校医代行は薄紅の蜉蝣

【校・医・代・行】

 くらりと、一瞬だけ目の前が暗くなる。
 同時に、俺の体調が悪い事に気付いたのだろう。如月の心配そうな声が、遠くから響いた。
 ……彼の顔は、俺の目の前にあるにも関わらず、だ。
 日に日に悪化していく体調。特に最近は寒暖の差が激しかったせいか、何だかいつもよりも熱っぽい。
 ままならない自分の体に苛立ちを覚える。
 ……どうして俺は、こんな体で生まれてきたのか、と。
「賢吾、無茶すんな! 顔色が悪いぜ?」
 ようやく如月の声が近くに聞こえてきたものの、今度は視界がぐらぐらと揺れ、定まらない。……スイッチの調整はあと少しだし、それくらいなら朔田に任せても大丈夫だろう。今日はいつもより息苦しい。
 反射的に自分の胸元を押さえながら、俺は何とかその場に立ち上がると、朔田にその場を任せる旨を伝え、通い慣れてしまった保健室へと足を進める。
 少しの間仮眠をとって、それからまたスイッチの解析を再開するか。
 正直に言えば、その仮眠の時間すらも俺にとっては惜しいのだが、ここで倒れてしまう方が時間の無駄だ。
 そう思いながら、俺は保健室の扉を開ける。正直、俺はここの養護教諭……俗に保健医とか校医などと呼ばれる者の姿を、あまり見かけた事がない。俺が「保健室の主」と呼ばれるのは、このままならない体調のせいでこの部屋に入り浸る事が多いせいもあるが……それ以上に、保健医の在室時間の短さも大きな要因だ。
 誰もいないのは、俺にとって好都合ではあるのだが……正直、時折それで良いのかと思う事はある。突発的な事故が起こったらどうするんだ。
 今日も恐らく、誰もいないだろう。適当に寝て、適当に戻れば良い……そう思って無言で開けたのだが。
 そこには「見た事のない白衣の男」が、本来なら保健医がいるはずの席に着き、不機嫌そうな表情でこちらを見上げている姿があった。
 やや吊り気味の目が、フレームのない眼鏡の奥で光っている。歳は三十路に差し掛かったかどうかと言ったところか。誰もいなくて暇を持て余していたらしく、彼の手の中には小さめの彫刻刀と小さな木片。作りかけだが、それが蜻蛉である事は理解できた。
 あまりに堂々と……それも、当然のようにその場にいるせいか、あまり違和感はない。
 だが、もう一度言おう。俺はこの男を見た事がない。つまり、この男は天ノ川学園高校の保健医ではないという事だ。
「……誰だ?」
「今日から一月ひとつきの間、ここの養護の代行で通う事になった男だ。教員免状は取得していないので、養護教諭ではなく『校医代行』だがな。……用があるならノックをするのが、人間の礼儀だと記憶しているのだが、違ったのか?」
 軽く顔を顰めて問う俺に、その男は不機嫌にも見える無表情さで俺を一瞥すると、手元の彫刻刀と木片を置いて言葉を返した。
 相手は座っているにもかかわらず、俺に睥睨するような視線を向けている。何と言うか、随分と傲慢な印象の男だ。名乗ろうとすらしないなんて。
 それにしても……一ヶ月の代替勤務と言うのも中途半端な期間だな。臨時なら、講師の灰猫や彩塔のように半年程度が普通だと思うのだが。
 そんな俺の疑問に気付いたのか、相手はやはり不機嫌そうな表情のまま言葉を続けた。
「長期の海外研修があるらしくてな。実に迷惑な事に、奴は俺に代理を頼むだけ頼んで海外へ高飛びした。……奴め、次に会った時こそ、生きたまま腑分けして中身を標本にして飾ってくれる」
 医者にあるまじき不穏な一言が聞こえたような気がするが、それを気にするのも時間の無駄だ。それは本来の保健医と目の前にいる男の間で解決すべき事であり、俺が口を挟む事じゃない。
