腕輪は、梅中と揃いの……
「え? あれ? 灰猫先生? え? え? 何、何なんですか、この状況?」
「覚えてないか? 君は、『呪い仮面』……怪人に襲われたはずなんだが」
 俺が言うと、ようやく思い出したらしい。口を「あ」の形に開けると、恐怖も一緒に蘇ったのかカタカタと体を小刻みに震わせて泣き出してしまった。
 それを宥めるべく、ユウキと野座間、そして如月が少し離れた場所へ移動し、JKと朔田はそれとは少し離れた場所で、フードロイドを偵察に向かわせている。
 そして俺は……ぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
 一体何故、仮面が外れていたんだ? カエルムが被せたはずじゃないのか? そもそも、どうして奴は人の姿のままで戦った? あの強さは一体?
 次々と浮かぶ疑問。だが、考えても答えは出てこない。ただ、焦りだけが蓄積されていくような感覚に苛立つだけだ。
 そんな俺に気付いたのか、横にいた灰猫が不思議そうな表情で俺の顔を覗き込むと、俺の右手を指し……
「へえ? 綺麗なタイピンを持ってるじゃないか。それ、どうしたんだ?」
「ああ、これは……」
 無意識の内にポケットから取り出していたらしい。多分、灰猫としては他愛もない会話のつもりで投げた言葉だったんだろうが、このタイピンも俺を混乱させている原因の一つだ。
 灰猫に見せる為、と言う訳でもないが、きつく握っていた手をゆっくりと開き、白銀色のタイピンを見やる。
 白の強い銀色の中に、天高の校章。ブレザーに合わせたような色をした青い石が、台座の上でうっすらと淡い光を放って…………
 いや、ちょっと待て。光を反射しているならともかく。
「石その物が光ってる……だと?」
 そう。今朝、ポーンから手渡された時はただ蛍光灯の光を反射するだけの石だったはずだ。
 だが今は……石その物から、薄い光が放たれているのが分る。
 灰猫もその事に気付いたのか、ぎょっと目を見開くと、慌てたように自分の携帯電話を取り出し、そこに付いているストラップをまじまじと見やった。小さな石が幾つか連なっている、シンプルなデザインのストラップだが、その「石」の中には俺のタイピンと同じ色の石があった。しかも、それも俺のタイピンの石と同じような、淡い光を放っている。
「……共鳴石? って事は……まさかそれ」
 ひくりと、顔を引き攣らせて灰猫が呻く。
 言葉から察するに、このタイピンの石の正体を知っているのだろう。だが、それだけでここまで顔を引き攣らせるだろうか?
「灰猫?」
「…………いや良い何でもない。さっきの『どうした』って質問はなかった事にしてくれ。俺も見なかった事にするから。……昔から、こういう勘だけは無駄に当たるんだ。しかも大抵ろくな事にならない」
 まくし立てるようにそう言うと、彼は慌てた様子で携帯電話をしまい、軽く頭を押さえた。
 関わり合いになりたくないと言いたげな雰囲気がひしひしと伝わってくる。ひょっとすると、彼はこれを作った人物……ポーンについて、何か知っているのかも知れない。
 そう思うと同時に、無意識の内に俺の口は動いていた。
「校医代行……ポーンに貰ったんだが?」
「………………よりによって『そっち』か。勘弁してくれ。『あっち』じゃなかっただけマシか? いや、この場合どっちもどっちか。いやむしろそっちの方が世間一般的にはまずいのか?」
 しばらくの沈黙の後、灰猫は深い溜息と共に小さくそう声を吐き出すと、がしりと俺の肩を掴み、真剣な表情で言葉を続けた。
「歌星、かなり無駄だとは思うが、一応忠告しておく。その『ポーン』が、もし、本っ当に、俺の知る『あの人』だとしたら……その人はゾディアーツなんかよりも、更に厄介な存在だ。それ貰ってる時点で既に手遅れだろうが、取り込まれない内にさっさと逃げる事をお勧めする。関わるな」
「どういう意味だ?」
「少なくとも、ゾディアーツでない事は俺が保証する。それは絶対だ。あの人に限ってそれはない。賭けても良い。むしろスイッチを手に入れたなら、嬉々として解体し、それを別の物に変えるくらいはする。いや、もう手を付けているだろうな。そういう嗅覚は鋭そうだ」
 そう言っている灰猫の顔が、妙に青褪めているような気がするのは気のせいなのか。
 灰猫の知る「ポーン」と、校医代行の「ポーン」が同じ人物なのかはともかくとして、少なくとも彼の知る「ポーン」はかなりの要注意人物なのだろう。
 ……というか、灰猫の説明が妙にポーンと被るのは気のせいか?
「いいか、歌星。薄紅の蜉蝣には要注意だ。本当の本当に、その『ポーン』が『あの人』の事なら、平然とその姿を晒す上に、お前らを混乱させるための努力は惜しまない。『あの人』がそれを渡している以上、お前は気に入られているし、間違いなく、お前らを弄んで楽しんでる。だから、彼の行動全てがお前達……いや、お前個人を混乱させるためだけの物だという前提で接した方が良い」
 それだけ言うと、灰猫は青褪めた顔でフラフラと教員室の方へ向ってしまった。
――薄紅の蜉蝣には要注意……だと?――
 灰猫の言葉を反芻しながら、俺が思い出すのは先程見た「ポーン」の姿。
 俺にはまだ、それが何を意味するのかを知る事は出来ないでいた。
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