 短く溜息を吐き出すと、俺はその男をじっと見つめる。
 いつも見る……そして恐らくどの学校の保健医でも、最低限は兼ね備えているであろう気安さは微塵もない。冷徹な印象が強く、普通の医者だったとしてもこの男に所には通いたくないと思う。何もしないでも人を威圧出来るというのも、医者としては致命的な欠点だろう。恐らく子供なら泣く。
 そんな風に観察している俺を、どうやら相手も観察していたらしい。彼は唐突に立ち上がると、カツカツとベッド脇のカーテンを開け、そしてもう一度、今度は俺の側に歩み寄った。
 側に寄られて改めて思うが、やはりこの男は医者に向いていない。上背の高さと無表情さが相まって、見上げられている時以上に威圧感を覚える。スーツを着ていたならやり手のサラリーマンに見えたかもしれないが、白衣を着た医者然とした格好の場合はマッドサイエンティストにしか見えない。
 そう思う俺をよそに、相手はフンと鼻を鳴らす。そして……
「とりあえず、寝ておけ」
 その言葉と同時に、俺の体をベッドへ向って思い切り突き飛ばした。
 予想していなかった行動に対処する術などない。俺の体は勢いに乗り彼の狙った方向へよろめき、躓くような形でベッドの中に倒れこむ。
 枕に顔から突っ込むような形だった為に、顔面強打とまでは行かないが……今のは本当に医者のする事か?
「うぶっ!? な、何を……」
「フン。一応は医者という職に就いているからな。貴様の顔色を見れば、およその体調も理解出来る。随分と無理……いや、無茶をしているな。不味そうな色だ。おまけに安定していない。そもそも貴様、本当に人間か? ここまで不安定な色は初めて見る」
 俺の非難混じりの視線を物ともせず、男はつかつかとこちらに歩み寄ると乱暴な……しかし的確な動きで、俺をベッドに寝かしつけ、更に額に濡らしたタオルを叩きつけるように乗せた。
 人間かどうかなんて、見れば分かるだろう。俺はどう見ても人間だ。失礼すぎて怒りを通り越して呆れすら覚える。そもそも、「不味そう」とはどういう意味だ?
 疑問が顔に浮いていたのだろう。男はああ、と何かに気付いたような表情を薄く浮かべると、脇にある椅子に腰掛けて俺を見下ろし、言葉を紡いだ。
「貴様らの流儀に則るならば、『血色が悪い』だな。とにかく、貴様は黙って寝ていろ。どこぞで倒れられて、俺に文句が来るような事があれば迷惑だ」
 それだけ言うと、男は立ち上がって俺から離れると、ベッド脇のカーテンを閉めた。カーテン越しにがたりと椅子を引く音が聞こえたのと、シュッ、シュッと規則的に聞こえる音からして、またあの席で蜻蛉の彫刻を再開でもしたのだろう。
 彫刻が得意な校医代行……か。しかも無表情で乱暴で横柄。彼が代行をしている間は、保健室に寄り付く生徒も減るだろう。それならそれでありがたい。
 そんな風に思っていると、再び視界がぐらりと歪む。どうやら今日は、本格的に体調が悪いらしい。諦めて目を閉じると、校医が生む木を削る音が心地良く響く。
 いつの間にかその音に合わせて呼吸を繰り返している自分に驚きながら、意識はゆっくりと眠りの世界へと落ちていく。
 だが、完全に落ちきる直前。
「あの安定しない『魂の色』は、ライフエナジーの圧倒的な欠乏状態から来ていると診るべきか。しかしそうであるにも拘らず生きていられるのは、代替エネルギーに日頃から触れているからだろうな。……だが、アレはそれ以前の問題であるようにも……いずれにせよ、興味深い」
 そんな声が聞こえたような気がしたのは、俺の気のせいだったのだろうか。

 どれくらい眠っていたのか。目が覚めた時には窓から差し込む光が朱に染まり、白いはずのシーツがオレンジ色に見える。
 少し仮眠を取るだけのつもりだったのが、どうやら本格的に眠ってしまったらしい。余程疲れていたのかと苦笑を浮かべ……俺の枕元に置かれている、木彫りの蜻蛉の存在に気付く。
 夕日に染まっているせいか、木彫りのそれは「赤とんぼ」に見えるが、この羽から見るに、ウスバカゲロウだろう。これが、あの無表情で乱暴で横柄な男の手から生み出されたとは、俄かに信じ難い。それ程までに精巧で繊細な作りをしている。
 思わずそれを手にとって眺めたのと、ベッドの横で揺れていたカーテンが開いたのは同時だった。
 はっとしてそちらを見れば、相変わらずつまらなそうな表情の校医代行が、片手に真新しい氷嚢を持って俺を見下ろしている。
 俺が寝ていたら乗せようとでもしていたのだろうか。不機嫌そうな表情や傲慢な物言いに反して、案外と良い奴なのかも知れない。
 そんな俺の視線に気付いたのだろう。相手は微かに眉根を寄せると、深い溜息を吐きながら言葉を紡いだ。
「…………起きたのなら起きたと声をかけろ。入室時と言い、貴様は声をかけなさすぎる。……具合はどうだ?」
「今起きた所だ……眠っていたからか、随分すっきりした」
「フン。まだ随分と不味そうで不安定な色のままだがな」
 相変わらず特徴的な表現で俺の顔色を指摘してくるが、実際にすっきりしているのだから嘘じゃない。眩暈もないし、締め付けられるような胸の痛みもない。
 鏡を見ていないので分らないが、顔色もこの男が言う程悪くはないだろう。
「これ……よく出来ているな」
「その程度、ただの手慰みに過ぎん。時間だけならいくらでもあるからな。だがしかし、褒められて悪い気はしない」
 手の中にこの男が作った蜻蛉が収まっていた事を思い出し、俺は素直な感想を口にすると、相手は初めて無表情を崩し……ニヤリと口の端を歪めて笑った。
 「悪人めいた笑み」とは、こんな顔を指すのだろうか。得意げなのだというのは分るが、どうにも怪しい印象が拭えない。本当に医者なのか、実はどこかのインテリマフィアじゃないのか、などと俺らしくもない発想が浮かんでしまう程に怪しい。
「まあ、そんな事はどうでも良い。貴様、動けるうちにさっさと帰れ」
 俺の手から蜻蛉を取り上げ、代わりに俺の鞄を押し付けてそう言うと、彼はくるりと踵を返して自席に着く。その手元には、蜻蛉の次の作となるらしい小さな木片と彫刻刀が握られているのが見えた。
「今度は何を作るつもりだ?」
「特に決めてはいない。そうだな……蜻蛉と来たならば、次は蟷螂が妥当か」
 何故そこで蟷螂なんだ?
 そう問おうと口を開きかけた瞬間。廊下からバタバタと派手な足音が響いたかと思うと、直後には保健室の扉がバーンとこれもまた派手な音を立てて開いた。
「……何だ、騒々しい。ここの連中はノックをしないのが常なのか?」
 校医が軽く顔を顰め、冷たい……それこそ絶対零度のような視線をそちらに向ける。そこにいたのは……何故か妙に焦ったような顔をしたユウキだった。
「ひゃぁっ! す、すみませ……あっ、賢吾君! 良かった。もう大丈夫?」
「ユウキ? どうかしたのか?」
「の……『呪い仮面』がまた出て……!」
 「呪い仮面」。ここ数日学園内を騒がせている事件だ。
 狙われた生徒の顔には、大きく「呪」と彫られた仮面が着けられており、それを着けられた生徒は皆意識不明の状態で見つかっている。
 更に「呪い」の元凶と思しき仮面が外れないのもあり、最近の生徒間で恐れられている事柄の一つだ。
 俺達はそれをゾディアーツの仕業と見て調査している訳だが……ユウキの慌てぶりから判断すると、推測通り、ゾディアーツが出たと考えるべきか?
「わかった。すぐに行く」
 即座に判断し、鞄を掴んでそう言った俺に、校医代行は呆れたような視線と無言の圧力をこちらに向ける。休めという事なのだろうが、俺達にはやるべき事がある。
 彼の向けるプレッシャーを振り切り、俺とユウキは保健室を出て如月達がいる場所へ急ぐ。
 彼女の話によると、「呪い仮面」の被害者を見つけ駆け寄ったところで、羽根付き……バルゴゾディアーツが襲い掛かってきたらしい。本当なら保健室で指示を出した方が良かったのだが、あそこには今、校医代行のあの男がいる。
 アストロスイッチやゾディアーツの事に関して、あまり他人に……特に大人に知られるのは好ましくない。彼らは事を大きくするだけで、何も解決しないのだから。
「……なんか怖い人だったねー。代行の先生」
「ああ。……だが、見た目程じゃない」
 少なくとも、俺はそう思う。とは言え俺もそうあの男の事に詳しい訳じゃない。今日初めて会い、会話を交わしたのも俺が寝てしまうまでと起きてからの数分間のみだ。
 「一ヶ月だけの校医代行」という事を除けば、名前すらも知らない相手。如月のように誰にでもオープンな訳でも、ユウキのように明るい訳でもないのに、彼には妙な親しみを感じる。
 だが、今は彼の事よりもバルゴと「呪い仮面」だ。バルゴが出てきたという事は、十中八九「呪い仮面」とやらもやはりゾディアーツと見て間違いないだろう。
 そんな事を考えつつ、俺が如月の元に辿り着いたのと、バルゴが飛び去ったのはほぼ同時だった。
 ……どうやらバルゴの目的は如月を倒す事ではなく、足止めだったらしい。
 如月は悔しげに顔を顰めながら変身を解き、倒れている「被害者」に近寄った。制服や体型から見て、間違いなく男子生徒だ。
 顔に着けられた木製の仮面は、おそらく鳥か何かを模した物だろうか。額に「呪」の文字が大きく刻まれており、全体はけばけばしい色に塗られている。粗雑な造り……とは言わないが、先程保健室で見た蜻蛉に比べれば見劣りする。いや、あれが緻密すぎるだけなのかも知れないが。
 かかっている仮面を外そうと、如月が軽く倒れた生徒の仮面に手をかけるが……やはりと言うか、その仮面はまるで顔に張り付いたようにピクリとも動かない。
「……今までと同じだ。やっぱり外れねぇ」
 悔しげに呟く如月の隣では、野座間がバガミールで写真に収める。
 恐らく、彼女の勘に引っかかる物があるのだろう。その点では、彼女は信頼がおける。
 その脇では、風城先輩と大文字先輩が車を回して、被害者を病院へ運ぶ手続きをしている。
「JK、こいつが誰だか分るか?」
「仮面のせいでちょーっと分り辛いっすけど……二年生で体操部の梅中だと思いますよ? ホラ、カノジョとお揃いのブレスレット着けてますし」
 如月の後ろにいたJKが指差した先には、確かに彼の恋人と揃いのブレスレットが嵌っている。ちなみに、彼の恋人である雪比奈は美術部所属であり、この二人は校内でもそれなりに有名なカップルだ。
 今回だけなら痴情のもつれという線も考えただろうが、今まで襲われた被害者の事を考えてもそれは恐らくありえない。これまでの被害者は、雪比奈とは然程関係のない人間ばかりだ。勿論、梅中とも。
「なあ賢吾、どうにかしてこの仮面を外す方法ってないか?」
「……仮面に込められたコズミックエナジーのせいで、通常の方法では外せない。外すには、顔にかかったコズミックエナジーの鎖を一本一本切る必要がある」
 如月の問いに答えつつ、俺は先程野座間が撮影した仮面のデータをアストロ鞄に取り込み、解析を始める。
 俺達の目には見えないが、カメラスイッチ越しに撮影した事で、仮面から伸びる無数の「鎖」が可視化され、画面に映し出された。
 可視化されたそれは、梅中の頭を固定するようにぐるぐると巻きついており、更に厄介な事に互いに密に絡み合ってしまっている。
「シザースイッチで切れるだろうが、見ての通り絡み合っている。おまけに、これはあくまで解析した画面でしかない。恐らく、実際に切るのは至難の業だ」
「……? どういう事だ? フォーゼに変身したら、切れんじゃねえのか?」
「実際のコズミックエナジーの位置を見る術が、こちらにはない。それに、『仮面の鎖』は仮面毎に位置が異なる」
 俺の言葉に、如月が悔しげな溜息を吐き出す。その脇でユウキががっくりと肩を落とし、朔田は忌々しげな表情で宙を睨んでいた。
 ……以前、ラビットハッチに迷い込んできた少女……吾妻霧雨ならひょっとしたらその鎖が見えるのかも知れないが、その為に彼女を呼ぶ訳にも行かない。子供を巻き込むのも色々と問題がある。
 それに、彼女の持つ不可思議な力に甘える訳にも行かない。ゾディアーツに関係する事は、あくまで俺達の問題だ。
「一番の解決法は、やはりこの仮面をつけた本人を見つけ出し、外させる事だ」
「やっぱり、それしかねぇよな……」
 俺の言葉に、如月が渋い顔で頷く。
 恐らく、手の出しようがないという事実を悔しがっているのだろう。彼は他人を……「友達」を大事に思う男だ。「友達」の苦しみが長引く事を快く思っていない。
 そう認識し、倒れている梅中の体を見下ろした……まさにその時だった。
「……何を遊んでいる?」
「ひゃぁっ!」
「っ!」
 低く放たれた声に、ユウキはビクリと体を震わせて飛び上がり、朔田は声の方を反射的に睨んだ。
 かく言う俺も、無意識の内に相手を睨むような目で見つめ……そして、現われた男の姿を見て言葉を失う。
 夕暮れ時に白衣を着ているせいで、全身が紅に染まっているように見える。逆光の中きらりと光る眼鏡が、妙に胡散臭く、威圧的な雰囲気が漂っている。それなのに、どこか儚い印象を受けるのは気のせいだろうか。
「誰だ!?」
 反射的に上がったらしい如月の声を気にも留めず、相手はふぅと深い溜息を一つ吐きだすと、ちらりと視線を俺に……そして如月の足元で倒れる梅中に向け、つかつかと無言でこちらに歩み寄ってきた。
 近寄ってきて、彼が数歩進んだところで、俺はようやく相手が何者なのか理解した。
 ……今日、赴任してきたばかりの「校医代行」であると。
「お前は……」
「保健室の先生!? あぁ、ビックリしたぁ……」
「何故そこで驚くのか、俺には心当たりがないのだが……ああ、逆光だったか」
 ほっと胸を撫で下ろして言うユウキに、彼は眼鏡の奥の目をすっと細めてそう言うと、仮面がかかったままの梅中の脇に屈みこんだ。
「……仮面を着けて眠るのがこの学校の流行り、と言う訳ではなさそうだな。ふむ……」
 表情も変えず、彼は倒れている梅中の体に触れる。触れると言っても脈の確認くらいのものだが、一応それで生存は確認出来たらしく、彼は軽く眼鏡のブリッジを押し上げると、唐突に梅中の体を担ぎ上げた。それも、片腕でだ。
 どちらかと言えば華奢な方なだけに、意外な腕力に驚く。
 梅中は小柄とは言い難い。それを軽々と担ぎ上げただと?
 ……医者は腕力が必要な仕事だとは聞いた事があるが、ここまでの力を必要としているのか?
「これは俺が運んでおく。…………魔術に疎い、人間の医者ごときにどうにかなる症状ではないだろう」
「……何……?」
 小さく、本当にボソリと呟かれた言葉に聞き返したのだが、彼は梅中を抱えたまま俺達に背を向けると、さっさと歩き出してしまった。
 恐らく、言葉の通り病院へ連れて行くつもりなのだろう。
 唐突過ぎる彼の登場と退場に、俺達はただ、呆然と立ち尽くすだけだった。
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